第104話 記憶の始まり
第104話です。
楽しんでいってください!
「目を開けろ。」
アグニ=ゼルの声が聞こえる。
ヴェーヴは静かに目を開いた。
「ここ、どこ!?」
あたり一面、草原だ。
温かい日が差し、風が草を揺らした。
先ほどまでとは全く違う風景に、ヴェーヴは目を見開く。
そして――
「師匠は!?」
リリスの姿もなかった。
ヴェーヴは隣に立つ少年を振り返る。
彼は静かに口を開いた。
「安心しろ。向こうの時間は止まっている。そんなことより――」
アグニ=ゼルがヴェーヴの背後を指さした。
「あれを見ろ。」
「え?」
ヴェーヴが振り向くと、遠くに一本の木が見えた。
その下の木陰には、オレンジ髪の男性が食事をとっている姿があった。
「行くぞ。」
アグニ=ゼルが歩き出す。
ヴェーヴは慌ててついて行きながら、口を開いた。
「ご飯中だよ?邪魔になっちゃうんじゃ・・・。」
「ならない。」
アグニ=ゼルがきっぱりと言い切る理由が分からず、首を傾げる。
しかし、ヴェーヴは足を止めなかった。
そこに行くべきだ、と感じたからだ。
すぐ近くに立っても、男性は反応を示さない。
見えてないみたい・・・。
ヴェーヴが不思議そうに首を傾げていると、アグニ=ゼルが静かに口を開いた。
「ここは、エリュシアの記憶の中。俺たちは、干渉することができない。」
「へー。」
ヴェーヴが説明に相槌をうっていると、がさり、と頭上の木が揺れる。
「?」
上を見上げると、金髪の女性がさかさまにぶら下がっていた。
長い髪が風になびく。
『うわっ!』
男性が声を上げる。
女性は楽し気に笑い声をあげ、枝がたわんだ反動を利用して空中をくるりと回転し、地に足をつけた。
『なんだよ。』
男性が不機嫌そうな声を上げ、女性をにらむ。
『おいしそうだったから!』
天真爛漫な笑みを浮かべ、彼女は男性の顔をのぞき込んだ。
『それに、ここらじゃ見ない顔。お兄さん、旅人?』
『いや、最近越してきた。』
ぶっきらぼうに答え、再び食事を始める。
『へぇ。じゃあ、わたくしが案内してあげよう!』
女性がグイっと男性の腕をひいて立たせる。
そのままの勢いで2人は駆けだした。
『おい!』という声を残したまま。
一瞬であたり一面に火が広がり、焼け落ちた。
次の瞬間、ヴェーヴたちは人ごみの中に立っていた。
「ここは?」
ヴェーヴは隣に立つアグニ=ゼルを見上げた。
「街だ。」
「それは分かるよ・・・。」
ヴェーヴはがっくりと肩を落とす。
そんなヴェーヴに気付いてか、気付かずか、彼は人ごみの一点を指さした。
「そこだ。」
ヴェーヴがまっすぐにそこを見ると、楽し気に腕を組んで歩く男女がいた。
オレンジ髪の男性と金髪の女性。
「あの人たちって、さっきの?」
「そうだ。」
ヴェーヴは彼らに人ごみの間を縫って接近する。
ある程度近づくと、会話が聞こえてきた。
『ねぇ、また戦争に行くの?』
女性の顔に影が差す。
『そうだな。でも、必ず帰って来るさ。』
『ほんと?』
不安そうに男性を見上げる女性。
『ああ、もちろん。君と、この子を置いて逝くわけにはいかない。』
2人は女性のお腹に手を当てて静かに笑いあう。
2人の指には、細い指輪が輝いていた。
そこで再び、景色が焼け落ちた。
次に立っていたのは、暗い部屋の中。
いつの間にか、アグニ=ゼルが横に立っていた。
女性が台所で鼻歌交じりに料理を作っている。
そのお腹は以前よりも大きく膨らんでいた。
ドンドンドン、と扉をたたく音が部屋に響く。
女性はパァッと表情を明るくして扉に駆け寄った。
ドアノブに手を掛け、扉を開く。
そこに立っていたのは、皮の鎧を身に着けた若いエルフの青年。
――オレンジ髪の男性ではなかった。
青年は暗い表情で女性に何かを差し出す。
女性は震える手でそれを受け取り、崩れ落ちた。
「死んだんだ。」
アグニ=ゼルが口を開いた。
その声には、何の感情も含まれていなかった。
ヴェーヴは目を見開き、その場に立ち尽くす。
「さっきの、男の人?」
「ああ。」
「でも、さっき帰るって・・・。」
「ああ。」
「子供も、いるのに?」
「ああ。」
アグニ=ゼルが静かに瞑目する。
それと同時に、景色が焼け落ちる。
今度は、暗い森の中。
女性が、ふらふらと歩いていた。
その指には、同じ指輪が2つはめられていた。
ヴェーヴは無言でその後について行った。
やがて、女性は大きな湖の前まで到着した。
彼女は、そのまま湖に足を踏み入れる。
みるみる腰まで水に浸かる。
それでも、彼女は足を止めずに進んだ。
「危ないよ!」
ヴェーヴが駆けだそうとしたが、壁が当たったように、湖に入ることができない。
そうする間にも、女性は胸の高さまで水に浸かる。
ヴェーヴは目の前の見えざる壁にドンッと勢いよく拳を突き立てるが、びくともしない。
「無理だ。」
アグニ=ゼルがヴェーヴの背後に立ち、目を細める。
「でも・・・!」
「言っただろ。干渉できない。」
ヴェーヴはもう一度振り下ろそうとしていた拳を力なく落とす。
いよいよ、もうだめか、そんな時、湖に光があふれた。
湖の中心――光があふれているところから目を閉じた女性が現れた。
金髪の女性は驚いたように目を見開き、足を止める。
さらに、彼女は水からはじき出されるように飛び出し、水面に足をつく。
光の中心に立つ女性は静かに目を開いた。
すると、湖の周りに光の粒子が立ち込める。
そこから、声が響いてきた。
『きれいな心。』
『誰・・・?』
金髪の女性の声はかすれている。
光の中心に立つ女性は長い透明――虹色の髪をさらさらと揺らし、その顔に微笑みを浮かべる。
『精霊の母――精霊女王というところかしらね。』
彼女は穏やかな笑みを浮かべ、言葉を続ける。
『かわいそうに・・・何か悲しいことがあったのですね。きれいな心が、暗く陰っています。』
金髪の女性の頭を慈しむように撫でた。
『私の力をお貸ししましょう。あなたは、特別な子なのです。』
金髪の女性の髪がきらきらと輝き始める。
『そのきれいな――世界を愛する心は、多くの人を救うでしょう。』
再び、景色が暗転していく。
その時、確かに、精霊女王がヴェーヴたちを見て微笑んだ。
まるで最初から知っていたかのように。
「これが、始まりだ。」
これからものんびり投稿していきます!
ちょこちょこ覗きに来てください!




