第141話 腕時計
624:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 22:08:17.42 ID:Wp7mK2Qa0
七年くらい前の話です。
死人から腕時計をもらった、と書いたら作り話にしか見えないと思う。
俺自身、あれが本当に死んだ人だったのか、今でも断言はできない。
ただ、腕時計は現在も手元にある。
時計店で何度調べてもらっても、動くはずがないと言われる。
625:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 22:09:02.15 ID:n4Td8RcL0
うp
626:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 22:09:46.73 ID:F6yq2HsA0
先に時計の写真撮れ
627:624:2026/07/31(金) 22:12:31.94 ID:Wp7mK2Qa0
写真は出せない。
裏蓋に本名と日付が彫ってあるし、時計の形だけでも持ち主を知っている人ならわかると思う。
ブランド名も伏せる。
金無垢の古い機械式腕時計で、女性用に作られた小ぶりなものだ。
同じ型でも数十万円はするらしい。
俺の持っている物は特注品なので、状態がよければ百万円を超えると言われた。
628:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 22:13:17.60 ID:k1Zv7MbP0
金持ちの遺品か
629:624:2026/07/31(金) 22:16:04.38 ID:Wp7mK2Qa0
当時、俺は二十二歳だった。
専門学校を中退して、派遣会社を通して工場や倉庫を転々としていた。
寮つきの仕事が終わるたびに住む場所もなくなった。
あの時は北陸の食品工場で働く予定だったが、現地へ着いてから、派遣会社と工場の間で話が通っていないことがわかった。
担当者とは連絡がつかず、紹介された寮にも入れなかった。
手持ちは三千円くらいだった。
駅前のネットカフェへ泊まる金も惜しくて、紹介された工場の近くまで行けば何かあるだろうと思い、路線バスに乗った。
ところが途中で降りる場所を間違えた。
夕方で、次のバスはもうなかった。
スマホの充電も残り数%だった。
630:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 22:17:12.55 ID:H8cN3wXe0
詰み方がリアルで嫌だな
631:624:2026/07/31(金) 22:20:09.81 ID:Wp7mK2Qa0
県名と市町村名は書かない。
海からは離れた山間部だった。
県道沿いに古い家が点在していたが、商店らしいものはなかった。
雨が降り始め、俺は軒下を借りられそうな場所を探しながら歩いた。
三十分ほど歩いたところで、道路から少し奥まった場所に大きな門が見えた。
門の横に、旅館のような縦長の看板があった。
名前は墨で書かれていたが、雨で濡れてよく読めなかった。
古い日本家屋を改装した宿に見えた。
玄関前には着物姿の女性が立っていた。
旅館の人だと思い、泊まる金はないが、電話だけ貸してもらえないかと頼んだ。
女性は俺の濡れた服を見て、
「少しお待ちください。奥様に聞いてまいります」
と言った。
632:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 22:21:01.47 ID:y3Mu9QdR0
着物の時点で帰れ
633:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 22:21:46.28 ID:L5vA1pKs0
山の旅館なら普通だろ
634:624:2026/07/31(金) 22:24:53.82 ID:Wp7mK2Qa0
しばらくすると、その女性が戻ってきた。
「今夜は使っていない部屋があります。お食事も用意しますので、どうぞ」
と言われた。
ありがたかったが、金がないことはもう一度伝えた。
それでも構わないと言う。
玄関を入ると、外から見た以上に広い家だった。
磨かれた板の廊下が奥まで続いていて、中庭には池があった。
旅館だと思っていたが、客室の札もフロントもなかった。
古い資産家の屋敷を、そのまま宿として使っているように見えた。
玄関にいた女性から、
「こちらの主人です」
と紹介されたのが、二十代後半くらいの女性だった。
色が白く、細い人だった。
薄い灰色のワンピースを着ていた。
着物ではなかったので、少し安心したのを覚えている。
635:624:2026/07/31(金) 22:27:38.56 ID:Wp7mK2Qa0
その人は俺を見て、
「大変でしたね。ここには私しかおりませんから、気を遣わなくて結構です」
と言った。
玄関の女性がいるじゃないかと思ったが、使用人は家族に数えないという意味だと思った。
風呂へ入れてもらい、乾いた服まで貸してもらった。
男物のスウェットだった。
誰の服か聞くと、
「ここへ来るはずだった人のものです」
と答えた。
夕食は俺一人では食べきれないほどあった。
煮魚、天ぷら、山菜、炊き込みご飯だった。
腹が減っていたので、遠慮せずに食べた。
主人の女性は向かいに座っていたが、ほとんど箸をつけなかった。
俺の仕事や家族のことを聞いていた。
自分のことをあれほど真剣に聞いてくれる人は、それまでいなかった。
636:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 22:28:34.20 ID:F6yq2HsA0
もう食われてるだろそれ
637:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 22:29:11.05 ID:e7Xr4JtV0
泊めてもらったなら宿の名前覚えてないのか
638:624:2026/07/31(金) 22:32:07.84 ID:Wp7mK2Qa0
637
あとで何度も探した。
看板があった場所も覚えている。
でも、その名前の宿は最初から存在しなかった。
その晩は離れのような部屋へ通された。
コンセントはあったので、充電器を借りられないか聞いたが、二人とも持っていなかった。
電話を借りようとすると、
「今夜は線の具合が悪いようです」
と言われた。
その時は山奥だから仕方がないと思った。
テレビもなかった。
置時計や掛け時計も見当たらなかった。
ただ、妙に静かでよく眠れた。
639:624:2026/07/31(金) 22:35:26.71 ID:Wp7mK2Qa0
翌朝、雨はさらに強くなっていた。
女性は、土砂崩れがあると危ないから雨がやむまでいた方がいいと言った。
俺も行く場所がなかった。
結局、そこに三日間いた。
女性とは中庭を歩いたり、古いアルバムを見たりして過ごした。
アルバムには家族写真が何枚もあった。
子供の頃の女性も写っていた。
成人式らしい写真では、金色の小さな腕時計をつけていた。
「お父さんにもらったんです」
と、女性は言った。
「二十歳になった記念に。母が選びました」
俺が、高そうですねと言うと、
「お金よりも、これからの時間を大切にしなさいという意味だったそうです」
と笑った。
その時計を、彼女は三日間ずっと左腕につけていた。
640:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 22:36:19.90 ID:n4Td8RcL0
三日も何してたんだ
641:624:2026/07/31(金) 22:39:08.24 ID:Wp7mK2Qa0
何をしていたのか、今になるとうまく説明できない。
外へ出ようとは思わなかった。
仕事を探さなければいけないことも、派遣会社へ連絡しなければいけないことも、どうでもよくなっていた。
あの家で女性と食事をしているだけでよかった。
二日目の夜、女性から、
「このままずっと、ここにいませんか」
と言われた。
俺は、いいですよと答えた。
そんな軽い言い方ではなかったと思う。
たぶん、もっと真剣に約束した。
ただ、その時の会話はところどころ思い出せない。
彼女が俺の手を握って、
「やっと来てくれた」
と言ったことだけ覚えている。
642:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 22:40:00.91 ID:J2qW8cYu0
それ帰ってきちゃいけないやつでは
643:624:2026/07/31(金) 22:43:17.75 ID:Wp7mK2Qa0
三日目の夜、女性の様子が変わった。
夕食の途中で急に泣き始めた。
俺が理由を聞くと、
「あなたはここに長くいすぎました」
と言った。
前の日には、ずっといてほしいと言っていた。
俺がそのことを言うと、女性は首を振った。
「私が寂しいからといって、あなたの時間をもらってはいけなかった」
それから玄関にいた女性を呼び、俺の服と荷物を持ってこさせた。
外はもう暗かった。
明日の朝に出ると言ったが、今夜のうちに帰らなければいけないと言われた。
「夜が明けたら、あなたもここの人になってしまいます」
冗談を言っている顔ではなかった。
644:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 22:44:06.67 ID:k1Zv7MbP0
ここの人って何だよ
645:624:2026/07/31(金) 22:46:52.73 ID:Wp7mK2Qa0
門を出る前、女性は左腕から時計を外した。
俺の手のひらへ載せて、
「これは父が二十歳の時にくれたものです」
と言った。
受け取れないと言ったが、女性は俺の指を時計の上へ閉じさせた。
「私には、もう必要のないものですから」
時計の針は、午後十一時十二分で止まっていた。
ゼンマイを巻けば動くのかと聞くと、
「その時計は、もう動きません」
と答えた。
そして最後に、
「あなたには、これからの時間があります」
と言った。
646:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 22:47:41.18 ID:y3Mu9QdR0
切ないな
647:624:2026/07/31(金) 22:50:33.80 ID:Wp7mK2Qa0
玄関の女性に門まで送られた。
道路へ出て、十歩か十五歩くらい歩いた。
どうしても気になって振り返った。
門も屋敷もなかった。
ガードレールの向こうに、草木の茂った空き地があった。
石垣の一部と、焼けた柱のような黒い木が残っていた。
明かりもなかった。
俺は怖くなって走った。
雨はいつの間にかやんでいた。
手の中には、あの金色の腕時計があった。
その時、止まっていた秒針が一つ動いた。
カチッという音がした。
それから普通の時計のように動き始めた。
648:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 22:51:24.63 ID:L5vA1pKs0
ゼンマイ巻いてないのに?
