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私の記念画を横取りした義妹は、王宮の除幕式で消える絵の具の罠を知る  作者: あずきまんま


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第4話_光と熱の除幕式と消え去った偽りの名

「それでは、予備審査において満場一致の最高評価を獲得したモンフォール子爵家より、記念画『暁の白百合』の披露をお願いいたします!」


式部官の声を受け、エマは待っていましたとばかりに薔薇色のドレスの裾を翻し、壇上の中央へと進み出た。


「王太后陛下、本日は生誕六十周年の佳き日を迎えられ、心よりお慶び申し上げますわ。わたくし、エマ・ド・モンフォールが、陛下への敬愛を込めて三ヶ月間、寝食を忘れて描き上げた渾身の絵画を、どうぞご覧くださいませ!」


エマが芝居がかった仕草でタッセルの紐を引くと、キャンバスを覆っていた真紅のベルベット布がするすると滑り落ちた。


瞬間、大広間中から「おお……!」という感嘆のどよめきが沸き起こった。


そこに現れたのは、深い群青の朝霧が立ち込める丘陵に、金色の朝光を浴びて幾千もの白百合が一斉に花開く、息を呑むほど幻想的で気高い風景画だった。花弁の一枚一枚に宿る朝露の煌めきから、遠く霞む王都の尖塔に至るまで、見る者の魂を揺さぶるような圧倒的な筆致で描かれている。


玉座の上の王太后陛下も、身を乗り出して目を細められた。


「ほほう……これは見事な白百合じゃ。朝の清冽な空気まで匂い立つような筆遣いではないか。エマ嬢とやら、そなた、まだ若いのにこれほどの大作を一人で描き上げたのかえ?」


「は、はいっ、王太后陛下! 構想から下塗り、最後のひと筆に至るまで、すべてわたくし一人で描き上げましたわ!」


エマは胸を張り、最前列に立つセシルに向かって『見たかしら』と言わんばかりの嘲笑を投げかけた。父と継母も「すべて私どもの教育の賜物にございます」と鼻高々に頭を下げている。


すると、玉座の脇に控えていた芸術監督のジュリアンが、優雅な足取りで壇上へと上がった。


「誠に素晴らしい作品です、王太后陛下。ところで、作者であるエマ嬢に、芸術監督として少しばかりお尋ねしたいのですが」


ジュリアンは穏やかな微笑みを浮かべたまま、エマの方へと向き直った。


「エマ嬢。この深みのある夜明けの空の群青色は、通常の油絵の具ではまず出せない発色ですが、どのような鉱物顔料を、どの媒剤とどの比率で混ぜて調合されたのですかな?」


「え……? が、顔料の調合比率、ですか?」


エマは言葉を詰まらせ、化粧の濃い顔をわずかに引きつらせた。


「そ、それは……ええと、青い粉をたくさん入れて、油でぐるぐると混ぜましたわ! わたくし、感性で描くタイプですので、細かい数字なんていちいち覚えておりませんの!」


会場の絵画に詳しい貴族たちの間から、「青い粉を油でぐるぐる……?」「テンペラ混合技法の絵なのに、そんな曖昧な調合で描けるはずがないぞ」と不審がるざわめきが漏れ始めた。


ジュリアンは涼しい顔で頷くと、さらに言葉を継いだ。


「なるほど、感性ですか。では、この画面が最も美しく輝くよう、王宮大広間の天窓の遮光幕をすべて開け放ち、さらに頭上の大シャンデリアをイーゼルのすぐ上まで降ろして、最大限の光と熱を当ててみましょう。係の者、頼む」


「はっ!」


係官たちが壁のハンドルを回すと、天井の高いガラス天窓を覆っていた分厚いカーテンが左右へ開き、初夏の強烈な直射日光が壇上のキャンバスへと真っ直ぐに降り注いだ。同時に、数百本の蝋燭が灯された巨大なシャンデリアが滑車で低く降ろされ、むせ返るような熱気と眩い光が『暁の白百合』を包み込んだ。


