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転生

 ――暗闇の中から、意識が浮上してくる。

 ……もう朝か。今日は何をするんだったかな。とりあえず、朝食の当番か。

早く起きて台所にいかないとな……

 ん? んん? うーん。何か変だな。何かが違う……

 私は、ミオ……んん? イオ? あれ?


 ――痛っ


 頭が、痛い。何かが浮かび上がってくる。これは、私? 私だ。でも、これは……私は、『アイオーン』だった。

 そうだ、思い出した。アイオーン、という名前だった。

 だった、だ。過去形だ。今はもう『ミオ』だ。

 本当に、転生している。ミオとしての記憶もちゃんとある。その自我も。

「本当のことだったんだな」

 自宅のベッドに横たわっている。それがわかる。かつての、あの起き上がれなかったベッドではない。一般市民として生まれ、元気に遊びまわって、疲れて眠ったミオのベッドだ。

 隣には妹のマリーが寝ている。もう一つのベッドは空になっているから、両親はもう起きて朝の支度をしているのだろう。

 それにしても……ちゃんと聞いておくんだったな……

 自分の体を見ながら、溜息をつく。そんな時間が無かったのは確かだが、転生についての詳細をもう少し詰めておくべきだった。

 まず、女性になっている。そういえば、神々には性別という概念が無いと言っていたな。これは、多分何も考えなかった結果だろう。同性の方が楽だったのだが……私も申し入れなかったし、まあ、仕方ない。

 そして、現在七歳。前世の記憶も、今生で生まれてからの記憶も確かにあるが、前世の記憶が目覚めるのにこれほどかかるとは思っていなかった。誕生直後に目覚めていても困ったとは思うが……『程よいところで思い出す』って言っていたな。これのことか。

 まだ試してはいないが、確かに今のこの体とオドであれば、前世の技術をそのまま使用しても問題ないだろう。『ミオ』の記憶を思い返せば、明らかに身体能力が高い。そして、魔力的にも潜在能力の高さを感じる。実際、オドが多い。

『ミオ』の記憶には、活発に動き回って遊んでいた思い出がたくさんある。前世では、このくらいの歳だとすでに魔術に傾倒していた。そういった意味では、目覚めていなかったからこそ、子供らしく健康的に育ったといえる。女性が年少のうちから自警団に混ざって木剣を振り回すのが子供らしいか、という問題はあるが。この世界ではアリだと思いたい。活発すぎるだろう、『ミオ』。

 記憶を残す以外にも、神々から色々と祝福されて生まれてきているようだ。素直にありがたく思っておこう。

 ……ありがとうございます。お二方。

 これだけ能力が高ければ、研究がすごくはかどるんじゃないか?

「ミオ、起きてる? そろそろ手伝ってくれない?」

「おはよう、母さん。少し待ってね。着替えてすぐいくから」

 両手を組んで祈りを捧げていると、部屋の外から母レオナの呼ぶ声が聞こえる。今日は私が朝食の手伝いだったな。

 私の家は、ごく普通の一般市民だ。富裕層ではないし、貧困層というほどでもない。魔術に集中するのなら貴族階級だったりするとありがたかったが、神々がその辺を考慮できるとも思えない。基礎能力の高い体にしてくれただけでも十分優遇されている。

「うーん……」

 隣でマリーが寝返りを打つ。私は、マリーを起こさないように身支度をする。

 ここ、クロイの町は街道の交差点で、結構騒がしいところではあるが、農民や近くの森で林業を営む者が多く、女性でも普段からスカートではなく、作業用のズボンのようなものを履いている人も結構いる。特に子供は遊びまわることを想定しているのか、ほとんどがズボンだ。一応私もスカートは持っているようだが。

 街道が交差する中央広場付近の商店の者たちは、身なりもスッキリしている。旅商人たちの中には、豪商の使いもいる。あまり継ぎ接ぎだらけの服では軽く見られてしまうだろう。

 全体的に当て布の多い服に袖をとおす。ボロボロなのは『ミオ』が活発すぎるからだろう。自警団での訓練やら、森での散策やらでしょっちゅう穴を開けていた。母さん、ごめんなさい。

