第142話 人魚
381:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 21:47:12.66 ID:Uga4mH2k0
四国の太平洋側に、縁結びと縁切りの祠が並んでいる場所がある。
観光地ではない。
県道から細い農道へ入り、古い農業用溜め池の横を歩いた先にある。
祠は二つとも同じくらいの大きさで、片方には赤い糸やリボン、もう片方には錆びた鋏が供えられている。
地元では、
「片方だけ拝め」
と言われている。
両方を拝むと、池で死んだ三人がついてくるらしい。
382:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 21:48:03.29 ID:a2Xf7NcP0
縁結びと縁切りが並んでるのか
383:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 21:48:38.17 ID:M8kq1VdR0
合理的やな
付き合うところから別れるところまで一か所で済む
384:381:2026/08/01(土) 21:51:26.84 ID:Uga4mH2k0
俺の父親は、昔、その池から数キロ離れた水産加工会社で働いていた。
社名は書かない。
会社はもう存在しないが、元経営者の親族は今も県内にいる。
仮に宇賀水産とする。
宇賀水産は、養殖場、冷凍倉庫、加工場、社員寮を所有していた。
社長は地元の漁協や議員とも付き合いがあり、町ではかなりの有力者だった。
表向きは羽振りのいい会社だったが、働いている人間には評判が悪かった。
社員寮へ入った者は、給料から寮費、食費、作業着代、紹介料まで引かれた。
辞めようとすると、
「まだ会社へ借金が残っている」
と言われた。
住み込みで来た人間の免許証や保険証を、紛失防止という名目で事務所の金庫へ入れていた。
今なら明らかに問題になるが、当時は誰も表立って逆らわなかった。
385:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 21:52:21.45 ID:V6yL3sQa0
いつ頃の話?
386:381:2026/08/01(土) 21:54:18.51 ID:Uga4mH2k0
九十年代後半。
携帯電話はあったが、今ほど誰でも持っている時代ではない。
求人誌に、
「海辺の施設で住み込み勤務」
「未経験者歓迎」
「食事、個室完備」
という広告を出し、都会で住む場所を失った若者を集めていた。
実際にやらせるのは、早朝からの魚の選別、養殖いけすの清掃、製氷機から氷を運ぶ仕事だった。
逃げても、最寄りの駅までかなり距離がある。
社長は太った男で、いつも黒い警棒のような物を持って加工場を歩いていた。
父は、
「あれは警棒じゃなく、船で使う樫の棒だった」
と言っていた。
作業が遅い者の足元や、積み上げた魚箱をそれで叩いた。
直接人を殴ることもあったらしい。
社員たちは、社長が加工場へ来ると、
「鬼が来た」
と小声で知らせ合っていた。
387:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 21:55:06.89 ID:t4Fd9JwB0
怪異より社長が怖いやつか
388:381:2026/08/01(土) 21:58:12.34 ID:Uga4mH2k0
ある年の春、二十歳くらいの男が入ってきた。
ここでは西村とする。
細くて色の白い男だった。
作業中も落ち着きがなく、誰かが背後を通るたびに振り返った。
父がどこから来たのか聞くと、西の方から来たと答えた。
実家へ帰らないのかと言うと、
「帰れないんです」
と言った。
家族と揉めたのかと思ったが、そうではなかった。
西村には地元に付き合っていた女性がいた。
その女性の家へ行く途中、海岸の岩場を通っていたらしい。
月の明るい夜、沖の岩礁に女が座っているのを見た。
腰から上は裸に見え、長い黒髪が海面まで垂れていた。
足元には青いものが幾つも光っていた。
西村が見ていると、その女は顔を上げ、笑った。
何か言ったが、波の音で聞こえなかった。
気づくと西村は岩場の先まで歩いていて、もう一歩進めば海へ落ちるところだった。
389:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 21:59:01.50 ID:r1Pk8XeN0
人魚か?
