第130話 ヨウム
1 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:14:08.62 ID:7Kf3mQpA0
兄貴と、昔うちで飼ってたオウムの話。
身内は今も生きてるから、地名と名前は変える。七年くらい前、埼玉県北部であったことだ。
俺も全部を直接見たわけじゃない。親から聞いた部分もある。
釣りだと思うなら、それでいい。
2 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:15:31.44 ID:bY8d2Lr60
聞こう
3 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:16:02.19 ID:7Kf3mQpA0
兄貴は当時三十五歳。
小さい製本会社で働いてた。無口だけど仕事は真面目で、同じ会社に十年以上いた。
ただ、人の冗談を本気にするところがあった。
適当に言われたことを、そのまま受け取る。それで昔から同級生にからかわれてた。
兄貴の左手には、生まれつき六本目の指があった。
小指の外側についてる小さい指で、骨も爪もあった。
4 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:17:18.51 ID:G1vn0zu70
多指症か
5 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:18:04.77 ID:7Kf3mQpA0
そう。
子供の頃に手術する話も出たらしいけど、生活に支障がなかったから、そのままになってた。
兄貴はかなり気にしてた。
写真を撮る時は左手を隠すし、夏でも手が見えにくい服を着てた。
その頃、兄貴の同級生が、地元の商工会がやってる婚活イベントに兄貴を連れていった。
そこで有名だったのが、仮に美咲さんとするけど、地元で不動産会社と介護施設を経営してる家の娘だった。
会社の広報にも顔を出してたから、地元ではわりと知られてた。
6 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:19:11.22 ID:p4XqC9s20
地方の名士の娘ってやつか
7 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:20:06.39 ID:7Kf3mQpA0
そんな感じ。
兄貴は美咲さんとまともに話せなかった。
遠くから見ただけで顔を真っ赤にして、会場の外へ出たらしい。
それを見た同級生が面白がった。
その中の一人が美咲さんの親戚と知り合いで、「あいつが美咲さんを気に入ってる」と話した。
それが本人にも伝わった。
美咲さんは冗談で、
「左手の余った指を取ったら、一度くらいお茶してもいい」
と言ったらしい。
本人は兄貴にそのまま伝わると思ってなかったそうだ。
でも同級生は、面白がって兄貴に伝えた。
8 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:21:13.90 ID:ay6GfPjL0
嫌な予感しかしない
9 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:22:07.51 ID:7Kf3mQpA0
兄貴はその翌週、一人で病院へ行った。
家族には何も言ってなかった。
形成外科で診てもらって、何度か検査を受けて、切除手術の日まで決めてきた。
母親が知ったのは、病院から説明書や同意書を持って帰ってきた時だった。
なんで急に手術する気になったのかと聞いても、兄貴は、
「前から邪魔だったから」
としか言わなかった。
俺は婚活イベントの話を聞いてたから、たぶん美咲さんの言葉を本気にしたんだろうと思った。
10 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:23:15.83 ID:G1vn0zu70
病院で取るなら別にいいんじゃないの
11 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:24:38.21 ID:7Kf3mQpA0
俺たちもそう思ってた。
成人してから自分で決めたことだし、手術自体も難しいものじゃないと説明された。
でも手術中、兄貴はアナフィラキシーショックを起こした。
何の薬が原因だったのかは、その時点では分からなかった。
家族には「麻酔が合わなかったようです」と説明された。
あとで書類を見たら、術中に使った薬剤によるアナフィラキシーショックと書いてあった。
血圧が急激に下がって、一時はかなり危険な状態だったらしい。
12 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:25:20.16 ID:Wu9e6br30
それは普通に死にかけてるな
13 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:26:42.68 ID:7Kf3mQpA0
手術そのものは終わってた。
左手の指は五本になってた。
兄貴は集中治療室へ移されたけど、次の日になっても意識が戻らなかった。
呼吸はしてたし、医者からも状態は安定してると言われた。
その日の夜、母親がベッドの横にいた。
兄貴は目を閉じたまま、小さい声で、
「俺、今、美咲さんの家にいる」
と言った。
母親は最初、薬のせいで変な夢を見てるんだと思ったらしい。
14 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:27:18.84 ID:bY8d2Lr60
そこからか
15 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:28:39.17 ID:7Kf3mQpA0
母親が「何が見えるの」と聞いた。
兄貴は目を開けないまま、
「白い棚がある」
「棚の上にガラスの鳥が二羽いる」
「机の下に青い箱がある」
「洗面台の右下のタイルが割れてる」
「鏡の前に赤い布が置いてある」
と言った。
母親が呼びかけても、それ以上は答えなかった。
翌朝になっても兄貴の意識は戻らなかった。
16 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:29:31.82 ID:yt5K3AMO0
美咲さんの部屋って確認したの?
