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届かなかった男

「フェニーチャー! きさま!」


 将軍──いや、レ・ディアボ・ブルルスグルフはフェニーチャーをにらんだ。


「フェニーチャー? おい、様はどうした様は」

「様だと? 勘違いするなよ。フェニーチャー、おまえが悪魔の王と呼ばれているのはその強さと生まれゆえ。心から忠誠を誓っているやつなどいない。弱体化し、あろうことか裏切ったおまえに敬意を払う必要などない」

「じゃあなにか? おまえはおれを倒せると?」

「そのとおりだよ、フェニーチャー! だからきさまが、おれ様の名前をなれなれしく呼ぶ権利などない! せめて様をつけるか、将軍と」

「ふしぎに思わなかったか?」


 フェニーチャーはブルルスグルフを無視して呟いた。


「あ?」

「お前に言ってるんじゃない。ショートにだ」

『え?』

「初めて使った力だろ? 大広間で。あんなに強大な力が、なんで死ぬ寸前で暴走が止まったのか。なんで生命力を取られなかったのか。あれな、別にちげーよ。止まったわけじゃない。ちゃんと死ぬ残り一滴まで生命力を取られてたよ。ただ供給元が変わっただけだ。おまえからおれにな」


 フェニーチャーはため息をついた。


「おかげでせっかく溜めてた力を取られて大変だったよ。そして夢を見た。そう、予知夢だ。同じ体にいるから、おれにも見ようと思えば見える。そしたらおまえの寮監が死ぬんだ。焦ったよ。短い付き合いだが、なんとなくショートがどういうやつかはわかったからな」

『どういう意味?』

「おまえは誰かが死ぬと分かったら、少なくともそれを黙って見逃す奴じゃない。特に相手の狙いは自分で、そのせいで寮監が死ぬとなれば、命を捨てて戦う。おまえが死ねばおれも死ぬ。だから二週間、とにかく寝続けた。体力を回復したんだ。死ぬその寸前まで起きないようにな。今度はおまえだ、ブルルスグルフ」


 フェニーチャーとブルルスグルフの間で火花が散る。


「おまえ、おれに勝てるとそう言ったな? 教えてやるよ。おまえを消すくらいの体力はもう十分回復してる。来いよ将軍」


 ブルルスグルフが飛びかかった。フェニーチャーが中指を立てると、目の前に火柱が立って行く手をはばむ。

 フェニーチャーの体も燃えた。

 炎が晴れる。背中から翼。右に一本、左に二本。前は腕は肘までだったのに、今は肩までフェニーチャーの体になっている。


「わずかだが体も元に戻り始めた。さぁやろうぜ、勝負」


 おれはいつかのデルマートが言ってたことを思い出した。フェニーチャーは戦闘狂。まさにそれだ。今も心からブルルスグルフとの戦いを楽しみにしてる。

 フェニーチャーは剣も持たずに飛び出した。ブルルスグルフが雷撃を放つ。炎の膜でそれを弾く。右手に炎を凝縮させて、振り下ろす。ブルルスグルフは飛んで避けた。手が地面についた瞬間爆発する。爆破の衝撃でブルルスグルフはそのまま宙に浮いた。


(おせ)ぇよ!」


 羽根の燃える弾丸がブルルスグルフを襲う。雷撃で壁を張るけど、全部は防ぎきれない。体に連続で突き刺さった。フェニーチャーはニヤリと笑って腕を払う。下から上へ炎の柱がブルルスグルフを飲み込む。ブルルスグルフは悲鳴を上げた。


