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彼女はミント。彼女が願うのはただ、

「うわ。ミントじゃん。俺、その匂い嫌いなんだよなぁ」

「そう、僕は好きだよ?良い匂いじゃない。それに、チョコミントのアイスとか、最近はお菓子も一杯あってさ。美味しいよね」

「私も好きだよ。でもミントって、抜いても抜いても生えてくるのが厄介なのよね。このまえ、家の花壇に生えちゃって、お祖母ちゃんと絶叫しちゃったもん」


そんな会話をした直後だった。

僕達が異世界にやってきたのは。

地面が光り輝いて、それがあまりにも眩しくて目を瞑ってしまった。そして、瞼越しの眩しさも治まって目を開いた時にはもう、幼馴染達の姿も、周囲に居たクラスメート達の姿は無かった。いたのは、ゲームや漫画の中でしか見ないような服装の、目つきの鋭いおじさん達。

『勇者』。

彼等は僕に向かって、そう言った。

本当に来た、と。神託通りだ、と。

意味が分からず、思わず泣きそうになった。学校の中庭に居た筈なのに、そこは床も壁も天井も冷たい白い石が並ぶ、まるでゲームや漫画に出てくる石造りの洞窟?何て言えばいいのか分からないけど、そんな現実で目にしたことのない場所。そして、目の前には二人の幼馴染でもなく、クラスメートでもない、見た事もない知らない大人達。

心細さに、泣き喚いて逃げ出したくなった。


そんな僕に、彼等は「子供じゃねぇか」と驚いていた。

そして、僕が泣きそうになっていることに気づくと、慌てて宥めようと厳つい見た目には似合わない優しい声音をかけてきた。


僕は『勇者』なのだと、子供にも分かるように丁寧に、そして理解したかどうかを確認しながら説明してくれた。

この世界で一番大きな神殿に神託があり、その内容が「36人の『勇者』が現れる」というものであったと世界中に告げられた。『勇者』達は様々な大いなる力を揮い、世界に大いなる変革をもたらすのだ、と。

それは、あの時中庭で授業の最中だった僕のクラス全員と担任の先生の数と一致した。

『勇者』が降り立つ36の地点もまた、神託によって示された。そこに、大いなる力を持つ存在を味方につけたい人々が殺到しているのだ、とも教えてくれた。

それはきっと、子供相手だという気遣いの言葉だったと思う。利用、とか、操ろう、なんて言葉だったら、絶対に僕は怯えていたと思うから。でも、あれから数年経って、僕やあと四人、ギルドによって保護して貰えている『勇者』以外の状況などを少しずつ知れている今なら、僕達は幸せだと思える。

戦い方や、この世界の日常での常識をしっかりと身に付くまで教えてくれる、厳しいけど優しい人達に囲まれて、住む場所も不便が無いようにとしっかりしたものを用意してくれたし、些細なことでもいいから頼れよ、と保護者のような立場を好意で買って出てくれる人も居る。僕達の立場を明らかにして護る為に、ギルドに所属する冒険者になったが、それぞれに判明した『勇者』の力を利用しようとはしなかった。初歩の小さな依頼から指導者を同伴させて行い、本当に大丈夫だという事を示せるまで上のランクの依頼は見せてもくれなかったくらいに、彼等は過保護だった。僕達が苦笑いして、呆れるくらいに。だから、僕達は幸せだった。自分から、『勇者』の力を発揮して助けたい、と思うくらいに。彼等の事が好きになっていた。


だから今回、僕達は彼等を説得して、この場に来た。


異変が生じた魔窟の中に。

それぞれにずっと付き添ってくれていた高位ランクだという指導役達が同伴してくれてはいるが、これまで体験してきた依頼なんかよりも危険度が高いそれは、僕達が向かわないと駄目なんだ、とずっと前から胸を騒がせていたものだった。

何人もの腕の立つ冒険者が行方知らずになってしまっている、異変の起こっている魔窟の調査というそれ。

その始めに、エルフがギルドへ助けを求めてきたその時から、僕達五人はそんな予感を胸に抱いていた。

あの時、僕達が押し切っていれば、と後悔する。そうすれば、調査に向かい帰って来なかったたくさんの冒険者達の、よくしてくれたあの人や、からかいながらも剣の使い方を教えてくれたあの人が、行方知らずになることも無かったかも知れない。


分かるんだ。


僕には、そして両脇に目を向けても皆、僕と同じ考えだと顔に書いてある。


この目の前でニコニコと笑っている、魔窟の中には場違いにしか見えない優しそうなか細い女の人が、彼等を行方知れずにしてしまった、元凶なのだと。


緑。

髪も目も、服も、緑な女性。

辺りに漂う匂いは、学校の中庭に生えていたミントの、つんと鼻につく甘い匂い。

この場所にたどり着くまで、気づいたのは本当に偶然で、気づかなかったら見逃していただろうけど、足下や草木の間などにミントがたくさん生えているのは目にしていた。

女性の足下には、緑の絨毯のようにミントの葉っぱが敷き詰められている。


そして、彼女は言葉を発した。

「初めまして、わたくしミントと申します」

また会えて嬉しいわ、『勇者』達。


また?

