第131話 信心
1 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:08:14.63 ID:k8Vm2QpR0
十年以上前、イベント警備のバイトをしてた時の話。
幽霊とか化け物は出ない。
人が集まると、全員が普通の人でもおかしくなることがある、って話だと思って読んでくれ。
宗派や寺の名前は伏せる。
2 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:09:02.48 ID:f3Az7Wx20
宗教関係か
3 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:09:41.86 ID:k8Vm2QpR0
地方にある大きな寺で、何十年かに一度の法要があった。
そこへ、その宗派の大本山から門主が来ることになってた。
テレビにも何度か出たことがある高齢の僧侶で、信者の間では病気平癒の祈祷で有名だった。
門主が直接祈ってくれたら癌が消えたとか、寝たきりの人が歩いたとか、そういう噂があった。
寺は否定も肯定もしてなかったと思う。
4 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:10:35.62 ID:B6nq1JsU0
もう嫌な感じするな
5 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:11:27.19 ID:k8Vm2QpR0
法要の日は朝から観光バスが何十台も来た。
参道にも境内にも人があふれて、警備員だけで百人近くいたと思う。
俺はまだ二十代で、参道沿いの規制ロープを担当してた。
午後、門主が本堂から別の建物へ移動することになった。
車じゃなくて、信者の前をゆっくり歩く予定だった。
門主が近づいてくると、あちこちから念仏が聞こえ始めた。
誰かが始めると、周りも続ける。
最後には、境内全体が同じ言葉を繰り返してるみたいになった。
6 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:12:08.51 ID:v9Pr4Hmd0
大規模イベントの警備って怖いよな
7 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:12:58.03 ID:k8Vm2QpR0
門主の姿が見えると、後ろから一斉に押された。
前の人がロープに体重をかけるから、俺たちは押し返しながら、
「立ち止まらないでください」
「前へ出ないでください」
と叫んでた。
でも誰も聞いてなかった。
みんな門主を見ようとして、スマホやカメラを頭の上に上げてた。
その時、一人の婆さんがロープの下をくぐった。
8 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:13:32.40 ID:Zs2cL8te0
警備何してんだ
9 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:14:24.73 ID:k8Vm2QpR0
俺の担当場所から少し離れてた。
背の高い、痩せた婆さんだった。
白髪を後ろで小さくまとめて、紺色の上着を着てた。
近くの警備員が止めようとしたけど、婆さんは腕を振り払った。
足が悪いように見えたのに、その時だけ妙に速かった。
「お願いがあります」
「一言だけお願いします」
と叫びながら、門主の前まで行った。
10 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:15:05.12 ID:f3Az7Wx20
家族が病気とかかな
11 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:15:49.74 ID:k8Vm2QpR0
あとで聞いた話では、息子さんが重い病気だったらしい。
婆さんは門主の顔を近くで見ようとして、体をかがめた。
門主は急に人が飛び込んできたから驚いたんだと思う。
片手を出して、婆さんの額を押した。
俺のいた位置からは、はっきり見えた。
手を置いて祈ったんじゃない。
近づいてくる婆さんを、迷惑そうに押し返した。
12 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:16:36.84 ID:B6nq1JsU0
それを後ろから見たら
13 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:17:29.65 ID:k8Vm2QpR0
そう。
後ろにいた信者には、門主が婆さんの額に手を置いたように見えた。
誰かが大声で、
「門主様がお手を触れられた」
と言った。
それが聞こえた途端、周囲の空気が変わった。
「お加持だ」
「特別にお加持をされた」
「ありがたい」
みんなそんなことを言い始めた。
門主の一行は警備員に囲まれて、そのまま先へ進んだ。
婆さんだけが人の間に残された。
14 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:18:06.48 ID:v9Pr4Hmd0
あかん
15 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:19:14.27 ID:k8Vm2QpR0
最初は、周りの人が婆さんに手を合わせてた。
「よかったですね」
「どんなお願いをされたんですか」
と話しかけてた。
婆さんは困った顔をして、
「違います。私はただ息子のことで」
と説明しようとしてた。
でも誰も話を聞いてなかった。
一人の女が、婆さんの額に触った。
門主の手が触れた場所だから、そこへ触れば自分にも御利益があると思ったらしい。
それを見て、ほかの人も婆さんの頭へ手を伸ばした。
16 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:20:03.25 ID:O5hw9Nca0
婆さん逃げろ
17 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:21:20.89 ID:k8Vm2QpR0
逃げられなかった。
門主の後を追おうとする人と、婆さんへ触ろうとする人に囲まれてた。
俺たちも人の流れを止めるので手いっぱいだった。
婆さんは両手で頭を守って、
「やめてください」
と言ってた。
その時、婆さんの後ろにいた中年の男が、白髪を一本抜いた。
それを両手で持って、拝むみたいにした。
18 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:22:03.73 ID:Zs2cL8te0
は?
