7-8 メッセージ
時間にして僅か一時間にも満たない間に起こった脱出劇。魔物と通じていたというランを捕える事が出来なかった事態に、幸助以外の転移者達が皆強い苛立ちと悔しさを感じていた。
転移者達が各々やりどころのない思いを抱えたままでいる中、幸助は一人ランが自分に告げて来た言葉が引っかかっていた。
『メッセージは伝えた。こっちは頼むぞ』
(メッセージ……俺に何かを伝えようとしていたのか?)
「幸助!」
考え事をしている幸助だったが、近くから聞こえて来たカリアの声に思考整理が止まってしまった。
「ん? あぁ、どうかした?」
声をかけられたことに何かあったのではないかと問いかける幸助に、何処か表情の暗いカリアは言葉を続ける。
「いやその……大丈夫か? さっきあんな事があったから、一番君が傷付いているんじゃないかと思って」
カリアはランの裏切りに、彼と同じ世界から転移して来た幸助が一番ショックを受けているのではないかと思ったのだろう。
だが幸助は、そこまで深刻ではない様子で返事をした。
「あ~……ランの事か。大丈夫、俺はそんなショックを受けてるとかないから」
「ショックを受けてないって、仲間が裏切ったのに!? 今まで旅をして来た奴を軽々と講釈口にして人質にしたんだぞ!」
カリアは幸助からの返答が意外だったようで、驚いた顔を見せて来る。
「裏切るっていうか、アイツが俺をぞんざいに扱ったのは一度や二度じゃないから。正直こういうふうになるのも、慣れてきているんだ」
「慣れるってアイツ、まさか前の世界でも仲間を!」
幸助はちょっとした話程度に口にしていたのだが、カリアにとっては信じられないと言った様子だった。
「お前、そんな奴だと分かってて……どんだけお人好しなんだよ」
「そういうのじゃないさ。ただ」
「ただ?」
「アイツのやる事には何か意味がある。それだけは、今まで一緒に旅してきて分かるから」
カリアは幸助の言っている事を理解できなかった。そんな彼に幸助は小さく口角を上げた顔を見せ、その場から去っていった。カリアは幸助恩背中を呆然と見る事しか出来なかった。
一人になった幸助は、王城の廊下を歩いていく。その足をは迷いがなく、明確に何処かに向かっていた。カリアとの会話で、ランの言っていたメッセージに思い当たるものが出来たのだ。
(俺を人質にした時に言った台詞……)
『馬鹿は単純で助かる。親しき仲だって、そいつがどんな部屋で寝てるのかもほぼ知らないんだ。俺の腹の黒さを見誤ったな』
(あの台詞、ランがわざわざそれっぽい例えを使って言葉を選んでいた。あれが俺へのメッセージだっていうのなら)
幸助はメッセージの意味を解読しつつ、王城内のランの寝室であった部屋に入った。騒動が起こってすぐだからか、まだ何も片付けられておらず家具一式が残っている。
(寝てる部屋、寝室って事だよな? この部屋の中に、何か)
幸助が寝室内に細かく目を向けると、ランが寝ていたであろうベッド、その下に小さく飛び出しているものを発見した。
幸助が引き抜くと、それは折りたたまれた一通の手紙だ。広げて内容を確認すると、日本語で何か書かれている。
だが幸助は内容に顔をひきつらせた。紙に書かれていたのは共に転移して来た人達の名前や異能力など、簡単な情報ばかり。これでは手紙ではなくただのメモだ。
「これがメッセージ? ただのメモじゃ……ッン?」
幸助は幻滅しかけたときに気が付いた。メモとして使われているこの紙は、枠や裏面に模様のようなものが描かれている。しかしそれをよく見ると、入間から習った異世界の文字、その一種だったのだ。
「なんて隠し方。とことん念入りだなぁ」
おそらく手紙の文字を模様のようにしたのは、幸助以外の人物に読まれた際にメッセージがバレないようにするための配慮なのだろう。
ランの念に念を入れた手紙に幸助は感心しつつ、文字を和訳して読み込んだ。
『この手紙を読んでいるって事は、俺は王城にいられなくなっているんだろう。異能力がない事がバレたのか、はたまた別の理由なのかは分からないが。だが安心しろ、これは全て必要だったことだ』
「必要だったこと?」
幸助はランが最初に伝えて来た言葉にさっそく驚かされる。だがリアクションを取っているよりも今は手紙を読み込まなければと集中する。
『この世界に来て数日。俺達は魔王を倒すために集められておきながら、一度も攻めに行った事はない。なにより、俺達は王都の外に出れる機会もなかった。それが引っかかっていたが、表立って聞いて許可を貰おうとすれば、立場がどうなるか分からない。
そこで俺は敢えて追放されることで、王都の外に出ることにした。お前は王都内、俺は王都外でそれぞれこの世界の情報を集める。電子メールで情報交換をする。お前は王都の状況について、表から裏まで隅々調べろ』
幸助は手短ながらしっかりとした内容の手紙に納得せざるおえなかった。
「あの少女を助ける前から全て考えていたって事か。どうりであのとき、普段用心深いランが即刻動いたわけだ」
今にして思えば、ランが少女『ニタン』を助けた行為も、今後国外でもし見かけたときに情報を獲得するために恩を売ったのかもしれない。
幸助はまたしてもランの視野の広さに感心させられつつも、自分がこれからやるべき事が決まり、目つきが変わった。
「しれっと自分がより危険な方に飛び込んでいくだなんて、言い出すだけはあるって事か。まあ何にしろ、俺がここでやるべきことは決まった」
幸助は手紙を自身のブレスレットの中にしまい、混乱していた思考を纏め上げてランの寝室から飛び出していった。
(ランが危険な場所で頑張るんだ。俺もアイツの仲間、『次警隊』の一員として役に立たないと! そのためにも、ランが気になってる王都の事を調べ上げる!)
