赤くなった男
ゴブリンは高い声でうめき声を上げた。
おれも体の底が引っ張られるような感覚に襲われた。
これ以上はまずい。さっさと終わらせるべきだ。
おれは両手をゴブリンに向けた。ゴブリンの体を中心に、空気が乱方向に渦を巻きはじめる。体が何重にもねじれて、ゴブリンは悲鳴を上げながら弾け散った。爆発するように血が噴き出す。しばらくして、その血の一滴すらも、細かくチリのようになって消えた。
こめかみの奥が潰されたように痛み出した。
おれはできるだけ楽しいことを考えた。楽しくて、穏やかなことを。例えば「帰ったらゲームができる!」とか。揺れが次第に収まって、完全に力は封じた。
おれは膝をついて四つん這いになった。
過呼吸ギリギリで、体中の細胞が酸素を欲してるのを感じる。体は鉛のように重い。けど、気絶はしない。
「よかった。うまくいって……」
目を覚ましてから二週間。人知れず練習していた。
天術を使うことはできないけど、また暴走したときのために暴走を止める方法を覚えた。
その結果、支配元素を思い通りに扱うことができないのは相変わらずだけど、代わりに意図的に暴走させて、それを任意のタイミングで止めることはできるようになった。それに暴走も、ただ荒れ狂うだけじゃなくて、多少はコントロールできる。
おれは動かない体を無理やり引きずって立ち上がった。
敵はまだ多い。とりあえずみんなを守らなきゃ。
おれはジャックたちを追って走り出した。
走って気づいたけど、体の痛みが引いている。体の傷が塞がってるんだ。そういえば、医務室のパスダー先生が言ってた。おれの背中の骨折が勝手に治ってたって。
たぶん、空間支配はおれの体にも適用される。暴走後、力の余韻で、無意識のうちにおれが治したんだ。そしてそれは今も一緒。さっきの戦闘のときに、自分で傷を治した。
支配元素も悪いことばかりじゃないかも。
しばらく走って、前にジャックの背中が見えた。おれは一気に走って、名前を呼んだ。
「ジャック!」
ジャックたちが立ち止まった。そのおかげでみんなに追いついた。
「ショート!」
ジャックが勢いよく抱きついた。結構力が強くて痛い。おれはなんとかジャックを引き離した。
「よかった。みんな無事で……」
「そっちこそ。敵は?」
「やっつけた」
おれたちはニヤリと笑って拳を突き合わせた。
みんなの顔を見渡した。レイチェルやリチャードたちはびっくりした顔。あの表情には覚えがある。おれがゴキブリを見たときによくする顔だ。けど、今回はおれが生きてて感心したってことだと思いたい。
ノーマンは複雑な顔。心配してたけど目が合ったら気まずくてそらす。レーナは目を真っ赤にしておれを──にらんでいる。少しむっして、おれはぶっきらぼうに言った。
「なんだよ」
レーナはちょっと目を大きくしたと思ったら、うつむいてモジモジし始めた。
「おいおまえ──」
「無事で!」
レーナが突然大声を出した。真っ赤な目でおれを真っ直ぐ見つめる。
「無事でよかった。死んじゃうかと思った……」
「あ、うん。まぁ、たまたまだよ」
しまった。なんて情けない返事だ。まぁ疲れてたからってことにしよう。
それより、なんだか他に足りない気がした。そう。なんていうか、邪魔者がいない気分。具体的に言えば、ポールだ。
「上級生組は?」
「他のグループを助けに行くのと、道中ゴブリンに襲われたときに庇ったりで」
ジャックが答えた。
少しイラッとした。勝手なことを。あの将軍の強さは半端じゃない。おれたち全員でかかっても勝てるかどうか。ここで三人が抜けたのはでかい。
