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天馬ゆくところ  作者: 天ノ川清
第四章 キタンの虜囚
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04-01 草原地帯へ


 円陣を組んだ(ラフト)檣楼(しょうろう)を、午前の北風が裂くような悲鳴をあげて吹きすぎる。夏の燃える太陽さえ砂の霧にかすんでいる。

 檣楼といっても、動力筏(タグ)の操舵室の屋根に梯子を立て、見張り一人が乗れる籠を上にとりつけただけの簡単なものだ。それも筏の走行中は風の抵抗を避けるためにたたまれている。

 風の唸りをさえぎるように電話が鳴った。

「ごくろうさん、交替の時間だ」

 グラレフの声だ。祐介は通話器を耳にあてたまま檣楼から首をのばして下をみた。

 動力筏の横で、膝下まである砂色の防弾外套(シダル・パルト)をまとい、眼をのぞいて肩までを頭布(カフィア)でおおった男が、筏の外部電話の通話器を手にこちらを見上げている。頭布の縞柄とがっしりした体つきはたしかにグラレフのものだ。

 祐介は防風眼鏡の(ほこり)を指で(ぬぐ)って腕時計をみた。交替の時刻までまだ八分もある。グラレフらしい。彼だって檣楼の上で陽にあぶられる見張り番を楽しみにしているはずはない。なのにいつも早目に交替しに来るのは、二時間の哨戒当番の最後の数分間の長さを知っているからだろう。苦労人なのだ。

「今、降ります」

 祐介は電話に答え、最後にもう一度、動力筏と貨物筏(トレーラー)の円陣を見まわした。

 円陣の外は砂塵の吹きすさぶ荒れ地だ。〈大変動〉の名残の岩塊が巨人の投げ散らかした積木のようにころがっている。遠くで雷鳴が(とどろ)いた。砂の粒子が(こす)れ合って膨大な静電気が発生しているのだ。

 南方草原地帯と呼ばれてはいるが、実際は岩肌をむきだしにした大地に思い出したように草が生えているだけの地域が多い。地平の果てまでも豊かな緑野がつづくようにみえて、突然絵の具が切れたように赤茶けた沙漠に変わる。とくに南にいくほど標高が低く、気温はあがり、乾いた沙漠が多くなる。

 祐介は動力筏の側面の梯子をつたって地上に降りた。外部電話の横にある記録器に、

「哨戒番アキツ、申し送りに異常なし。下番する」

 と音声入力し、信号銃をグラレフに渡す。

 グラレフは信号銃が装填されていることを確かめ、

「哨戒番グラレフ、申し受けに異常なし。上番する」

 と記録器に告げた。これで引継ぎが完了した。


 窮屈な檣楼の上で固まってしまった手足を柔軟体操で伸ばしながら管理本部に向かう。寝る前に水分を補給しなくては。野営での飲酒はむろん厳禁だが、かわりに管理本部で茶が飲める。

 円陣の内側は筏に沿って天幕が張られ、中では隊商夫たちが眠っている。さすがの強風も荷を満載した貨物筏の壁にさえぎられているが、砂煙は容赦なく吹きこみ、視界に幕をかけている。

 草原地帯では、隊商は日中の暑さと強い北風を避けるため、夕方出発し、夜を(とお)して進み、朝になってから野営するのがふつうだ。人もだが、とくに馬は暑さに弱い。また浮揚筏(ラフト)は地面との摩擦がないだけ、横風や向い風に流されやすいのだ。

浮揚筏(ラフト)は、底面に取りつけられている三つ以上の浮揚球(うきだま)に電力をあたえ、下向きの反重力場を発生させることで空中に浮き、移動する。〝(ラフト)〟という名も、その様子が水に浮く筏に似ているところからきている。浮揚したまま静止しているときはさして電力をくわぬが、横に移動するときは速度と距離に、上昇するときは高度差の二乗に比例する電力を消費する。地表の凹凸の影響が少ないため、〈大変動〉で道路網が崩壊してからは輸送手段の主力となっている。

 輸送用の筏としては、動力部と荷台が一体になっている自走貨物筏(トラック)が一般的だが、これは小回りがきくかわりにあまり多くの荷物は積めない。隊商のように大量の荷を遠距離輸送するには、複数の貨物筏を動力筏に連結して運搬量を増やす方法がとられる。

 動力筏は操舵室と機関部、燃料槽からなり、貨物筏の操作から電力の供給まで一括して管理する。ただ貨物筏にも簡単な操舵装置はあり、複雑な地形などでは前後の連結をはずして個別に操舵することもできる。ふつうは一台の動力筏に三台前後の貨物筏が連結され、これが隊商のいちばん小さな行動単位である小隊となる。

 砂煙にかすむ天幕のあいだを誰かがのんびり歩いてくる。頭布(カフィア)で顔をつつんだうえ防風眼鏡までかけているが、歩き方と体つきで誰だかわかる。祐介は皆が眠っているのも忘れて声をあげた。

「ラモン、あんた哨戒当番だろう」

「ああ、だから今行くところさ」

 ラモンは、それがどうした、といった声でいった。

 祐介は腕時計をみた。すでに交替時刻を七分も過ぎている。まったくこの男は……。


 管理本部になっている天幕は補給筏(ラック)の横にあり、いつでも熱湯が出る。祐介は湯呑みにいれた熱い茶を吹いた。空気が乾燥しているので日陰の中はけっこう涼しい。

 ビスビューを発ってからすでに三カ月がたっている。

ブハラでは結局、葉月の行方に直接つながる手掛りはみつからなかった。

馬市の責任者や当時の博労にタケロウの入手経路をたずねたところ、ユスチフへの売却記録から逆にたどって、ガルダン高原の遊牧民から購入した五十八頭の一頭であることまでは確認できたが、それより先はわからなかった。