「燃え尽きろ!」


 縦横斜め前後ろ。全方向から立った炎の柱がブルルスグルフに襲いかかる。フェニーチャーが手をギュッ握ると、それに反応して炎が凝縮して大爆発した。

 全身真っ黒焦げでブルルスグルフは倒れた。


「おのれ、フェニーチャー……!」


 まだ死なない。恐ろしい生命力だ。けど、フェニーチャーは余裕そうに鼻で笑うだけ。


「なんだ。大口叩いた割には弱っちぃな」

「舐めるな!」


 ブルルスグルフが雷撃を放つ。フェニーチャーは当たり前に手で弾いた。


「この程度で──」

「動くな!」


 いつのまに移動したのか、ブルルスグルフはグアルディーを掴んで、爪を喉に突きつけていた。つまり人質。


「そんな脅しにおれが」

「おまえは知らんが、天使のガキは違うだろう!」

「きたねーやつ」

「褒めてやるぞフェニーチャー。たしかにおまえは強い。だが、しょせん勝負は勝つか負けるか。あの方のご命令を遂行する! そうすればおれの勝ちだ!」


 あの方の命令? 変な話だ。だって、死んだやつがどうやって命令なんか……。

 先生は口を動かしておれたちになにか伝えようとしている。「気にせず殺せ」かもしれないし、「お腹すいた」かもしれない。


「ショート。おれもそろそろ体力がきれる」


 フェニーチャーが呟いた。


「女を助けて、やつを倒すぐらいまでならおれがやってやる。あとはてめぇでなんとかしろよ」


 そう言って、いきなり二人を爆発させた。


『おい!』


 フェニーチャーがブルルスグルフに向かって走る。よく見ると、先生は炎の渦で守られていた。


「あばよ!」


 右腕に炎を溜める。ブルルスグルフの腹を貫いた。


「くそがぁぁぁぁ!」


 ブルルスグルフは叫び声を上げながらモヤになって消えた。

 そして、おれの体も元に戻った。おれはそのままうつ伏せに倒れた。まだ体中痛いけど、小さな傷は塞がってる。フェニーチャーが力を使って治してくれたんだ。


「アルマス!」


 先生がおれに駆けよった。こめかみからダラダラと血が流れている。

 おれもなんとか上半身を起こした。先生がくれたアップルティーと、ポケットから出したドラゴンシャドーを食べる。血が全身をめぐるみたいに、体に力が戻る。

 ちょうど先生も応急処置が終わったらしい。


「先生は森の中でみんなを助けて回ってください」

「それはそうですが……あなたは?」

「おれは霧の奥へ。──ドラゴンのところに。そうですよね?」


 先生はため息をついた。


「どこで聞いたのか……、もしくは察しのよさですか? しかしまぁ、ドラゴンがいることは事実です。特に今はメスが卵を産んですぐ。おそらく敵の狙いはその卵です。まだ孵化する前の卵を頭から浴びると、死んだ者すら生き返ると言われています。ですがそれは医学的に──」

「けど、ブルルスグルフはあの方の命令って言ってました。まるで、生きてるみたいに」

「……えぇ。そのとおりです」

「つまり、ケラヴロスは生きてる。もちろん無事じゃないけど、フェニーチャーみたく死ぬ寸前でなんとか生きながらえてるんだ」

「おそらく、そうである可能性が高いでしょう。……最悪の真実です。すぐにでも日本会議に報告しなければ。──と、それよりなぜドラゴンに会いに? この霧は人をだますと有名で」

「たぶん、いるはずです。霧の奥のドラゴンの元に。ブルルスグルフの手下のゴブリンが。予知夢でも、あいつは手下に行かせてた」

「ならば私は」

「これ以上時間はかけれない。おれじゃ全員は救えません。……おれは、ノーマンとレーナを見捨てて、ここに来た。だから、お願いします」


 グアルディーはため息をつきながらうなずいた。


「わかりました。この際、あなたにとことん乗りましょう」


 おれと先生は逆方向に走った。

 霧の中は一言で言えば誘惑の塊だ。

 まず思ったのが、寝たい、だ。体は傷だらけだし、体力も限界。おれはもう十分戦ったし、走った。よくやったよ。だからもう寝て楽になっていいじゃないか。

 次に幻聴が聞こえた。おれの両親の声だ。たぶん、だけど。おれの名前を呼んでる。この時点でおれの足は止まった。

 そして最後に幻覚。ジャックたちだ。おれはジャックと隣で笑ってる。ノーマンやレーナも一緒だ。喧嘩したことなんて嘘みたいだ。もう反対の隣にはレイチェルがいる。いや、レイチェルだけじゃない。もう一人。おれたちよりも歳上。……ソニアだ。レイチェルとソニアがジャックとは反対の横にいる。

