第133話 出前
1 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:07:18.54 ID:4mZq7KpA0
昔働いてた洋食屋で、女の子が一人いなくなった。
もう十年近く前のことだし、店も今は閉店してる。
場所や名前は少し変える。
長くなるけど、聞いてほしい。
2 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:08:02.37 ID:y6Ht2Vne0
どうぞ
3 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:09:21.60 ID:4mZq7KpA0
店は北関東の、利根川に近い町にあった。
駅前から少し離れた古い洋食屋で、昼は定食、夜は酒も出してた。
俺は厨房で働いてた。
いなくなった子は、仮に菊池さんとする。
当時二十四歳。
昼は厨房を手伝って、夜はホールに出てた。
明るくてよくしゃべる子だった。
4 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:10:14.82 ID:Q3rx8Js90
警察には届けたの?
5 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:11:06.39 ID:4mZq7KpA0
届けた。
かなり大きな捜索にもなった。
ただ、その経緯が変だった。
その店は、近所に限って出前もやってた。
今みたいな配達アプリじゃなくて、店に直接電話してもらって、手が空いてる従業員が原付か自転車で届ける。
常連なら、名字を聞くだけで家が分かるような店だった。
6 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:12:22.17 ID:4mZq7KpA0
菊池さんがいなくなる一か月くらい前から、北村という男が来るようになった。
五十代半ばくらい。
太っていて、顔色が妙に白かった。
髪はほとんどなくて、眉毛も薄かった。
いつも白身魚のフライとビールを頼んだ。
雨の日になると、一人で来て、同じ席に座ってた。
7 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:13:09.42 ID:w5Qb0Lfu0
雨の日だけ?
8 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:14:18.71 ID:4mZq7KpA0
少なくとも俺が見たのは全部雨の日だった。
北村は菊池さんを気に入ってた。
妻を先月亡くして、川向こうの町から引っ越してきたと言ってた。
以前は金属部品の小さな工場を経営していたらしい。
もう仕事も人へ譲ったから、一人で静かに暮らしてると話してた。
9 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:15:07.24 ID:4mZq7KpA0
北村は菊池さんに、
「結婚する相手はいるのか」
「いないなら、うちへ来ないか」
と何度も言ってた。
菊池さんも嫌がってはいなかった。
年齢が離れすぎてるから本気にはしてなかったと思うけど、北村が来る日は少し化粧を直してた。
俺たちも、
「工場の奥さんになるのか」
とからかってた。
10 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:15:48.91 ID:y6Ht2Vne0
フラグ立ってるな
11 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:17:03.65 ID:4mZq7KpA0
北村はいつも現金で払った。
その金が少し変だった。
紙幣がしっとりしていて、古い井戸みたいな匂いがした。
雨の日に来るから、財布まで濡れたんだろうと思ってた。
店主は、北村が帰ったあとで紙幣を広げて乾かしてた。
12 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:17:44.20 ID:Q3rx8Js90
もう人間じゃないだろ
13 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:18:51.73 ID:4mZq7KpA0
当時は誰も気にしてなかった。
その年は雨が多かった。
何日も雨が降り続いて、川の水位もかなり上がってた。
菊池さんがいなくなった日は、昼過ぎになって、やっと雨がやんだ。
夕方には少し蒸し暑くなってた。
店には学生が二人と、常連が一人いただけだった。
14 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:20:07.14 ID:4mZq7KpA0
七時半頃、見たことのない老婆が入ってきた。
背が高くて、ひどく痩せてた。
六月なのに黒いコートを着て、頭にも黒い布を巻いてた。
老婆は席に座らず、
「出前を頼みたい」
と言った。
店主が住所と電話番号を聞いた。
でも老婆は、番地を言わなかった。
15 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:21:22.63 ID:4mZq7KpA0
「この先の赤い郵便ポストを右へ入る」
「突き当たりを左へ曲がると古い寺がある」
「寺の塀が終わるところに細い道がある」
「その道の一番奥の家」
そう説明した。
店主が名字を聞くと、
「北村」
と答えた。
菊池さんは、すぐいつもの北村だと思った。
16 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:22:01.36 ID:w5Qb0Lfu0
妻死んだんじゃなかったのか?
17 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:23:16.04 ID:4mZq7KpA0
菊池さんも聞いた。
「北村さんのお母さんですか」
老婆は答えず、
「旦那が待ってる。今日は外へ出るのが面倒だから、家で食べると言っている」
とだけ言った。
注文は白身魚のフライと、店に任せて二品。
北村がいつも頼むものだった。
老婆は料金を先に払った。
やっぱり紙幣は湿ってた。
18 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:24:08.47 ID:R9cs3nTm0
電話番号も住所もなしで受けたのかよ
19 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:25:24.46 ID:4mZq7KpA0
今なら断ると思う。
でも常連の北村からの注文だと思ったし、老婆は金も払ってた。
場所も歩いて十分くらいだった。
菊池さんが、
「私が行く。北村さんの家を見てみたい」
と言った。
料理を三皿、金属の配達箱に入れて、歩いて店を出た。
午後八時十二分だった。
20 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:26:06.18 ID:y6Ht2Vne0
老婆は?
