不穏の足音3
私は今拷問を受けていた。
「うぅ……フィカル、なんて酷い人なの。そんなことするだなんて……!」
目の前にはツヤツヤと輝くフルーツが載ったタルトが差し出されている。顔を背けても美味しそうな匂いが追いかけてくる。私はぱんぱんになったお腹を抱えて苦渋の決断をして拒否をしているのに、フィカルはタルトをフォークに刺してずっと私の口元に運び続けているのだ。
「くっ……苦しい……まさかデザートコーナーが別テーブルだったなんて」
この世界でデザートといえば大体がフルーツをそのままもしくは干したもの、あとはパンとクッキーの中間のような焼き菓子などである。しかしさすがは王都、様々な種類のデザートが並べられていてテーブルの上はさながら宝石を盛り付けたようだった。
限界まで美食の海を泳ぎ回っていた私は破裂せんばかりの胃袋とデザートの誘惑の紛争地帯にいる。
「いやもうこの際カロリーとかはいいんだけどこれ以上食べると……あぁっ!」
必死に私の中の理性さんが何度目かである断りの文句を述べている最中に、フィカルはスッとフォークを引いてフルーツの載ったタルトを自分の口に入れようとした。思わず声を上げてしまった私の口にすかさずとんぼ返りしたフォークがタルトを押し込む。上に載ったさっぱりした酸味のあるフルーツと濃厚な甘みのクリーム、さっくさくのタルト生地が満腹でもなお美味しい。爽やかな森の中のお花畑といったリリカルなイメージを想起させるタルト。駅ビルとかで1ピース700円くらいで売っている味だ。しかも並ぶようなお店の。
「まって……ほんとこれ以上は無理。お腹ぽっこりする。歩いたら脇腹痛くなっちゃう」
今度はスプーンにぷるるんと艶かしく揺らめくプリンを載せて唇を突くフィカルに手で拒否を示していると、ロランツさんとデギスさんがやってきた。
「やあ、食事は堪能出来たみたいだね」
「ろ、ロランツさん……フィカルを止めて下さい……ブタになってしまう」
「デザートは口に合わなかったかな?」
「いえ凄く美味しいのですが、お腹いっぱいで苦しいんです」
「小部屋があるから休憩出来るよ。デザートはまた後で食べるといい」
なんという悪魔の提案。後で食べるかどうかは置いておいて、とりあえず胃袋を落ち着かせるために私とフィカルはロランツさん達に付いて行って休憩することにした。
ホールのすぐ近くにいくつも作られた部屋の一つは、夜会の前にいた部屋より少し小ぶりだった。大きなカウチやソファなどが置かれている。まだ火は入っていないけれど小さな暖炉も作り付けられていた。ソファに座ると沈みそうなほどフカフカだった。背もたれもこのまま眠れそうなほどの角度だ。脇に置かれていたクッションをいくつか取って腰の方に当てて座り心地を調節していると、クッションを取ったところにジャマキノコが生えていた。
いや、キノコはクッションにならないから。とどかしているとデギスさんが興味深そうに見ていたので渡してみる。大きな手に持たれているとジャマキノコが小さく見えた。
「王城の夜会はどうだった? 皆勇者が気になってしょうがなかったみたいだけど」
「料理がとても美味しかったです。フィカルは沢山話しかけられて大体スルーしてました」
「まあ、礼儀のなってない連中も多いからね。領主になる実力のない奴らは王都で鬱屈することも多いから」
そうなのだ。私がノイアスさんのオタクトークに耳を傾けている傍らで、フィカルに対して嫌なことを言ってくるような人達もいた。半分以上が勇者であるフィカルに対して感謝を言ったり魔王の話を聞きたがる人だったけれど、すれ違いざまに嘘吐きとか成り上がり者とか、聞いてるこっちがイラッと来るようなことを言う人もいた。
もし私がフィカルくらい強かったら一発いれてやろうかと思うようなネチネチした人もいたりしたけれど、フィカルはそのどれも平等にしれっと聞き流して食事をし、美味しかったものは私のお皿にも追加していた。近付いてくる相手はちらっと見るので聞こえているだろうに、私が心配して顔色を窺っても紺色の目は全く気にしていないように瞬いていたのだ。
フィカルはそういう中傷の言葉よりも、露骨にアピールしてくる女の人の方が迷惑だったらしい。豊満な胸を押し付けるように腕を組もうとしていた女性もいたけれど、その度に柳のようにかわしていた。相手の殺気を読むのが得意な剣の達人のような動きでスッスッと避けていたので吹き出しそうになるのを堪えるのが辛かったくらいである。後半になるともう大体眉にシワを作って「断る」と「迷惑だ」を繰り返していたけれど。
ちなみに私も女性から鞘当てというか「殿方の隣でそんなに食べるなんてクスクス」みたいなことは言われたけれど、実際どうかと思うほど食べていたので確かにと頷いて終わった。でも私の食べ過ぎの原因の半分は多分フィカルがわんこそば状態で食事を運んできたからだと思う。
「オレはああいうねちっこくてひ弱なやつが大っ嫌いなんだよ。陰口叩く前に筋肉でも付けろっつーんだ」
「まぁ、あいつらも一応役に立っているときもあるから」
お貴族様の世界も色々あるようである。ウェーと嫌そうな顔をしたデギスさんが、そういえば、と手を叩いた。
「ほらロランツ、こいつら何か変じゃねぇか?」
「変?」
「あ、そうだ。私とフィカルが最近割と夢見が悪いんですけど……」
「変だろ」
ロランツさんが目を凝らすように私とフィカルをじっくりと眺めて首を捻る。
「俺はわからないな。攻撃以外の魔術は自信はないけど、特に変わりはないように視える」
「じゃあただ疲れが溜まってるだけなんですかね」
「いや、デギスの野生の勘は当たるんだ。何かあるんだろうな」
野生なのか。ロランツさんはまたしばらく私とフィカルをじっと見つめていたけれど、やはり何もわからないようで肩を竦めて首を振った。
「キルリスならわかるだろうけど……うーん」
「キルリスさん、まだ仕事大変なんですか?」
「大変というか、ちょっと手間取っているようでね。さっき連絡に帰ってきた部下が倒れてたし」
「え?! それすごく大変なんじゃ」
慌てると、魔術師が転移で魔力を使いすぎて倒れるというのはちょいちょいあることらしかった。魔力は自然に少しずつ回復するし、魔力の強い食材などでも補給できるのでさほど大事ではないという。倒れた魔術師も軽い魔力の枯渇だったため、今は眠っているという。
「キルリスが君の事情聴取をする前に北西地方に飛んだのは、竜の牙で幹部だと目されていた魔術師の痕跡を見つけたからなんだ」
ロランツさんがそう話した瞬間、私の隣でフィカルが気を張りつめたのがわかった。




