17話
帝都の天蓋を裂いて侵攻を開始した外なる邪神【アザト・ガル】。 その巨躯から滲み出る漆黒の瘴気は、触れた大気そのものを腐敗させ、地上を絶望の闇へと染め上げようとしていた。
だが、シルフィードの目は研ぎ澄まされていた。
『並列処理。スレッド数2048、限界突破励起』
『同期プロトコル起動。大陸全土の魔導鉄道レール、結界ノード、および旧聖皇国の聖遺物炉へ接続』
『万象の記録庫。世界の境界壁・創世ログを参照』
キィィィィン……ッ!!
帝都から大陸全土へと、地面を走る魔導鉄道の銀のレールが、青白い光の奔流となって脈動を始めた。 裏金貴族から没収した巨額の資産によって全土に敷設された魔導インフラは、ただの交通網ではなかった。シルフィードが【並列処理】で裏から組み込んでいた「大陸そのものを巨大な魔法陣に見立てる超広域防衛グリッド」だったのだ。
「全土の魔力出力、安定! 中継ターミナル、全点火しました!」
帝立魔導学院の演習場から、セリアが神聖魔力を天へと放ち、エレナたち学院生が魔力同期を支える。
「セリア、中央制御を任せるぞ」
「はい、お兄様! 大気中の魔力、すべてお兄様の術式へ集約いたします!」
セリアの純度SSSの神聖魔力が触媒となり、大陸中の人々の祈りと魔力が、空中に浮かぶシルフィードの指先へと一点集中した。
天を覆う邪神が、異形の触手を振り下ろす。大陸一つを容易く砕く質量の一撃。
だが、シルフィードはただ静かに、空間へ文字を刻み込んだ。
『対象構造:次元侵食体【解析】完了』
『干渉属性:非ユークリッド幾何位相。逆位相特異点を構築』
『次元管理者コマンド行使。【境界拒絶】展開』
カチリ、と世界の歯車が噛み合う音が鳴り響いた。
シルフィードの掌から放たれたのは、破壊の光ではない。
星空そのものを編み直すような、無数の黄金の術式鎖だった。
シュババババッ!!
巨大な邪神の触手が、一瞬にして黄金のコードによって幾何学的に縫い止められる。
『グ、オオォォォッ!? 何ダ……この星の生命体ガ……次元構造ヲ……書き換エテイル……!?』
侵略者が初めて恐怖の絶叫を上げた。
「ここは私の妹が暮らす世界だ。貴様のような粗悪なバグの居場所など、世界のどこにも存在しない」
シルフィードが拳を握り締める。
「神話の彼方へ、退場願おう」
パキィィィィン……ッ!!
黄金の鎖が一斉に収縮し、次元の亀裂の縁を正確に縫合していく。 外なる神の巨躯は、次元の境界線の彼方へと弾き出され、裂けていた紫の亀裂は、寸分の隙間もなく完璧に修復された。
大気から瘴気が消え去り、澄み渡る青空から、暖かな太陽の光が帝都と大陸全土へと降り注いだ。
静寂ののち、帝都中から、そして大陸全土から、割れんばかりの歓声と叫びが巻き起こった。
エピローグ
数ヶ月後。 ガリア帝国、アルスハイム宰相公爵邸の裏庭。
心地よい木漏れ日が揺れる中、庭の芝生の上には、のんびりとした時間が流れていた。
「グルルゥ……ン……」
気持ちよさそうに喉を鳴らし、お腹を見せて転がっているのは、ユリウス皇太子の愛竜・黒滅竜ヴォルガ。 その首元を、セリアが慣れた手つきで優しく撫でていた。
「ふふ、ヴォルガは本当にお腹を撫でられるのが好きですね」
「セリア様、紅茶のおかわりをお持ちしましたわ! あ、ヴォルガちゃん、そこはセリア様のお隣ですのよ、少し詰めなさい!」
すっかりセリアの忠実な親友となったエレナが、銀のトレイを手に駆け寄ってくる。
テラスのテーブルでは、ユリウスが呆れたように笑いながら、紅茶のカップを置いた。
「神を追い払い、異界からの転移者を拘束し、世界の境界壁まで修復した男が、休日にやる仕事が飛竜のブラッシングと庭の雑草取りとはな」
「至高の日常ですよ、ユリウス殿下」
作業着姿のシルフィードが、スコップを手にして苦笑を返した。
「前世では戦い続け、裏切られて命を落とした。……だが今、守るべき家族が笑い、信頼できる仲間と平和な茶を飲める。この何気ない平穏こそが、私が手に入れたかった最高の報酬ですから」
「お兄様ー! 焼きたてのクッキーが焼けましたよ! 一緒に食べましょう!」
セリアが庭の向こうから満面の笑みで手を振ってくる。
「ああ、今行くよ、セリア」
シルフィードは微笑み、妹のもとへと歩み出した。




