第7章 昔の読者は本当に何も気にしなかったのか
昔の読者は「漫画だから」で何でも受け入れ、今の読者だけが細かいことを気にする。
そんな話にしてしまうと、たぶん間違う。
昔だって、ツッコミはあった。
漫画を読んで「それおかしくない?」と思う人は当然いたし、設定を調べる人も、作品の続きを予想する人も、キャラクターについて語る人もいた。
今で言う「考察」は、別にネットが生んだものではない。
ただ、それを表に出す場所が今ほど多くなかった。
ファンレターがあり、雑誌の読者投稿欄があり、アニメ誌やファン同士の集まり、同人誌もあった。
熱心なファンは、昔からかなり細かいところまで作品を見ていたはずだ。
90年代には、人気作品の謎や矛盾を勝手に考察する、いわゆる「謎本」も大量に出た。
「あのキャラクターの正体は?」「あの世界の仕組みは?」と、公式ではないのに作品の細かいところを読者側が掘り下げて本にまでしてしまう。
『空想科学読本』のように、漫画や特撮の設定を現実の科学で真面目に考えてみる本まで人気になった。
ウルトラマンが本当にあの大きさだったらどうなるのか。必殺技を現実にやったらどうなるのか。巨大ロボットは成立するのか。
要するに、「漫画だからいいじゃん」で終わらず、「いや、でも本当にやったらどうなるんだ?」と考える遊びは、昔からあった。
だから、「昔の読者は気にしなかった」は正しくない。
俺自身だって、子供の頃から作品にツッコミを入れていた。
友達と「あれ絶対おかしいだろ」「いや、そういう設定なんじゃない?」くらいの話は普通にしていた。
違うのは、そこから先だった。
当時なら、その疑問はその場で終わることが多い。
詳しい友達が知らなければ分からない。雑誌に載っていなければ分からない。設定資料集を持っていなければ調べられない。
どうしても気になるなら、自分で考えるしかない。
(もちろん、パソコン通信やかなり濃いファンコミュニティまで行けば別世界があっただろうけど、少なくとも俺の日常とは遠かった)
つまり、昔の読者が受け身だったのではない。
読者一人一人が考えたことが、今ほど可視化されていなかった。
昔から「物申す読者」はいた。
ただ、それぞれ別々の場所にいた。
その人たちを一か所へ集めてしまったのが、ネットだった。




