旅の支度4
「あら〜いらっしゃい、スミレちゃん、フィカルちゃん」
おっとりと歓迎してくれたのは、ふわふわした可愛い女店主であるルリアナさん。今年冒険者になった仲良しタマゴ3人組の一人、リリアナのお母さんである。
妖精の化身といわれるシシルさんは美しいという形容詞がぴったりだけれど、ルリアナさんはお人形のように可愛らしい。子持ちとは思えないほどフリフリの似合う女性である。
ルリアナさんは王都の大きな商家出身で、トルテア生まれの商人である旦那さんと大恋愛をして嫁いできたらしい。そのためか全体的にふわふわした感じの人で、仲良くなった相手を全員ちゃん付けするというある意味猛者な一面も持っていた。
「こんにちは」
「いつもリリアナちゃんと仲良くしてくれてありがとう。今日はお買い物?」
「はい。王都に行くことになったんで、一揃え用意して欲しいんですけど。フィカルと私の分」
「まあ」
ルリアナさんはふわんとした頬に手を当てておっとりと首を傾げた。私の背後でふるふると首を振り続けているフィカルがいるためだと思われる。
「フィカルちゃんは嫌なの? スミレちゃんの手作りが良いのではなくて?」
「お裁縫苦手だし、出発まで時間がないので……」
あと道具屋の件でフィカルに仕返ししてやりたい気持ちなので。
「冬越しの準備も全然終わってないし、王都から帰ってきたらきっとバタバタすると思うので、いくつか買いたいんですけど」
「そういえば、スミレちゃんはなんだか大変だったみたいねぇ〜。シャツもいくつか作り置きしてあるから、2人ならサイズも合うと思うけど」
「こと」
「断りません」
必殺断る殺しを繰り出した私に、無表情のフィカルが心なしかむぅと口をへの字にした。
「まぁまぁ、フィカルちゃんの気持ちもわからないではないわよ〜。スミレちゃんも時間があれば縫ってあげたいでしょう? 色男には呪いシャツが何枚あっても足りないって昔から言うものねえ」
「いえ別に……まじない?」
「そうよ〜。ひと針ひと針縫って女避けの魔術を掛けたシャツを着せるの」
そんな威力があったのか、お裁縫。確かにシシルさん辺りが縫ったのであれば雑巾でさえも花の香りを振りまきそうだけれど。
「私、魔力ないんですが」
「関係ないわよぅ〜。若い子が手縫いすれば縫い目がいびつでしょう? 狙って近付いた娘はすぐ気付くわけ。シャツを縫ってくれる相手がいるってだけで牽制になるんだから。うちの人も素敵だから若い頃はヤキモキしたもんだわぁ。わざとヘタに縫ったりしてねぇ」
ウフフと笑うルリアナさんは可愛い系の美人だが、旦那さんはごく平凡な男性だ。温和で非常に親切な人だけれど、背が低めでぽよんとした体型である。旦那さんは市場の少し離れた場所で別の店をやっているけれど、そちらにもルリアナさん目当ての客が行くことはあれど旦那さんが狙われているという話は聞いたことがない。恋は盲目とはこういうことかと密かに息を呑んだ。
そしてナチュラルに私がフィカルのそういうポジションであると思い込んでいる。
「私はどっちかというときれいなシャツの方が良いんじゃないかと……」
「まあねぇ〜。王都にお呼ばれだったら、きちんとした格好も持って行って失敗はないわね」
繋いだ手をフィカルがぐっぐっと引っ張っている。駄々をこねても無駄なのだ。それに気付かないフリをしてシャツを取りに行ってくれたルリアナさんを待つ。
両手に何枚かのシャツをまとめて持ってきたルリアナさんが、まず男物のシャツを広げた。
「フィカルちゃん、こういうシャツどう? ここなんかに刺繍を入れてもらうの。これくらいのサイズならスミレちゃんも片手間に出来るでしょう? スミレちゃんの負担も少ないし、フィカルちゃんも納得してくれるんじゃない?」