390:381:2026/08/01(土) 22:01:42.65 ID:Uga4mH2k0
西村の恋人も、そう言ったらしい。
「人魚を見た男は、陸の女では満足できなくなる」
という話が、その地域にはあった。
西村はその夜から、毎晩同じ岩場へ行くようになった。
女は二度と現れなかった。
それでも仕事へ行かず、恋人にも会わず、夜になると海岸で待った。
ある晩、そこで男たちに声をかけられた。
仕事を探しているなら、海辺のリゾート施設を紹介すると言われた。
食事と部屋があり、働いた分の金はすぐ払うという。
西村はその男たちの車へ乗った。
連れてこられたのが宇賀水産だった。
父は西村からその話を聞いて、
「人魚を見たんじゃなく、疲れて幻を見たんだろう」
と思ったそうだ。
ただ、西村は何度も、
「岩礁の周りで光っていた青いものは、魚の鱗じゃない」
と言っていた。
391:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 22:02:19.42 ID:q7Hu2mLc0
求人業者の方が人買いじゃねえか
392:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 22:02:57.33 ID:B3nW6aYp0
人魚に呼ばれた結果ブラック企業入りは嫌すぎる
393:381:2026/08/01(土) 22:06:13.50 ID:Uga4mH2k0
西村は入社して一週間ほどで逃げた。
夜中に寮の窓から出て、海沿いの道を西へ歩いた。
だが、社員が逃げることは会社も想定していた。
駅へ向かう途中の橋のそばに会社の資材置き場があり、夜間も二人の従業員が泊まり込んでいた。
西村はそこで見つかり、連れ戻された。
翌朝、後ろ手に縛られ、社長宅の庭へ座らされていたと父は言っていた。
社長は見せしめとして、西村の額に熱した金属を当てようとした。
家の台所で鉄製の焼き印を熱していたという。
何の印だったのかは知らない。
社長の一人娘が止めた。
「来週、伊勢へ行くのに、そんなことをしてから神様の前へ出るの」
と父親へ言った。
社長は毎年、取引先や地元の経営者を連れて伊勢へ参拝していた。
信心深いというより、周囲へ自分の力を見せるためだったらしい。
社長は焼き印をやめた。
代わりに西村を「灯り番」にすると言った。
394:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 22:07:05.41 ID:M8kq1VdR0
灯り番って何だ
395:381:2026/08/01(土) 22:09:54.82 ID:Uga4mH2k0
社長宅は、加工場から少し離れた場所にあった。
古い木造の屋敷だった。
玄関の奥に、庭へ面した長い廊下がある。
当時、社長は夜になると、そこへ工事用のハロゲン投光器を置いて酒を飲んでいた。
台座が壊れていて、誰かが持っていないと光が上を向かなかった。
西村は日が暮れてから明け方まで、投光器の取っ手を両手で持ち、廊下に座らされた。
少しでも傾けたり、眠ったりすると、社長が樫の棒で肩を叩いた。
五百ワットの古い投光器で、点灯中は触れないほど熱くなった。
電源コードには傷があり、何度も絶縁テープを巻いていたという。
十日間続けると言われた。
人間を壊れた照明台の代わりにしたわけだ。
396:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 22:10:33.10 ID:t4Fd9JwB0
普通に監禁と暴行だろ
397:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 22:11:06.63 ID:a2Xf7NcP0
その社長が実在した方が洒落にならん
398:381:2026/08/01(土) 22:14:28.45 ID:Uga4mH2k0
娘についても書く。
娘は当時二十代半ばだった。
母親は早くに亡くなり、短大を卒業してから会社の経理を手伝っていた。
父親の前ではほとんど口をきかなかった。
社員に食事を運んだり、怪我をした者へ薬を渡したりしていたので、父親とは違って評判はよかった。
宇賀水産には、数年前から一人の自称霊能者が出入りしていた。
作務衣を着た四十代の男だった。
会社の安全祈願や、社長一行の旅行前の祈祷をしていた。
地元の有力者へ顔を売るのがうまく、社長も信用していた。
娘はその男から、
「母親の霊が苦しんでいる」
「あなたが私を拒むと、家族に災いが起きる」
と言われていた。
父親へ相談すれば、自分の方が責められると思ったらしい。
一度は言う通りにしたが、その後は男を避けていた。
すると男は、社長が留守の時を狙って屋敷へ来るようになった。
399:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 22:15:18.77 ID:V6yL3sQa0
霊能者じゃなくてただの性犯罪者じゃん
400:381:2026/08/01(土) 22:18:50.62 ID:Uga4mH2k0
社長が伊勢へ出発した日の夜、娘は西村の灯り番を自分の部屋の前へ移した。
西村が廊下にいれば、霊能者が入ってこないと考えた。
最初の晩、娘は何も説明しなかった。
ただ、
「ここで照らしていて」
と言った。
西村は言われた通り、部屋の前で投光器を持っていた。
深夜になって霊能者が現れた。
西村を見ると、何も言わずに帰った。
翌晩、娘は物置から古い折り畳み式の台を持ってきた。
「父には黙っていて。これに置けば少し休めるでしょう」
西村は投光器を台へ載せた。
娘は食事と、水ぶくれに塗る薬を持ってきた。
西村の掌は、投光器の熱で赤く腫れていた。
娘が薬を塗っている間、西村はずっと下を向いていたそうだ。
401:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 22:19:39.72 ID:r1Pk8XeN0
何でそこまで詳しいんだ?