 身支度を終えると、私は台所へ向かった。

「今日はすんなり起きてくれたわね。じゃあ、水を汲んできてくれない?」

 レオナは、普段からスカート姿の事が多かったはずだ。ウチは農家ではなく、父であるアベルが鍛冶師をしている。レオナは家事と細工物の仕事をしているため、外での作業があまりないからだろう。

「了解。ついでに顔を洗ってくるわ」

 手拭いを一枚手に取り、外にある井戸へ向かう。


 それにしても、不思議な感じだ。七歳までの私は、確かに自分の中にある。記憶もあるし、それが実感として自分のことだとわかるのだが、かつての記憶が目覚めた今、どこか客観的だ。

 これまでどう生活していたか、細かな癖や、どのようなしゃべり方であったかなど、今までどおり行動できるのだが、どこか頭の片隅に『演じている』自分がいる。

 アイオーンだった自我の方がまだ強いのだろう。なにせ生きた年数が違いすぎるからな。前世は享年六十七だった。七年程度の人生とは年季が違う。

 顔を洗いながら、周囲に気を配る。

 ……なんという、マナの豊富なことか……

 今なら、神々が言っていた『マナが希薄だった』というのがわかる。ここの十分の一? いや、それ以下だろう。場所にもよるかもしれないが、普通の町でこれなら、さぞ様々な魔術が生まれていることだろう。羨まし過ぎる。

 世界って、平等じゃないんだな。そんな感想が頭をよぎる。生きていれば理不尽はある。六十七年も生きたのだ、そんなことは百も承知だ。だが、世界そのものがここまで不平等だとは思わなかった。

 まあ、仕方がない。私にどうこうできることじゃないしな。そういうものなのだと思うしかない。

 水に映った自分の顔を見る。着飾っている訳ではないからわかりづらいが、整った顔立ちだ。両親の特徴を、最大限良い方向に受け継いだ感じ。

 一方で、髪は両親とは異なっている。灰色の髪に、灰色の瞳。レオナも整った顔立ちをしているが、髪の色は金に近い茶、父であるアベルも少し濃いめの茶だから、髪が灰色になるのは神々の影響を感じる。瞳の色は、レオナも灰色だが。ちなみにアベルの瞳は青だ。

 この辺りでは、灰色の髪って珍しいのではないだろうか。少なくとも、ミオの記憶にはない。

 手早く水を桶に汲んで、台所に戻る。

「水汲んできたよ」

「ちょうどいいわ。ちょっとこっち手伝って」

「了解」

 朝食の準備に参加する。私はスープが焦げないようにかき混ぜる係だ。朝はそれほど手の込んだものは出さないから、レオナも鼻歌交じりに準備を進めている。

「ミオ、今日も遊びに行くの?」

 ちょっと顔を顰めながらレオナが聞いてくる。

「ん? どうしようかな。ちょっと調べたいことができたんだよね。あー……その前に確認しなきゃだめか」

『ミオ』の記憶では、私はまだ読み書きが完璧ではない。この町には学校というものはなく、皆、親に文字や計算を習っているようだ。嫌々文字や数字と格闘している『ミオ』が思い浮かぶ。

 ここの文字は、以前と若干異なっている。似てはいるが……文法は……同じ、かな? 数字はほぼ同じか。数字は、読めさえすれば計算は問題ない。『ミオ』は散々だったようだが、私は研究で必要な程度の計算なら暗算でできる。文字だけなんとかしておけばいいか。

