七話
国境での一戦から数日後。
三千の討伐軍の壊滅と、勇者レオンの完全なる敗北の報せは、瞬く間に王都へと届いた。
王城、玉座の間。
そこはもはや宮殿の威厳など欠片もなく、阿鼻叫喚の修羅場と化していた。
「ひ、一撃で壊滅だと……!? 勇者レオンが捕縛された……!?」
国王エドワードは腰を抜かし、玉座からずり落ちて床を這い回っていた。
かつて丸々と太っていた肉体は恐怖でやつれ、床に転がった豪華な王冠は泥にまみれている。
「へ、陛下! もう防ぎきれません! 城門の外に、暴徒と化した民衆が押し寄せております!」
「近衛騎士たちも武器を捨てて逃亡を始めました! 給与の未払いが続けば、軍など維持できるはずもありません!」
重臣たちが次々と逃げ出す中、第一王女が顔面蒼白で叫んだ。
「お父様! アルスハイム公爵に……いえ、シルフィード様に手紙を! 泣きついて許しを乞いましょう! あの御方が戻ってくだされば、国はまた回りますわ!」
「そ、そうだ! シルフィードに謝るのだ! セリアとの婚約を余自らが認め、王家の全財産を譲ると言えば……!」
だが、その時だった。
玉座の間の重厚な扉が、爆音とともに吹き飛んだ。
もうもうと立ち込める煙の向こうから歩み入ってきたのは、黒鷲に双剣――帝国の紋章を掲げた使節団の将校たちだった。
その手には、アルスハイム公爵と帝国皇太子の連名による通告書が握られている。
「無駄な足掻きをご苦労様です、元国王エドワード殿」
将校は冷ややかに書状を読み上げた。
「アルスハイム公爵家からの金貨十五万枚の返還請求の不履行、および同盟領への不当な軍事侵攻を受け、本日付で王国の主権は停止されました。……貴方方の居場所は、もはやこの玉座の上ではなく、帝国と公爵領が共同管理する裁きの法廷です」
「そ、そんな……! 余は王だぞ! この国の主柱なるぞ……!」
泣き叫ぶ国王と王女の腕に、容赦なく冷たい手錠が嵌められる。
かつて病床の公爵を嘲笑い、その妹を踏みにじった者たちの栄光は、跡形もなく崩れ去ったのだった。
アルスハイム城のバルコニー。
心地よい風が吹き抜ける中、俺は眼下に広がる豊かな領地を見下ろしていた。
背後から、軽やかな足音が近づいてくる。
「お兄様」
振り返ると、豪奢でありながら気品に満ちた旅装に身を包んだセリアが、満面の笑みで立っていた。
その表情に、かつて夜会で流した涙の影は微塵もない。
「準備が整いました。領地の管理は、信頼できるハンスたちに託し、帝国の竜騎士団が常駐警護についてくださる手筈になっています」
「そうか。……セリア、本当にいいのか? 生まれ育ったこの地を離れ、帝国へ赴くことになるが」
俺が問いかけると、セリアは迷うことなく、俺の腕にそっと手を添えてきた。
「お兄様のいらっしゃる場所こそが、私の故郷です。それに……あんな小さな国でお兄様の才能を埋もれさせるなんて、妹として許せませんもの!」
屈託のない妹の言葉に、思わず笑みがこぼれた。
そこへ、バルコニーの階段を上がってきたユリウスが、肩を竦めて合流する。
「仲が良いのは結構だが、そろそろ出発の時間だぞ、シルフィード。……いや、我が帝国の最高宰相閣下」
ユリウスは悪戯っぽく笑い、遠く西の空。ガリア帝国の帝都がある方角を指差した。
「帝都では、皇帝陛下をはじめ全貴族が、王国を頭脳一つで解体した稀代の怪物の来訪を首を長くして待っている。貴殿の【解析】と【並列処理】、そして世界の英知があれば、我が帝国は大陸の歴史上、最も繁栄した時代を迎えることになるだろう」
「買い被りすぎですよ、殿下。……だが、期待には応えてみせましょう」
俺は前世の記憶を、胸の奥で静かに振り返った。
かつては戦争の道具として使い潰され、信じた仲間に背後から刺されて終わった人生。
だが、今世は違う。
守るべき大切な家族がいて、知性を正しく評価してくれる対等な盟友がいる。
「行きましょう、お兄様! 新しい世界へ!」
抜けるような青空の下、黒滅竜ヴォルガを先頭にした竜騎士団が翼を広げ、大帝国ガリアの帝都を目指して力強く羽ばたいた。