649:624:2026/07/31(金) 22:54:02.47 ID:Wp7mK2Qa0
巻いていない。
翌朝、歩いているところを地元の人に見つけてもらった。
事情を話して屋敷のことを聞くと、顔色が変わった。
そこには昔、地元で大きな会社を経営していた一族の屋敷があった。
二十三年前に火事になり、若い娘が一人亡くなったという。
家族はその後、県外へ移った。
屋敷は解体されたが、土地は今も一族が所有しているとのことだった。
その人に町まで送ってもらい、駅でスマホを充電した。
俺の感覚では三日経っていた。
スマホの日付も三日進んでいた。
派遣会社や家族から何十件も着信があった。
ただ、三日間の歩数記録はほぼゼロだった。
位置情報の履歴は、屋敷跡ではなく、その少し手前の県道で途切れていた。
650:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 22:55:13.08 ID:H8cN3wXe0
三日間水も飯もなしでそこに座ってた可能性は?
651:624:2026/07/31(金) 22:58:07.89 ID:Wp7mK2Qa0
650
俺もそれは考えた。
服は乾いていたし、腹も減っていなかった。
風呂へ入ったあとに借りたスウェットを着ていた。
ただ、翌日になると、スウェットは俺が最初から着ていたパーカーに戻っていた。
いつ着替えたのかわからない。
財布の中には、食事の時に使った古い箸袋が入っていた。
宿の名前らしい文字が印刷されていたが、水に濡れたようににじんで読めなかった。
652:624:2026/07/31(金) 23:01:35.62 ID:Wp7mK2Qa0
俺は結局、工場の仕事には就けなかった。
数日後、金がなくなり、腕時計を売ろうとした。
最初に入ったリサイクルショップでは扱えないと言われた。
二軒目の古物商で、店主が時計を長いこと見ていた。
裏蓋には女性の名前と、二十歳の誕生日の日付が刻まれていた。
店主が裏蓋を開けて製造番号を調べた。
その後、俺に、
「この時計をどこで手に入れたんですか」
と聞いた。
拾ったと言えば面倒になると思い、知人からもらったと答えた。
店主は警察を呼んだ。
653:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 23:02:24.97 ID:e7Xr4JtV0
そりゃ盗品だと思われるわ
654:624:2026/07/31(金) 23:05:48.11 ID:Wp7mK2Qa0
警察でも同じ話をした。
信じてもらえなかったが、屋敷跡の場所と女性の名前を知っていたことで、完全な嘘とも判断できなかったらしい。
後日、時計を注文した店がわかった。
父親が娘の成人祝いとして特注した物だった。
火事の時、娘はその時計をつけていたと家族は証言していた。
しかし、遺品から時計は見つからなかった。
焼けたか、消火や解体の混乱で誰かが持ち去ったと思われていた。
盗難届が出ていたわけではなかったので、俺は逮捕されなかった。
その代わり、娘の母親に会うことになった。
655:624:2026/07/31(金) 23:09:16.73 ID:Wp7mK2Qa0
母親は七十代くらいだった。
時計を見るなり泣いた。
裏蓋の名前だけではなく、ベルトの内側にある小さな傷を指さした。
娘の成人式の日、母親自身が留め具を外す時につけた傷だと言った。
俺は屋敷で会った女性の顔と、三日間のことを話した。
母親は黙って聞いていた。
玄関にいた着物の女性の特徴を話すと、
「それは娘の乳母です」
と言った。
乳母は火事の二年前に亡くなっていた。
俺が見たアルバムについても、写真の並びまで合っていた。
ただ一つだけ違った。
俺が借りた男物のスウェットについてだった。
母親によると、娘には結婚を約束した男性がいた。
その男性は結婚式の一週間前、交通事故で亡くなった。
娘はその後も嫁入りする予定だった屋敷で暮らし続け、数か月後の火事で亡くなった。
656:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 23:10:18.47 ID:n4Td8RcL0
来るはずだった人の服って婚約者のか
657:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 23:11:02.91 ID:F6yq2HsA0
お前を婚約者と間違えたんじゃね
658:624:2026/07/31(金) 23:14:28.36 ID:Wp7mK2Qa0
顔は似ていなかった。
写真を見せてもらったが、年齢以外は共通点がなかった。
母親は時計を買い取りたいと言った。
俺は最初、返すつもりだった。
でも母親は、
「娘があなたに差し上げたのなら、私が取り上げることはできません」
