14話
大陸中央平原での大勝利と聖皇国ルミナスの解体から半年。
ガリア帝国は、大陸史上類を見ない未曾有の繁栄を謳歌していた。
その礎となったのは、かつてシルフィードが皇帝フリードリヒに直談判し、全権を委ねられた帝国内大粛清の完全執行である。
聖皇国と内通していた売国貴族、裏金や脱税によって私腹を肥やしていた寄生虫どもは、【万象の記録庫】が弾き出した寸分の狂いもない裏帳簿と通信ログにより、一族郎党ことごとく法廷で裁かれ、断罪された。
「報告いたします、宰相閣下!」
白銀の執務室。
かつては絶望に顔を青ざめさせていた官僚たちが、今やシルフィードを崇拝の眼差しで見つめながら胸を張って並んでいた。
「反逆罪および不正蓄財により差し押さえられた旧貴族領および隠し資産の総額、金貨にして八千万枚相当! さらに無駄な横流しと汚職利権の完全撤廃により、帝国の国家予算は当初の試算を遥かに超え、実に三割強の浮揚を達成いたしました!」
「よろしい。そのうち半分は魔導鉄道の全土延伸と農村部の減税へ回せ。残りは帝立魔導学院の奨学金拡充と、地方の魔導結界網の刷新に充てる」
シルフィードがペン一本触れずに【並列処理】で書類を分類・決済していく。
机の向かいで優雅に茶を啜っていた皇太子ユリウスが、感嘆の息を漏らした。
「相変わらず容赦のない手腕だな、シルフィード。貴殿が裏金貴族を一掃したおかげで、帝国の国庫は向こう十年、戦争が三度起きてもびくともせん堅牢さを手に入れたよ。貴族院の連中など、今や貴殿の足音を聞いただけで直立不動だ」
「寄生虫を駆除しただけです。浮いた金が正しく民と技術に回るなら、それに越したことはない」
平穏で、誰もが報われる世界。
妹セリアも帝立魔導学院で「聖母の再来」と全生徒から敬愛され、充実した学院生活を送っている。
すべては順調に、完璧に進んでいた。
だが、その平穏の裏で、世界の法則そのものを揺るがす異常が胎動していた。
その日の深夜。
執務を終え、自室で瞑想に入っていたシルフィードの意識は、突如として眩い純白の光に包まれた。
空間が反転し、現れたのは、かつて前世の死の直後、床に激しく頭を打ち付けて土下座してきたあの最高神だった。
「ア、アレン様ぁぁぁっ! いえ、シルフィード様ぁっ!」
相変わらず涙目で駆け寄ってくる最高神。
「久しぶりだな。何か問題でも起きたのか? まさかまた、私の魔術に苦情を言いに来たわけではあるまい」
「滅相もございません! それどころか、聖皇国の邪神の残滓まで見事に祓ってくださり、神界一同、足を向けて眠れないほど感謝しております……! ですが、その……申し上げにくいのですが……!」
神は指をもじもじと絡め、恐る恐る告げた。
「アレン様が、世界の真理を暴きすぎ、魔導を発展させすぎたせいで……この世界を隔離していた次元の殻(世界の境界壁)に、亀裂が入り始めてしまったのです……!」
「……次元の殻、だと?」
シルフィードの目が細まる。
「はい……。元々この世界は、外なる広大な宇宙、高位次元の侵略や干渉から守るため、神々が何重もの結界で閉ざした箱庭だったのです。ですが、アレン様が【万象の記録庫】を大陸全土に展開し、古代兵器を完全掌握したことで、世界の魔力出力が規定値を突破してしまいまして……」
神は青ざめた顔で空間に立体映像を投影した。
そこに映し出されたのは、星々の海を渡り、世界の境界に空いた亀裂を覗き込む、人知を超えた異形の巨影たち。
そして、かつて前世でシルフィード自身が地球から召喚された召喚術式の真の起源を示す、神話時代のログだった。
「外の世界……異界の神格たちが、この世界の異常な魔力上昇に気づき、侵攻の準備を始めています。それだけではありません。境界の歪みによって、アレン様と同じように他の並行世界から理不尽なチート能力を与えられて召喚された異界の転移者たちが、大陸のあちこちへ無作為に落下し始めているのです……!」
「他の異界からの転移者、そして外なる神か」
シルフィードは動揺するどころか、冷徹にその情報を解析し、思考を巡らせた。
かつての自分のように召喚され、しかし己の欲望のままに暴虐を働く規格外の異世界人たち。
そして、この世界そのものを喰らおうと迫る高次元の侵略者。
「神よ。私の手で創り上げたこの平穏と、セリアが笑っていられる場所を脅かすというなら、相手が異界の神だろうと、ただ排除するまでだ」
「ひぃっ、頼もしすぎます……! アレン様、【万象の記録庫】のアクセス権限を次元外ログにまで拡張しておきましたので、どうか世界をお救いくださいぃぃっ!」
光が収まり、シルフィードは帝都の自室で静かに目を開けた。
窓の外を見上げると、夜空の彼方、星々の隙間にごくわずかな紫色の亀裂が走っているのが【解析】で見えた。
コンコン、と部屋の扉がノックされる。
「お兄様、まだ起きていらっしゃいますか?」
入ってきたのは、温かいハーブティーのカップを手にしたセリアだった。
「セリア。夜更かしは体に毒だぞ」
「ふふ、お兄様がお仕事を頑張っていらっしゃると思いましたので。……お兄様? 何か、考え事ですか?」
セリアが首を傾げ、心配そうに紫水晶の瞳を見つめてくる。
シルフィードは妹の柔らかな髪を優しく撫で、穏やかに微笑んだ。
「いや、何でもないよ。……この平穏は、誰にも壊させはしないさ」
世界を揺るがす次なる嵐の予感を前にしながらも、兄妹の部屋には、変わらぬ温かな湯気が立ち上っていた。




