23 馬
馬
自身の魔法の凄さに驚いた隆之だ。
この世界の風の魔法はこんな威力ではない。
中にはモンスターの一部を切り裂く威力もある。
けれども、こうもりの羽の膜程度だ。
どちらかと言えば、孕んだ風が逃げ場をなくして弾けた雰囲気が強い。
なのに、隆之の放った魔法はまるで剃刀のような威力だった。
何が起きたのか判らないまま茫然自失としていた。
倒したことより、盗賊たちが消える直前まで放っていた血の噴水の所為だ。
人が死ぬとあんなに血を噴くとは知らなかった。
しかも、隆之の方に向かって前傾姿勢。
一斉放血を喰らった隆之だ。
あまりの、ショックに呆然としていた。
意識が元に戻ったのはしばらくしてからだ。
幸い、血もエフェクトで消えた。
隆之をまぶしいエフェクトが包んだ。
その影響もあった。
倒した盗賊の残した馬のいななきで初めて気付く。
慌てて、周りを見る。
盗賊の乗っていた馬が周りに徘徊していた。
馬達は落ち着きが無さげにいなないたりしている。
馬と表現しているけど、『馬に似たような生物』と言うべきか。
どちらかといえば、キリンの首が短い生物だ。
便宜上、馬と表現する。
馬にとって、主が殺されたわけだ。
そのため、隆之を恐れているようにみえる。
けれども遠くに逃げる気配はない。
ただ気になるのは、一方向に固まっていることだ。
馬以外、目に付いたのは盗賊が残していった馬車だ。
馬車を守っていた男もいた。
けれども、隆之が接近すると飛び降りて逃げた。
馬たちは、その馬車を守るようにしている印象でもある。
もっとも、隆之の魔法領域には入ってこない。
馬車に近づくごとに、離れていく。
盗賊の男が逃げ出した理由は簡単だ。
馬車馬は男がいくら促がしても逃げようとしなかった所為だ。
いまさら逃げる敵に止めを刺す気は無い。
逃げていくのを見送った隆之だ。
馬車に繋がれた馬は一際立派な黒い馬だった。
繋がれた馬は隆之が接近しても睨むだけ。
少しも逃げようとしなかった。
それについては、周りの馬達も同様だ。
なぜか、馬達は隆之自身を恐れてはいる。
当然、馬達の本来の主を殺した男なので嫌うのは当然だ。
しかし、大きく離れようとはしない。
馬たちが守ろうと心がけていたのはその黒馬だ。
もっとも、本能が勝るのか馬車を置き去りにして離れていた。
馬車には、幌がかぶせてある。
西部劇に出てくる『幌馬車』などではない。
幌というよりシートと言った方が近いのか。
荷物が、風に飛ばされないための工夫だ。
隆之は馬車に近付いていく。
馬は隆之から離れようとした。
やはり、孝之が怖いのだろう。
真っ黒のかなり形の良い馬だ。
しかし、随所に鞭で打たれたような痕があった。
おまけに、後ろ足の付け根には大きな傷。
様子からするなら、馬の足の腱を半分切り裂いた印象だった。
この世界の馬はかなり主人に忠実なのか?
それにしては、鞭傷と切り傷が気になる。
他の馬に比較してかなり立派な体格だ。
そんな馬が馬車馬をやっていた。
もっとも、あの傷では乗馬としては使い物にならない可能性も大きい。
隆之は、怖がらないように宥めるつもりで声を掛ける。
昔、近所にいた犬を思い出した。
その要領で、敵意を殺して馬車に近付いた。
今度は逃げようとしない。
隆之は、馬の首を撫でるように手を動かす。
身体の鞭傷が気になるので、様子を見るため手を当てる。
治せる様な物は何も持っていない。
可哀相と思うだけだ。
そして、手を当てたところが通過する。
すると、鞭傷が消えていた。
目を凝らして、確認する。
どうやら、隆之が触ったところの傷が治っていた。
隆之は、目に付く大きな傷を触っていく。
その間、馬はされるがままに大人しくしていた。
傷の治療が終って、再び馬の正面に立つ。
馬が嬉しそうな表情をするのがなんとなくわかる。
馬は、隆之に鼻面を押し付けて嬉しそうにしていた。
隆之は可愛がる要領で馬の首筋に手を当てて撫でてやる。
馬が気持ち良さそうに目を細めた。
そして、もう逆らう様子は全然見られない。
それどころか、主人を殺されて遠巻きにしていた馬たちも寄って来た。
馬はかなり頭の良い動物のような印象だ。
隆之が、先程までの敵意を消したところで近付いてきた。
それどころか、鼻面を押し付けて甘えるような雰囲気だ。
他の馬の様子に、最初の馬車馬が抗議するようにいなないた。
その声で、他の馬が一斉に隆之から離れる。
どうやら、この中で一番力がある馬の気配だ。
隆之は、期せずして馬の尊敬を勝ち取った雰囲気だった。
ただ、隆之は気になるものがある。
立派な馬なのに、首に繋がれている首鎧だ。
何の変哲もない首輪のように感じる。
しかし、見ていると気分が悪くなる物だ。
隆之は、本能的に首輪に手を掛けた。
嫌な物は棄てたいからだ。
バチッ!
まるで、静電気のような音が聞こえて、嫌悪感がぬぐわれたように消えた。
『驚いたような表情』といえばいいのか?
馬が硬直していた。
「悪いけど、もう少し我慢してくれ」
これだけの馬がつながれていた理由は動けないからだ。
しかし、繋がれた金具などは操作しようもない。
直ったのだから、他の馬に替えたいけど手段がなかった。
そのために、掛けた声だ。
まるで、馬が了解したようにいななく。
『人語を理解する?』
孝之がそう思った時だ。
馬車には、何が乗っているのか一応確認しておく。
場合によっては捨てていくべき物もありうる。
下手に荷物を持って町に向かえば犯罪者にされてしまう。
ここがどこなのか判らない状態で危険な選択は出来ない。
幌を取ると、かなりの金目の物が山積みされている。
どうやら、盗賊の盗みだした荷物らしい。
見るからに高級そうに見える家具が目に付いたからだ。
生鮮品が無いようなら、『町に着いてからこの場所に取りに来るべき』と判断
した。
見落としが無いようにチェックを重ねていく。
すると、荷台の後ろの方で音が聞こえた。
隆之は荷物を乗り越えてそちらの方に回る。
そこには縛られて芋虫状態の五人の女性がいた。
恐怖に襲われた感じで目を見開いている。
猿轡をされた女性達だ。
盗賊たちは荷物以外に誘拐も行っていたらしい。
隆之は、あわてて縄を解く。
被害者が居るなら彼女達が証人になる。
これなら、馬車に乗って町に向かう事ができた。