402:381:2026/08/01(土) 22:22:41.91 ID:Uga4mH2k0
401
父が西村本人から聞いている。
昼間、西村は加工場で働かされていた。
父と同じ持ち場だった。
娘の方の事情は、火事の後、住み込みで働いていた女性従業員が警察へ話した内容。
当時の新聞記事にも一部が出ている。
俺は父の死後、地方紙の縮刷版と、火災についてまとめた古い労組の会報を調べた。
名前や細部は変えているが、大筋は同じ。
403:381:2026/08/01(土) 22:25:53.76 ID:Uga4mH2k0
西村への処罰は十日で終わる予定だった。
だが娘は、夜だけ西村を自室前へ置くよう、留守を預かっていた幹部へ頼んだ。
「若い女が一人では不用心だから」
という理由だった。
誰も社長の娘には逆らえなかった。
霊能者は昼間にも来るようになった。
娘は従業員のいる事務所へ逃げたり、冷蔵倉庫の鍵をかけて中へ隠れたりした。
西村が近くにいる時だけ、霊能者は近づかなかった。
ある晩、西村が投光器を台へ載せ、壁にもたれて眠っていた。
霊能者が廊下へ入ってきた。
「怠けるな」
と言って、西村の頭を殴った。
音を聞いた娘が部屋から出てきた。
「この人に何かあれば、私が父に話します」
娘がそう言うと、霊能者は、
「お前は自分が誰に守られてきたのかわかっていない」
と言った。
娘は、
「あなたに守られたことは一度もありません」
と答えた。
霊能者はしばらく二人を見ていたが、その夜は帰った。
404:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 22:26:42.39 ID:q7Hu2mLc0
娘も逃げられない側だったんだな
405:381:2026/08/01(土) 22:29:57.18 ID:Uga4mH2k0
それから西村と娘は、夜になると話をするようになった。
西村は自分が海岸で見た女の話をした。
娘は、
「その人についていかなくてよかった」
と言った。
西村が、
「ついていった結果がここかもしれない」
と答えると、娘は初めて声を出して笑ったらしい。
娘は、父親が戻ったら西村を逃がすと言った。
会社の金には手をつけられないが、自分の貯金を渡す。
身分証も事務所の金庫から出す。
西村は一緒に逃げようと言った。
娘は最初、無理だと答えた。
父親はどこまでも探す。
会社の人間も、霊能者も追ってくる。
西村は、
「それなら、俺もどこまでも一緒に逃げます」
と言った。
娘はしばらく黙っていた。
その後、
「海の女より、私の方を選べますか」
と聞いた。
西村は、選ぶと答えた。
406:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 22:30:44.98 ID:B3nW6aYp0
急に昔話っぽくなったな
407:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 22:31:23.10 ID:M8kq1VdR0
人魚は陸の女に負けたのか
408:381:2026/08/01(土) 22:34:36.73 ID:Uga4mH2k0
火事が起きたのは、社長が伊勢から戻る前日の夜だった。
娘と西村は、部屋の中で逃げる方法を話していた。
投光器は廊下の台に置かれていた。
霊能者が来た。
二人の声を聞いて部屋へ踏み込み、西村につかみかかった。
娘が止めようとすると、霊能者は娘の髪をつかんだ。
西村が体当たりして引き離した。
その時、投光器の台が倒れた。
熱くなった前面がカーテンに触れた。
すぐに火が上がった。
西村は消そうとしたが、霊能者が背後から殴った。
古い屋敷で、廊下も天井も乾いた木だった。
火はカーテンから柱へ移り、天井を走った。
三人は別々の方向へ逃げた。
娘と西村は裏口から外へ出た。
霊能者も少し遅れて追ってきた。
409:381:2026/08/01(土) 22:37:53.66 ID:Uga4mH2k0
娘と西村は手をつないで、田畑の間を北へ走った。
最初に、会社と付き合いのある家へ助けを求めた。
家の主人は二人を中へ入れた。
だが、しばらくして霊能者が戸を叩いた。
「社長の娘が、従業員に誘拐された」
と叫んだ。
家の主人は西村を疑った。
娘が、自分の意思で逃げていると説明しても信じなかった。
警察へ電話すると言われ、二人は裏口から出た。
夜が明けかけていた。
二人は駅とは反対の方向へ逃げた。
駅へ向かえば会社の人間が待っていると思ったのだろう。
その先に、例の溜め池があった。
池の片側は土手だが、反対側は急な斜面になっている。
当時は柵も照明もなかった。