 リゼフ、ゲログン、グアルディーもそれぞれ笑ってる。

 びっくりしたのはフェニーチャー。なぜか完全に復活して、空を楽しそうに飛んでいる。おれも合わせて十人。楽しそうに笑ってる。

 そして、燃えた。心の中でフェニーチャーが怒っている。


『しっかりしろ!』


 ハッと意識がかえる。そうだ。なにをしてるんだおれは。もう一度足を動かした。

 しばらく走ると霧を抜ける。霧を抜けてすぐ、ドラゴンの低くて轟くような声が耳を刺した。

 ドラゴンは覆うように立って、ゴブリン二体を牽制している。口から炎を吐いたり、尻尾を振ったり。ドラゴンの鱗はめちゃめちゃ硬い。ゴブリンの攻撃をもろともしない。

 というか、ドラゴンって初めて生で見たけど迫力がすごい。体も全長二十メートル以上ある。

 けど、ゴブリンの動きも中々俊敏だ。ドラゴンは中々捉えられない。よく見ると、ゴブリンは目玉を狙ってる。

 おれは飛び上がって、横からゴブリンの首を剣ではねた。もう一匹がびっくりしておれを襲う。その隙にドラゴンが尻尾で叩いた。ゴブリンたちは消えた。

 おれは仰向けに倒れて呼吸を整える。情けない。ちょっと動いただけでこれだ。そして今度こそ、本当の本当に限界。ドラゴンシャドーとアップルティーで体力なんとか意識を保ってるだけ。

 あっ、やばい。眠くなってきた。


「礼を言おう、天使のガキよ」


 ドラゴンの首がおれの目の前に伸びる。息は超臭い。ドラゴンが唾を一滴おれに垂らした。一滴って言っても、ドラゴンサイズの一滴だから、おれからしたらバケツをひっくり返されたみたいな感じだ。臭い液が体にまんべんなくかかる。

