7-9 魔剣
ランがフードの一団と会合している最中、メッセージを受け取った幸助は早速行動に映そうと王城内をうろついていた。
だが裏事の手掛かりを探そうにも、元々王城内は広い。数日過ごしただけではその中を全て徘徊など出来ておらず、まずは自分の知らない城の中を探索することにしていた。そして、迷子になっていた。
(ここ……何処?)
周辺一帯が窓もない意志レンガ造りの廊下の空間。誰かが歩いている足音も聞こえず、前にも後ろにも曲がり角。一心不乱に進んでいた事もあって、幸助は自分が来た道すらも分からなくなっていた。
「やばい。帰り道すら分からない。ランなら道を覚えた上で進んでいったんだろうけど……やっぱりアイツのようにはいかないなぁ」
かといってこのまま立ち止まっていてもらちが明かない。迷って戻れないのならば一蹴回って進んでしまえばいいと、再び前に足を踏み込んだ。
曲がり角に踏み込む度に右へ左へと曲がり続ける幸助。進めど進めど光景は変わらなかったのだが、何故か幸助の顔から困惑の表情は薄くなっていた。
(おかしい。ずっと歩いているのにさっきより足が軽やかだ。ていうか、サクサク進んでいってる。
何だ? 何か妙だ)
幸助自身は気付いていないようだったが、彼は進んでいくたびに曲がり角を迷いなく選択していたのだ。その足取りは、まるで正解を分かっているかのように。
そしてしばらく歩いた先にあったのは、金属で出来ているらしき分厚い扉だった。何処かの部屋に到着したようだ。
「ここって……」
幸助がほんの興味本位で扉に手を当てて押してみると、鍵がかかっていないのか重いながらもゆっくり開いていく。
人が通れるほどの空間が開いた部屋に幸助が足を踏み入れると、そこは暗がりの殺風景な空間が広がっており、不自然に照らされた中心に、一本の黒い剣が床に深く突き刺さっていた。
「剣? なんでこんな所に?」
幸助は好奇心に押されるままに剣に近付いていく。薄暗い空間だというのに、彼の眼には剣の風貌はハッキリと目に見えていた。
(何というか、良い剣だな)
「幸助様!」
ふと手を伸ばそうとするコウスケだったが、後ろから聞こえて来た声を受けて我に返った。すぐに後ろへ振り替えると、ファムの姿があった。
「ファムさん?」
「まさかここに来ていただなんて、驚きました」
「ああ、勝手に入ってしまって、すみません……」
幸助は謝罪の言葉を口にして頭を下げる。ファムは彼をすぐ許すどころか、申し訳なさそうな表情を浮かべて返って頭を下げて来た。
「いえ、偶然迷い込んだのですよね。お仲間の事で気を病んでいましたし……こちらこそ、緊急の案件とはいえ、目の前で仲間の断罪をしてしまった。私の方こそ、ごめんなさい……」
「いやいや、ファムさんこそ悪くないですから! ランの奴、以前からずっと俺にもよく分からないところがあるので……その件については、もう割り切ってます」
(こうでいいんだよな? ランの裏切りに俺は見切ったって体で)
幸助は自分の言葉選びに冷や汗を流している中、ファムは彼の隣にまで足を運び、幸助の後ろにある突き刺さった剣に目を向け、幸助はこれを見て話を持ち出す。
「その……この剣、一体」
幸助からの質問に、ファムは丁寧な口調で説明し始めた。
「この剣は、古くからこの地に存在し、この世界における伝説とされている魔剣、『クリード』です」
「伝説の、魔剣?」
幸助からのオウム返しにファムは一度頷き、魔剣の概要に触れた。
「かつてこの世界に現れた、強大な戦士が持っていた剣です。力強く振るわれた剣は大地を切り裂き、その圧倒的な力で、魔王を撃退寸前まで追い込んでみせたと」
「伝説の剣……凄い」
「ええ、ですが何より凄いのは強さではありません」
ファムは幸助のコメントを肯定しつつ、更に一歩前に進んで幸助の方に振り返ると、魔剣の一番の特徴を説明した。
「この剣は、持ち主の願いを叶えることが出来ると言われているんです」
「願いを?」
「はい。どんな願いでも、全て……」
幸助は目の前にある魔剣の存在に驚きつつ、それ以上の引っかかった点をファムに問い掛けた。
「凄い武器じゃないですか! そんなものがあるのなら、何故この緊急時に使わなかったんですか?」
幸助の、今の説明を受けたものであれば誰でも思うであろう質問。ファムはこの問いかけに対し顔色を少し暗くして返答した。
「抜けないんです。誰も」
「抜けないって、使えないって事ですか?」
「それだけじゃない。この剣には、それ以上の危険があります」
ファムは話の最中ながら、おもむろに自身の右手を魔剣に近付けた。すると持ち手に触れるか否かのその時、ファムの身体からオーラのようなものが出現し、魔剣に引っ張られるように接触。そのまま吸収し始めたのだ。
「ファムさん!」