21 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:27:19.53 ID:4mZq7KpA0
料理ができる前に帰った。
菊池さんと一緒には行ってない。
外へ出る時、入口のガラス戸に一度ぶつかった。
ガラスが見えてないみたいだった。
そのあと、足を引きずるように歩いていった。
22 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:28:27.08 ID:4mZq7KpA0
八時二十分過ぎ、菊池さんから店のグループLINEにメッセージが来た。
「赤いポストあった」
続いて、
「お寺の横に細い道もある」
と来た。
地図アプリでは、寺の裏に家は表示されてなかった。
俺が、
「分からなかったら戻れ」
と送った。
菊池さんから、
「入口あったから行ってみる」
と返ってきた。
23 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:29:13.58 ID:Q3rx8Js90
行くなよ
24 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:30:22.49 ID:4mZq7KpA0
八時三十六分、菊池さんから音声メッセージが届いた。
間違えて録音ボタンを押したんだと思った。
最初は足音だけだった。
砂利道を歩く音と、菊池さんの息が入ってた。
それから、
「なんか、ずっと下り坂なんだけど」
と言った。
25 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:31:34.76 ID:4mZq7KpA0
菊池さんの声だけで、誰かと話してる感じじゃなかった。
独り言だった。
「地図だと平らなのに」
「玄関の明かり、下に見える」
「変な草がいっぱいある」
そんなことを言ってた。
途中から、何か細いものがスマホや服に当たる音がした。
葉っぱというより、濡れた紐を引きずるような音だった。
26 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:32:16.51 ID:w5Qb0Lfu0
水草じゃん
27 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:33:32.89 ID:4mZq7KpA0
俺もあとから聞いてそう思った。
音声の後半で、菊池さんが立ち止まった。
「お婆さん?」
と言った。
少し離れたところから、女の声がした。
何を言ってるかは、はっきり聞き取れなかった。
菊池さんは、
「遅くなってすみません」
と答えた。
28 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:34:45.62 ID:4mZq7KpA0
また歩く音が始まった。
その頃には、足音が変わってた。
砂利じゃなくて、柔らかい泥を踏んでるような音だった。
菊池さんが、
「足元、ふわふわする」
と言った。
老婆らしい声が、今度は少し近くで、
「ここだよ」
と言った。
その声だけは聞き取れた。
29 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:35:22.24 ID:R9cs3nTm0
それ今も音声残ってる?
30 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:36:19.40 ID:4mZq7KpA0
俺のスマホには残ってない。
警察に提出した店の端末には入ってた。
今どうなってるかは知らない。
最後に菊池さんが、
「あ、北村さん」
と言った。
その直後、激しく息を吸う音がした。
でも吐く息は聞こえなかった。
代わりに、水の中で空気が漏れるような音が続いた。
それで終わってた。
31 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:37:02.47 ID:y6Ht2Vne0
店の奴らはすぐ探しに行かなかったの?
32 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:38:24.06 ID:4mZq7KpA0
音声が届いた時、俺たちは忙しくてすぐ再生しなかった。
聞いたのは九時過ぎだった。
菊池さんが一時間近く戻らないから、店主が電話をかけた。
呼び出し音は鳴ったけど出なかった。
そこで初めて音声を聞いた。
俺と店主が寺まで探しに行った。
33 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:39:39.74 ID:4mZq7KpA0
赤いポストも寺も、老婆が言ったとおりにあった。
塀の終わるところに細い道もあった。
でも、その道は百メートルもなかった。
空き地の横を通って、川の堤防に突き当たって終わってた。
下り坂なんかなかった。
家も玄関の明かりもなかった。
34 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:40:17.93 ID:Q3rx8Js90
川に落ちたんじゃないの
35 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:41:37.20 ID:4mZq7KpA0
最初はそう考えた。
警察に連絡して、消防も来た。
川は何日も続いた雨で増水してた。
堤防の下から川岸まで捜したけど、菊池さんも配達箱も見つからなかった。
草の中に人が通った跡もなかった。
堤防の斜面は雨で柔らかくなってたけど、足跡も残ってなかった。
36 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:42:23.68 ID:Vh8mJ5Ka0
寺の防犯カメラは?
