不穏の足音5
ナキナさんはキルリスさんの部下だ。背が高く細身のためにひょろりとした印象の女性で、長い髪を下の方で一つに括って焦げ茶色のローブを纏っている。フラフラした足取りの助けにしている細身の杖は彼女のウエストくらいまでの長さで、一番上の部分だけが少し膨らんだ形状をしていた。
「どうも……キルリス隊長の部下であるナキナです……お二人はお久しぶりです……」
「ナキナさん、凄い顔色ですよ! 座って下さい」
「お気遣いありがとうございます……」
ロランツさんとデギスさんに頭を下げたあと私とフィカルにも頭を下げたナキナさんに腕を貸してソファを譲ると、ナキナさんは力尽きるようにそこへ座り込んだ。ロランツさんも新しいカップにお茶を入れて差し出している。
「君は先程帰ってきた魔術師の子だよね。魔力切れでまだ寝込んでると思ったけど」
「気合で起きました……ちょっと目眩と吐き気と頭痛と胃痛がするだけですから大丈夫です……」
「それ全然大丈夫じゃないです。あのナキナさん、魔力って食べ物でも回復するんですよね?」
私はナキナさんがソファから倒れないようにそっと手を放してから、しゃがみ込んで床に向かって片手を翳した。ちなみに反対の手はフィカルが握っている。
「いでよ、ジャマキノコ!」
それから数拍の沈黙。私が凝視する翳した手と床の間、を同じように覗き込む形で私の隣にでんと生えてきたジャマキノコを抱えて持ち上げる。
別に恥ずかしくない。ジャマキノコは人が見ているところには生えないというか気付いたら生える属性だから、これは想定の範囲内だから。私は咳払いして、ナキナさんにハロウィンカラーの憎いやつを差し出した。
「よろしければどうぞ……」
「えっいいんですか?! ありがとうございます!」
ナキナさんはパッと表情を明るくして、ローブの懐から折りたたまれた紙を大中小の3つ取り出した。一番大きいものをぺらぺらと広げていくと、魔術陣が書かれている。ナキナさんは書かれている面を下側にしてそれをテーブルの上に置き、サクサクとナイフで薄切りにして食べやすい大きさに切ったジャマキノコをその上に並べ始めた。
少しゴワゴワしてそうな普通の紙なのに、ジャマキノコを並べるとじゅうじゅうと音が鳴って湯気が上がり香ばしい匂いが漂ってくる。その間にナキナさんは中くらいの紙を持つと、折りたたまれていたそれを四角い箱のような形に組み起こした。折り紙のように簡単に折られたその箱の中にもジャマキノコを入れ、差し湯として置かれていたポットを断りを入れてからその上で傾ける。そしてそれも大きな紙の上に乗せて、三つ折りにしていた小さな紙を広げてフッと息をかける。するとその紙は3分の1ずつの切れ目が入った長方形の器のような形になって、その端の一つに同じく懐から取り出した干しシオキノコを当て、皿を傾けるようにして四角い箱になった紙の上で擦る。紙のはずなのにゴリゴリと音がして削れた塩がくつくつと沸き始めた水の中に落ちていった。
長方形の器をテーブルの上に置いてからもナキナさんはゴリゴリとシオキノコを削り、それから小さな革袋に入っていた粉を長方形の器の真ん中に入れ、ポットのお湯で解いた。
ナキナさんはさらにローブからお箸を取り出してじゅうじゅう音を立てているジャマキノコをひっくり返し、食べ頃になったものを器に取ってハフハフと食べ始める。パクパク食べてはグツグツ煮えているジャマキノコ鍋から具を掬い、また焼けているものを食べる。
非常に手際がよく、不思議な光景だった。見る見るうちにジャマキノコが消費されていくので空いた紙の部分に薄切りジャマキノコを並べる手伝いをすると、ナキナさんがモグモグ口を動かしながら頭を下げてくれる。ジャマキノコが焼かれている紙の上は熱くないのに、薄切りのものを乗せるととたんに鉄板のような音を立てる。こっそり紙の上を指でちょんと突いたら熱くもなく、直後にフィカルに腕を引っ張られて険しい顔をされただけで終わった。
「んぐ、生きている物体には干渉しない魔術なので大丈夫ですよ。焼けたジャマキノコに触れると火傷しちゃうと思いますけど」
「凄い。魔術師って凄いですね。めちゃくちゃ便利じゃないですか。あとお箸使うんですね」
「魔力を込めた材料とかで作るんで、結構手間が掛かるんですけどね。総合的に考えると普通に作ったほうが簡単なんですけど、緊急時とか何もない場所とかでは重宝します。パルリーカスはお箸を使う人が多いんですよ」