二人は斜面を下り、池の縁を回って向こう側へ出ようとした。
霊能者はすぐ後ろまで来ていた。
そこで何が起きたのかは、誰も見ていない。
410:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 22:38:31.21 ID:a2Xf7NcP0
三人とも池か
411:381:2026/08/01(土) 22:41:28.19 ID:Uga4mH2k0
三人の姿がないことに気づいたのは、消火活動が始まってからだった。
娘を探していた従業員が、池の近くで片方だけの靴を見つけた。
消防と警察が池を捜索した。
午前中に霊能者が見つかった。
午後になって、池の中央付近から娘と西村が見つかった。
二人は沈んだ木の枝に服が引っかかっていた。
すぐ近くにいた。
新聞には、
「火災から避難中、暗闇で池へ転落した可能性」
と書かれた。
霊能者については、二人を助けようとして池へ入ったとされた。
だが父は、その説明を信じていなかった。
霊能者の右手には、娘の髪が何本も絡みついていた。
左手には西村の作業着から取れた布が握られていた。
救助しようとしたのではなく、池の縁で二人をつかんだのだろうと、従業員たちは噂した。
412:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 22:42:13.61 ID:V6yL3sQa0
一緒に落ちたのか
二人を追って自分から入ったのか
413:381:2026/08/01(土) 22:45:38.87 ID:Uga4mH2k0
宇賀水産の屋敷は全焼した。
焼け跡から、社員の身分証、印鑑、預金通帳が大量に見つかった。
会社が作成した借用書も出てきた。
実際には支払っていない賃金を、貸付金として処理していた記録もあった。
火事と三人の死亡が報道されたことで、元従業員が次々に証言した。
労働基準監督署と警察が動き、会社は数か月後に操業を停止した。
社長は伊勢から戻る途中、遠くに見える火事の明かりを見たらしい。
同乗していた人の証言では、
「今から戻っても間に合わん」
と言って、車を止めようとしなかった。
娘が行方不明だと知らされた後も、
「男に騙された」
と繰り返していたという。
最後まで、自分の家から逃げたかったのが娘の方だとは認めなかった。
414:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 22:46:17.93 ID:t4Fd9JwB0
神罰じゃなく証拠が焼け残って潰れたのか
415:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 22:46:57.04 ID:q7Hu2mLc0
一番現実的な祟りだな
416:381:2026/08/01(土) 22:50:08.55 ID:Uga4mH2k0
火事の翌年、池のそばに小さな祠が建てられた。
誰が建てたのかは、はっきりしない。
父は、宇賀水産で働いていた女性たちが金を出し合ったと言っていた。
最初は一つだけだった。
娘と西村を一緒に祭ったもので、結ばれなかった二人を哀れんで、赤い糸を供える人が増えた。
いつからか、縁結びの祠と呼ばれるようになった。
数年後、その隣にもう一つ祠ができた。
そちらには名前がない。
中には神像も位牌もなく、錆びた裁ち鋏が一本置かれていた。
会社の元従業員が、
「あれは作務衣の男を閉じ込めるための祠だ」
と言ったらしい。
人につきまとわれている者、暴力を振るう恋人と別れたい者、会社や家族との悪縁を切りたい者が鋏を供えるようになった。
こちらが縁切りの祠になった。
417:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 22:51:03.81 ID:r1Pk8XeN0
霊能者まで祀る必要あるのか
418:381:2026/08/01(土) 22:53:36.14 ID:Uga4mH2k0
417
祭るというより、そこへ留めるためだったんだと思う。
二つ目の祠ができる前、池の近くで作務衣姿の男を見たという話が続いた。
縁結びの祠へ来た女性の後を、県道までついてくる。
車の窓を叩かれたという人もいた。
祠ができてから、それは減った。
ただし地元では、
「二つを続けて拝んではいけない」
と言われるようになった。
縁を結ぶ二人と、それを切ろうとする男を、同時に呼ぶことになるからだという。
419:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 22:54:21.62 ID:B3nW6aYp0
そこまで知ってて行ったのか?