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幸助が王都内での調査を始めようとしている最中、一方のランは共に王都を抜け出した二人と共に人目に付きにくい木々の中を進んでいた。
「随分と迷いそうなところを歩いていくもんだな。この先にお前のいた集落があるのか?」
先頭を進むニタンに声をかけるラン。ニタンは目線は前に向けたまま質問に返答した。
「集落と言えるのかも分からないレベルだけど。まあそうね」
「言えるか分からないってのは、そんなに人数がいないって事か?」
「そうでもないわよ。でも、それを支えられる土量は整ってないって事」
「土量か……」
ランはニタンの答えに一つ察したところがあった。同時に彼はふと足を止め、後ろを歩いていた博也が軽くぶつかってしまう。
「オイ、いきなり止まってどうした?」
「博也だったか? 俺に新たな出会いがあるって件、どういうふうに出会うのかは分かるのか?」
突然さっきまでの話とは関係ないとも思われる質問を受けた博也は、一瞬戸惑った反応を見せるもすぐに表情を戻して素直に答えた。
「いいや。俺の占いは具体的な経緯までは掴めない。ときには複数個シーンが浮かぶこともあるが、今回はピントのずれた写真の様にぼんやりとした画像が思い浮かんで来ただけだ」
「なるほどな……」
ランは博也からの返答を聞きつつ、目つきを鋭くさせてニタンとも博也とも違う位置を睨みつけた。
「それじゃあ出会い方までは分からなかった訳だ。まさかこういう形でするとはな」
ランが嫌味染みた言葉を口にした直後、三人の耳にハッキリと足音が聞こえ、瞬く間に周辺一帯を囲まれてしまった。
しかも現れた人物達は、王都を襲撃し転移者達を次々と撃退していった同じ黒いフードの集団だった。
「出会いってまさかこいつらの事か?」
王都の外で出会った相手がよりにもよって襲撃犯だったという事もあり、ランも博也もそれぞれが別の構えで警戒を強める。
黒いフードの一派もラン達の動きに警戒を強め、攻撃を仕掛けるつもりか構えようとする。
「来るか」
両者が睨み合い、一戦交わろうかと思われたその時、双方の間にニタンが立ち、黒いフードの一派に顔を向けて手を広げた。
「攻撃しないで、この人達は味方よ!」
ニタンの声に、黒フードの一団が動きを止める。ランと博也が少し驚いていると、一番ニタンの近くにいた相手側が彼女に話しかけた。
「ニタン! お前、どうしてここに? 王城に捕まっていたんじゃなかったのか?」
「ええ、だけどこの人に助けてもらった。そのせいで彼は王都から逃げることになっちゃって」
「そうか……」
ニタンの言葉を受けて攻撃の構えを解く一団。ランは一度ニタンに視線を向けてからフードの一団の一人に話しかけた。
「お前ら、ニタンの仲間って事でいいのか?」
「あぁ、彼女を助けてくれたことに礼を言う」
ランに返事をしながら被っていたフードを外す一団。顔を見せた彼等の顔付は皆若く、ランとそこまで変わらない年齢の青年達だった。
だが何よりランが彼等の見て思ったのは、角などの装飾のない頭をしている自分と似た肌をしている彼等の顔つきについてだった。
(ここ数日見ただけだから確定とは言えないが、明らかにこれまで見た魔物の顔付きじゃないよな)
ランは頭に思い浮かべると、次に自分の立場であれば気になっているであろう質問を口にする。
「お前ら、王都に襲撃してきた連中で間違いないよな? それも、ニタンとグルって事で考えていいのか?」
ランはニタンがこのファムの言う魔王の手下であり、フードの一団と共に黒であるという最悪のパターンも考慮して返答に構えた。
すると一団の一人、先程ニタンと話をしていた青年が回答して来た。その青年は顔つきこそランや博也のよく知る日本人のそれだが、髪色は赤黒く、鋭く瞳の色も金色だった。
「お前の問いかけは全て正しい。王都に襲撃をかけたのは俺達だ。そしてニタンも、俺達の仲間だ」
「そうか。んじゃお前らが魔王軍って事でいいんだな?」
ランは敢えて敵意を強めにして聞き返す。だが金目の青年はこれに言葉を返した。
「俺達はお前が思っている魔王軍なんかじゃない。いや、そもそも魔王軍なんて存在すらしていない」
「何だと?」
想像の斜め上を言う回答にランの眉が歪む。金目の青年は一歩前に踏み出し、自分達の正体を明かした。
「俺達はお前の先輩。王都に召喚され、利用された転移者の生き残りだ」
「生き残り?」
ランと博也は明かされた相手の正体に驚かされたのだった。




