横道① どこからが“能力バトル”なのか
第1章で「日常+異能」という言葉を使ったが、ここで今回の範囲をもう少し絞っておきたい。
異能が出てくる作品を全部並べ始めたら、際限がない。
『幽☆遊☆白書』も異能があるし、『BLEACH』にも異能がある。『呪術廻戦』だってそうだ。
でも今回、俺が考えたいのは少し違う。
たとえば『幽☆遊☆白書』の初期には、幽霊になった幽助が人間の生活を眺めたり、霊界探偵として怪異に関わったりする話がある。
日常のすぐ隣に異界がある。この段階だけ見れば、今回の話にかなり近い。
ところが物語が進み、強敵との戦いが中心になっていくと、作品の主戦場が変わる。
誰が強いのか、どんな能力を持っているのか、どうやって勝つのか。
そうなれば、異能は生活条件というより戦闘システムになる。
『BLEACH』も似ている。
最初は高校生の一護が死神の力を得て、学校生活の裏側で虚と戦うところから始まる。
現代の日常と異界が隣り合っている。
でも話が進めば尸魂界へ行き、戦いそのものが物語の大きな柱になる。
『ウィッチクラフトワークス』のように、学校生活と魔法バトルをかなり近い場所で同居させている作品もあるので、境界はかなり曖昧だ。
別に線を一本引いて、「ここから能力バトルです」と決められる話ではない。
だから今回の基準は簡単にしておきたい。
今回見たいのは、異能が戦闘システムになる作品ではなく、**異能があっても日常生活そのものが主戦場になっている作品**だ。
戦闘があってはいけないわけではない。怪物が出てもいいし、事件が起きてもいい。
ただ、物語の中心が「どう倒すか」になった時、今回の本筋からは少し離れる。
逆に、ドラゴンの角が生えても学校へ行く。魔女でも働く。妖怪でも飯を食う。宇宙人でも家族になる。
そこを描く作品なら、今回の話に入ってくる。
こうして範囲を決めておかないと、「それならこの作品も」「あれも異能だ」と、俺自身がどこまでも脱線しそうだからである。
(まあ、この線引き自体かなり俺の感覚なので、作品によっては「いや、それはこっちだろ」と言いたくなるものも当然あると思う)




