旅の支度5
この世界では、しばらく家を留守にする時には魔術を掛けてもらうらしい。
数日ならともかく、家に手を入れないまま放置すると朽ちるのが早くなってしまうそうだ。日本にいた頃も普段使ってない和室によく風通しをしていたので、人の手が入らない状態を続けるというのがあまり良くないのだろう。魔術を使うことで、ずっとそのままというわけではないけれど、劣化を緩やかにすることが出来るらしい。魔術すごい。
この魔術は地面に液体で陣を描いて作るものらしいけれど、私は見たことがない。カルカチアに収穫の手伝いに行った時はギルドが出稼ぎ組の家をまとめてコントスさんに依頼してくれていたので、私達が出発したあとに行われたらしかった。
「いらっしゃいませぇ! お師匠さまぁー!」
「こんにちは。この前も思ったけど、リルカス背伸びたよね」
「ほんとですかぁ?! やったあ!」
「こらこら、家の中で走り回らない。スミレちゃん達もいらっしゃい」
手を拭きながらやって来たコントスさんは苦笑しながら弟子の頭に手を置いた。
「ローブがどんどん短くなって出費が大変だよ」
「短いのでもいいですよぉ! その方が動きやすいし汚さないし!」
「みっともない格好じゃ魔術師としての貫禄が出ないよ?」
「大きめのを買って裾上げしておいたら良いんじゃないですか? 伸びたら糸を解けば良いし」
「そうか……僕はそういうのからきしだから思いつかなかったけど、そういえば子供の頃はそんな風にしてたな」
私は少ない裁縫スキルで、簡単に裾上げの説明をした。イチから服を作ることに比べたら、服のお直しはまだ簡単だ。
「仕立てる時にお願いしたらやってくれそうですけど」
「ローブは大人になれば自分で作るから、売ってるのは大体既製サイズだし店主も不親切なんだよねえ」
「お師匠さま、良い金蔓になっちゃってましたね!」
リルカスはすごい言葉を知っているな。笑顔で言うものではないけれど。
「スミレちゃん、助かったよ。で、留守の魔術の話だよね?」
「はい。どれくらい王都にいることになるのわからないので、長めに掛けておいて欲しいんですけど、いくらくらいかかりますか?」
「留守の魔術はですねぇ大体10日で中銅貨むぐぐ」
「今回はお代はいいよ」
「え?」
瞳に金という字を浮かばせて喋りだしたリルカスの口を塞ぎながら、コントスさんは微笑んだ。
「ほら、大機織りで僕が助言したからスミレちゃんが一人で攫われちゃっただろ?」
「でもあれはコントスさんのせいじゃないですよ。2人でいても攫われたかもしれないんだし」
「街に住む魔術師はね、その地を守る義務があるんだ。僕も警戒はしていたのに防げなかった。力不足で女の子に怖い思いをさせて申し訳ない」
そういってコントスさんが頭を下げて、私は慌てて両手を振った。片手にはフィカルの手が付いているままなので、フィカルの腕も振っている。
「あの、竜の牙は集団だったし、力がある魔術師だったってキルリスさんも言ってたし、全然気にしてないんでほんとに!」
「でもこれくらいはサービスさせて。僕の罪悪感を減らすと思って」
「じゃあ、お願いします。その代わり、これで申し訳なく思う気持ちも終わりにしてくださいね」
ついでに、留守の間アネモネちゃんを預かってくれるようにお願いもしておく。アネモネちゃんも連れていけないことはないけれど長旅になるし、結構ちょろちょろ動くアネモネちゃんが王都の雑踏で踏み潰される心配もあるからだ。
コントスさんはこれも快諾してくれた。もともと魔草は育った土地から遠く離すとあまり良くないらしい。
「うげぇ。また毎朝起こされるんですかぁ」
「いい子だよね。寝坊しそうになると教えてくれるから」
「そんなもんじゃないですよぉ! 空が白くなった途端に起こしてくるんですからぁ!」
