26 黒国の窮状
黒国の窮状
町長の表情を見れば、『選ばない』という選択は許されそうも無い。
しばらく考えていた隆之は究極の選択を選ぶ。
食事用の容器を手元に引き寄せた。
マナーを無視して、全部食べるつもりだ。
後は、『なるようになれ』という開き直りだった。
右から順番に手を伸ばして、中身を容器に移した。
四つとも移し終えて、しゃもじでかき混ぜて食べてしまう。
これで、器を選ぶ儀式はお流れだ。
デザートの味をしっかり堪能する。
最初に選ばれたと思っていた娘の落胆ぶりが判る。
しかし、四人分を容器に入れる頃には呆れ顔だった。
食事が済んで、片付けてもらう。
四人の娘も奥さんに連れられて引き上げていった。
町長が部屋に残って今後の打ち合わせを行う雰囲気だ。
町長からは、器に関することは何も言われなかった。
隆之は町長から五十年前の話をもう少し聞きたかった。
そして、町長から簡単に話を聞く。
要約すれば、黒国にはもう迷宮を設置する余地は無かった。
国のほとんどを平原に喰われた状態だ。
残っているのは最初の三割程度の領地しかない。
それと、周りを囲んでいる平原が出来たのを境に女神が行方不明。
そのため、迷宮の神様が『不在』と言う話だ。
そのため、せっかく迷宮学校のノウハウを仕入れても設置の余地がない。
迷宮を設置するための暗黙のルールがあった。
これは、隆之も知らないことだ。
迷宮を支える空間と人々の活力だった。
黒国では迷宮空間の残りが無い。
おまけに、平原が出来た時に人口の九割が飲み込まれてしまった。
そのため、黒国の迷宮枠は皆無に等しい。
それどころか、世界はその迷宮枠を使い果たす寸前だった。
五十年前に、この世界最大の危機があった。
世界は、迷宮の枠を使い果たして滅びに向かう寸前だった。
白国の迷宮の神様は乾坤一擲の力を使って異次元から救世主を呼び出した。
それが、『大成功』という話だ。
そして、迷宮学校で鍛えられた冒険者が次々と迷宮を解放して行った。
今では、見捨てられた迷宮も活動を再開して繁盛している。
基本的な部分は大きく変わらない。
けれども、迷宮学校を参考に改良が加えられた。
町長の話の中に、面白い話もあった。
あの美穂を取り合った金持ちの話だ。
あの時は名前も知らなかったけど、『ゼロ』という男だった。
金持ちの男は、独自の考えで動いていた。
呼び寄せられた賢者を使って迷宮攻略を考えた。
金持ちなりに、迷宮攻略の手段を模索していたときらしい。
相手が『迷宮の神様』と知らずに賢者を盗り合った存在だ。
その後、あの金持ちは神の考えに賛同して神殿に帰依した。
あの時点では、いけすかない男に見えた。
けれども、一応救世主を目指していたらしい。
奴隷を返上して帰ってきた一万Gで多くの孤児を助けた聖人だ。
もっとも、その恩を感じた孤児達がやはり神殿に詣でて子供を授かっていたら
しい。
現在の各国の神殿長はその『聖人から与えられた子供』という話だ。
この世界では、性道徳はそれほど重要ではなさそう。
強い者の子供を授かるのは女の幸せらしい。
その意味で、あの金持ちは強者に属していた。
ちなみに、デザートの皿が四個しかなかった。
それは、奥さんが既に妊娠していたからだ。
もし、妊娠していなかったら五つの皿が並んだらしい。
隆之は、皿を選ばなくて正解だった事を知る。
通り掛かりの町でそのような問題を起こしたくなかったのが本音だ。
この街を含めて黒国では男性は極端に少ない。
理由は、迷宮への無謀な挑戦をして早死にしたからだ。
それ以外、この町の存続に関る問題もあった。
まず、数少ない開放された迷宮でもモンスターの強さは異常らしい。
白国では迷宮学校で鍛えられた精鋭が解放を行った。
しかし、この黒国では冒険者のレベルが低くて敵わなかった。
迷宮への挑戦は、子孫を残す意味で女性の挑戦は控えられている。
その状態が長く続いた現在はバランスがかなり崩れている状態だ。
その意味で、妊娠した女性は街を上げて保護していた。
そして、強い男を望むのは当然だった。
町の事情も聞いてみた。
この広大な平原の中でこの町だけが存在していた。
雨もこの町だけは降るらしい。
しかし、平原には降らない不思議な状態だ。
なにより、町の存続は直径十キロメートルの範囲だけ。
それより外に人造物を設置しようとすると『消える』という。
だから、標識さえも設置できなかった。
人造物なので、死体さえもしばらくすれば消えてしまう。
平原の大きさは半径百五十キロメートルという。
黒国が大陸から半島状に取り残された位置関係だった。
この町が唯一の中継点だ。
ただ、救われることもあった。
この世界では魔力コンパスが使える。
この町にコンパスをセットすれば、道に迷うことはなかった。
もっとも、途中に魔物の住処があるため護衛をかなり雇う必要がある。
町の存続が黒国の生命線ともいえた。
そして、かつての黒国の首都がこの地にあったことを教えられる。
歴史的には百年前のことだったらしい。
黒国の簡単な歴史と町の窮状を教えられた。
範囲が限定された町の今後の発展は望めなかった。
この大平原の意味さえ判らない常態だ。
土地なら当然起こりえる侵食も雨が降らないために起こらない。
町から出た排水は『空間に消えてしまう』という話だった。
当然、それに伴う汚物も同様だ。
そのため、町は意外に綺麗な状態で存続していた。
町の敷地内なら、畑も可能だ。
もっとも、圧倒的に品不足状態だった。
皮肉にも、交通を阻むモンスターが町の存続理由だ。
その討伐のために冒険者が立ち寄った。
そして、モンスターが落す金と食料が町の財源でもあった。
隆之は町長の説明を受けて混乱していた。
隆之自身、この地に来た理由が判らないからだ。
そもそも、この町にたどり着けたのも偶然だ。
広大な平原で野垂れ死にしていた可能性もある。
それだけに、この世界に来た理由が知りたかった。




