第4章 嘘だからこそ、世界を本気で作る
「ここは漫画だから受け入れてください」
そうやって大胆に飛ばす作品がある一方で、まったく逆の方向へ行く作品もある。
現実には存在しないものだからこそ、その周りを徹底的に作り込む。
SFやファンタジーでは、それ自体が作品の大きな魅力になる。
『機動戦士ガンダム』は分かりやすい。
巨大な人型兵器が宇宙で戦う。そこだけ取り出せば、十分に大きな嘘である。
でも、その周りには宇宙移民があり、スペースコロニーがあり、政治対立があり、軍隊があり、技術体系がある。
ミノフスキー粒子という設定まで用意して、なぜこの世界でモビルスーツによる戦闘が成立するのか、その理由まで作る。
もちろん、本当に未来の戦争がそうなるかなんて分からないし、人型兵器が一番合理的なのかと言われても、俺には判断できない。
大事なのは、「現実にありそうか」ではなく、「この世界ならありそう」に変えていることだ。
『攻殻機動隊』もそうだ。
人間の身体が機械化され、電脳でネットワークにつながる。そんな技術があるなら犯罪はどう変わるのか、警察はどうなるのか、個人というものはどこまでが本人なのか。
技術一つを置いただけで、社会や法律や人間そのものの定義まで変わっていく。
未来の道具を出して終わりではない。その道具が普通に存在する社会まで考える。
『ファイブスター物語』になると、さらに別方向ですごい。
国家があり、歴史があり、王家があり、騎士がいて、技術や血統まである。巨大な機械が存在し、それを取り巻く文化まで作られている。
本編で全部を説明するわけではないのに、その背後に膨大な世界があることだけは分かる。
作品を読んでいるというより、「この世界の歴史の一部を覗いている」ような感覚になることがある。
こういう作品では、設定そのものが楽しみになる。
この機体はどこで作られたのか、この国とこの国はどういう関係なのか、この人物は何年前の誰につながっているのか。
本編に直接関係なくても知りたくなる。
俺もこういう設定を見るのはかなり好きだ。
ただし、作り込めば作り込むほど、一つ問題が出てくる。
読者が質問できるようになる。
「それなら、こっちはどうなる?」
技術の仕組みを決めれば、その技術で別のこともできるはずだと言われる。政治体制を決めれば、この状況でこの国が何もしないのは変じゃないかと考えられる。能力の制限を決めれば、前の話ではその制限に引っ掛からなかったのかと聞かれる。
つまり、説明した設定は、その瞬間から作者自身の約束になる。
これは面白いところでもあり、怖いところでもある。
何も説明しなければ「そういうもの」で済む。でも一度細かく説明したら、読者はそのルールを覚える。
設定の作り込みが作品のリアリティを作る一方で、その設定が作者を縛る。
だから、細かく作れば作るほど優れた作品になる、という単純な話でもない。
設定資料を何百ページ作っても、本編が面白くなければ意味がない。逆に全部を説明しなくても、必要なところだけ見せることで世界の広さを感じさせる作品もある。
たぶん大事なのは、「全部決めること」ではなく、「どこを決めれば、この世界が本物に見えるか」なのだと思う。
ここでもやっぱり、リアリティは現実と同じことではない。
巨大ロボットがいてもいい。電脳化していてもいい。何千年にもわたる架空の歴史があってもいい。
ただ、その世界の中で筋が通っていれば、読者はかなり大きな嘘まで受け入れられる。
そして面白いことに、この「世界を本気で作る」というやり方が、今度は現実社会そのものへ近づいていく作品もある。
巨大ロボットがある。それが工事現場で普通に使われるようになったら、事故も起きるし、犯罪にも使われる。
だったら警察はどうする?
ここで『機動警察パトレイバー』が出てくる。