19 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:22:51.14 ID:k8Vm2QpR0
男は、
「門主様がお触れになった髪を、一本いただきました」
と言った。
本当にうれしそうだった。
その声を聞いて、別の女が婆さんの髪を抜いた。
それから一斉だった。
前からも後ろからも手が伸びた。
髪を一本だけ抜く人もいたし、何本もまとめて引っ張る人もいた。
バッグから小さいハサミを出した女までいた。
婆さんの髪をまとめていたピンが落ちて、白髪がほどけた。
20 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:23:38.16 ID:f3Az7Wx20
誰か止めろよ
21 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:24:52.85 ID:k8Vm2QpR0
止めに入った。
俺ともう一人の警備員で人を押し分けた。
でも髪を抜いてる連中は、自分たちが婆さんを襲ってると思ってなかった。
「乱暴なことはしてません」
「一本いただくだけです」
「この人は選ばれた方なんです」
真顔でそう言って、婆さんの頭へ手を伸ばし続けてた。
俺が一人の手首をつかんだら、
「罰当たり」
と言われた。
22 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:25:34.78 ID:B6nq1JsU0
完全に集団狂気だな
23 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:26:42.51 ID:k8Vm2QpR0
婆さんは泣きながら、
「助けて」
「痛い」
と叫んでた。
でも周りでは念仏が続いてた。
ありがたい、ありがたいと言いながら、髪をむしってる人もいた。
俺たちは婆さんに自分の上着をかぶせて、頭を隠した。
応援の警備員が来て、何人かで人の壁を作った。
それでやっと、境内の救護室まで連れていけた。
ほんの数分だったと思う。
でも上着を取った時、婆さんの髪はほとんど残ってなかった。
24 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:27:19.42 ID:v9Pr4Hmd0
数分でそこまでなるのか
25 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:28:46.70 ID:k8Vm2QpR0
全部きれいに抜けたわけじゃない。
短くちぎれた髪や、根元だけ残ったところもあった。
頭皮に何か所も傷があって、血が出てた。
髪をまとめて引っ張られたせいで、皮膚ごとめくれたようになってるところもあった。
婆さんは救護室の椅子に座ったまま震えてた。
何度も、
「私は触ってもらってない」
「あの人は私を押しただけ」
と言ってた。
26 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:29:21.93 ID:O5hw9Nca0
その門主は何も言わなかったの?