どうやらアネモネちゃんは私がいない間にコントスさん宅で目覚まし係をしていたらしい。リルカスがぷりぷり不満を言っているので、あんまり早い時間に起こさないように言っておくと約束する。
それから皆で連れ立って私とフィカルの家へと戻ることになった。コントスさんは杖を持って、リルカスはツルンとした焼き物の壺を抱えて先を行くスーを興味津々で眺めている。
世間話として聞いた所によると、魔術師の杖はどんな形でも良いらしい。コントスさんは木刀くらいの長さで表面もヤスリを掛けていたけれど、キルリスさんの杖はそれよりも大きくて身長を超していたように思う。魔法使いの杖といえば、で想像するような指揮棒サイズを使っている人もいるらしかった。習った派閥で大体傾向はあるものの、材質も形も人それぞれらしい。
「魔術師の魔力と大きさが比例すると言われてるね。若気の至りで大きい杖を持ったこともあるけれど、術が安定しなくなるから削ったんだよ」
「へえぇ。じゃあ杖でその人の魔力がどれくらいかわかるんですね」
「自分の器より小さい杖を持つことで魔力の精度を上げているという人もいるから、一概にはいえないけれどね」
家に着くと、アネモネちゃんを抱っこした私とフィカルとスーは少し離れた所に立っているように言われた。アネモネちゃんは私の肩によじ登って、右手はフィカルが握っている。左側にはスーがちょこんとお座りをした。
コントスさんは杖ですいすいと家の周りに魔術陣を描いていく。そのあとにリルカスが付いて行って、壺の中から掴み出した緑色の砂をサラサラと線をなぞるようにかけていた。地面では軽く線が引かれているからその上に置いているんだなあとわかるけれど、石畳の上でもリルカスはちゃんと杖がなぞったあとにきちんとついて行っている。細かそうな動きなのに迷うことなく砂を落としているということは、私には見えない何かを見ているのだろう。
丸く描かれていた魔術陣を書き終わると、コントスさんはコンコンと杖で地面を叩いた。すると緑色の砂がふわっと浮いて消えていく。
「はい、これで終わり。もし長引くようだったら掛け直しとくから」
「ありがとうございます!」
「出発はいつ? アネモネちゃんも今預かっておこうか」
「そうですね、お願いします」
日持ちしない食料はもうないし心配事だったシャツ手作り間に合わない問題も解決したので、荷造りをすればすぐにでも出発できる。
アネモネちゃんを手に乗せてコントスさんの方へ差し出すと、アネモネちゃんは逆走して私の腕へとしたたた走った。肘くらいのところで止まり半分手首へ戻り、肩まで行ってまた半分戻りと謎の行動を繰り返している。ぴょんと反対側の腕に乗って同じような行動を繰り返し、それから私の顔にぎゅっと抱きついて花をスリスリしてから、ようやくアネモネちゃんはコントスさんの手に飛び移る。
「アネモネちゃん〜しばらく待っててね……! すぐ帰ってくるから!」
「あはは、本当にすごい魔草だなあこの子は。じゃあ確かに預かったからね」
「スミレちゃん! アネモネちゃんに言って下さい! 朝起こさないように!」
「あ、忘れてた」
きちんとお願いするとこくこくと花を揺らしたアネモネちゃんは、見えなくなるまで葉っぱを振ってくれていた。
いつの間にか日も傾いてきている。昨日のうちにギルドへ挨拶は済ませているので、今日は保存食で簡単な夕食を作って荷造りしたら明日の朝に出発出来る。
初めての王都だ。理由が事情聴取とはいえ、私は結構ワクワクしている。足取り軽く家に入ろうとした私の肩を、フィカルがポンポンと叩いた。
「あ」
指差しているのはスーの鞍。今日買った食糧と、服と、刺繍セットだった。
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/15)