とにかく、先生の元へ急がなきゃ。
「仕方ない。とにかく走ろう!」
ジャックは黙ってうなずいた。
おれたちは森を抜けるために走り出した。影はどんどん薄くなっていくから、多分もうすぐのはずだ。
そのとき、ほんの一瞬だけど、後ろから物音がした。生徒の可能性もあったけど、悪い予感がした。おれは叫んだ。
「走れ! もっと速く!」
おれは立ち止まって振り返り、剣を構えた。ジャックは振り返っておれを見た。
「行け!」
ジャックは渋々うなずいた。
「おい、狙いはおれだろう? かかってこい!」
「きゃあぁぁぁ!」
先で二人の悲鳴が上がった。急いで振り返ると、二体のゴブリンが、それぞれレーナとレイチェルを掴んでいた。
「離せ!」
ジャックが瞬時に剣を構えて、二体に切りかかった。不意を疲れて、ゴブリンたちは手を離した。
おれもジャックの横に立つ。ノーマンがレーナを、リチャードがレイチェルを引き戻した。
「オッドアイのおまえ」
右のゴブリンが言った。
「ショート・アルマスだな?」
今度は左。
「カールを殺しただろう?」
「あいつはおれたちの部下だ」
二体のゴブリンは確かに、さっきのやつより一回り大きい。
「おれはジャス!」
と右。
「おれはティス!」
と左。そして二体は声を揃えて言う。
「二人合わせてジャスティス!」
イェーイとハイタッチしている。おれはジャックと顔を合わせて、その隙に攻撃した。二人は笑いながら簡単に避ける。
「そんな鈍い剣、当たるわけ──ピギャッ!」
ジャスが吹っ飛んだ。後ろを見るとノーマンが手を向けていた。
「ジャス!」
ティスがジャスに駆けよった。おれは行く手をはばんで、剣を振った。上手く避けられて、頬をかすめただけだった。
「レクシィ!」
ジャックとレーナが同時に叫ぶ。ティスの体が燃えた。その隙に、おれはもう一回切りつけた。今度はしっかり当たった。肩から斜めに、血しぶきが上がる。
ジャスがおれに飛びかかった。
「エクスプロバロン!」
今度はリチャードの班三人組。三つの青い球が重なって、大きな球がジャスにぶつかって破裂した。血が飛び散る。おれは剣を思いきり突いた。あいにく爪で防がれたけど、衝撃で後ろにふっ飛んだ。
ジャスもティスもカンカンに怒って立ち上がった。
「あのれ天使ども! くらえ!」
二人が雷撃を放った。
「ディフェクト!」
ジャック、レーナ、レイチェルが青い壁を張った。雷撃はなんとか防いだけど、気づいたときには二人は逃げていた。
「もうすぐ森を抜ける。一気に走ろう!」
「ま、待って!」
レイチェルが言った。
「お、落とし物……」
「は?」
「お母さんからもらったお守り、落としちゃった……」
その顔は今にも泣きそうで、助けを求めてる感じだ。おれはジャックと顔を見合わせた。仕方がない。
「わかった。ならおれがついていく。相手の狙いはおれだし、それが適役だ。ジャックはみんなを連れて行って」
「だ、だったら私も行く!」
レーナがとまどいがちに言った。
「この中なら、私が多分、一番強い。もうすぐ森も抜けるし、そんなに人数を増やさなくても大丈夫だと思う」
「けど──」
「連れて行って。もう待つのは嫌」
「あ、あぁ。わかった。……ちょっと待って。だったらノーマンも来い」
ノーマンは一瞬目を見開いて驚いた表情をして、すぐに力強くうなずいた。
「わかった」
知らない間に、なんていうかノーマンは、すごくたくましく立派になった。それが少し──いや割と、寂しくなった。