 おれは文句の一つでも言ってやろうと立ち上がった。

 立ち上がって気づいた。おれ、普通に動けてる。体にかかった唾液はみるみるうちに蒸発して消えた。


「え、なに今の」

「知らないか? おれたちドラゴンは生命力の塊。唾液一つでも癒しの力を持っている。これはさっきの礼だ」

「え、あ、ありがとう……」


 驚いた。たしかに、傷は塞がるし、体力もかなり回復してる。


「だが、驚いたぞガキ」

「なにが?」

「おれの唾液一つでも、大抵のやつは有り余る生命力に燃えて消えるが、おまえは力のほんの一部を回復しただけ。相当無理して意識を保っているらしいな」

「え? 別におれ、今ので相当回復──」


 すると急に力が抜けて、おれは膝から崩れ落ちた。手は相変わらずけいれんしてる。


「あの、もう一回できない?」

「無理だな。おまえたちにとってはとりすぎは毒だ。燃えるぞ。そもそも、その毒を薄める代わりに回復力も落としておまえら天使が発明したのが、チョコのお菓子だろう」

「あ、あぁ、そうか……」


 けど、これだけ回復できれば十分だ。おれはドラゴンに頭を下げた。


「ありがとう。……ていうか、人の言葉が話せるんだな」

「鈍い奴だな。おまえがおれたちの言葉を喋ってんだよ。まぁ、おれが強制的に喋らせたって方が正しいが」

「そっか。えっと、名前なんていうの?」


 ドラゴンは愉快そうに笑った。


「名前など覚えてなんになる? どうせ他と見分けもつかんくせに。おれもそうだ。おまえと他の違いなどわからん。おかしなやつだ」

「さぁ? おれ、他にドラゴン見たことないから。けど、恩人──じゃなくて、恩獣? だから。おれは絶対忘れないと思うけど」

「ほう。ますます面白いやつだ。言っただろ? おれはおまえと他のやつとの見分けなどつかん。次来たときは食うぞ。おれは基本的に食べれるものは食べるからな」

「そっか。けどおれも、次来たときは今よりずっと強いよ。おまえには負けない」


 ドラゴンは吹き出した。臭すぎて吐きそうになった。


「面白い。いいだろう。おれの名前はガイアブレス」

「おれはショート・アルマス。よろしく」

「そうか……。おまえがショート・アルマスか。気をつけろ、次来たときは食うぞ」

「覚えてなかったら、だろ?」

「そうだな」

『おい!』


 フェニーチャーが言った。


『おまえの仲間、空中で連れ去られそうになってるぞ』

「えっ、なんでわかるんだよ!」

『このていどの気配なら察知できる。特に、相手は悪魔だしな』


 どうしよう。鳥は操れるけど、相手がゴブリンだから手も足も出ないし、おれ自体は戦えない。弓はないから剣を投げることになるけど、当たる保証はない。おれはガイアブレスを見た。別に鎖で繋がれいるわけじゃない。


