王都へ1
夜が薄くなってきた時間に起きて、あくびを噛み殺しながら身支度を済ませる。とはいっても街で宿を取りながらの旅は買い物でカバー出来ると教えられていたので、身軽さを優先して荷物はあまり多くない。
忘れ物がないか確認して、ヒカリホオズキに布を掛けて魔物を集めないようにして戸締まりをする。起き出した私達の物音が聞こえていたのか、外に出るとスーがワクワク顔で待ち構えていた。尻尾を振るスーを宥めて鞍を掛け、荷物を括り付けたところで、ピーヨピヨと鳥が鳴きながら飛んできた。
緑がかった銀色の小鳥は明るさがまだ少ない中で微妙に光っていて、一直線に私の方へと飛んでくる。受け止めようと両手を広げるけれど、その前にフィカルが片手でぐわっと掴んでしまった。
「フィカル?! 潰してないよね?」
この世界に来てから生き物を捌く光景には耐性が付いてきたほうだと思うけれど、流石に小鳥が潰された姿は見たくない。慌ててフィカルの腕を引き寄せると、手加減していたらしく小鳥はフィカルの手の中で首だけをキョトキョトさせていた。そのつぶらな瞳に私を映すと、ピィと鳴いて大きく口を開け、何かを吐き出し始める。
「うわっ 何?! 大丈夫?」
グエグエと小鳥が吐き出したのは手紙だった。明らかに小鳥の体のサイズよりも大きいそれを苦労して吐き出した小鳥は、再びピィと鳴いてふわっと消えてしまう。
残った手紙の送り主はキルリスさんだった。事情聴取のために王都へ来られたしと書いた正式な招待状というか、召集令状というか、そんな感じの手紙だ。手紙には小さな魔術陣が付いていて、これを見せればキルリスさんのところへ行けるシステムになっているようだ。封蝋に付いているキルリスさんの家の紋章らしきマークが、花を沢山あしらったデザインで可愛い。
「これを持って行けば良いんだって」
小鳥が消えた手をぐーぱーしていたフィカルは、こっくりと頷いて私を鞍に乗せる。しっかりマントを着ているか確認して自分も鐙に足を掛け、スーは高く舞い上がった。
王都はすべての街の大体中心に位置する場所に置かれていて、トルテアから見て北西の方向にある。王都へ行くには8つの街道があり、まず東西南北に大きな街道と街が設けられ、その間にも四本そこそこ大きい街道が走っている。街道と言っても王都から離れるに連れて街のない場所には石畳も敷かれていないところもあるけれど、そのうちの一つの街道が東南端にあるトルテアへと繋がるものなのでそれに沿って真っすぐ行けば王都へと着くのだ。
だから私達はその街道を目印に北西に真っ直ぐ飛べばいいのだけれど、その前にやっておくべきことがある。
「ピギャーッグギャギャッ!」
高く舞い上がった私達に釣られるようにして東の方から慌てて飛んできているのは、すっかりトルテアの位置を覚えて更に近場で寝泊まりしているらしい仔竜だった。
ご近所迷惑にならないようにトルテアの街から北西に少し離れた場所に降り立って、私は駄々っ子の説得を試みることになった。
「あのね、私達これからしばらくあっちに行くの。すぐ戻ってくるから待っててね」
「ギャウ、ギャオオオウ」
全然通じていない。
仔竜は大きくなった翼をバサッと広げて北西の方角を隠すように立ち、鼻先で反対側へと押してくる。結構な強さだけれど、私を抱えるように後ろに立っているフィカルが腕で止めているので無事だった。フィカルでもぐぐ、と拮抗しているので、仔竜は力も強くなっているらしい。
旅に出るなら東へ、とオススメしている仔竜が旅行会社の回し者に見える。そっちに人間用の観光地はない。
「ギャギャギャ」
「向こうは人間がいるから、流石に仔竜ちゃんを連れていけないんだよ」
人間が捕まえて従わせている竜は、基本的に従っている相手に逆らうことはない。そのため竜を飼っている人間がしっかりしているのであればある程度安全だといえるのだ。しかしそうではない竜というのは、基本的に討伐対象である。竜は賢いので野生のものはほとんど人里へ来ないけれど、知能が高く魔力も強い竜は近場に出ただけでも危険なのだ。そんな竜が街へとひょっこり現れたら阿鼻叫喚になるし、街をうっかり尻尾で撫でようものなら私も阿鼻叫喚出来る。
平和で竜も少ないトルテアだからこそ仔竜の存在は見逃されているけれど、竜を見慣れている街なら手綱も鞍もない竜が現れたら冒険者たちがこぞって攻撃してくるだろう。総出で攻撃されればいくら竜でも怪我くらいするし、竜騎士団が捕まえようとするかもしれない。
仔竜が暴れて建物を壊したり人間に怪我をさせるのも恐ろしいけれど、もっとも怖いのは人間側が仔竜に危害を加えることだ。そうなれば保護者一族であるアズマオオリュウはもちろん、他の成竜も暴れてしまうかもしれない。
人間と竜の平和のためにも、私は根気強く仔竜を説得した。
「また戻ってくるから。大丈夫だから。ねっ。待ってて」
「ギャアオウ」
「帰ってきたらすぐに会いに行くから。ちゃんと戻ってくるから」
「ガアォウ」
相変わらず不平を言うように鳴いてはいるものの、仔竜もだんだんとわかってきたのか、ぺしょんと体を平たくさせて目をウルウルさせている。縦の瞳孔が走る黄緑っぽくも金色っぽくも見える目は大きいけれど、ウルウルさせていると非常に訴えるものがある。私は竜のこの目に弱い。
「ごめんねー待っててねー聞き分けてね」
「ピギャ……」
フィカルに片手を繋がれたまま仔竜に抱きついて説得しているとそれまで面倒くさそうに待っていたスーがのっそりと立ち上がった。ノシノシ歩いてきて、ぐるぐる言いながら私に鼻先を差し出して私を仔竜から引き離す。それからおもむろに、仔竜にガブッと噛み付いた。
「!!!」
「ピギェエエ!!」
「ギャオオッ」
ガオッとかギャウッとか言いながら、2匹の竜は揉み合い始めた。体格ではスーの方が小さくなってしまっているけれど、年の功なのかスーは素早く動いて仔竜の攻撃を躱しながら、あちこちに噛み付いたりゲシゲシと太い後ろ脚で蹴りを入れていた。
スーは手加減をしているらしく仔竜から血は流れていないもののハラハラしながらそれを見守るしかない。微妙に遠くから汽笛のような声が聞こえてくるのも私の心配を増加させていた。
やがて疲れたのか仔竜はポロポロ泣きながらぐったりと地面に伏せ、スーは鼻息荒く胸を反らした。それから何事もなかったかのように私達の方へ身を屈めて乗るように促している。
「えっと……仔竜ちゃん……」
「ピギャウ……」
「ごめんね、仲間と一緒に待っててね」
肉体言語が効いたのか、スーに騎乗する私に鼻先を寄せたものの、やがて仔竜は王都とは反対側の方へとしょぼしょぼ飛び立っていった。こうして竜は大人になっていくのかもしれない。
「スー、説得を手伝ってくれてありがとね」
「ギャウッ」
得意げに一声鳴いたスーはフィカルの指示で北西を目指す。
仔竜の消えた東からは太陽が頭を覗かせていた。
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/19)




