15話
神が警告した次元の殻の亀裂から数日後。
帝都グランガリアの穏やかな昼下がり、澄み渡る青空を切り裂いて一本の紫色の流星が飛来した。
轟音とともに、帝立魔導学院の大演習場へと激突する閃光。
土煙が晴れたクレーターの中心から立ち上がったのは、異様な衣服――黒い革ジャンに身を包み、身の丈を超える漆黒の大剣を担いだ黒髪の少年だった。
「けっ、ようやく着いたか。神の野郎、えらい雑な転移させやがって」
少年。並行世界から転移してきた神条タクトは、舌打ちをしながら周囲を見回した。
講習中だった学院の生徒たちや教官が青ざめて後退する中、タクトの双眸には歪んだ全能感が宿っていた。
彼の視界には、異世界の神から与えられた固有チート【絶対強奪】と【ステータス上限突破】のシステムウィンドウが青白く輝いている。
「へえ、魔法学院かよ。ファンタジーのベタな導入だな。……おい、お前ら!」
タクトは大剣を地面に突き立て、怯える貴族の生徒たちを見下してせせら笑った。
「俺はこの世界の頂点に立つために喚ばれた真の主人公だ。貴族だろうが教官だろうが、俺のスキルで全員の魔力を吸い尽くして俺の経験値にしてやるよ!」
「何を言っているのだ貴様! 警備兵、不審者を捕縛せよ!」
教官たちが一斉に迎撃魔術を放つ。
だが、タクトが左手をかざすと、黒い魔力の渦が展開され、教官たちの炎や雷の魔術が一瞬で飲み込まれ、霧散した。
『スキル発動:【絶対強奪】敵性術式を吸収、攻撃力に変換』
「ぐわっ……!?」
教官たちが魔力を根こそぎ奪われ、膝から崩れ落ちる。
「ハハハ! どんな魔術も俺の前ではただの餌だ! さあ、次は誰だ?」
狂気を帯びた笑みを浮かべるタクトの視線が、生徒の群れの先頭に立つ二人の可憐な少女へと止まった。
そこに立っていたのは、紫水晶の瞳を凛と輝かせるセリア、そして彼女の前に庇うように飛び出した筆頭公爵令嬢エレナだった。
「無礼者! 帝立魔導学院を何処と心得るのですか! セリア様には指一本触れさせませんわ!」
エレナが扇子を掲げ、かつてセリアの嘆願によって救われた恩義を返すべく、猛然と炎熱の結界を展開する。
「エレナさん、下がってください! その男の魔力……この世界の法則から外れています!」
セリアが鋭く叫ぶ。
兄シルフィードから原初神聖魔術の手ほどきを受け、魔力の純度を極限まで高めていたセリアは、タクトの纏う力が異世界の神が無理やり付与した外付けの異物であることを見抜いていた。
「へえ、可愛い顔して威勢がいいじゃねえか。特にそっちの銀髪の女……とんでもない純度の魔力を持ってやがるな」
タクトが下卑た笑みを浮かべ、セリアへと跳躍した。
「その極上の魔力、俺のハーレムの一員として全部奪ってやるよ!」
タクトの掌から、黒い強奪の触手が放射状に放たれる。
「させません! 【聖母の絶対障壁】!」
セリアが華奢な両手を掲げると、蒼白の神聖障壁が演習場いっぱいに展開された。
激突する黒い触手と光の膜。
チートスキルによる理不尽な吸収力に対し、セリアの障壁は一歩も引かず拮抗する。
「な……!? 俺の絶対強奪が吸い尽くせないだと……!?」
タクトが焦燥に顔を歪める。
だが、異世界の神から過剰なエネルギーを注ぎ込まれたタクトの力は、学院の敷地全体を圧迫し、結界の継ぎ目を軋ませ始めた。
「くっ……お兄様が守ってくださったこの学院を、こんな乱暴者に荒らさせはしません……!」
セリアが必死に魔力を注ぎ込み、踏みとどまる。
「生意気なんだよ小娘がぁぁっ!」
逆上したタクトが大剣を振り上げ、全力の強奪魔力を叩きつけようとした。その瞬間だった。
パチン、と。
演習場の遥か上空から、澄み渡る指を鳴らす音が響き渡った。
「騒がしいな。妹の学舎で、随分と下品な暴れ方をするゴミが落ちてきたものだ」
氷点下よりも冷徹な声が、大気を凍りつかせた。
タクトが振り下ろそうとした漆黒の大剣が、空間そのものに縫い止められたかのようにピタリと停止する。
風が止まり、舞い散っていた砂埃すら空中で静止した。
見上げると、黒銀の宰相長袍を風になびかせ、空中に立つ男――シルフィードが、冷ややかに見下ろしていた。
「お兄様……!」
セリアの顔に、ぱっと安堵の光が宿る。
周囲の生徒やエレナも「宰相閣下だ……!」「あのお方が来てくださった!」と息を呑んだ。
「な、なんだ貴様は……!? 空中に浮いてやがる……!」
金縛りのように動かない大剣を引こうと藻掻きながら、タクトが怒鳴る。
シルフィードはゆっくりと地上へと舞い降り、タクトの目の前に立った。
その双眸には、すでに青白い情報文字の奔流が渦巻いていた。
『【解析】完了。対象:並行異界C-09よりの転移個体』
『外部付与権能:【絶対強奪】システム構造のデバッグ完了』
『【万象の記録庫】アクセス。外なる神の認証プロトコルを検閲・遮断』
「他人の力を盗むだけの寄生型チートか。……かつて私を背後から刺した勇者レオンと、何一つ変わらん浅ましさだな」
シルフィードの冷たい言葉に、タクトは本能的な恐怖を覚えながらも、狂ったように叫んだ。
「だ、誰が寄生虫だ! 死ね! 【絶対強奪・全開】!!」
タクトが全身の魔力を解放し、シルフィードの魂ごと奪い取ろうと手を伸ばした。
だが、大魔術師は冷ややかな嘲笑を浮かべ、ただ静かに人差し指を向けただけだった。