「ガイアブレス! おれの頼みを聞いてくれない?」

「断る。そんな義理はない」

「けど助けてやったろ!」

「その礼はもうした」

「じゃあ」


 おれは卵を指さした。


「おれがそれを壊す」

「おれを脅すか小僧。おれを倒せるとでも?」

「壊すだけなら可能だ」

「生意気だな」

「緊急なんだ。頼むよ」

「……いいだろう。おまえの望みを聞いてやる。だがその代わり、おまえの命をもらうぞ」

「わかった。それでいい」


 ガイアブレスは目を見開いて、それから大笑いした。


「本当に面白い小僧だ。わかった。特別に無償で聞いてやる。それで?」

「簡単だ。おれを背中に乗せて、一緒に戦ってほしい敵がいるんだ」


 ガイアブレスは黙っておれに背を向けた。

 ドラゴンはゴツゴツして、正直言って乗り心地は良くない。おれは出張った骨を掴んだ。


「行くぞ。せいぜい振り落とされんようにな!」


 ガイアブレスが一度大きく羽を振った。

 変な話だ。おれはどっちかって言うと、地震を起こす方なのに、地震が起きたと思って焦った。それくらいすごい衝撃で、気づいたら空中にいた。木の上で浮いている。

 視界の奥でなにかが動いている。

 ゴブリン数人が黒い鳥に乗っている。あの鳥は見たことある。八咫烏だ。そのうちの一人がレーナをがっしりと掴んでいる。

 対して天使側。三匹の黒燕。シフォンとジェマと、二匹より一回り大きい一匹。あれがレーナの言ってたスリーサイズだ。

 シフォンにはエマ・ディクソン。ジェマには主人のノーマン。スリーサイズの黒燕にはポールが乗ってる。必死にゴブリンたちからレーナを取り返そうと戦ってる。

 そういえば、ブルルスグルフを倒したおかげで壁は消えたらしい。校舎の方から色んな先生が走ってきている。

 グアルディーは三体のゴブリン相手に奮闘している。三体ともジャスやティスより大きくて強そうだ。


「おい。どれも蹴散らせばいい?」

「ゴブリンと八咫烏だ! 黒燕とそれに乗ってるのは味方!」


 八咫烏の足がジェマに直撃する。ノーマンは体勢を崩して今にも落ちそうになってる。


「行け! ガイアブレス」


 ドラゴンはおれよりもずっと速い。ゴブリンたちに向かってどんどん進む。

 ガイアブレスは吠えて炎を吐いた。みんなの目がガイアブレスとそれに乗ってるおれに集まる。


「ショート!」


 涙目のレーナが叫んだ。よく見たら顔に傷がついて、血を流している。


「ガイアブレス。あの女子が乗ってるやつ以外の八咫烏を全部蹴散らせ!」

「わかったよ」


 ガイアブレスが炎を吐いた。フェニーチャーにも負けない熱量だ。一瞬怯んだゴブリンと八咫烏をそのまま尻尾で振り落とす。

 ゴブリンたちが山のように上空へ飛ぶ。ガイアブレスは守るものがない分、さっきとは大違いに強い。暴れ回って、ゴブリンたちをこれでもかってぐらい倒す。

 一発の雷撃がガイアブレスの体に突き刺さって、血が噴き出した。


「きさま。将軍様を倒したな!」


 他の奴らよりもずっと大きい八咫烏に乗ったゴブリン。ブルルスグルフと同じくらい背が高い。雷撃を放ったのはこいつだ。ガイアブレスがにらんだ。


「おれは将軍の右腕。ウェントワース!」


 ガイアブレスがウェントワースに突撃した。壁を出して防ぐ。おれは剣を持って、ウェントワースの八咫烏に飛び乗った。不意をついて切りつけたつもりなのに、簡単に避けられた。二撃目三撃目と連続で攻撃を続けるけど、ウェントワースはどれも遅すぎるって感じだ。

 ウェントワースがおれを殴る。おれは剣の腹でとっさにガードしたけど、衝撃は消せなかった。そのまま地面に勢いよく叩きつけられた。

 今ので背中をやられた。たぶん、折れてる。呼吸が苦しい。

 最初は優勢だったガイアブレスも、そのうちキツくなる。ゴブリンたちが捨て身で囲って、鎖を出す。ガイアブレスはみるみるうちに縛られていく。その隙にウェントワースが雷撃を放った。

 無数の稲妻がガイアブレスを襲う。


「ガイアブレス!」


 ガイアブレスは悲鳴を上げて体中から血を噴き出した。

 みんながガイアブレスに夢中になってる間に、ポールはレーナを掴んでいるゴブリンに近づいた。


 それを邪魔したのは、おれだった。


 おれはガイアブレスがズタズタにやられたのを見て、体がカッと熱くなった。抑えなきゃって思ったときにはもう遅い。おれは叫んで、大きく一度手を振った。

 大気がこれまでにないくらい高速で渦を巻いた。敵も味方もめちゃくちゃにぶっ飛んだ。

 おれは宙を浮いてガイアブレスに近づいた。ウェントワースが叫ぶ。


「きさま、なにをした!」


 おれは黙って手を向けて、ウェントワースを空圧でふっ飛ばした。

 次に手を払って、ガイアブレスを縛る鎖を消した。解放されたガイアブレスの目はギラついて、怒りをあらわにしている。体を回転させて、尻尾をめちゃくちゃに振り回す。まさに逆鱗。


