13話
大陸中央平原、アルカディア。
見渡す限りの地平線を埋め尽くしていたのは、聖皇国ルミナス率いる十五万の大連合軍だった。
白銀の甲冑に身を包んだ神聖騎士団、七カ国の連合歩兵連隊、そして中央には、空に浮かぶ巨大な黄金の円環。古代戦略魔導兵器『神罰の光輪』が不気味に回転していた。
「見よ、あの邪悪なる帝国軍を!」
連合軍総司令官を務める大司教が、剣を抜き放ち全軍を鼓舞する。
「神は我らに勝利を約束された! 魔王の走狗シルフィードを討ち滅ぼし、聖戦を完遂せよ!」
十五万の兵士たちの地鳴りのような歓声が平原を激しく揺らす。
だが、迎撃に出たガリア帝国軍の陣容を見た彼らは、異様な光景に息を呑むこととなった。
帝国の数十万の主力軍など、どこにも見当たらない。
前線に控えていたのは、ユリウス皇太子率いるわずか数百騎の竜騎士団。
そして、全軍の先頭、広大な平原のど真ん中に、ただ二人で静かに佇むシルフィードとセリアの姿だった。
「……たった、二人……? 我ら十五万の大軍を前に、狂ったのか……?」
ざわめく連合軍の遥か前方で、シルフィードは静かに両手を広げた。
『【並列処理】全スレッド1024、最大励起』
『【万象の記録庫】大陸全域の魔導通信網へ神聖割り込み接続』
『投影プロトコル認証【天蓋プロジェクション】展開』
パチン、とシルフィードが指先を鳴らした瞬間。
大平原の空。いや、大陸全土の空に、信じられない規模の巨大な光の鏡が浮かび上がった。
「な……空に、光が……?」
「映像が映し出されているぞ……!?」
十五万の兵士たちが恐慌を来して天を仰いだ。
そこに映し出されたのは、聖皇国の大聖堂の奥深く、立ち入りを禁じられた地下祭壇の光景だった。
黒紫色の醜悪な邪神像の前で、教皇セルギウスが邪悪な笑みを浮かべ、密談を交わしている確定ログの映像。
『ふふふ、愚かな民草どもめ。神託を信じて帝国へ攻め込み、互いに血を流すがいい。死者十万の魂を捧げれば、邪神様の完全復活は成るのだからな』
『前世の大魔術師アレンを勇者レオンに殺させたのも、魔王の残滓を我らが回収するため……すべては我が教皇庁が世界を支配するための布石よ』
音声も、映像も、寸分の歪みもなく空に響き渡った。
それは偽造など不可能な、神の視座たる【万象の記録庫】に刻まれた世界の確定過去ログそのものだった。
「我らは……邪神復活のために騙され、殺し合いをさせられていたのか……?」
十五万の兵士たちの顔から、サーッと血の気が引いていく。
自らが信じ、命を捧げようとしていた正義の聖戦が、ただの邪教の生贄集めだったという覆しようのない真実を突きつけられたのだ。
「ええい、狼狽えるな! 幻惑だ、異端の術に惑わされるな!」
大司教が泡を吹いて叫び、古代兵器を起動させる。
「神罰の光輪を撃て! あの不敬な魔術師を灰燼に帰せ――ッ!」
黄金の円環が唸りを上げ、平原全体を消し飛ばすほどの極大熱線がシルフィードへと照準を合わせた。
だが、その前に凛と歩み出たのは、銀髪を風になびかせるセリアだった。
「偽りの神を騙る罪、その身で知りなさい」
セリアが白く華奢な手を天へと掲げる。
帝立魔導学院で兄から伝授された原初神聖魔術の術式が、セリアの超純度魔力によって編み上げられていく。
『神聖守護【聖母の絶対障壁】』
平原全体を包み込むほどの、透き通った蒼白の光膜が展開された。
直後、神罰の光輪から放たれた戦略級の破壊光線が直撃する。
だが、爆音すら鳴らなかった。
光線はセリアの張った障壁に触れた瞬間、分子レベルで魔力を解体・無害化され、心地よい光の雨となって平原に降り注いだのだ。
「あ、あれほどの戦略兵器を……たった一人の少女が無傷で……!?」
連合軍の兵士たちが、次々と膝から崩れ落ちた。
そして、シルフィードが静かに宙へと浮遊した。
「さて……他人の技術を盗んで作った粗悪な兵器は、回収させてもらおう」
『【解析】完了。古代兵器【神罰の光輪】の強制オーバーライド』
『管理者権限書き換え。実行』
シルフィードが掌をかざすと、敵の兵器であった黄金の円環がキィィンと澄んだ音を立てて蒼白に発色を変え、シルフィードの足元へと恭しく平伏するように移動してきた。
「大軍勢を率いてきた諸国の兵たちよ。これ以上、偽りの教皇に命を捧げる必要はない。武器を捨て、己の故郷へ帰りなさい」
シルフィードの声が、平原の隅々にまで染み渡る。
カラン、カランと武器を捨てる音が連鎖し、わずか数分のうちに、十五万の兵士全員が平原に平伏した。
一度の流血すらなく、大陸史上最大の大連合軍は完全に無力化されたのだ。
数ヶ月後。
邪神信仰を暴かれた聖皇国ルミナスは民衆と騎士団自身の手で解体され、首謀者たる教皇セルギウスは帝国の法廷で断罪された。
そして周辺七カ国はガリア帝国に頭を下げ、帝国の主導による大陸平和条約が締結された。
帝都グランガリアのテラス。
夕暮れに染まる雄大な街並みを、シルフィードとセリア、そしてユリウスが見下ろしていた。
「信じられん男だよ、貴殿は」
ユリウスが極上のワインを傾けながら、呆れたように、しかし最大の敬意を込めて笑う。
「血を一滴も流さずに大陸全土の戦争を終わらせ、数千年の欺瞞を暴いて見せた。父上は貴殿に大陸終身大宰相の位を授けるとおっしゃっているぞ」
「過分な称号ですね。私はただ、自分の平穏と、守るべき者を脅かす邪魔者を排除しただけです」
シルフィードが微笑むと、隣で寄り添っていたセリアが、嬉しそうに兄の手を握りしめた。
「お兄様。私、お兄様の妹であれて……世界で一番幸せです」
「私もだよ、セリア」
かつて裏切られて散った大魔術師と、理不尽に捨てられた公爵令嬢。
二人が手を取り合って歩んだ復讐と再起の道は、大陸全土に平和と真実をもたらし、最高の居場所となって結実したのだった。