おれたちはジャックたちと二手に別れて走った。数百メートル戻った先で、レイチェルはお守りを取り戻した。
「お守りって?」
「こ、これ……」
だいぶましになったけど、まだどこか壁がある。
レイチェルが見せてくれたのは指輪だった。あまり高価じゃない、その辺で安く売ってそうなおもちゃの指輪。メッキを何度も塗り直した跡がある。
「これが?」
「今、バカみたいって思ったでしょ?」
「まさか」
「ううん。いいの」
「ごめん。……けどなんで?」
レイチェルはニッコリ笑った。
「お父さんの形見なの」
「形見?」
「お父さんが小さい頃に、お母さんに渡したって。お父さんは、魔王との聖戦で死んじゃったから」
「ごめん……」
「え、なにが?」
たしかに。なんでおれは今頭を下げているんだ? けど、なんとなく謝らなきゃいけない気がした。だって、あいつはおれの伯父だし、それに……。
それに、なんだ? ケラヴロスを倒すのはおれの役目って考えたのか? そんなわけない。大体、あいつはもうお父さんが倒したはずだ。なのに──
「ショート?」
「えっ? なに?」
レーナがおれをジロジロ見ていた。
「もう戻りましょう」
「あ、うん。そうだな」
「待て!」
走り出そうとしたそのとき、おれたちの前にジャスとティスが現れた。傷は塞がって、ニヤニヤ笑っている。
「ジャスティス!」
レーナが言った。
「ラッキーだぜ」
「まさか四人だけとは」
「「さっきの借りを返すぜ!」」
おれは二人に飛びかかった。二人の速さはもうわかった。さっきよりも一歩前に踏み込んで剣を振る。二人は爪で防いだ。けどそれは、避けれなかったってことだ。
「狙いはおれだろう。こっちだ!」
おれはみんなからできるだけ離れるように走った。二人もおれを追ってきた。まずはジャスだ。
ジャスに切りつけたけど、爪で防がれる。これは予想内だ。
すぐに腕を弾いて、もう一回切りつける。しっかり切れて、ジャスはうめき声を漏らして飛び退いた。
変だ。
切られたのにジャスもティスも笑っている。
「いいことを教えてやろう」
「おれたちの狙いは」
「おまえじゃない!」
「おまえは将軍の獲物」
「おれたちの狙いは」
「あいつらだ!」
二人が指さしたのはレイチェルたちのいる方。
おれは二人には目もくれず走り出した。
「バカが!」
二人が火球を飛ばす。
火球が直撃して爆発。おれはふっ飛ばされた。フェニーチャーが寝てる今、おれにも普通に炎は効く。二人はおれを越して三人の元へ走る。
「待て!」
全身が痛いけど、今は関係ない。持てる全ての力で立ち上がった。ジャスとティスを追う。
レーナとレイチェルの悲鳴が聞こえた。レイチェルはジャスに捕まって、レーナはティスと戦っている。
「レイチェルを離せ!」
レーナが叫ぶ。レイチェルは黙ってただ泣いている。
「レーナ下がれ!」
叫んだけど手遅れだった。
ジャスとレーナの実力はほとんど同じ。いや、レーナの方が少し上だったけど、二人が戦ってる間に、ティスがレーナに雷撃を飛ばした。
そのせいでレーナの動きが止まって、その隙にジャスが腹を殴った。だらんと倒れたレーナをジャスが捕まえた。
ジャスとティスはそれぞれ別方向に逃げるらしい。おれはどっちを追うべきだ? そんなの決められるわけない。
「ショ、ショート……助けて」
レーナがおれを見た。おれはレーナを助けるべき? 確かに、色々複雑だけど、レーナは友だちだ。けど、だからってレイチェルを見捨てるのか?