「基本文字の勉強しておくわ。これじゃ、調べようにも資料が読めないじゃない……」

「……ミオ、大丈夫? 熱でもある? お腹、壊してない? アベル、アベル、ミオがおかしいわ。ちょっと来て」

「なんだ? 騒がしいな」

 失礼な感想を垂れ流しているレオナの呼びかけで、アベルが台所に顔を出す。

「ミオが、勉強、ですって」

「……ミオ、熱があるのか?」

 ……アベルまで。

 ミオの勉学に対する信頼がない。仕方ないかもしれないが。『ミオ』は、自警団に関わるようになって、文字の必要性がわかってから渋々勉強していたようだ。

「……やりますよ、勉強。必要だから。もう、二人とも、そんな驚いてないで手を動かして」

「うん……本当に大丈夫? 疲れてるなら休んでていいわよ」

「大丈夫。……どんだけ信頼がないの……前途多難だわ」

 アベルも私を気にしながら戻っていく。ミオの評価、低すぎないか。最近少しは勉強していたんだから、そんな反応しなくてもいいだろう。

「おはよー。ミオ、今日は何して遊ぶの?」

 目をこすりながらマリーが起きてきた。マリーまで遊ぶ前提で考えている。

 マリーは、両親の中間色の茶の髪に、赤い瞳をしている。私だけ髪の色が灰って、なんなのか。まあ、あの二柱が関わったからだろうが。白と黒、だからな。

「今日は、ミオ、勉強、ですって」

 レオナが、信じられないという顔でマリーに話しかけている。マリー……動きが止まってる……

「え、嘘。勉強? 昨日の続きじゃないの? もうちょっとでハンスさんから一本取れそうだったじゃない」

 そう、昨日は自警団の腕利きから、一本取れそうなとこまでいっていたのだ。試合とはいえ、七歳で……本当に、どうかしている。今なら完勝だろうが。そんなことをしたら、ハンスの心がポッキリと折れかねない。

「約束してる訳じゃないしね。毎日じゃ、ハンスさんに悪いよ。ちょっと調べたいことがあるから、それには文字を覚えちゃわないと。必要なら、私はやるわよ」

「うん。それは知ってるけど……それにしたって、勉強……」

 なんなら二つ下のマリーの方が勉強が得意なのだ。驚くのもわからないではない。

 さっさと朝食を終えて、勉強を終わらせないと。家族がうるさすぎる。

「いただきます」

 テーブルに朝食を運び、皆で囲む。家族での食事か。前世では早々に家族を亡くし、こうやってテーブルを囲むことなどなかった。しかし、今は毎日家族で食事をとっている。それに違和感を感じない自分に、少し違和感を感じていた。


 食後は勉強だ。基本文字など確認だけで良い。単語は追々だろう。基本が読めれば何とかなる。

「ふむ。まぁ、こんなもんか」

 早々に基本文字の書かれた板を放り出すと、棚に置いてあった麻紙の束や板を手に取る。これは……鉱石の種類かな? これは、家計簿……ん? 計算間違ってないか? これは、マリーが勉強したものかな。ああ、単語が参考になる。ありがたい。

 一通り読めるようになると、今度は魔法に関する記述がないか探す。

 ……やはりないか。ウチは全員魔法が使えないからな。この世界の基礎を知りたかったんだが……

「どうしようか。そんな資料がありそうなところ……うーん」

 一般市民はほとんど魔法を使えない。魔力がないのではなく、学ぶ機会がないのだ。魔法は、領都にある魔法学院で学ぶものだそうだ。学院はある程度財力がないと入れないし、お貴族様も通っている。そうそう入れるものではない。

 だが、使える人もいる。そういう人は、親戚などに使える人がいて、口伝で教わっているらしい。あまり複雑な術は使えないようだが。

「母さん、魔法って使えないよね?」

「ええ、私は使えないわよ。どうしたの? 魔法に興味あったの?」

 手仕事の手を止め、レオナが振り向く。レオナは手先が器用で、細工物を作って売っている。主に加工しやすい金属を使ったアクセサリーだ。大まかな形をアベルが作って、レオナが細工をしている。

「うん。面白そうだなって。クロイで使える人って……テオさんだっけ?」

「あとは、神官のヨアキムさんね。フィンさんは……使えるんだったかしら?」

 道具屋の息子テオと、神官のヨアキムは使える。薬師のフィンはよくわからない、か。そうなると……

「神殿に行ってみようかな。しばらく行ってないし」

「粗相のないようにね」

 神殿なら、資料くらいあるのではないか。テオは親戚に教わったクチだろうから、そこから教わるのは難しいだろう。そういう情報は秘匿するものだしな。

「んじゃ、行ってくるね」

 軽く外出の用意をし、外へ出る。用意と言っても、腰のベルトにポーチを括り付けるくらいだ。

「ミオ、帰りに野菜をいくつか買ってきて。適当でいいから」

 お金を受け取り、了解の意味を込めて片手を上げる。この類のお使いは日常だ。レオナも一々内容まで指示しない。

 改めて外へ出ると、今日はいい天気だった。春の心地よい風が吹いている。遠く、時間を告げる鐘の音が響いている。

 