V字に切れ目が入ったシャツには襟が付いていて、その角や胸元あたりを指差してルリアナさんは微笑んだ。私はうっと怯んだがフィカルは少し興味を抱いた様子である。
「わ、私刺繍とかそんな高度なこと出来ませんよ」
「あら、簡単よ〜教えてあげるわ! 襟の縁を色の付いた糸で飾り縫いするだけでも印象変わるし、名前を縫い付けてもいいわよぉ。3枚くらいなら一日で出来ちゃうから」
「えぇ……」
「ほら、フィカルちゃんもそれならいいでしょう? 少し安くしとくから、その分スミレちゃんのはお洒落なの買ったらどう? ほらフィカルちゃん、可愛いの買ってあげてお願いしなさいな」
「うぅ……」
敏腕女店主ルリアナさんの折衷案により、あれよあれよという間に買う服が決まっていった。私とフィカルそれぞれシャツを3枚ずつと下着、お出かけにも堪えうる綺麗めの上着とズボン。私はさらにすごく素敵な色合いのワンピースを1着、ついでに刺繍セットもお買上げである。
トルテアで1番の仕立て屋だけあってお会計はびっくりする値段になったものの、フィカルが滅多に使わない財布を取り出した。そして荷物も自分で抱えたので、私は文句も言えず裁縫教室まで開いてくれたルリアナさんに手を振ったのだった。
なぜ私のほうが若干負けた気がするのだろうか。オレンジから裾に向かってワイン色に変わるワンピース、裾に控えめなレースが付いていてスカートの広がり具合もすごく可愛いのだ。こんなの買ってもらったら刺繍するしかないではないか。
「なんだか疲れた……」
乾物屋を覗いて干し肉やナッツ、ドライフルーツを沢山購入した後、お昼休憩を取りながら思わず呟いてしまう。今日の昼食はもちっとした丸いパンを二つ折りにしたサンドイッチである。シャキシャキした温野菜とほぐしたトモシビドリの漬け焼きが美味しいお気に入りのお店だ。
お店の前にいくつかテーブルが出されているので、店から遠いテーブルに座る。するとどこかからストーキングしていたらしいスーが広場の中心に素早く降り立った。行商の人達はぎょっとした顔で身構えているけれど、トルテアでは既に見慣れた光景になりつつある。スーはいくつかのお店の人が持ってきたくず野菜や傷みかけた肉などをおやつに貰う。お店の人はゴミ捨てが楽になって、スーは小腹が満たされる。なかなかエコな竜なのだった。
「ジュースいかがですかー?」
「だーぁ」
あちこちのテーブルを歩き回って売り子をしているのは、小さい姉妹だ。お姉ちゃんのラチネは小学校低学年くらいなのにしっかりしていて、首に引っ掛けられるようにした籠にジュースを並べ、いつもよちよち歩きのタチネの手を引きながら接客をしている。もっと割安なジュースのお店もあるのに、この姉妹の愛らしさについつい買ってしまう。ラチネもそれを知っていて私を見かけると笑顔でやってくるのだった。
「スミレちゃん、このジュース美味しいよ。ナキブドウは今の時期だけなの」
「じゃあそれ2つね」
「ありがとうございます!」
「じゃーまーしゅ!」
かわいい。お金を渡すと姉妹は老夫婦を見つけて売り込みに行った。その途中で商人がお店から声を掛けている。あの年頃でジュース屋では1番の稼ぎ手といわれるだけある人気だ。
ちなみにナキブドウは紫色をしていたものの、梅ジュースっぽい味わいでスッキリとした後味だった。
疲れを癒やしスーの鞍に荷物を括り付けて身軽になると、最後はコントスさんの家だ。
ご指摘頂き間違いを修正しました。(2017/05/18、12/16)