「ショート、ノーマン!」
レーナはおれとノーマンの名前を呼んだ。ハッとした。そうだ。少なくとも、ノーマンは天術が使える分、レーナと二人ならおれより強い。おれはノーマンに言った。
「おれはレイチェルを助ける。おまえはレーナを追え!」
言うが早いか、おれはレイチェルとティスを追って走り出した。後ろではまだ、レーナがおれの名前を呼んでいた。おれは心の中で謝った。
レイチェルは少し開けた場所で、必死に抵抗していた。
「待て!」
「来やがったか、ショート・アルマス!」
「リフュムーロ!」
別に、使えると思ったわけじゃない。ただ助けなきゃって思ったら、無意識のうちに手を出してそう叫んでた。
そして成功した。
金色の壁が、ティスだけをふっ飛ばした。おれはレイチェルに駆けよって、かばうように一歩前に出た。ティスは目を吊り上げて怒ってる。
もう一度手のひらを向けて叫んだ。
「リフュムーロ!」
なにも出ない。
「やっぱり二度目は無理か……」
ティスが飛びかかる。おれは剣を振って牽制した。
「遅い!」
と、ティスが言った。
というか、ティスが速いんだ。さっきまでとは比べ物にならないくらい。
おれは横腹を思いっきり殴られた。ティスが雷撃を飛ばす。剣の腹で防いだ。その隙にティスはおれの懐に入った。とっさに避けたけど、爪がおれの右の頭をかすめた。血が垂れて、目を開けると血が入る。これで右目はもう使えない。
レイチェルをかばいながらってのを差し引いても、天術の使えないおれじゃティスには勝てない。甘かった。
ノーマンたちは大丈夫か? いや、それ以前に、おれももう体力が限界だ。ずっと走りっぱなしだし、攻撃もしすぎたし、受けすぎた。
だったら最後に、やるだけやってやる。
「レイチェル!」
おれは言った。
「できるだけ離れて。けど目が離されない位置に。逃げろ! 巻き込まない自信はない!」
レイチェルがバカじゃなくて助かった。レイチェルはうなずいて、一目散に逃げ出した。
おれは意識を力に集中させる。もうだいぶコツは掴んだ。
大気も地面も木々も。空間そのものが激しく揺れた。ティスの攻撃は、おれに当たる前に全部弾く。
全身の細胞という細胞が焼けて、外側に引っ張られるような痛みが走る。体中が裂けて血が吹き出そうだ。おれは歯を食いしばって我慢した。もう少しだけだ。
両手をティスに向ける。空気の壁が多方向からティスに向かって一気に流れて、体を強く縛り付ける。
おれは剣を掴む。振り上げて、「うおぉぉぉ!」と叫びながら走った。
踏み込んで、剣を思いっきり振り下ろす。ティスの体は真っ二つに切れた。
ティスが消えるのとほぼ同時に、揺れも収まる。
レイチェルがおれに駆けよった。
「あ、ありがとう……。大丈夫? 肩貸そうか?」
「いや、うん。ありがとう」
くそ。おれってほんとカッコ悪い。レイチェルに肩を借りてなんとか歩く。ていうか、ほとんどレイチェルに任せっきりで、引きずられてるみたいだ。本当なら、もっとかっこよく助けて、落ち込んだレイチェルを励ますつもりだったのに。
そのあとはゴブリンに出くわすことなく、無事に森を抜けた。ジャックたちが駆け寄った。おれは近くの女子にレイチェルを預けた。そして、意識を失った。
閃光が走る。爆炎が上がる。水が噴き出す。
強力な技と技の撃ち合い。グアルディーに一瞬の隙ができた。おれは飛びかかって、鎌のような鋭い爪でグアルディーの頭を掻き飛ばす。グアルディーは木をへし折って、二個先までぶっ飛ぶ。
たしかに頭蓋骨は砕いた。爪で脳を引き裂いた。ダメ押しでもう一発。稲妻がグアルディーを貫通して、腹に穴が空く。グアルディーは完全に死んだ。
目の前には霧が立ち込めている。霧に向かって一歩踏み出して、立ち止まった。高らかと笑う。
「くははっ」
金属音が何重にも重なったような、声で呟く。
「そうか……」