幸助がファムを助けようとすると、彼女は救助されるよりも前に手を引っ込めた。手持無沙汰になった腕を下げつつ、幸助は焦り顔が残ったままファムに聞いた。
「今のは」
「はい、見てのとおりです。この魔剣は、触れようとする相手の魔力を吸収する。これまで魔剣を引き抜こうと剣を握った方は、ことごとく魔力を全て吸収され、そのまま……」
ファムは最後の台詞を口にすることを渋ったが、幸助は彼女が何を言おうとしたのかを察した。そして幸助は、同時にもう一つの事を予想した。
「もしかして、魔物が連日王都に襲撃をかけるのも、これを奪うため?」
ファムは頷いて肯定し、補足した。
「はい、その通りです。もちろん、魔物でもこの剣を引き抜けた事例は聞いた事がありません。しかし万が一にも現れたら、その時点でこの世界は」
「魔物のものになってしまう。だからここに隠して、俺達に王都を守らせていた」
「はい……」
ファムは一度言葉を切ると、何か自分の中で決断したかのように間を置いてから口ずさんだ。
「しかしそれももう、終わらせないといけないのかもしれません」
「え?」
少し首を傾げる幸助に、ファムは話を進める。
「本日起こった転移者の敗北。そして将星ランの裏切り。これまでこちらが優勢になれたかに思えた戦況が、一気に悪化しました。
次いつ、またあの襲撃があるのか分からない。最悪、王都の人達に直接的な被害が出てしまいます」
ファムが自身の拳を強く握りしめる。
「正直なところ、貴方方にこんな命令はしたくなかった。けれど、決断しなければなりませんね」
「それって、どういう」
ファムは幸助を連れて剣の間を後にすると、生き残っていた転移者達を全員広間に纏めて声を挙げた。
「皆さん! 本日は多大な被害を出してしまった事。大変お悔やみ申し上げます。大切な仲間を失ってしまった事実は、何よりも耐えがたい悲しみです。
ですが、だからこそ皆さんには、私と共に立ち上がっていただきたいのです!」
ファムの威勢の良い声に、落ち込んでいた転移者達も顔を上げて彼女に目を向ける。
「私はこれまで皆さんに、防衛任務しか与えて来ませんでした。それは全てこの国を守るため。少しでも犠牲者を少なくするためと思っていました。
しかし被害が出てしまった今、中途半端な躊躇こそ人を苦しめると私は学びました! これよりは方針を変え、打倒魔王のため、皆さんに出陣していただきます!」
広間中の転移者達が驚いた。またしてもあの異常な敵に攻められるくらいならば、相手の態勢が整うよりも前にこちらから攻めて倒す。考えとしては妥当なものだ。
しかしこの日に仲間を失ってしまうという今までにない経験をした転移者達にとって、その選択には同調しきれなかった。
「そ、そんな!」
「王女様、今しがた俺達の仲間を倒した奴らに再戦するなんて!」
「無茶だ!」
次々と上がる非難の声を真っ直ぐ受け止めるファム。だが彼女は一呼吸置いて言葉を返した。
「確かに、無茶かもしれません。ですが、これは一つの希望でもあるのです」
ファムの言葉に全員が疑問を浮かべると、彼女は先程幸助が見つけた魔剣について説明した。話を聞いた転移者達はざわめく。
「そんなものがあるだなんて」
「どんな願いも叶う……それを使えば、やられてしまった仲間も復活させられるという事か!」
サラガが口にした言葉にファムは頷くも、別の転移者がこれを否定する。
「でも、その魔剣は誰も引き抜けていないんだろう? その上触れようとした人の魔力を吸い込むようなもの、希望にするには」
「分かっております。ですが、魔王に勝つ人が現れたのならば!」
全員の目が広がった。魔剣を使った戦士とは魔王と渡り合ったもの。即ち、単純に考えて魔王を倒した人物にはあの魔剣を使う資格を持つという事だ。
「まだ皆さんを助ける希望は残っています。貴方方の誰かが魔王を倒す事。それはこの世界だけじゃない。倒された勇者も蘇らせられるのです!」
幸助は周りにいる人達の目にやる気がともったのを見た。魔王を倒すという行為が、他の異世界の勇者をも救う事になる。まさに宇宙の英雄になるというこれ以上ない名声になることが分かったからだ。
もちろん幸助自身も熱意が上がっていた。最も彼は名声など必要としていない。目の前に手を伸ばしてまだ助けられる命があるのならば、そのために必死に奮闘する。それが幸助の性格なのだ。
ファムは全員が魔物と戦う意志が復活したのを見ると、決意の籠った目を皆に向けて頼み込んだ。
「これから王都は、貴方方転移者の支援をより一層、全力で行います。だから、もう一度お願いします。この世界の……いや、この宇宙の英雄になってください!」
広間からこぼれる程に広がる大きな声。激を受けた転移者達は、魔王攻略のための決意を新たに固めたのであった。