と言った。
それでも俺は持っているのが怖かった。
結局、時計は一度、母親に預けた。
代わりに謝礼を受け取った。
その金で住む場所を確保できた。
母親が親族の会社の仕事を紹介してくれたので、今もそこで働いている。
659:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 23:15:09.64 ID:J2qW8cYu0
時計は母親が持ってるんじゃないのか
660:624:2026/07/31(金) 23:18:42.93 ID:Wp7mK2Qa0
三年前、母親が亡くなった。
相続を担当した弁護士から俺に連絡が来た。
母親の遺言で、あの腕時計を俺へ返すように指定されていた。
時計と一緒に、短い手紙が入っていた。
「娘が自分の意思で人に何かを贈ったのは、亡くなってから、あなたが初めてでした。どうか受け取ってください」
それで今、時計は俺のところにある。
661:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 23:19:33.24 ID:k1Zv7MbP0
動くはずがないって話は?
662:624:2026/07/31(金) 23:22:51.08 ID:Wp7mK2Qa0
戻ってきた時計は止まっていた。
近所の時計店へ修理に出した。
店の人は裏蓋を開けたあと、どうしてこれが動いていたのかと聞いた。
火か熱で内部の部品が変形している。
ゼンマイも切れていて、油も完全に固まっている。
部品をほぼ全部交換しなければ動かないと言われた。
思い出の品なので、そのままでいいと答えて持ち帰った。
家で腕にはめると、秒針が動いた。
外すと止まる。
何度試しても同じだった。
別の時計店へ持っていっても、結果は変わらなかった。
今も俺が身につけている間だけ動く。
時間もほとんど狂わない。
663:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 23:23:40.16 ID:y3Mu9QdR0
怖いというより完全に形見じゃん
664:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 23:24:18.95 ID:L5vA1pKs0
その女はお前を連れていけたのに帰したんだな
665:624:2026/07/31(金) 23:27:36.81 ID:Wp7mK2Qa0
毎日つけているわけではない。
大切な仕事がある日や、何かを決めなければならない時だけつけている。
一度だけ、動かなかったことがある。
二年前、その土地をもう一度訪ねた時だった。
屋敷跡の前で腕時計を見ると、午後十一時十二分で止まっていた。
七年前に女性から渡された時と同じ時刻だった。
門も建物も見えなかった。
ただ、誰もいない草むらの奥から、
「もう来てはいけません」
という声がした。
俺はそのまま帰った。
それ以来、あの場所には行っていない。
時計は県道を離れたところで、また動き始めた。
これで終わりです。
666:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 23:28:24.61 ID:H8cN3wXe0
帰したあとも守ってるのか
667:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 23:29:11.07 ID:e7Xr4JtV0
「私には時間がない」じゃなくて、自分の残った時間を全部渡したんだろ
668:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 23:29:53.46 ID:F6yq2HsA0
もう来るなって言うのは次に行ったら帰せないからかもしれんな
669:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 23:30:38.19 ID:n4Td8RcL0
三日目に気が変わらなかったら、今もあの屋敷で飯食ってたんだろうな
670:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 23:31:26.74 ID:J2qW8cYu0
乙
時計は売らない方がいいと思う
671:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 23:32:04.38 ID:k1Zv7MbP0
止まった時計を動かしてるのが男なのか
男の時間を動かしてるのが時計なのか
672:本当にあった怖い名無し:2026/07/31(金) 23:32:49.81 ID:y3Mu9QdR0
671
やめろよ急に怖くなっただろ