 クロイという名の町がある。大陸の雄ゲゼッツライヒ帝国の、西側の領地であるゴルトヴァルトの中央付近にある町らしい。らしい、というのは、これは『ミオ』の記憶を繋ぎ合わせた情報であるからだ。『ミオ』がこれまでに見聞きした情報を改めて精査するとこうなった。いずれも複数から聞いた情報だから、ほぼ合っているだろう。

 ここは南北と東西の街道が交差するところに作られた町で、南北に延びる街道と並ぶように川が流れている。遥か北の山脈から流れてきている川らしく、それなりの水量がある。街道は川の左岸に作られ、北の大森林地帯まで続いている。南に行くと港町があるらしいが、海まではかなり遠いようで、南から来る旅人や商人は少ない。

 東に行けば領都ハイデルベルクがあるそうだ。毎年秋にお貴族様が領都から来ていたが、徴税だったようだ。税という仕組みを『ミオ』は理解していなかったから、お貴族様が来る理由もよくわかっていなかった。ただ、お貴族様が到着して帰るまで、子供は外で遊べない。二、三日のことだが、かなり不満を募らせていた。しかし、それは当たり前だろう。徴税などという、町の有力者たちが神経を尖らせているときに、子供が何かやらかさないかなんて考えたくもない。私が有力者でもそうするだろう。

 西の街道も大森林地帯にぶつかるらしいので、どうやらこのゴルトヴァルトという土地は、北西部がほぼ森であるようだ。大森林の中は魔獣の巣窟で、人が住めるような場所ではないらしい。一応、通ることは可能で、北も西も森林を抜けて国境まで街道が続いているそうだ。ただ、その道は険しく、森の人(ドルイド)と呼ばれる、昔から森の傍で暮らす一族の案内が無ければ通れないらしい。いずれにしても、大森林の中は人が暮らせるような場所ではない。それ故、南東の平野に人口が偏っていることになる。

 そうなると、クロイは平野の中では北西の端の方になるのだろう。それが全体の中心と考えれば、ゴルトヴァルトの半分くらいは森なのだと思う。「大」森林というのも、誇張でもなんでもないようだ。

 大森林以外にも小規模な森が点在している。クロイの北西にもそんな森がある。周囲を大人が歩くと、ほぼ一日がかりになるそうだ。

 ここの森には、ゴルトオークと呼ばれる樫の木が生えている。非常に硬く、切り出すのに手間がかかるが、良質のタンニンや木炭を作ることができる。木材としても優秀で、この町の家屋に使われている木材はほとんどがゴルトオーク製だという話だし、農具や武器の柄としても重宝されている。

 他の森にはほとんど生えていない樹木らしく、元々は森の中に疎らに生えていたものを、町に近い区域に長い時間をかけて計画的に植樹し、今ではこの町の特産物となっている。

 ゴルトオークの森には、春から夏の終わりにかけて羊が下草を食べにきて、秋には実ったドングリを食べに豚がやってくる。私の家は町の北西にあるから森が近い。その光景は季節の風物詩だ。

 私の家が森に近いのは、鍛冶屋を営んでいるため、騒音と火事を警戒してのことだ。日中は鎚音が絶えないし、日常的に高温の炉を使うので、家々が密集している地域には住みづらい。森に近いここなら、薪を集めるのも容易だし、炭焼き小屋も多くあるので、燃料には事欠かない。ゴルトオーク製の木炭は、火力が強く長持ちするのだ。

 基本的にこの程度の規模の森には、野生動物は居ても魔獣は住みづらいので、普段は町の住民は森の恵みを十分に享受できている。小規模な森では魔獣を養うだけの食料が乏しいし、何よりマナが少ない。魔獣の類は肉が主食ではあるものの、マナを多く含む木の実などを好む。大森林ならばともかく、この規模の森でマナを豊富に含む木の実など、そう多くはないだろう。