モリモリ食べる合間にナキナさんが教えてくれた。作る素材に魔力が溜められているので制作過程が大変らしいけれど、その分魔力がない人間でも使えるものだそうだ。高価な魔術用具でもさらに高価な部類ではあるけれど、王都では購入することも出来るらしかった。
とても便利だしワクワクする品物なので値段次第では買って帰ろうか、とフィカルと相談すると、ナキナさんはジャマキノコをいくつかくれるのであれば融通すると言ってくれた。実質無料だ。キノコ憑き……いや加護持ちでよかった。一杯渡そう。
最終的に軽く抱える程の大きさがあるジャマキノコをあっという間に2個平らげたナキナさんは、ジャマキノコの出汁が出たスープを飲み干してから紙を片付け始めた。綺麗に使えば再利用可能だけれど、紙なので破いたり水で魔術陣が消えたりすると使えなくなってしまうらしかった。
「スミレさん、助かりました。これでもう一度転移できます」
「いや……あんなに真っ青だったし、あまり魔力は使わない方が良いのでは」
「いえ、十分以上に回復しました。私はあなた方に隊長の応援に行って欲しいんです」
あなた方、というところで、ナキナさんは部屋を見回した。
ロランツさん、デギスさん、フィカル。誰もが高位の星ランク持ちで、この国の中でも屈指の実力を持つ人々だ。
「どういうことか教えて欲しいな。キルリスが魔術師ルタルカ相手に苦戦してるってこと?」
「非常に認めがたいことではありますが、そう言っても良いと思います」
悔しそうにそう言ったナキナさんは、北西地方で起きたことを話してくれた。
魔術師ルタルカがいるという情報を聞きつけたキルリスさんは、部下であるナキナさんを始めとする直属の部下数名を連れて情報がもたらされた北西の街へ転移したらしい。
北西地方は魔獣に備えて大きく頑丈な街が多いけれど、より北西に近付くに連れて規模が非常に小さな街も点在している。そういった街は居住者も少なく、竜騎士団が駐在して魔獣の脅威に対応するための中継地点のような役割をしている場所が多いらしい。キルリスさんが向かった街もそういった小さな街の一つだった。
キルリスさん達が到着したのは昨日の夜明け頃だったけれど、既に小さな街中の人が起き出して騒ぎが起こっていた。竜騎士団の人々に先導されてキルリスさん達が向かったのは街の中心に据えられている星石がある場所で、そこに魔術師ルタルカは立っていた。彼を中心に非常に大きな魔術陣が敷かれ、結界を張り近付けないようになっている。それを竜騎士が取り囲んでいたのだ。
そして魔術師ルタルカの傍らにある星石には黒い煤のような魔力が取り巻き、星石には罅が入って色が黒ずんでいたという。
「街には多くの人がいたのに、星石はその力を失いかけており、実際に井戸も枯れかけていました。その時点でキルリス隊長は部下の多くに他の街へと分散し、星石の無事を確認した上で結界を張るようにと命令したのです」
キルリスさんは魔術師ルタルカの捕縛と星石を取り巻く魔力を除こうとしたらしい。けれども時間を掛けて練られた魔術陣への対処は時間がかかる。星石を蝕んでいるらしき黒い魔力もどういったものかわからない性質のものだった。
そこでキルリスさんはその場で魔術師ルタルカの魔術陣ごと大きな結界で包み、その場から動けないようにして、すべての街の魔術師へ連絡をするようにとナキナさんに命じた。ナキナさんは周辺の街へ分散した魔術師のところを回って星石の無事を確かめたのちに王城へと転移し、魔力の枯渇で倒れたのだという。
「目覚めてすぐに魔術師会からすべての街へと連絡を入れ、王都の魔術師の多くが手薄な街の星石を守るために転移しました。隊長のもとへ転移した魔術師もいますが、魔術師ルタルカよりも勝る実力のものはいません。黒い魔力が何なのかわかりませんが、このままでは街が一つ滅んでしまいます。星石が壊れれば街の守りは崩れ、魔獣の多くが人間の匂いにつられて襲撃してくるでしょう」
思い詰めた表情のナキナさんは、ソファから崩れ落ちるように床へと膝をつき、ロランツさんとデギスさん、そしてフィカルに頭を下げた。
「私があなた方を転移させます。お二人は隊長の旧友です。どうか隊長を助けてあげてください。フィカルさんも、力を貸してください。お願いします。お願いします」