420:381:2026/08/01(土) 22:57:19.68 ID:Uga4mH2k0
父が亡くなった後、俺はこの話を調べ始めた。
子供の頃から何度も聞かされていたが、父の作った怪談だと思っていた。
地方紙で火事の記事を見つけ、会社が実在していたことを知った。
記事には、社長の娘、住み込み従業員、祈祷師の三人が池で死亡したと書かれていた。
労組の古い会報には、社員寮や身分証の保管、暴行についても記録されていた。
人魚と灯り番の話だけは、父の証言以外に確認できなかった。
去年、俺は現地へ行った。
昼間だった。
池は思っていたより小さく、水面の半分ほどが蓮で覆われていた。
祠は二つとも残っていた。
右側には赤い糸、左側には鋏が供えられていた。
俺は父が働いていた場所を確認したかっただけで、願い事をするつもりはなかった。
ただ、写真を撮らせてもらうので、賽銭くらい入れた方がいいと思った。
右の祠へ百円を入れて、頭を下げた。
片方だけでは失礼な気がして、左の祠にも百円を入れた。
421:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 22:57:57.23 ID:M8kq1VdR0
話聞いてなかったのかよ
422:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 22:58:30.86 ID:a2Xf7NcP0
両方拝むなって自分で書いてるじゃん
423:381:2026/08/01(土) 23:01:42.97 ID:Uga4mH2k0
その時は、拝んだつもりがなかった。
お願いはしていない。
二つとも写真を撮り、池を一周して帰った。
帰りに近くの商店へ寄った。
店にいた高齢の女性へ祠のことを聞いた。
女性は俺が父の名前を出すと覚えていた。
父は火事の後、何度か池へ来ていたらしい。
女性は、
「あんた、二つとも手を合わせたんじゃないだろうね」
と聞いた。
賽銭を入れて頭を下げただけだと答えた。
すると、
「それを拝んだと言うんだよ」
と言われた。
俺が何が起きるのか聞いても、女性は答えなかった。
暗くなる前に県道へ出ろとだけ言われた。
424:381:2026/08/01(土) 23:04:51.61 ID:Uga4mH2k0
自宅へ戻ったのは午後九時頃だった。
俺は一人暮らしで、玄関の前に防犯カメラをつけている。
その夜は何も起きなかった。
翌朝、スマホを見ると、防犯カメラの通知が三件入っていた。
午前二時十三分。
門の前に若い男女が立っていた。
画面が暗いうえに、二人とも下を向いていて顔は見えない。
服も髪も濡れていた。
二人は手をつないでいた。
男の方は、古い水産加工場で使うような白い作業着を着ていた。
女は男の肩へ頭を寄せていた。
二人はしばらく玄関を見ていた。
午前二時十九分。
二人が門から玄関へ向かって歩いていた。
だが玄関の直前で、同時に後ろを振り返った。
そこで映像が終わっていた。
425:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 23:05:32.54 ID:q7Hu2mLc0
三件目は見るな
426:381:2026/08/01(土) 23:08:18.20 ID:Uga4mH2k0
午前二時二十四分。
作務衣を着た男が門から入ってきた。
男は走っていない。
ゆっくり歩いていた。
右手に大きな鋏を持っていた。
玄関前まで来ると、しゃがんで何かを置いた。
それからカメラを見上げた。
顔の部分だけ、画像が横に崩れていた。
音声には、金属を何度も開閉する音が入っていた。
その後、男は玄関の方へ一歩進んだ。
画面全体が白くなり、録画が終わった。
玄関を確認すると、古い裁ち鋏が置かれていた。
全体が錆びていたのに、刃の内側だけ濡れていた。
427:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 23:09:06.90 ID:V6yL3sQa0
その鋏どうした
428:381:2026/08/01(土) 23:11:57.14 ID:Uga4mH2k0
触らずに、厚い布で包んだ。
その日のうちに現地へ戻った。
商店の女性へ映像と鋏を見せた。
女性は映像を最後まで見なかった。
鋏を左の祠へ戻し、二度と二つを一緒に拝まないようにと言われた。
俺が、男女の方はどうすればいいのか聞くと、
「あの二人は、あんたについてきたんじゃない」
と答えた。
「父親に礼を言いに来ただけだ。追ってきたのは、別の方だ」
父が火事の夜に何をしたのか聞いた。
女性は知らないと言った。
ただ、父は火事の数日前、西村から、
「もし俺がまた逃げたら、今度は見なかったことにしてください」
と頼まれていたらしい。
火事の夜、父は二人が裏門から逃げるところを見ていた。
それでも声を上げなかった。
429:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 23:12:41.23 ID:t4Fd9JwB0
父親が一度だけ逃がしたのか
430:381:2026/08/01(土) 23:15:46.28 ID:Uga4mH2k0