 しかし、十数年に一度くらい、大森林を追われた魔獣が住みついてしまうことがある。放っておいてもいずれ衰弱するが、それまでに森が荒らされて大変なことになるし、万が一適応して子供でも生んでしまったら大惨事だ。ゴルトオークの被害はもちろん、野生動物だって肉や毛皮を猟師が収入源としているし、薬草も荒らされてしまえば、薬が調合できなくなる。医者がいないこの町にとって、薬師が調合する薬は生命線と言っていい。それに、魔獣がいる間は、森自体が危険で立ち寄れなくなってしまう。生活の基盤を森に依存するこの町では、森の異変は一大事なのだ。

 それ故、魔獣が住みついたらすぐにでも討伐する必要がある。町の自警団が中心となって動くようだが、普段森を仕事場としている木こりや猟師も参戦するようだ。斧や弓矢も大事な戦力だろう。そして、私の父アベルも参戦していた。二年前に森で魔獣騒ぎがあり、アベルが工房の奥から大きな鋼鉄製の盾と剣を持ち出して、森に向かって行ったのを『ミオ』が鮮明に覚えている。

 私からすれば、刃物を専門に扱う鍛冶師であるアベルが怪我をする方が、町にとっては打撃になると思う。ゴルトオークを切り出す木こりたちの斧や鋸はもちろん、鍬や鎌などの農具の修繕、生産が停止するし、自警団の武器も整備できなくなる。自分でできる範囲の、最低限の整備しかできなくなるのだ。次に何かあったらどうするのか。町の職人街にもう一軒鍛冶屋があるが、あっちは釘などの建築資材や、鍋などの日用品、それに、蹄鉄を扱っている。街道が交差するこの町では蹄鉄の需要が多く、旅人が買い求めることは少なくない。鍛冶師が数人いたはずではあるが、とにかく量が必要なものを扱っているのだ。職人街の中での依頼も多いはず。すぐに武器を作れと言われても、できるものではない。何より、扱う技術が全然違う。刃物というだけでも違いがあるのに、特にこの町の刃物鍛冶師は、代々ゴルトオークを切り出すための特殊な鍛造を行っている。あれが切れる斧や、加工に使う鑿を鍛えられなければ意味が無い。

 しかし、『ミオ』はアベルを羨望の眼差しで見ていたし、魔獣を討伐した後で聞いたアベルの武勇伝も、今もはっきりと覚えている。そして、自分も町を守るのだと、自警団に突撃していった。こっそり訓練に潜り込んで、木剣を振っていたのだ。当然つまみ出されたが、決して諦めずに何度も潜り込み、その都度つまみ出され、繰り返すうちに自警団員が根負けし、ついに自警団員見習い見習いという、よくわからない立場を勝ち取った。

 ……何をやっているんだか……いや、気持ちはわかる。自分のことだし。だが、五歳の幼女がやることではないだろう。私なら止める。当然、両親も止めた。しかし、『ミオ』は止まらなかったのだ。私も研究に対してはかなり粘着質だったが……それで、二年でハンスから一本取りかけた。七歳でそれは……何という才覚か。前世で身につけた武術を思い出した今ならともかく……結局、『ミオ』の行動力を周囲に知らしめる結果となり、小さな自警団員は、子供たちのまとめ役に収まってしまった。我がことながら、末恐ろしい。


 この町は中央広場を起点に、街道で大きく四つの区画に分かれている。そして、中央広場から見て西側に川があるので、西側の区画はさらに右岸と左岸に分かれている。私の家や森があるのは北西区画の右岸側だ。町の最も西側に位置し、森に直接関わる者や、自警団の本部、薬師、そして鍛冶屋である私の家がある。川沿いの少し低い河岸には、森から切り出した丸太を対岸へ渡すための桟橋が作られている。

 さらに西に行けば、自警団が常駐する町の境がある。特に門などがあるわけではないが、自警団の休憩小屋と簡単な柵が作ってあり、不審者が通ることの無いよう、常に警備している。これは、他の街道沿いも同じで、北と南、東にも自警団が常駐している。この境の内側が、実質的にクロイと呼ばれているのだ。

 私は、中央広場に向かうため、町を東西に走る街道を東へと歩く。右手の南西区画の右岸側には、牛を飼っている一家と、羊を飼っている一家が住んでいる。川の近く、街道沿いに牛飼いの家と牛舎があり、南側が放牧地兼牧草地となっている。その西側、今私が歩いているのと反対方向に羊飼いの家と羊舎があり、早朝に羊飼いが羊を森へと連れていく。そろそろ毛刈りの季節だがまだ刈っていないので、羊が一年で一番毛の多い時期だ。