 祐介は隊商に残った。この隊商がさらに南東へと旅をつづけ、ガルダン高原にも足をのばす予定だったからだ。


「くそう、干物(ひもの)になっちまった」

 天幕に入ってきた男が、顔をおおっていた頭布(カフィア)を解いてぼやいた。ニルスという三十半ばの隊商夫だ。ニルスは茶を淹れながら祐介をじろりと見た。

「おい、ラモンって野郎は、おめえの隊だったな」

「そうだよ」

 祐介は小さくうなずいた。いやな予感がする。

「あいつ、どういう神経してるんだ。見張りの交替に十分も遅れてきて、へらへらしてやがる」

 やっぱりだ。ラモンに代わって文句をいわれるとは割にあわない。いつまでも茶なんて飲んでいるんじゃなかった。

「おめえ、たしかあいつの下だよな」

「ああ。でも彼だけの部下ってわけじゃない。おれはうちの隊のなんでも屋なんだ」

祐介は渋い口調で答えた。どういおうと、ラモンに命令される立場であるのにかわりはない。

「わかってるって」

 ニルスは茶をすすった。どうやら祐介を責める気はないらしい。

「うちの大将が、おめえのことをえらく買ってるんだ。グリモンの野郎、宝くじを引き当てたってな」

「そりゃどうも」

 祐介はつぶやいた。正直、自分でもそう思う。だが、高い評価が幸せに結びつくともかぎらない。ラモンの補佐役にさせられてしまったのがそのいい例だ。

 ラモンは祐介の雇い主グリモンの甥で、叔父から積みこみ作業の監督を任されてはいるが、これがまるで使えない男なのだ。

 筏に荷を積むには、重量の配分だけでなく、降ろす順番も考慮しなくてはならない。どこで何を売り買いするかといった予定も含めた綿密な計画が必要だ。その計画がラモンには立てられない。

 ところが本人は一向に気にしていない。どころか、そうした細かい作業は部下(祐介のことらしい)にすべて任せるのが管理者たる自分の器の大きさだと威張っている。迷惑なのは祐介だ。他にしなければならぬ仕事はいくらもあるのに。

 これまで働いた隊商ではどこでも仕事を基本から叩きこまれたが、とくにホンの隊はその点がきびしかった。ところがグリモンはどうやら部下を育てるよりも、訓練済みの人材を雇う主義らしい。今から思えば人間に問題はあったが、やはりホンは優秀な交易商人だった。

「いっちゃなんだが、なんでグリモンのとこなんかにいるんだ。おめえならどこの交易屋でもうまい飯が食えるはずだぜ。給料だって、あんまし貰ってないんだろ」

「でもそのぶん辞めやすいから」

  言ったとたんに、しまったと思った。ラモンのことを考えていたら、うっかり本音がこぼれてしまった。

「だいじょうぶ。誰にもいいやしねえよ」ニルスは祐介の顔を見てにやりと笑った。「わかってるぜ。おめえも自分の隊商を持ちたいんだろ。グラレフさんみたいによ」

  グラレフは三十代前半。古い動力筏と貨物筏を手に入れ、ようやく交易商として独立したばかりだ。人手がないので社長みずから哨戒当番までしているが、

  ――やつはいずれ大物になる。

 と、古顔の交易商たちからも一目おかれている。

「持ちたいけれど」祐介はうなずいた。

 以前は、葉月と一緒に故郷に帰ることしか考えていなかった。荒れた田を開墾しなおし、村を再建するのだ。姉さんが家庭を持って幸せになるのをみたら、おれも結婚してもいい。

 いつもそこまで考えると、必ずベールヘーナの顔が浮かぶ。しかし侯爵家のお姫さまが開拓農家の主婦になるなんて、御伽噺(おとぎばなし)の世界だけだ。

 それが草原の旅をつづけるうちに少し変わった。岩間村の再建が軌道に乗ったら、また交易の旅にでようかと考えている。そして資金をためて未開拓地に自分の国をつくるのだ。

 南回廊一帯はすでに企業国家による開発がすすみ、徒手空拳の若者が大きく飛躍できる余地はあまり残されていない。だが草原地帯にはまだ開発の手のおよんでいない空白地帯がたくさんある。力と運さえあれば、白地の画布(カンバス)にいくらでも自分の夢を描くことができるのだ。

 おれも初代ビスビューのようにどこかに地熱発電所を建てたい。発電所ができればそれを中心に産業が成長し、やがてはハンメルダールのような国ができる。

 むろん水源を確保するのが先決だ。難しいが、天山(テングリオーラ)の雪解け水が地下を流れているし、〈大変動〉で地下に封じこめられた内海があるともいわれている。探せばみつからぬこともないだろう。あとは井戸を掘って、食糧を自給できるよう開墾し、そして……。

「おい、どうした」

「あ、ごめん」

 祐介はニルスの声に夢からさめた。

「でもおれはまだガキで資金だってないし、ま、当分先のことだよ」

 と話を切り上げようとした。お喋りにつきあっていたら眠る時間がなくなってしまう。

 だがニルスはまだ眠くないらしい。

「おれはずいぶんこの商売の人間をみてきたが、おめえは独りでこつこつやるより、人の力を集めてでっかい仕事をするくちとみた。先のことだと決めつけず、今からそのつもりで機会をさがしたほうがいいぜ」

「そうかな」祐介は欠伸を噛み殺した。

「ああ、年寄りのいうことはきくもんだ。さておれは寝るぜ。おめえも早く寝ろよ」


 祐介はざわめきに目をさました。



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