その瞬間、おれの意識が将軍から離れていくのを感じた。
将軍がニヤリと笑う。
「ショート・アルマス。やはりおまえには、見えているのか」
おれは悲鳴を上げながら起きた。目の前にはジャックの顔。
「おれ、どのくらい寝てた?」
「寝てたっつーか、倒れたと思ったら悲鳴を上げて起きたんだよ」
おれは周りを見た。生徒はおれたち以外にも大勢いるけど、ノーマンとレーナ、それにグアルディーがいない。
「ノーマンたちは?」
「一緒じゃないのか?」
「うん。……応援は?」
ジャックは首を振った。
「グアルディーは?」
「おれたちが来たときにはもういなかった」
「なんで誰も校舎に先生を呼びに行かないんだ?」
「いけないんだ。変な壁が張ってある」
ジャックが指を差した先、校庭を覆うようにオレンジの壁がたしかに張ってある。
「リゼフ!」
バンッという音とともに火花が散り、リゼフが現れた。
「ショート様……──ん? これは一体なんの騒ぎですか?」
「敵襲だ。ゴブリン軍団に襲われてる! リゼフはあの壁を壊して」
リゼフの状況把握能力は高い。これだけで瞬時に状況を理解して、壁に走って行った。手をついてなにかをぶつぶつ唱える。爆音と共に衝撃が走った。
壁は壊れない。リゼフは頭を振って帰ってきた。表情は申し訳ないって感じでいっぱいだ。
「ダメです。誰がかけたかは知らないが、強力な防御術だ。この島にかかっているそれよりもね。少なくとも外部からは壊せない。内部からなら比較的簡単かもしれないが、おそらくあの壁の内側にもう一二枚壁が張ってある」
「壁を? なんで」
「私たちの存在を認知させないためですよ。音を遮断したり、シンプルに姿が見えなかったり。デルマートほどの使い手ならば外側からでも壊せたかもしれないが」
「今はいない。……おい。ちょっと待て。いつもなら、デルマートも立ち会ってたんだよね?」
「えぇ」
「知ってたのか。デルマートがいないことを。そしておれが森に出るこの日を狙った……!」
「この術をかけた者を倒せば、おそらくは解けると思いますが、一体誰なのか……」
「将軍だ。少なくとも、そう呼ばれてる」
「将軍。彼ですか……。まぁいい。敵は私が倒しましょう。君は、ドラゴンシャドーは持っていますか? 今朝渡した」
「あ、うん」
「ならば早く食べた方がいい。顔が真っ青だ」
おれはポケットからドラゴンシャドーを取り出した。運のいいことに、あれだけ力を使ったのに元の原型をしっかり止めていた。
口元まで運んで、止まる。
そういえばジャックが言っていた。
この森の別称は惑わしの森。奥の方には人をだます霧やシンプルにドラゴンがいるとか。そして、将軍がいたのは霧の前。
やつの目的は、ケラヴロスを蘇らせること……。
「リゼフ」
おれは言った。
「ドラゴンシャドーって、なんでドラゴンのチョコなんだっけ?」
「は?」
「なんで、ドラゴンを模してるんだっけ?」
「それは、ドラゴンの生命力をモデルに──ショート様!」
今日一番のスピード。おれは息も忘れるくらいとにかく走った。奥へ。とにかく奥へ。
グアルディーは敵の、将軍の狙いに気づいてたんだ。だから一人で倒しに行った。そして負けて、死ぬ。なんでもっと早く思い出さなかったんだ。
「待ちなさい。君はもう限界だ!」
リゼフは当たり前のようについてきていた。
「敵の場所を教えなさい。私が代わりに行きましょう」
「ダメだ! まだ森の中でゴブリンに襲われてるやつがいる。リゼフはみんなを助けて!」
「しかし」
「おれは強いけど、体力がない。あと一人助けて動けなくなったら意味がない。誰も死なないように! 急げ! 命令だ!」
リゼフは苦しそうな顔でため息をこぼした。
「わかりました。ご無事で」
