魔王というイキモノ3
「あんまりオススメしないけど、ほんとに聞く?」
「えぇ……」
微妙に不安を煽るようなことを言いながら、魔王は巨大な鼻先をヒクヒクさせた。
そんな事言われたら怯んでしまうではないか。私がちょっと迷ったのに気が付いたフィカルがぱっと近付いてきて私を抱き上げてしまう。
「あ、別に君達がどうにかなるとかじゃないよ。僕は生き物に危害を加える気もないし」
のんびりするのが趣味だしねぇと巨大な羊が目を細める。気配に敏いスーがぐうぐう寝ていることからも、物騒なことをしようとしていないのは確かなようだった。私を片手で抱っこして剣に手を掛けようとしているフィカルを宥めて、私は少し迷う。
「……星石のこと、教えてください」
後悔するとしても、方法くらいは聞いておきたかった。聞かなければ聞かないで後悔をすることは確実なのだ。いいよぉと返事をした魔王は、柔らかそうな口元をもひもひと動かしながら喋る。不思議な響きのある声だけれど、一応口から音を出しているらしかった。
「今の人間は星石がどうやって作られるのか知らないみたいだけど、昔は知っている人も多かったんだ。この山が都だったころだから、もう随分時間は経ったけどねぇ」
「えっ、ここが首都だったんですか?」
「そうだよぉ。この山自体が大きな街になっててねぇ。木造だから建物もなくなっちゃったけど、僕のお腹の下には城の欠片が残ってるかもねぇ」
確かロランツさんが、昔は北西地方の向こうにも街があって、星石がなくなってきたために人間の住む範囲が狭まったみたいなことを言っていた。今残っている街から随分離れた場所であるトラキアス山が首都だったのであれば、ここの更に北西にも街が広がっていたのかもしれない。そう思うと、随分人が住んでいる場所が多かったんだなぁというか、今の状態が随分狭くなったんだなぁというか。
魔王が言うには、今のトラキアス山は秋が深まった今頃からそろそろ雪に覆われてしまうけれど、昔は雪も稀なくらいに温暖な地方だったそうだ。人が住まなくなってから、どんどん人には厳しい環境が広がっていったらしい。
「でもそもそも、それよりもうーんと昔は人間は群れで移動して生活していたんだよ」
「街がなかったってことですか? ってことは、星石もなかったんですか?」
「そうそう」
太古の人々は定住出来るような豊かな土地や安全な環境がなく、お互いに身を守りながらあちこち移り住んでいたらしい。畑は作れず長く住むと水は枯れ、魔獣が狙ってくる。移動しながら生活を営んでいくことは大変だっただろう。女子供を協力して守り、人口が増えてくれば安全のために分かれて移動した。違う群れの人々と出会えば情報や物資を交換し、時には人も入れ替わって、少しずつ人間は数を増やしていったのだそうだ。
「あるとき、群れにいた一人の女が安全に暮らしたいという皆の願いを聞いて石になった。その周囲は豊かな土地になり、水も湧いて、大きな魔獣も近寄らなくなったんだ」
「え?! 展開急すぎませんか?」
神話レベルの真偽が不確かな話なのだろうか。今まで一緒に暮らしていた仲間がいきなり石になったら無茶苦茶びっくりするし、はっきり言って怖い。
「実際にあった話なんですか? あの、ここの人達って、石になるんですか?」
「まさか〜。人間は人間。石になんかならないよぉ。魔術を使ったら石に出来るかもしれないけどねぇ」
「えー……今石になったって……」
「まぁまぁ。確かに石になったんだけど、正確に言うとその女は人間じゃなかったんだ」
「えええええ」
この羊、適当言っているんじゃないだろうか?
そう疑念を抱かざるをえないほど展開が突飛でツッコミが追いつかない。「うちのお父さん総理大臣だぜ」と自慢する小学生を見るような気持ちで見つめる私を気にもとめず、魔王は話を続ける。
「僕らは『善きもの』と呼んでるんだけどねぇ。生き物の喜びを糧にする存在がいるんだ。善きものは僕と似た存在で、正確に言うと生き物じゃないんだけど」
「エッ ということは、魔王さんは生き物じゃないんですか? 見た目羊なのに?」
「そうだよ〜。だって僕ウンチしないし」
非常にインパクトがあり説得力のある返答だった。
それだけではなく、物理的な食事を必要としないとか、寿命がないとか、子供を作らないとかそういう感じで微妙に生き物枠から外れているらしかった。確かにこんな大きな羊、ペアで存在していたらそれだけで大変である。
「じゃあ魔王って何なんですか?」
「う〜ん、ムツカシイ質問だねぇ。世界を安定させる仕組みとか、そういう存在としかいえないよねぇ。まぁ僕一人だけだと時間が経てば不安定になるし、他の生き物との関わりの中で生きてると考えれば生き物としても良いのかもしれないねぇ」
巨大な羊は羊じゃなかったらしい。触るともふもふした感覚があるし、こうやって喋ることも出来るのに生き物ではないというのは、すごく不思議な感覚だった。海とかロボットとか、そういうのに近いのだろうか。考えるとよくわからなくなってくるし、喋っている分には自分達のように生きているとしか思えない。
「善きものも同じように、普通の生き物とは少し違うんだ。まず生まれたときには形がなくて、近くにいた生き物の姿を真似る。善きもの達は食事や排泄をするけれど、それは真似ている生き物がそうするからなんだ。本当の糧になっているのは喜びや感謝の気持ちで、それが多いほど善きもの達は喜ぶ」
知能が発達すると、感情の振れ幅も大きくなる。善きものは感情が豊かである人間や竜を好み、姿を真似て群れに加わることが多かったらしい。善きものは喜ばれることや感謝されることを求めるため、おおむね温厚で親切だった。そのため群れにも好意的に受け止められ、感謝を糧にそのまま生を終える。
「真似た生き物には寿命があるから、同じように善きものも死ぬことが出来るんだ。けれど石になった善きものは、人々の感謝や喜びが捧げられる限りそのままでいられる」
普通、善きものは発生してすぐに生き物を真似ると、その他の生き物を見ても姿を変えることはない。しかし何が原因なのか、星石へと姿を変えることが出来るようになったのだという。
「そのために必要なのは濃い魔力。多くの魔力を蓄えた善きものは星石へと形を変えることが出来るんだ」
一人の女が星石へと姿を変えたのを皮切りに、人間の群れの中から同じように姿を変える者が出た。そうやって人間は安全な土地を得て、豊かな暮らしを送ることが出来るようになったのだという。
「けれど、人間が増えすぎると争いが起きた。憎しみばかりが蔓延している場所や、誰もいなくなった場所では善きものは消えてしまう。そうやって星石が減って来ると、人間は慌てて星石を増やそうとした」
しかし人間は何故星石へと姿を変える人がいるのか、それが誰なのかわからない。闇雲に生贄を捧げ大地に埋めても星石になることはない。争いが身近にあれば善きものはそもそも近付かない。そうやって人間は自ら住む場所を減らしたのだという。
「僕がこの捨てられた都を寝床にしたころには、星石は作れるものではない、という認識になっていた。お互いに争いを避けるために時の王がそう指導したんだろうねぇ」
失って学ぶという歴史は人間である限りどこでもあるのかもしれない。複雑な気持ちを感じながら、私は自分の嫌な予感が当たっているだろうなぁと思った。
「……あの、その善きものって、この子ヤギちゃんだったりします?」
「そうだよ〜」
ベエェーとのんきに鳴いている子ヤギは、フィカルの脚に抱き着くようにして私を見上げていた。
魔王の言う通り、私の心は後悔の二文字が占領している。