17 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:30:58.46 ID:7Kf3mQpA0
した。
母親が、以前もらった名刺を見て美咲さんの会社に電話した。
最初は取り次いでもらえなかった。
兄貴が手術中に倒れて、意識が戻らないことと、美咲さんの部屋にいると言ってることを伝えた。
しばらくして、美咲さん本人から折り返しがあった。
白い棚も、ガラスの鳥も、青い箱も、割れたタイルも本当にあった。
赤い布というのは、化粧台に置いてあったシュシュだった。
その部屋の写真をネットに出したことはないし、兄貴を家に入れたこともないと言ってた。
18 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:31:43.26 ID:p4XqC9s20
兄貴がどこかで写真見たとかは?
19 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:32:58.77 ID:7Kf3mQpA0
ないと思う。
少なくとも割れたタイルのことまで知る方法はなかった。
美咲さんは、兄貴が手術を受けた理由を聞いて、かなりショックを受けてた。
それと、兄貴の手術があった夜から同じ夢を見てた。
自分の部屋の隅に兄貴が立って、何も言わずに見てる夢だったらしい。
二日続けて同じ夢を見たから、寝る時は部屋の電気を消せなかったと言ってた。
20 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:34:07.61 ID:nM2wH8q50
生霊というか幽体離脱か
21 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:35:24.33 ID:7Kf3mQpA0
美咲さんはその日の午後、病院まで来た。
集中治療室には入れなかったから、病室へ移ってから兄貴の名前を呼んだ。
何度呼んでも反応はなかった。
美咲さんはベッドの横で謝った。
それから最後に、
「もう私の部屋から帰ってください」
と言った。
その時、兄貴の左手が少し動いた。
夜になって、兄貴は目を覚ました。
22 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:36:08.93 ID:G1vn0zu70
戻ってきたのか
23 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:37:11.24 ID:7Kf3mQpA0
兄貴は、どうして病院にいるのかすぐには分からなかった。
母親が美咲さんの部屋の話を聞いたけど、ほとんど答えなかった。
ただ、
「帰り道が分からなかった」
と言った。
そのあと兄貴は回復して、二週間くらいで退院した。
美咲さんは責任を感じてたんだと思う。
退院後、時々兄貴に連絡するようになった。
兄貴は電話じゃほとんど話せないから、短いメッセージを送り合ってた。
24 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:38:20.08 ID:ay6GfPjL0
女のほうも怖かっただろうな
25 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:39:44.65 ID:7Kf3mQpA0
うちには当時、灰色の大きなオウムがいた。
正確にはヨウムって種類らしい。十年以上飼ってて、名前はハイだった。
ハイは兄貴に一番懐いてた。
兄貴の声を真似して、
「ただいま」
「母さん、お茶」
とか言ってた。
その頃から「美咲さん」とも言うようになった。
兄貴が病院から戻ってから、何度も名前を口にしてたから覚えたんだと思う。
26 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:40:13.29 ID:Wu9e6br30
鳥が関係あるのか
27 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:41:52.84 ID:7Kf3mQpA0
手術から半年くらいたった翌年の四月、近所の川沿いで桜まつりがあった。
兄貴は同級生に誘われて出かけた。
美咲さんは、家が経営してる介護施設のテントを手伝ってた。
髪を後ろでまとめて、赤いシュシュをつけてたらしい。
兄貴は桜並木の向こうに美咲さんを見つけると、その場で動かなくなった。
同級生が肩を叩いても返事をしない。
美咲さんがテントを離れて見えなくなるまで、ずっと同じ場所に立ってたそうだ。
28 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:43:06.38 ID:7Kf3mQpA0
帰ってきた兄貴は、服も着替えずに自分の部屋へ入った。
夕飯になっても起きてこないから、母親が見に行った。
手術の時と同じだった。
目は開いてるのに、何を聞いても答えない。
救急車で運ばれたけど、脳にも血液にも異常はなかった。
今回は手術も薬も使ってない。
なのに前とまったく同じ状態になった。
29 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:44:03.51 ID:bY8d2Lr60
また女の家に行ったのか
30 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:45:28.73 ID:7Kf3mQpA0
たぶん。
救急車を呼んでる最中、ハイが鳥籠の中で急に暴れ始めた。
何度も籠に体をぶつけながら、兄貴の声で、
「行く」
「行く」
と繰り返した。
それから止まり木から落ちた。
ハイは動かなくなった。
父親がタオルを敷いた箱に入れて、鳥籠の横へ置いた。
兄貴のことで家の中がバタバタしてたから、病院から戻ったら庭に埋めようということになった。
31 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:46:16.12 ID:p4XqC9s20
嫌な流れだな
32 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:47:38.55 ID:7Kf3mQpA0
兄貴はそのまま入院した。
明け方、父親が一度家へ帰った。
そしたら、箱の中からハイがいなくなってた。
玄関も窓も閉まってた。
箱の中には灰色の羽が何枚か残ってるだけだった。
俺も最初は、父親がどこかへ動かしたんだと思った。
でも、見つけた父親本人が一番混乱してた。
33 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:48:22.04 ID:G1vn0zu70
猫とかに持っていかれたんじゃないの
34 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:49:49.92 ID:7Kf3mQpA0
箱は家の中にあった。
猫も飼ってない。
その日の午前十時過ぎ、美咲さんから母親の携帯に電話が来た。
灰色のオウムが、自宅二階のベランダにいると言ってた。
窓を開けたら逃げるどころか、美咲さんの腕に乗ってきたらしい。
それで兄貴の声で、
「美咲さん」
「俺だよ」
と言った。
35 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:50:17.38 ID:yt5K3AMO0
足環は確認した?