初めまして、って言ったすぐに、また、ってどういうことだろう。

「貴女みたいな綺麗な人、会った事があるなら覚えてる筈だけど?」

僕の指導役をしてくれた、アガット兄さんが女性は上げて上げて褒め上げなければいけない、と口煩く言うから、ついつい自分でもクサイと自覚する言葉が出てしまった。

両脇で仲間達が引き攣った目を向けてきたけど、自分でも分かっているからスルーして欲しい。


わたくしは貴方達を知っているのです。よく、とてもよく知っていますわ。でも、この姿でお会いするのは初めてなのです。杵築小学校、六年三組。図工の授業で中庭に出ている時に、この世界に墜ちてしまった、『勇者』達」


「えっ?」


わたくしもまた、貴方達と共にこの世界に降り立ったものなのです」


でも、あの時、皆が居た学校の中庭には先生と、僕達以外誰も居なかった。どういうこと?


「そういえば、貴方に褒めて頂いたのは二度目でしたわね」

にっこりと、彼女-ミントは微笑んだ。

「二度、目?」

初めて会ったのに?いや、でも彼女は僕達を知っていて、でも僕は彼女と会うのは初めてだとしか思えなくて。

「はい。この地に来る直前でしたでしょうか。わたくしの事を、好きだと言って下さいましたでしょう?私、とてもよく覚えておりますの」

だから、と呟いた彼女の透き通る緑の目が光を灯した。

「来る、直前?あっ…ミント、もしかして…」

嘘だろ、という目を仲間達が僕に向けてくる。いつもなら、違うよ、と大声で反論して返すのだけど、彼女の言葉に思い当たるものがあった。

ミント。

この世界に来てしまう直前に、幼馴染達と見ていたのはミントだった。そう、足下に広がっている匂い立つミントの草のような、目の前の彼女が名乗った名前を同じ、ミントだったのだ。そして、好きだけど厄介だ、と評していた幼馴染はそれに一部を手折っていたのも覚えている。


「うそ…本当に、あのミントなの?」


「はい。あちらの世界ではとうの昔に、精霊という存在を感じず、見えず、信じることもなくなっていましたが、わたくしはあの時、ちゃんと貴方達の話を聞いておりましたの。そして、貴方達と同じように恩恵という力を頂き、今ではこうしてわたくしの願いを叶えることが出来るまでに成長することが出来ました」


そう言うと、彼女は指を一本くるりと回し、周囲に水の球体が浮かび上がらせた。それだけじゃない、彼女の髪だけがふわりと風に舞ったし、地面を覆い尽くしているミントの草がまるで生き物みたいに動き始めた。


「始めに魔物を糧としました。そのおかげで、魔力という存在を学びました。次にエルフという方々を、人を糧としました。それによって、わたくしは魔術を学び、知識というものを学び、そして考えるという事を学びました」


なら、この森で起きている異変はやっぱり彼女が原因なのか。


「多くを学んだおかげで、わたくしはどのようにしたらこの世界で広く子等を芽吹かせ育ませることが出来るようになりました」


砂漠ならば水の魔術を用いることで芽吹くことが出来る。

硬い大地に根を食い込ませるのには、土の魔術で土壌を耕せばいい。

種子を遠くに、確実に届けるのには、風の魔術を。

炎で焼き払われそうになれば、水で打ち消すも、風で退けてもいい。


凄いでしょうと言うように、彼女は子供みたいに悪意の無い笑顔を浮かべて説明してくれる。


彼女の願い、それは「自身ミントが世界中で繁殖して繁栄すること」。

それは大変なことじゃないか、と隣に居る仲間の一人、雄也が強張った声で口にした。

「魔物もエルフも、ギルドに実力が認められている冒険者達でさえも倒してしまえるんだぞ?しかも、話を信じるんなら、倒した相手の力とか知識とか、吸収して自分のものにしてしまえるってことだろ?…倒すのが後になればなるほど、無理ゲー状態になっちまうって事じゃねぇか」


俺等が貰った恩恵なんかよりよっぽど、チートじゃん。


ゲームが好きで、その知識を何かと教えてくれて助けてくれる雄也の顔は青褪めていった。


此処で倒しておかないと、と口にしたのは僕達がお世話になっている指導係のお兄さん達。もうすでに、武器を手に構えて、何時でも彼女に攻撃出来る体制を整えている。でも、強張った顔で睨みつけるだけで動かないのは、彼女に全く隙が無いから。