 ……モコモコとした羊を見て、可愛いという感覚がある……以前は何とも思わなかったはずだが……他人の感覚が流れ込んでいるような、自分でそう思っているような、なんとも不思議な感じだ。

 橋を渡ると、左岸側だ。私から見て右手、南西区画の低河岸には、丸太を受け取るための桟橋があり、水車小屋が三つ並んでいる。街道沿いには職人街があって、いつも活気にあふれている。今も、水車小屋からゴトンゴトンと毛織物や樹皮を叩く音が聞こえている。水車小屋から麻袋に包まれた小麦粉やタンニン粉を運んだり、丸太を水揚げする人たちの怒号がそこかしこで飛び交っている。荒っぽく見えるが、少し油断したら事故になるような仕事だ。大声なのは仕方ない。

 水車小屋がある関係で、中央広場に面した南西区画にはパン屋がある。二軒並んでいて、昼前には両方とも売り切れている。店主は互いをライバル視していて、味的な競争はあるようだが、量的には結局全部売り切れるくらいの需要がある。主食だしな。がっちりとこの町の胃袋を掴んで離さない。私も好きな味だ。うん。どっちが好みかは、名言しない方が平和だろう。

 そして、この低河岸は、週に一回、闇の日に市が立つ。町の住民を相手に、農家や肉屋が露店を並べ、新鮮な食料品を売る場になる。職人たちもたまに新製品を並べたりするので、その日は一日中大賑わいだ。

 南東区画の街区の裏手は、すぐに農地になっている。東へ向かう街道沿いは商店が並んでいるが、南へ向かう街道沿いはみっしりと職人の工房兼商店が並び、独特の雰囲気と臭気に満ちている。さっきレオナが言っていたテオのいる道具屋も、この東への街道沿いにある。職人街に近いこともあって、自分で商品を売ることを面倒がった職人たちが、販売を押し付けていると聞いたことがある。そのため、テオの道具屋は品揃えが雑多なのだという。元はいったい何の店だったのだろう。

 もっと南に行けば、町の境と亜麻を漬け込む池があるはずだ。たまに風向きの影響で町まで届くが……あの悪臭は何とかならないだろうか。南の境に詰めている自警団員は、常に鼻と口元を覆っている。必要なこととはいえ、どうにかしてやりたいものだ。暇があったら風向きを調整する魔術具でも作ってやるか。いや……使える奴が自警団にいない……非常に残念だ。いたらいたで、そいつの配属は南で決定。難しいな……

 北西区画の左岸側は、中央広場に本日の目的地である神殿がある。自警団の事務所も並んでいたな。本部は川向うだが、雑多な困りごとを持ち込まれるのはこっちの事務所だ。事務仕事もこっちって言ってたかな。自警団は体を動かしたい人の集まりだから、事務員のなり手は貴重だ。多少の荒事にもめげない事務員。貧乏くじのようにも感じるが、大事な仕事だ。

 広場から北側は、金属や塩を扱う商人が店を構えていたと思う。『ミオ』はあまりこっちには行かないようだ。アベルは鉄の棒を買い付けに行っているようだったが。領内の鉱山は北の方だし、もっと大きな、様々な鉱石の採れる鉱山は北の領地にあるらしい。だから、そういった物資を扱う旅商人も北から来る。塩は南から来るはずだが、職人街にはそういう卸問屋的な店を構えづらかったんだろう。中央広場の北東区画にある大きな宿屋とも繋がりがあるらしいので、その傍にしたのだと思う。宿屋は食品も扱っているから、塩も必須だろうし。

 その宿屋だが、この町にしては非常に大きい。広場に面した北東区画の全てがこの宿屋だ。厩舎も入れれば、そこに収まっていない。旅人向けの宿屋兼酒場で、食料品の商店も兼ねている。料理も出すから、理に適ってはいる。店主は当然この町の顔役の一人だ。というか、確か現町長だったと思う。お貴族様が来た時も、この宿屋で持て成すはずだから、適任といえば適任だが。

