不穏の足音4
お茶を運んできてくれたメイドさんが退室すると、ロランツさんは話を再開した。多くの人がいるホールのざわめきもこの部屋には聞こえてこない。
「その魔術師の名前はルタルカ。ルタルカ・ナーズとも呼ばれる。ナーズはパルリーカスほどではないけれど、魔術師が多い街だ。ナーズ派という派閥の魔術師はそこの流れを汲んでいる」
「貴族なんですね」
「そう。魔術師ルタルカは魔力も強く魔術師としても優れていた。同年代の魔術師ではキルリスがずば抜けていたけれど、ルタルカも他の魔術師とは頭一つ分は実力に差があったと思う」
「そうなんですか。あの、ロランツさんも魔術を使いますよね? ロランツさんも魔術師ですか?」
「魔術師会には勿論所属しているけれど、俺はどちらかというと竜騎士だね。魔術は様々なものがあるけれど、そのすべてに精通しなければ魔術師とはいえない。そのためには他の魔術師の弟子となる必要があるけど、俺は弟子入りはしてないし、攻撃魔術以外はほとんどダメだから」
同じ魔術を使い竜に騎乗する人間でも、反対にキルリスさんは竜騎士とは名乗らないという。魔術師は弟子としての修行を何年も積み重ねたのち、師匠である魔術師と魔術師会からの承認を得て名乗ることを許されるものらしい。
魔術師としての修行年数は個人の能力により差が出るが普通は6歳頃に魔力を調べ、そのまま弟子入りして14年ほど修行を積む。キルリスさんは僅か8歳で魔術師を名乗り、そのルタルカという人も15歳で名乗ったそうだ。
「魔術師ルタルカは優秀だったが数年前から禁術を研究するようになり、最終的に王城からの招請状にも応じないようになって。ナーズの領主名簿から除名されることになった。竜の牙に所属する人物と会っているという情報があり、奴らの禁術がルタルカの研究していた分野だったこともあって竜の牙に所属していると考えられていたんだ」
「禁術って、人間の精神に干渉するってやつですか」
「それと、召喚術だね。世界を跨ぐような召喚術は、いわば世界に穴を開けるようなものなんだ。術が終わっても歪みは残り、そこから人や物が勝手に落ちて来てしまう」
「異世界人が来るきっかけになるんですね」
「反対に、この世界から違うところへ落ちてしまう人間もいる。知らない世界にいきなり飛ばされて暮らしていくのは並大抵のことじゃない。だから特に厳しく禁じられている魔術なんだ」
それでも実力ある魔術師であれば実行可能な人もいるという。魔術師ルタルカもその一人だ。
「恐らくだけれど、君達は魔術師ルタルカが召喚した異世界人のうちの2人だと思う」
「えっ」
「君達は言語に不自由していないだろう。もとの言語を喋るように我々と会話が出来て、文字も見知らぬものなのに読むことが出来るはずだ」
確かに、私はフィカルやガーティスさんと初めて会ったときから普通に会話することが出来た。
ここの世界の文字は楔形文字に似たような形をしているけれど、それも何故か理解出来るし、書こうと思えば書くことが出来る。考えてもわかることではないし異世界だからという一言で片付けていたけれど、やはり普通のことではなかったのだ。
「歪みから落ちてきてしまった異世界人はほぼすべての場合において言葉が通じないんだ。召喚する魔術陣にそういった文言を入れていたのでなければ、読み書きまで出来る筈がない」
この数ヶ月でいきなり増えていた異世界人、その全てが私達と同じように言葉に困っていなかったのだという。言葉が伝わらないというのも異世界人の特徴とされていたことも、異世界人が急増しているという調査結果が出るのが遅くなった一因らしい。
「そしてそれほどの技能を有する魔術師は、正当な魔術師を除けばルタルカ一人だ」
「つまり、その魔術師ルタルカという人がみんな召喚したってことなんですか? でも、私もフィカルもトルテアの森にいたし、その人とも会ったことがないんですけど」
「召喚術は高度な魔術だし、禁術ともなれば制御することが難しい。実際に他の人達も場所はまちまちだったし、ルタルカについて知っている人もいなかった」
「なんでその人、そんなに異世界人を召喚してるんですか? 異世界人の知識を利用して戦争したいとか?」
竜の牙に所属していた魔術師は、ヤバそうな魔術を使うことで人の知識や技術を得ると言っていた。確かにこの世界には火力発電もプラスチックも核兵器もない。そういうものを使えるようになれば、他の人を圧倒することも出来るだろう。
「竜の牙の目的はそういったことだったようだけどね、彼はどうやら竜の牙に所属していたわけではないようなんだ」
私を助けてくれたアズマオオリュウが怒ってベコッとしてしまった竜の牙のアジトである地下施設だが、生きて捕縛された魔術師も何人かはいたらしい。その犯罪者に対してキルリスさんがロランツさん曰く「口に出したくはない根暗な方法で」尋問したところ、ルタルカと接触したのは禁術についての話をするためであり、彼は竜の牙については興味を示さなかったらしい。
そして、竜の牙に所属していた魔術師は、「最近増えてきた異世界人を捕まえていただけで、召喚はしていない」と証言し、魔力などを使うことで実際に事実だと証明されていた。
「だから魔術師ルタルカの目的はまだ分かってない。ただ彼は禁術を使い異世界人を召喚し、そのために魔術師会や竜騎士団を敵に回した」
「それでその人がいるかもという情報でキルリスさんが北西地方へ飛んだんですね」
「ルタルカを超える魔術師といえば現役ではキルリスくらいだからね。応援の魔術師も連れて行っているし、間もなく捕まえて帰ってくると思う。魔術師の戦いというか切れたキルリスなんて物騒だから、ここで大人しく待ってるのがいいね」
「そういう訳にもいかないんですッ!!」
いきなりバターンと扉が開かれ、大きな声と共に一人の女性が飛び込んできた。
桃色めいたブロンドを靡かせた華奢な女性。竜の牙のアジト跡で一度会っているナキナさんが、泥のような顔色でふらつきながら立っていた。