未熟ものな僕にも分かる。目の前に居る彼女から目が離せない程の緊張感、そして周囲全てから彼女の気配が感じて、取り囲まれているような感覚。


「無駄だって。精霊ってことは、一つでもミントの草が残ってたら、時間が掛かったとしても確実にまた現れる。ましてや、ミントってすぐに増殖しやがるって、農家のじいちゃんが嫌な顔してた草じゃん」


「えぇ、その通り。こちらに来たばかりのわたくしも、子供の掌に乗る程度しかない一本でしかありませんでした。けれど、力を得た長じた今では、種を風に乗せて遠くの地にまで子等を育めていますの」

それは、目に見えてミントが大繁殖しているこの森を焼き払っても、もう遅いということで。

「じゃあ、僕達にはもう、出来ることは無いってこと?」

彼女がもっと大きく、広く、そして強力になっていくのを黙ってみていないといけないのか。


「…わたくしは人というもの、その考え、感情というものを学びました。」


不安に襲われていると、武器を構えた人間に囲まれ殺気を向けられているのにニコニコと笑って動こうともしていなかった、彼女が口を開いた。

普通に、世間話をするような、平坦であっさりとした声で。

「ですから、わたくしが他の自然を押しやり、人間などの生物を危険に晒しても子等を増やそうとすれば、団結を呼び、どんな手を使ってでもわたくしを排斥しようとするのだと、理解致しました。何事もバランス、なのでしょう?」

「えっ、う、うん?」

「ですから、わたくし。排斥されず、それでも世界中に子等を広げる方法を考えましたの。それは、エルフの方から得た知識の中にありました」


ゆっくりとした足取りで、彼女は僕達へと近づいてきた。

まったく警戒していないと分かる、軽い足取りで指導役の人達に目を向けることもしない。完全に余裕を漂わせているその姿なのに、僕達以上の場数と実力を持っている彼等でも武器を構えるだけで動けないようだった。


「このようなものを、作ってみましたの」


目と鼻の先まで歩み寄ってきた彼女が手を差し出し、僕に何かを渡そうという素振りを見せた。

だから、僕は手を出してそれを受け取った。

不思議と、警戒しなくちゃという気持ちは全然浮かばなかった。


エルフの知識から得た、彼女と僕達人間が戦わなくてよくなる物。

エルフにどんな知識が合ったのか。


彼女の手から僕の手へと、落とされたのは小さな壺だった。

「地球においても、わたくしを薬として使う方々がおりました。エルフの方の知識には、薬師というものが御座いました。人に有益な効能のある植物ならば、人は排斥しようとは思わないのだと、糧となって頂いた方々の知識にも御座いました。魔物、この世界で精霊と呼ばれる方々、それらを取り込んだことで、以前以上の効能を持つ薬が完成致しました」


試してみて下さいな。


ど、どうする?

友人達をみても、武器を構えたままの経験豊かな指導役達を見ても、微妙な感じに強張った顔を浮かべて、何も言おうとはしてくれない。

「充分に糧を得て、人の感情を理解したわたくしは出来る限り、人と戦うことを避けたいと思っておりますの。わたくしを過度に排除しようとしないのならば、わたくしは何もしないでしょう。邪魔と思われ引き抜かれても、無配慮の足で踏み躙られても、それが度を過ぎねば何もしないと。」


そう多くの人へと伝えて欲しい、と彼女は言った。

ミントの精霊の願いは、人との共存であるの、だと。


「ぼ、僕達だけじゃ判断なんて出来ないよ?」

これをギルドに持って帰って、彼女の言葉を伝えたとしても、戦わないで済むのかは分からない。討伐として依頼を出し、集結させた冒険者達総出で彼女を倒すことになるかも知れない。

「構いませんわ。受け入れてくださらず、わたくしの願いを邪魔するのであれば、ただ糧と成って頂くのみですもの」


さぁ、お帰りなさい。





繁殖繁栄は植物である彼女が当たり前に持つ、魂の奥底からの本能。

人との共存は、彼女が多くを知ることで得た理性。

本能と理性の間で迷いを持つことのない自我を保つ彼女を止める事、それは本能と理性の間で迷って、目を逸らして、時には逃げ出すような僕達人間に出来ることなのか。


わたくしミントと申します」


そう言って姿を見せ、此処ではない他の多くの場所で、出会う人々に効能のそれぞれ違うミントから出来た薬壺を与えているなんてまだ知らない僕は、暢気に戦わずに済めば、なんて考えていた。



迷うわ、横道にそれるわ、目を逸らして逃げるわ、な人間よりも本能に忠実な人外な存在が異世界に行ったら面白いのに、なんて思っただけの話でした。

こんな話にお付き合いありがとうございました。

人外が異世界に行く話が見たいだけ、なので何処かで既存であるものを御存知でしたら、教えて頂けると喜びます。


ソメイヨシノはその点でいえば無害なんだろうなぁ~とふと思いました。

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