 宿屋の東側は、もう一軒ある宿屋や、食事処兼酒場、商店などが軒を連ねている。街区の終わりくらいにもう一軒大きな建物があり、そこは周辺の農家が冬を越すための長屋になっている。北東区画の街区の裏手は、街区の近くに豚舎があり、その向こう側に昔からの豪農が持つ広大な農地が広がっていて、そこで働く小作農や、南東側に農地を持つ農民たちが冬の始まりにこの長屋に集まってくる。

 ここは豪雪地帯というわけではないが、それなりに雪は降る。冬は耕作などできないので、集まって過ごすことで燃料費を浮かせたり、まとめて食料を用意したりするのだ。貴重な労働力である牛たちは牛飼いに預け、自分たちは農具の手入れや手仕事をして過ごす。

 皆、自分の衣服は自分で作るのが基本だが、消耗品であるほど、いくらあっても困らない。手仕事で作られた布や籠、器用な者は家具など、様々なものが雪解けの時期に市に出てくる。そういったものを、冬ごもりが無い、職人のような職種の人たちが買いあさるのだ。ウチもそうだ。麻布なんかは、いくらあってもいい。


 目的地の中央広場は円形になっていて、中心に立派な噴水がある。広場と同じく円形に作られたそれは、街道同士が交差する際、円滑に馬車が通れるようにわざと中心に作られているのだろう。馬が水を飲むのにも利用されている。川の上流から水を引いていて、常に水が綺麗に保たれている。

 そして、噴水の中心には時計塔が設置されている。四角柱の先端が尖ったような形をした、石造りの塔だ。現在は九時を過ぎたところ。そういえば、家を出る時に鐘が聞こえていたような気がする。今は比較的通り過ぎる馬車も少なく、落ち着いているような感じだ。旅商人ならもっと早く出発するだろうし、この町で泊まるならもっと遅い時間に来るだろう。まだ活気があるのは、パン屋くらいか。朝一のパンをどっちが早く売り切るか、競争でもしているんだろう。

 神殿に向かうついでに、自警団事務所前の掲示板を見る。町の人に通知したいことがあれば、ここに張り出されるのだが……ああ、羊の毛刈りか。人手を募集しているみたいだ。羊飼いはこの毛刈りで一年の収入の大半を稼ぎ出すから、結構払いが良い仕事だ。とはいえ、生き物を相手にするので、慣れていないと難しい。何人か集まればいい、くらいのものだろう。

 ふと、周囲に魔力の流れを感じる気がした。こんなところで? 神殿の方ではない。何かあったっけ? 噴水の方から……時計か? あれは、魔術具だな。改めて見れば、はっきりとマナを感じる。あの規模でこんなにマナが必要か? 確か、正時に鐘が鳴るくらいじゃなかっただろうか。それ以外に何か機能があったか? 一定の間隔で数を数えることができて、それと連動して針と鐘を動かせばいいだけだよな? 何でこんなにマナを集めているんだ?

 時計塔を見つめて考え込んでいると、知り合いから声を掛けられた。

「あれ? ミオじゃないか。今日は試合はいいのか?」

 広場に自警団のハンスがいた。今日はここの担当なのだろう。槍を手に、噴水の周りを回っていた。

「こんにちは、ハンスさん。今日は神殿に用があって」

「神殿? そんなに信心深かったっけ」

「いえ、調べものです。今度またお願いしますね。今度こそ、一本取らせてもらいますから」

「ははは、まだ無理だよ。俺だって毎日鍛えてるんだから」

 お互いに挨拶を交わし、私は神殿へと向かう。横目で見ると、ハンスは「調べもの……?」と首を傾げている。まあ、そうだよな。私と勉強系は結びつかないよな。まったく不本意だ。

 それにしても、ああは言ったが、もう試合はしない方がいいかもしれない。今のハンスの技量であれば、私は確実に勝てる。挑まれればやるが、こっちが手加減しないとハンスの心が折れる。しかし、『ミオ』としては試合がしたいと思っている。基本的に思考が体を鍛える方向を向いているのだ。二年も継続して稽古していればそうもなる。だが今は、私は魔法のことが調べたい。こういう違和感も、いずれなくなっていくのだろうか。

 時計に関する疑問は置いておいて、私は神殿に向かった。


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