27 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:30:49.02 ID:k8Vm2QpR0
少なくとも、その場には戻ってこなかった。
寺の職員が来て、婆さんは救急車で運ばれた。
警察も来た。
動画や写真を撮ってた人が大勢いたから、何人かは特定されたと聞いた。
ただ、実際に髪を抜いた人数が多すぎて、誰がどれだけやったのか分からなかった。
事情を聞かれた人たちは、
「奪ったつもりはない」
「ありがたい髪を分けていただいただけ」
と言ってたらしい。
28 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:31:34.18 ID:Zs2cL8te0
本人がやめろって言ってる時点でアウトだろ
29 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:32:40.56 ID:k8Vm2QpR0
翌日には動画がネットに出てた。
題名は、
「門主様が名もなき老女に奇跡のお加持」
みたいなものだった。
門主が婆さんを押し返したところは、人の頭で隠れてた。
動画だけ見ると、確かに門主が婆さんの額へ手を置いたように見えた。
その後、信者が集まってくるところで動画は終わってた。
婆さんが髪を抜かれてる場面は映ってなかった。
30 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:33:27.25 ID:f3Az7Wx20
都合のいいところだけ切り抜いたのか
31 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:34:55.68 ID:k8Vm2QpR0
動画はかなり広まった。
コメントには、
「この老女は前世から徳を積んでいた」
「門主様が特別に選ばれた」
「髪をいただいた人にも御利益がある」
と書かれてた。
寺は数日後に、特別なお加持をした事実はないと発表した。
でも信じてる人たちは、
「奇跡を隠そうとしている」
「門主様の謙虚なお心だ」
と解釈した。
否定しても、逆に信じる理由にされてた。
32 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:35:38.16 ID:B6nq1JsU0
陰謀論と同じ構造だな
33 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:36:47.29 ID:k8Vm2QpR0
その後、婆さんの家にも人が来るようになった。
住所をどう調べたのかは知らない。
病気の家族へ触ってほしいとか、祈ってほしいとか、門主が何を言ったのか教えてほしいとか。
玄関の前に手紙や写真を置いていく人もいた。
婆さんが、
「私は押されただけです」
と言うと、今度は、
「選ばれたことに気づいていない」
と言われたそうだ。
34 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:37:26.81 ID:v9Pr4Hmd0
逃げ場ないじゃん
35 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:38:58.74 ID:k8Vm2QpR0
俺がそこまで知ってるのは、婆さんの家族が警備会社へ苦情を入れたから。
俺たちは事情を聞かれて、報告書を書いた。
婆さんは頭皮の傷がひどくて、一部は髪が生えなくなったと聞いた。
事件のあと、俺はそのバイトを辞めた。
人が密集する場所に立つのが怖くなった。
念仏とか歓声とか、同じ言葉を大勢が繰り返してるのを聞くと、あの日を思い出すようになった。
36 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:39:37.33 ID:O5hw9Nca0
婆さんその後どうなったんだ
37 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:40:56.19 ID:k8Vm2QpR0
それから八年くらいたって、仕事で山間部の小さい寺へ行った。
今は建物の設備関係の仕事をしてる。
本堂の裏で作業してたら、尼さんがお茶を持ってきてくれた。
背の高い、痩せた年寄りだった。
頭をきれいに剃ってたけど、額から頭の横にかけて、白い傷痕が何本もあった。
見た瞬間、あの婆さんだと思った。
38 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:41:30.68 ID:f3Az7Wx20
本当に尼になったのか
39 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:42:46.37 ID:k8Vm2QpR0
向こうも俺を覚えてた。
俺がかぶせた上着に警備会社の名前が入ってたから、あとで名前も聞いたらしい。
俺は何を言えばいいか分からなくて、
「あの時、もっと早く助けられなくてすみませんでした」
と謝った。
婆さんは、
「あなたは助けてくれたでしょう」
と言った。
それから、自分が寺に入った理由を話してくれた。
40 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:44:07.28 ID:k8Vm2QpR0
家に人が来続けて、息子夫婦にも迷惑がかかった。
髪も元どおりにはならなかった。
相談に乗ってくれたのが、その小さい寺の住職だった。
最初は住み込みで手伝っていただけだったけど、何年かして、本当に得度したらしい。
「皆さんが言ったように、尼になってしまいました」
と笑ってた。
俺は笑えなかった。
41 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:44:51.60 ID:Zs2cL8te0
息子さんは助かったの?
42 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:45:38.91 ID:k8Vm2QpR0
聞けなかった。
ただ、帰る前に一つだけ聞いた。
「あの時、門主は何か言ったんですか」
婆さんは首を振った。
何も言わなかったそうだ。
ただ嫌そうな顔をして、額を押しただけだった。
43 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:46:27.14 ID:B6nq1JsU0
救いがないな
44 :本当にあった怖い名無し:2026/07/21(火) 21:47:42.86 ID:k8Vm2QpR0
帰り際、婆さんが言ったことが今も頭に残ってる。
「仏様を信じていないあなたが、私を助けてくれました」
「仏様を信じていた人たちは、誰も私の声を聞いてくれませんでした」
これで終わり。




