魔王というイキモノ4
「僕の毛を刈って食べさせたら魔力が溜まるから、星石を作りたい場所で願えばいい」
巨大羊である魔王の毛は、繊維状の魔石になっている。非常に濃い魔力を有しているために、普通の魔獣は口にしない。これを食べられるということは、普通ではない、善きものであるということらしかった。
足元をカーペットのようにもふもふ温めているラベンダー色の毛は、携帯している小さいナイフをあてると簡単に切り取ることが出来た。切り取るとラベンダー色が濃くなって、黒に近い色に変わってしまう。ぴるぴると短い尻尾を振りながら近くでそれを見ていた子ヤギに見せると、匂いを嗅いだ後にモヒモヒと唇を器用に動かして食べてしまった。空になった掌を舐めた子ヤギは、頭を低くして撫でて欲しいとその手の下に頭を擦り付ける。
星石を作ることが出来る「善きもの」。この子ヤギが、その自らを星石に変えることが出来る唯一の生き物でもあるのだ。
子ヤギの頭を撫でながら、魔王の巨大な頭に問う。
「……善きものは、どれくらいいるんですか? 見つける方法はありますか?」
「まあ何体かはいるだろうけど、人間には見つけるのは難しいだろうねぇ。生まれてすぐに近くにいた生き物の姿を真似る。そうするともうほとんど違いがわからなくなるから」
「魔王、さんの毛を食べさせたらわかるんですよね?」
「そうだけど、善きものは真似た生き物と生態も同じになってしまうから。弱い生き物を真似たら他の魔獣に食べられることも多くなるし、寿命の短い生き物だとすぐ死んでしまうしねぇ」
人間があちこちを移動して生きていた頃には、善きものが発生する時に人間が近くにいて、人間として群れの中に入ることも珍しくはなかったらしい。しかし街に定住する文化が出来上がってからはそれがほとんどなくなった。人が多いほど喜びばかりが溢れているとはいかず、いきなり街中に置かれた赤子に困惑する人も多い。
人の中に善きものが混ざっている確率が低いからといって、魔獣や野獣として生きている善きものが見つけやすいかというとそうでもないのだ。だからこそ、市井で星石の秘密を知っている人がいないのだろう。貴族であるロランツさんでさえ知らないと言っているのだから、もしかしたらこうやって話を聞いた私とフィカル以外誰も知らないのかもしれない。
「……聞かなきゃ良かったかも……」
「そうだよねぇ」
星石が減って限られた街を守るために厳しい環境でも暮らしている人々がいる。ましてや今は、魔術師ルタルカが禁術と異世界人を使って作った黒い魔力のせいでカーナヤの街の星石が壊れたばかりだ。星石を作る方法は多くの人が求めていることだろう。そして実際に善きものがここにいるのである。
カーナヤの街を人が住める状態に戻すためにも、子ヤギを連れて帰るべきなのだ。
「ベエェー」
子ヤギが鳴くと、小さな歯とピンク色の舌が見える。白い毛は見た目よりもしっかりしていて、同じ色の羽は鳥のように綺麗に生え揃っていた。短い手足はこれから成長する大きさを示すように関節が大きい。空を飛ぶ生き物だからか、抱き上げると軽く、耳をピコピコ動かしながら擦り寄ってくるのが可愛かった。
「その子の処遇は置いておいて、また毛を刈っていってくれない? 久しぶりに変なものをいっぱい食べたから、明日あたりにまた伸びると思うんだよねぇ。善きもの探しにも使えるから」
のんびりとお願いをする魔王に頷いて、今日の寝床は羊毛のベッドに決定した。
西の方に湧水があると教えてもらって、昼寝を堪能したスーと共に一旦カルデラから飛び立つ。水辺に生えている食べられる野草を摘み、干し肉を鍋に入れて焚き火を作る。
魔王から採れる繊維状の魔石は採取したものを日光に当て続けると砕けてしまうらしい。持って帰るために荷物をまとめなおして大きな袋を幾つか空けて、着替えや予備のマントを縫い合わせた簡易の袋も作る。
「スミレ」
つい考え込んでしまって、フィカルの声で我に返る。紺色の瞳が心配そうに近くから見つめていた。
子ヤギは枯蔓を咥えて引っ張りながらこっちに近付いてきている。荷物を縛る紐を作っているのを手伝っているのだろう。ありがとう、と撫でるとベエェと特徴的な瞳を細めた。
「可愛い……こんなに可愛いのに、星石にするなんて」
新しい星石が出来れば、多くの人が喜び感謝するだろう。善きものにとってはそっちの方が嬉しいのかもしれない。けれど、一度星石になった善きものは、ずっとそのままなのだ。今のように跳ね回ることもなく、撫でるのをねだることもなく、壊れるまで星石として存在することになる。
人間の、すごく主観的な気持ちだとわかっているけれど、それを思うと悲しい気持ちになる。
ほのかに温かい寝床で眠りやってきた翌日、魔王が言った通り毛が少し伸びていた。足首が隠れるくらいだったラベンダー色の毛は、ふくらはぎの途中くらいまでになっている。フィカルが剣でそれを刈っていき、私が袋に詰め込んでいく。拾い損ねたそれを子ヤギが食んでいるのを止めることも出来ず、かと言って積極的に食べさせることも出来なくて、私は作業に集中する。やがて袋は一杯になり私も刈る側に回って、日暮れ前ギリギリにさらに余った羊毛の魔石が魔王の背中に沢山積み上げられて毛刈りは終了した。
久しぶりに一日中体を動かしてクタクタになり、体を清めてすぐに眠りに落ちてしまったので、私達の出発はさらに次の日の朝になった。
「善きものは温かな気持ちが好きなんだ。喜びや感謝を沢山与えてあげることが、その子のためだよ」
芝生くらいの短さに刈られた魔王はお礼を言って私にそう優しく囁いた。大きな羊の大きな顔が温和に微笑んでいるように見える。
「フィカル、スミレ、スー、子ヤギの善きもの。さようなら。君達とまた会えると良いけど」
私は子ヤギを抱いて鞍の座席に座り、見えなくなるまで魔王に手を振った。
うんと長い間生きているという魔王は、周囲の過酷な環境から人間に会うことがほとんどない。毛が伸びて勇者がやってきても、魔獣の増加が止まれば訪れる人はいなくなる。次に毛が伸びるまで、人々は魔王の存在を絵本の中で思い出すだけになるのだ。
同じ人間と2度会ったのは何年ぶりなんだろう。経緯はどうであれ、魔王がもう一度フィカルに会えたということが彼の良い思い出の一つなればいいと思う。
顔と腕を出して後ろに手を振っている私を、フィカルが危ないからと心配そうに戻そうとする。
「帰ろう、フィカル」
こっくりと頷いたフィカルが手綱を握る。スーが大きく羽ばたいて、今まで辿ってきた道筋を引き返すために高く飛んだ。
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/19)