鋏を戻してから、防犯カメラには何も映っていない。
ただ、持ち帰った写真を整理していて、一つだけ気づいたことがある。
縁結びの祠を撮った写真には、どれも赤い糸が写っていた。
現地では、祠の格子や木の枝に結ばれていた。
ところが最後に撮った写真では、赤い糸が二本、池の方へ伸びている。
一本は水面へ入っている。
もう一本は、隣の縁切りの祠の扉に挟まっている。
拡大すると、扉の隙間から誰かの指が出ていて、その糸をつかんでいた。
最初は霊能者が二人の縁を切ろうとしているのだと思った。
でも商店の女性に写真を見せると、違うと言われた。
「あの鋏は、二人を切るためにあるんじゃない」
「二人と、追ってくるものを切り離すためにある」
と言った。
431:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 23:16:33.47 ID:r1Pk8XeN0
じゃあ縁切りの祠も霊能者を祀ってるわけじゃないのか
432:381:2026/08/01(土) 23:18:57.82 ID:Uga4mH2k0
誰が入っているのかはわからない。
地元でも話が分かれている。
霊能者を閉じ込めた祠だという人もいる。
娘が、死んだ後も追ってくる男との縁を切るために建てさせたという人もいる。
西村が海岸で見た女を、あの祠へ封じたのだという人もいる。
父は生前、一度だけ、
「池に沈んだのは三人じゃない」
と言ったことがある。
俺が聞き返すと、それ以上は話さなかった。
新聞記事にも、警察の記録にも、死者は三人としか書かれていない。
ただ、三人の遺体を引き上げた後も、池の中央で黒い髪のようなものが何度も網に絡んだらしい。
潜水した消防隊員が、水の底で女を見たという話も残っている。
その女は溺れた娘ではなかった。
腰から下が、青く光っていたという。
433:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 23:19:46.31 ID:B3nW6aYp0
人魚までついてきてたのかよ
434:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 23:20:29.58 ID:M8kq1VdR0
西村を会社まで連れてきたのも池まで呼んだのもそいつか
435:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 23:21:04.73 ID:q7Hu2mLc0
二つとも拝むと三人が来るって
三人目は霊能者じゃない可能性あるな
436:381:2026/08/01(土) 23:23:38.20 ID:Uga4mH2k0
俺にもわからない。
防犯カメラに映った作務衣の男は、写真で見た霊能者の体格と似ていた。
だから、あれは霊能者だと思っている。
ただ、カメラの音声を専門のソフトで少し明瞭にしてもらった。
鋏の音の後ろに、女の声が入っていた。
最初は娘が男から逃げている声だと思った。
何度も聞くと、違った。
女は笑っていた。
波の音のようなものに混じって、
「今度は、どこへ行くの」
と言っていた。
その声が誰に向けられたものかはわからない。
これで終わりです。
437:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 23:24:17.62 ID:a2Xf7NcP0
西村に言ってるならまだ人魚は諦めてないんだな
438:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 23:25:03.25 ID:t4Fd9JwB0
霊能者に言ってるなら今度はそいつが追われる側か
439:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 23:25:41.87 ID:V6yL3sQa0
縁結びは娘と西村
縁切りは霊能者との縁
じゃあ人魚との縁はどっちなんだ
440:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 23:26:20.14 ID:r1Pk8XeN0
二つの祠で三つの縁を処理しようとしてるからおかしくなるんだろ
441:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 23:27:01.39 ID:q7Hu2mLc0
親父さんが見逃したから二人は一度だけ自由になれたんだな
結末はあれだけど
442:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 23:27:42.83 ID:M8kq1VdR0
灯り番だった男が、今は女の祠の灯りになってるのかもしれん
443:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 23:28:19.56 ID:B3nW6aYp0
乙
二つとも拝むなと言われたら普通は拝むなよ
444:本当にあった怖い名無し:2026/08/01(土) 23:29:04.71 ID:a2Xf7NcP0
縁なんて結ぶより切る方が難しいって話だな