リゼフは消えるように横へ走った。おれは剣を出す。影の濃い方へ走った。道中、小さなゴブリンが何人か襲ってきたけど、そんなの気にしてる暇なんてなかった。攻撃はなるべく最小限の動きで避けて、視界に入ったら切る。このときのおれは不死身だった。もう何人倒したかわからない。
「ショート・アルマス!」
横からゴブリンが飛び出してきた。ジャスやティスと同じくらい大きくて速い。剣が間に合わない。しまった。
「ルィネアフルミネ!」
青い電撃がゴブリンを襲った。ゴブリンは焦げて一瞬怯む。剣が腹をかすめた。ゴブリンは素早く退く。
「大丈夫?」
電撃が飛んできた方向を見ると、ソニアがガブリエル寮の三人組と、血だらけで気絶している引率生を引き連れて立っていた。よく見るとソニアも無事じゃない。顔には何本か引っかき傷と、右腕から血が垂れている。
「その上級生は?」
「この子たちをかばって。それよりショート、どうしてここに?」
「おれは……──いや、おれのことはいいや。それより、ここはけっこう深い。早く森の外へ!」
「けど」
ゴブリンが襲いかかってきた。おれは横に転がって避けて、すぐに切りつける。
「リゼフが森の中でみんなを助けて回ってる! このゴブリンはおれがなんとか──」
ゴブリンは速い。おれの剣を自在に交わしておれを殴る。
おれはさっきから紙一重で焼けるので精一杯だ。
「──ごめん。やっぱりちょっと手伝って!」
「ディフェクト!」
おれの前に青色の壁が現れて、ゴブリンの攻撃を弾いた。おれは素早く突いた。けど退いて避けられる。
「こいつかなり強い! 気をつけろ!」
「タメ口! ──そうみたいだね。……というか、君の剣さばきもまた一段と磨きがかかったみたい」
「そんなこと言ってる場合じゃ」
炎の玉が飛ぶ。おれはソニアの方に飛んで避けた。
強さはジャスティスと互角。どうする? 二人とも満身創痍で、一緒に戦っても勝てるかどうかわからない。というか、勝っても時間がかかりすぎる。このままだとグアルディーが殺される。……けど、ここでまた力を使ったら、それこそもう動けない。
「なにか倒せる算段ある?」
「さぁ? ごめんけど私、けっこう痛くて」
ソニアが自分の右腕を指した。
「毒仕込まれてたみたい。血も止まらなくて」
「それを言うならおれも、正直いつ気を失ってもおかしくない!」
「オーケー。お互いボロボロ。勝つ見込みはなし。状況は絶望的。二人きりで戦って死ぬ。ドラマティックで最高だね」
「あはは……冗談だろ?」
「勝ち負け次第!」
おれは右から、ソニアは左から攻める。
「長期戦はどのみち負ける! やるなら一撃戦。おれが囮になる!」
ソニアがうなずいた。
「敵の前でぺちゃくちゃと! だまれると思うか?」
とゴブリン。
「避けれるもんな避けてみろ!」
「避ける必要などない!」
おれは一気に近づいて、剣を振るった。ゴブリンは爪で剣を弾いて、おれを蹴る。避けずにあえて受け止めて、足を掴む。
「きさま!」
「避ける必要はないんだっけ?」
おれは剣で思いっきり突いた。ゴブリンは両手で受け止める。
「今だ!」
ソニアがゴブリンの後ろで飛び上がった。
「やあぁぁぁぁ!」
剣を勢いよく振り下ろす。ゴブリンの体だけを器用に切って、真っ二つにした。ゴブリンは黒いモヤになって消えた。
おれもソニアも、剣で体を支えてなんとか立った。
「さすが。いい一撃だった」
「君の方こそね。すごい戦いっぷりだよ」
おれたちは突然吹き出して、大笑いした。戦いのショックで頭がおかしくなったのかもしれない。こんなに気が合ったのは、ジャック以来だ。
「じゃあ、おれはまだ行かなきゃいけない。ソニアは早く逃げて」
「でも、君もう動けないだろ」
「まだ大丈夫だ。それに、戦わなきゃ。敵の狙いはおれなんだ」
「だったら私も一緒に」
「ダメだ。毒が回ってるんだろ? 一刻も早く安静に。それに、ガブリエルの引率生も死にかけてる。おれがさっき通った道なら、ゴブリンは大抵倒したから襲われないはずだ」