 ポールはガイアブレスの尻尾に弾き飛ばされた。


 おれはガイアブレスの上に乗って、なんとか力を抑え込んだ。


「ダメだガイアブレス! 落ち着け!」


 ウェントワースはレーナを掴んでいる。他のゴブリンたちもそれに続いて、逃げ去ろうと飛んでいる。

 それを追いたいけど、みんなガイアブレスのせいで先に進めないんだ。

 ガイアブレスは血を吐いて倒れた。白目を剥いている。無意識で暴れてたんだ。ガイアブレスはなおも立ち上がって、暴れ回ろうとする。吐いた炎が森に広がる。

 そばにはメアとシフォンが倒れている。おれは飛び降りてシフォンに駆けよった。


「行くぞシフォン! ご主人様を救うんだ!」


 シフォンの上に乗って飛んだ。黒燕はさすがに速い。島を抜けられたら終わりだ。おれは剣を構えて叫んだ。


「レーナを離せ!」


 ウェントワースは血だらけだけど、意外と平気そうだ。


「来い! 殺してやる!」

「ショート! 一人じゃ無理よ。逃げて!」


 ウェントワースとの空中戦。飛び回りながら、すれ違いざまに剣を振る。レーナを巻き込むし、おまけに体力的にも支配元素の力は使えない。


「なんでレーナを狙う!」

「一つはおまえだ! 人質があれば大人しく言うことを聞くだろう?」

「だったらおれが代わりに!」

「それだけじゃないんだよ! だがきさまには関係のないことだ。教える義理もない」


 ゴブリンの多くはもう島を抜けて瞬間移動している。応援は期待できない。おれは八咫烏に飛び乗った。必死に切りつける。


「フェニーチャー! 力を貸してくれ!」


 ウェントワースを突く。後ろに飛び退いた。

 フェニーチャーが応えてくれた。右目から赤い波動が出て、ウェントワースを弾いた。一瞬レーナを掴んだ手が離れる。

 おれはもう一歩飛んで、レーナを掴み、後ろのシフォンに投げた。


「速く逃げろ! 少しでも遠くへ!」

「めんどくさいまねを!」


 雷撃をモロにくらった。体が焦げて熱い。足はまるで動かない。おれは八咫烏から落ちた。それを見たレーナが叫ぶ。


「シフォン! ショートを拾って!」


 おれは叫びたかった。「気にせず逃げろ!」。けど口すら動かせない。おれを助けるために戻ってきたレーナはあっさり捕まった。

 おれはシフォンが空中で拾ってくれたから無事だった。けど、剣は手から落ちてしまった。


「急げ……」


 シフォンはウェントワースを追った。おれも体を起こして腕を伸ばした。もう少しで島を出る。

 レーナも腕を伸ばした。距離はほんの十センチ。

 レーナの頬に、一筋の涙が伝った。

 泣いている。


「必ず助ける! 助けに行くから!」


 おれがそう言うと、レーナは最後に笑ってうなずいた。

 島を出た瞬間、ウェントワースたちは消えた。

 おれは体の痛みも忘れて叫んだ。叫び続けた。



 ──こうして、討伐会は終わりを告げた。


 その後のことは、不思議なくらい覚えてる。ふしぎと気絶しなかった。おれがみんなの前でレーナを連れ去られたことを言ったら、何人かは泣き出した。

 見たところ、死ぬほどの大きな怪我を負ったやつもいない。というか、一番の大怪我はおれらしい。全身傷だらけ。体はけいれんして、顔も真っ青。死んでもおかしくないって言ってた。

 おれは色んな先生に心配されたり、ブルルスグルフを倒して褒められたりしたけど、正直どうでもよかった。

 ガイアブレスは治療して元の場所に戻すらしい。おれが謝ったら、気にするなって笑ってくれた。

 グアルディーは泣きながらおれを抱きしめて、励ましてくれた。おれも泣きそうになったけど、ぐっと堪えた。今一番辛いのはレーナで、それを救えなかったのはおれだから、泣いちゃいけない気がした。

 レイチェルがおれに駆けよって、礼を言った。おれは気が重くなった。レイチェルを助けるかわりに、レーナを見捨てたから。おれのしょうもない下心のために、友だちを売ったんだ。

 ノーマンとは目が合わせられなかった。きっとおれに怒ってるはずだ。

 ソニアはおれに近付いたけど、なにも言わずただ見つめてきただけだった。おれは少しだけ心が軽くなった。やっぱりソニアとは気が合うらしい。

 ジャックは一言。「おかえり」。おれはうなずいた。

 騒ぎを聞きつけて、他の生徒たちがぞろぞろと森に走ってくる。

 今回の話のネタはこうだ。

『ショート・アルマス、またやらかす。ドラゴンに乗って皆んなを妨害』。

 そのとおりだ。

 おれは先生たちに連れられて、医務室に行った。しばらく治療してから、ベッドにねる。

 もうすぐ日が落ち始める。

 色んな人が怪我をしていた。おれがつけた傷もある。

 おれはモヤモヤして、ぐちゃぐちゃの頭のまま、静かに眠った。




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