37 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:43:41.55 ID:4mZq7KpA0
あった。
菊池さんが午後八時二十八分に、寺の横の道へ入る姿が映ってた。
右手に配達箱、左手にスマホを持ってた。
そこから先にカメラはない。
ただ、その道から戻ってくる姿は映ってなかった。
道の途中に横へ抜ける場所はない。
片側が寺の塀で、反対側は金網に囲まれた空き地だった。
38 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:44:27.02 ID:R9cs3nTm0
スマホの位置情報は?
39 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:45:39.26 ID:4mZq7KpA0
菊池さんは地図アプリを使ってた。
警察が確認した最後の位置は、寺の裏じゃなかった。
そこから百メートル以上離れた、川の中央付近だった。
午後八時四十一分に通信が切れてた。
警察には、GPSの誤差か、川へ落ちて流された可能性があると言われた。
何日も川を捜索したけど、結局何も見つからなかった。
40 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:46:26.38 ID:w5Qb0Lfu0
北村は調べたの?
41 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:47:44.93 ID:4mZq7KpA0
調べた。
店では北村の住所も電話番号も聞いてなかった。
警察が近所を調べたけど、北村という五十代の男は住んでなかった。
川向こうに金属部品工場を経営していた北村という人物も、条件に合う人はいなかった。
店の防犯カメラには北村が映ってた。
だから、俺たち全員が同じ幻を見てたわけじゃない。
42 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:48:31.42 ID:y6Ht2Vne0
顔は鮮明に映ってた?
43 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:49:37.65 ID:4mZq7KpA0
画質は悪かった。
ただ、太った男が菊池さんと話してるのは分かった。
警察が映像から似顔絵も作った。
それを見た店主が、
「こんなに顔に凹凸がなかった」
と言った。
防犯カメラの北村は、光の加減なのか、鼻や目の周りがぼやけてた。
濡れた白い石に、顔を描いたみたいに見えた。
44 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:50:29.78 ID:Q3rx8Js90
老婆のほうは?
45 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:51:34.20 ID:4mZq7KpA0
老婆もカメラに映ってた。
でも店へ入るところは映ってるのに、出ていくところがなかった。
入口は一か所だけ。
厨房側の勝手口を使った形跡もなかった。
警察には、ほかの客に重なって見えなかった可能性があると言われた。
46 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:52:46.12 ID:4mZq7KpA0
菊池さんがいなくなって三日後、雨の夜に、時々店へ来ていた老人が入ってきた。
近所の人らしいけど、名前も住所も知らなかった。
いつも一人でかなり酔ってた。
老人は店内を見回して、
「女の子が一人いないな」
と言った。
菊池さんの失踪は、まだ店の客には詳しく話してなかった。
47 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:53:31.61 ID:Vh8mJ5Ka0
新聞とか近所の噂で知ったんじゃないか
48 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:54:47.09 ID:4mZq7KpA0
その可能性はある。
店主は、
「実家へ帰ってる」
と答えた。
老人は笑って、
「あの娘が実家なんかにいるもんか」
と言った。
それから、菊池さんがいつも北村の接客をしていた席を見た。
「雨で大河から上がってきた奴に、連れていかれたんだよ」
と、普通に言った。
49 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:55:28.63 ID:4mZq7KpA0
店主が、
「北村さんを知ってるんですか」
と聞いた。
老人はテーブルへ肘をついて、眠そうに目を閉じた。
「北村なんて名前じゃない」
「昔から、大雨のあとは人の真似をして上がってくる」
「頭も顔も、濡れた石みたいにつるつるしてただろ」
そう言った。
そのまま何を聞いても答えなくなった。
50 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:56:19.34 ID:R9cs3nTm0
老人を警察に渡せよ
51 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:57:28.90 ID:4mZq7KpA0
店主が厨房へ警察の連絡先を取りに行った。
俺が老人を見てた。
老人は寝てるように見えた。
一分もたってないと思う。
学生の団体が入ってきて、入口が騒がしくなった。
そっちを見て、また老人の席を見たら、いなくなってた。
テーブルには水がたまってた。
コップを倒した跡じゃない。
椅子の下まで、老人が濡れた服で座ってたみたいに水が落ちてた。
52 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:58:16.44 ID:y6Ht2Vne0
その老人も川のものだったんじゃないの
53 :本当にあった怖い名無し:2026/07/23(木) 21:59:37.52 ID:4mZq7KpA0
分からない。
そのあと老人は一度も店へ来なかった。
菊池さんも見つからなかった。
店は数年後に閉店した。
俺は今でも、あの音声の最後を思い出す。
「あ、北村さん」
と言った時の菊池さんの声は、怖がってなかった。
好きな人に会えて安心したみたいな、うれしそうな声だった。
だから北村のところまで、自分から歩いていったんだと思う。