おれはソニアの目を真っ直ぐ見つめる。ソニアはしぶしぶうなずいて言った。
「……わかった。君みたいに勇敢な人、初めてだ」
その瞬間、おれの頭は真っ白になった。なにもない、真っ白な頭なのに、顔だけは真っ赤だったと思う。顔の体温が急上昇する。
……ソニアがおれの頬にキスをしたんだ。
よく見るとソニアの頬もほんのり赤く染まってた。
「君、けっこうウブだね。可愛い反応」
おれはなにか言い返してやろうと思ったけど、口から出たのは一言。「ほへぇ?」。言葉ですらない。ソニアはぷっと吹き出した。
「無事で帰ってきなよ? そしたら今度は唇だ」
「あ、えっと、うん」
おれはなんとか首を縦に動かした。体中に力が湧いた。今なら不思議と将軍にも勝てる気がする。いや、勝てる。勝って無事に帰り着く。
ソニアは四人を連れて去っていった。おれも再び剣を握って走った。
視界の奥で、なにかが光った。影は夢と同じくらい濃い。間違いない。グアルディーと将軍が戦ってる。
霧の前でお互いに攻撃を撃ち合う。将軍の雷撃で、グアルディーが一瞬怯んだ。その隙に将軍が飛び込んだ。鋭い爪を立てて、腕を振る。
「リフュムーロ!」
また無意識。金色の壁が、将軍よりも早く先生をぶっ飛ばした。将軍は空振った。俺はガラ空きの腕に剣を振り下ろす。将軍はとっさに飛び退いた。さすがの反応速度だ。すぐにおれに雷撃を飛ばす。おれは木の裏に飛んで避けた。
「ショート、なぜここへ!」
先生が眉をつりあげておれをにらんだ。
「先生を助けに」
「バカな。狙いはあなたですよ」
「だから来たんです」
「自惚れはいけない。早く逃げなさい!」
「自惚れって言うなら、先生の方でしょ。おれが来なかったら死んでた。三度目は見たくない」
「三度目? ……予知夢ですか」
「はい。森に入ってゴブリンに襲われるまで忘れていました。すみません」
「まさか。あなたのせいでは」
「そうですね。けど責任はあります。おれが囮になります。先生が将軍を倒して!」
「そんな危険なこと」
「先生が死んだらどのみちおれは死にます。迷ってる暇はない!」
おれは先生の返事を聞く前に走り出した。将軍へ向けて一直線。今気づいたけど、将軍は予想よりずっと大きい。多分二メートル半はあるはずだ。
人生で一番なにかに集中した瞬間かも。おれはとにかく将軍に猛攻撃した。爪で引っ掻かれても、電撃や炎、水を飛ばされても、全部無視して攻撃した。剣を振って、殴って、蹴った。多分、親に駄々をこねる子供みたいだったと思う。暴れ回った。
「ルィネアフルミネ!」
青い雷撃が何重にも将軍へ降り注いだ。先生の力だ。将軍の体から煙が上がった。
「ガキと女の二人。このていどでおれ様に勝てるとでも?」
将軍の拳がおれの腹にのめり込んだ。おれは血を吐きながらふっ飛んで、大樹にぶつかった。衝撃で木は折れる。
「アルマス!」
先生がおれに駆けよって、すぐに前に立った。
「私が愚かでした。やはりあなたを囮役など……。アルマスは渡しません! 来てみなさい! すぐに倒してあげましょう」
先生は将軍に堂々と啖呵をきるけど、将軍は子供の戯言って感じで高らかと笑った。
「倒せるわけがないだろう。おまえの精一杯の攻撃も、おれ様には効かなかった!」
「やってみなければわからない!」
先生は必死に反論してるけど、正直に言えば将軍の言うとおりだ。先生じゃどうやったって勝てない。
おれはかすれる声を張り上げた。
「先生! 離れてて……」
「なにを……!」
「勝つ可能性があるのは、おれの力だけだ……ぁっ!」
剣を杖代わりにして立ち上がる。足を引きずって、先生の前に出る。
次の瞬間、おれの体はカッと熱くなった。細胞全てを外側に引っ張られる感覚。果てしない痛み。おれは意識を集中させた。さっきよりもずっと大きい力だ。めちゃめちゃ痛い。悲鳴を上げながら宙に浮いた。
空間が激しく揺れる。
