16話
「死ね! 絶対強奪・全開――ッ!!」
タクトの絶叫とともに、演習場全体を呑み込むほどに膨張した黒い虚無の奔流が、シルフィードへと殺到する。
触れるもの全ての魔力と生命力を喰らい尽くす、異界の神が直々に付与した理不尽なるチート権能。
だが、シルフィードは一歩も動かず、ただ冷徹に人差し指を空間へと突き立てた。
『【並列処理】スレッド1〜128。外来プロトコル干渉解析』
『対象スキル構造:【絶対強奪】構文エラーおよびセキュリティホールを特定』
『管理者権限行使【システム・アンインストール】実行』
ピキィィィン……ッ!
澄み渡るガラスの破砕音が、タクトの魂の深部から響き渡った。
「が、はっ……!? な、何だこれ……ウィンドウが……消えていく……!?」
タクトの視界に浮かんでいた青白いステータス画面が、バグノイズのように激しく明滅し、砂嵐となって掻き消えていく。
同時に、シルフィードへ伸びていた黒い触手は瞬時に石化し、パラパラと灰になって足元へ崩れ落ちた。
「他人の力を奪うことしか頭にない粗悪なパッチだ。術理の根本に逆流防止弁すらついていない」
シルフィードが静かに歩み寄る。
「ば、化け物……! 俺のスキルを返せ! 俺は選ばれた主人公なんだぞ!」
錯乱したタクトが腰の短刀を抜いて突進しようとするが、シルフィードが軽く視線を向けた瞬間、重力魔術の不可視の圧力が叩きつけられ、地面へと縫い止められた。指一本動かすことすら叶わない。
「力に溺れて他人を踏みにじる精神構造まで、かつての勇者レオンと瓜二つだな。……自分の足で鍛錬を積んだことのない者に、振るう資格のある力など存在しない」
シルフィードが指を鳴らすと、駆けつけた近衛騎士団が、力を失い失禁して震える元転移者を速やかに捕縛した。
エレナをはじめとする学院生たちが歓声を上げ、セリアが駆け寄ってくる。
「お兄様!」
「怪我はないか、セリア」
「はい! お兄様の結界術のおかげで、生徒たちも無事です!」
妹の無事を確認したシルフィードだったが、その視線はすぐに空の彼方――天蓋の頂点へと鋭く向けられた。
ゴ、ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
帝都の全市民を震え上がらせるような、天変地異の地鳴りが大気そのものを激しく揺らした。
澄み渡っていた青空の頂点、雲の切れ間に、巨大な紫色の「眼球」を思わせる禍々しい亀裂が走り、バリバリと空間そのものが引き裂かれていく。
『見ィつけたぞォ……肥沃なる……魔力の星よ……』
人知を絶する精神汚染の思念波が、空から降り注ぐ。
裂け目の向こうから姿を現したのは、星々の海を渡り世界を喰らい尽くす【外なる神・虚空の捕食者アザト・ガル】の巨大な触手群だった。
触手が触れた空間から、大気の魔力が急速に枯渇し、物質が腐食していく。
「空が……裂けている……!?」
「何だ、あの怪物は……!」
帝都中がパニックに陥り、宮殿からはユリウス皇太子が黒滅竜ヴォルガを駆って飛来した。
「シルフィード! 何だあの天変地異は!? 竜たちが恐怖で錯乱しかけている!」
「外の世界からの侵略者です、殿下。……この星の魔導文明の急速な発展に惹かれてやってきた害虫ですよ」
シルフィードは動じることなく、虚空へと静かに浮かび上がった。
「セリア、ユリウス殿下。そして帝国の全魔導師たちへ伝令を。全土に敷設した魔導鉄道網と新防衛結界の魔力炉を、最大出力で同期させます」
「全土の魔力炉を……同期だと!?」
ユリウスが目を見開く。
「ええ。この日のために、帝国の赤字を解消し、裏金貴族から没収した資産で大陸全土に張り巡らせておいたのですから。……この星の主が誰であるか、外なる神に教えてやるとしましょう」
シルフィードが全スレッドの【並列処理】を励起させ、世界規模の超広域防衛術式を立ち上げた。