36 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:51:42.19 ID:7Kf3mQpA0
した。
ハイの右足には、買った店の番号が入った銀色の足環がついてた。
美咲さんが写真を送ってきた。
番号は同じだった。左足の爪が一本だけ白いところも同じだった。
うちから美咲さんの家までは、直線なら二キロもない。
生きてる鳥が飛んでいっただけなら、別におかしくない。
ただ、父親が箱に入れた時、ハイの体は冷たくなってた。
37 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:52:16.08 ID:nM2wH8q50
兄貴はその間どうしてた
38 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:53:44.87 ID:7Kf3mQpA0
病院で寝たまま。
美咲さんが餌をやると、ハイは食べた。
でも他の家族が手を出すと、くちばしで追い払ったらしい。
美咲さんが座ると膝に乗る。
部屋を出ると後を追う。
夜は美咲さんの枕元で寝た。
その時の動画は俺も見た。
ハイは美咲さんの肩に乗って、兄貴の声で、
「帰りたくない」
と言ってた。
39 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:54:19.52 ID:ay6GfPjL0
兄貴が乗り移ってたってことか?
40 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:55:52.34 ID:7Kf3mQpA0
美咲さんはそう思ったらしい。
三日目の朝、ハイに向かって、
「もし本当にあなたなら、自分の体へ戻ってください」
と言った。
それから、
「戻ってきたら、今度は逃げないでちゃんと話します」
とも言った。
ハイはしばらく首を傾けてた。
そのあと化粧台まで飛んで、赤いシュシュをくわえた。
桜まつりの日につけてたものだった。
美咲さんが取ろうとしたら、そのまま窓から飛び出した。
41 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:56:37.25 ID:p4XqC9s20
家に戻ったのか
42 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:57:58.91 ID:7Kf3mQpA0
昼過ぎ、父親が家の裏で何かが落ちる音を聞いた。
勝手口を開けたら、ハイがコンクリートの上に倒れてた。
くちばしに赤いシュシュが引っかかってた。
父親が抱き上げた時には、もう動かなかった。
その何分か後、病院にいた母親から電話が来た。
兄貴が目を覚ました、と。
俺たちが病室に入った時、兄貴はまだぼんやりしてた。
父親はシュシュを袋に入れて持ってたけど、まだ見せてなかった。
兄貴は父親の顔を見るなり、
「赤いの、ちゃんと持って帰ってきた?」
と言った。
43 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:58:33.64 ID:Wu9e6br30
鳥は今度こそ死んでたの?
44 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 21:59:48.16 ID:7Kf3mQpA0
死んでた。
その日の夕方、動物病院にも連れていった。
父親が庭に埋めた。
赤いシュシュは美咲さんに返そうとしたけど、受け取らなかった。
「それは、あの人が持って帰ったものだから」
と言ったらしい。
45 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 22:00:35.80 ID:G1vn0zu70
兄本人は鳥だった時の記憶あったのか?
46 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 22:01:57.13 ID:7Kf3mQpA0
詳しくは話さなかった。
でも美咲さんの家で何を食べたか、どの窓から出たか、帰る途中でどこの屋根に降りたかは覚えてた。
美咲さんが撮った動画を見る前から言ってた。
兄貴は退院してから、美咲さんと会った。
二人だけだと会話が続かないから、最初は俺も一緒にいた。
美咲さんが、
「どうして私だったんですか」
と聞いた。
兄貴はかなり長いこと黙ってから、
「分からない。見た時には、もうそっちにいた」
と答えた。
47 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 22:02:28.42 ID:bY8d2Lr60
その後どうなった
48 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 22:03:53.26 ID:7Kf3mQpA0
三年後に結婚した。
美咲さんの親は最後まで反対してたけど、美咲さんが実家を出た。
兄貴は今も同じ製本会社で働いてる。
夫婦仲は悪くないと思う。
ただ、兄貴たちの家では鳥を飼ってない。
美咲さんが、鳥籠だけは家の中に置きたくないらしい。
49 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 22:04:19.61 ID:nM2wH8q50
まあそうなるわな
50 :本当にあった怖い名無し:2026/07/20(月) 22:05:42.88 ID:7Kf3mQpA0
これで最後。
去年、兄貴たちの家に泊まった。
夜中にトイレへ行った時、暗い廊下で兄貴とすれ違った。
「どうした」と聞いたら、兄貴は首を少し横に傾けた。
ハイが人の話を聞く時と、まったく同じ動きだった。
それから兄貴の声で、
「帰りたくない」
と言った。
次の日の朝、兄貴に聞いたけど、何も覚えてなかった。
美咲さんだけ黙ってた。
俺が帰る時、玄関まで見送りに来て、小さい声で言った。
「たまにあるの。でも、あの人には言わないで」
赤いシュシュは、今も兄貴の机の引き出しに入ってる。