大地は裂けて断層がそこかしこにできる。
「いいぞショート・アルマス! 面白くなってきた!」
将軍が雷撃を放つ。おれはそれを払うように腕を振る。空気の壁が雷撃を散らす。両腕を雄叫びと悲鳴と共に上げる。おれを中心とした大きな円。周りの木々が全部折れる。折れた木は粉々になって、上空で大気と共に渦を巻く。力の全てが上に集まってる。将軍はどんどん雷撃や炎を放つ。その全部も弾けて、おれの力となって上に集まる。激しい嵐みたいだ。
体が裂けて、全身から血が噴き出す。これ以上はおれの原型を止めておけないらしい。
「あぁぁぁぁぁ!」
おれは最後の力を振り絞って、上空の力の渦を将軍にぶつけた。将軍は悲鳴を上げた。空気が大地のように割れてヒビが入る。凝縮された空気が元に戻ろうとする力で、大爆発した。
衝撃波でおれはすっ飛ばされる。目の前に誰かが立った。
「ディフェクト!」
青色の壁がおれを守った。
しばらくして、余震も衝撃波も完全に収まった。ここら一帯はただの平地になった。
おれは呼吸が定まらない。酸素がまるで足りてない。心臓がドクドク鳴り止まない。体はけいれんして、ビクビクッと跳ねる。音も遠い。視界は霞む。
あぁ。おれ、死ぬ。
回らない頭でふとそう思った。
「これを飲みなさい」
目の前に誰かが現れて、おれの頭に腕を回した。口になにかを入れられる。白い棒──たぶんストローだ。甘い液体が口の中に広がった。
「非常用にリビテンゲルガー先生にもらった天界アップルティーです」
アップルティーを飲めば飲むほど、呼吸が落ち着いてきた。意識がだんだんはっきりしてくる。目も見えるようになった。おれを助けてくれたのはグアルディーだった。
「痛っ」
体を動かそうとしたら、全身に痛みが走った。そういえば、力を使いすぎて全身が裂けたんだった。
「まったく、なんという無茶を……」
先生は呆れた顔をしてたけど、目に涙を溜めて、ちょっと笑ってるように見えた。忙しい顔だ。
「ですが、助かりました」
「あはは……よかった」
ドーンッ!
グアルディーの後ろで爆発が起こった。ちょうど将軍がいた位置で、木の破片が山のように重なった場所。
それを吹き飛ばすような爆発。爆炎の中で、傷だらけの将軍がこっちをにらんでいる。倒せなかった。
「よくもやってくれたな。ショート・アルマス! 油断していたよ」
グアルディーがおれの前に立った。
「その傷ではまともに動けないでしょう。あとは私が戦います」
「どっちに向かって言っている? おれをそこのガキと一緒にするな」
「先生逃げろ!」
将軍が先生に飛びかかった。
一瞬の出来事だった。将軍が腕を振ったと思ったら、先生が吹き飛んでいた。爪から血が垂れている。
「先生!」
「ちっ、思った以上にダメージがでかいな。……おかげで浅い」
将軍がそう呟いて、先生を見る。頭から血が流れてるけど、まだ意識も失ってない。なんとか立とうとしてる。おれはホッとため息をついた。
「あぁ?」
安心した顔のおれを見て、低い声を出した。
将軍は俺のをにらんで、首を掴んだ。
そのまま宙に持ち上げられる。
「うぐっ」
「誰の心配して、なに安心している? まずはおまえから殺す」
おれは力を引き出そうとした。けどダメだ。もう正真正銘体力の限界。石ころ一つ動かすこともできない。
「どうした? 抵抗する力すらないか?」
ダメだ。やばい。意識が遠のいていく。
……あれ? おかしい。意識が遠のいていくのに、感覚はどんどんクリアになっていく。力が湧き出る。
この感覚には覚えがあった。
右目が光って、赤い波動が出て将軍を襲う。将軍は衝撃で後ろに飛んだ。おれは腕から逃れる。
片膝立ちで片手をついて、将軍をにらむ。口から出る音はもうおれの声じゃない。
「久しぶりだな。レ・ディアボ・ブルルスグルフ。おれの体になにかようか?」
──フェニーチャーが目覚めた。