「な、ちょっと、そんなに強い光と熱を当てたら……」


エマが思わず一歩後ずさった、まさにその時だった。


太陽の強い紫外線とシャンデリアの熱を受けたキャンバスの表面で、セシルが昨日塗り重ねた『感熱消色ワニス』と『感光発色顔料』が、劇的な化学反応を引き起こし始めた。


「あ……あれを見ろ! 右下の署名が……!」


最前列にいた老侯爵が、杖でキャンバスの右下を指差して叫んだ。


「えっ!?」


エマが慌てて振り返ると、キャンバスの右下に黒い絵の具で大きく書かれていたはずの『Emma de Montfort』という文字が、熱によって氷が溶けるようにじわじわと透明化して消え去り、その下の保護層から、繊細な金泥で書き込まれていた本来の署名――『Cécile de Montfort(セシル・ド・モンフォール)』という文字が、くっきりと浮かび上がったのだ。


「う、嘘……!? 私の名前が消えて、お姉様の名前が出てきた!? な、なによこれえええっ!」


エマが悲鳴を上げてキャンバスの右下を素手で擦ろうとするが、すでに硬化した下層の金泥文字はびくともしない。


しかし、奇跡はそれだけでは終わらなかった。


「――おおっ! 白百合の奥を見よ! 絵の中から、別の絵が浮かび上がってくるぞ!」


会場中から、どよめきを通り越した歓声が上がった。


強い光と熱をたっぷりと吸い込んだ画面中央の白百合の群生――その白い花弁の奥の層から、淡い黄金色の光沢を放つ『もう一つの風景』が透かし絵のように鮮やかに浮かび上がってきたのだ。


それは、白百合の花園の真ん中に佇む、繊細な鉄枠とガラスで造られた美しい円形の古い温室と、その扉の前で寄り添う二輪の白百合の姿だった。


それを見た瞬間、玉座に座っていた王太后陛下が、目を見開いてすっくと立ち上がられた。


「あれは……四十年前に火事で焼失した、離宮の『白百合の硝子温室』ではないか……! 先王陛下がわらわに求婚してくださった、あの懐かしき温室が、寸分の狂いもなく描かれておる……!」


王太后陛下は深い感動に声を震わせておられた。


「信じられぬ……。あの温室の設計図は、王立図書館の特別書庫の奥深くに眠っておるはず。それを調べ上げ、しかもかつて宮廷の大絵師であった故エレノア・モンフォール前夫人が得意とした『感熱二重テンペラ』の秘技で白百合の奥に封じ込めるとは……!」


王太后陛下は壇上のエマをきっと見据え、厳かな声で問われた。


「エマ嬢とやら。そなた、今の現象をどう説明するのじゃ? なぜそなたの署名が消えて姉のセシルの名が現れ、そして母違いのそなたが、亡き前夫人の一子相伝の秘技を使うことができたのじゃ?」


「あ、あ、あれは……っ!」


エマは顔面蒼白になり、額から滝のような冷や汗を流してしどろもどろになった。彼女は下地にそんな温室の透かし絵が仕込まれていたことすら、今の今まで全く知らなかったのだ。


そこへジュリアンが一歩進み出て、会場のセシルへと恭しく手を差し伸べた。


「王太后陛下。その問いにお答えできる真の作者が、あちらにおります。……さあ、セシル嬢。壇上へ」


会場中の視線が集まる中、暁の群青のドレスを纏ったセシルは、静かに、しかし誇り高い足取りで壇上へと上がり、王太后陛下の御前で優雅に一礼した。


「お初にお目にかかります、王太后陛下。モンフォール子爵家が長女、セシル・ド・モンフォールにございます」


セシルは澄み渡る声で、絵画の仕組みを説明した。


「この『暁の白百合』は、わたくしが亡き母エレノアから受け継いだ感熱顔料と卵黄テンペラを用い、三ヶ月をかけて描き上げた作品にございます。陛下がかつて先王陛下と白百合の温室で過ごされたお話を母の日記で拝読し、強い光と熱を浴びたときにだけ思い出の温室が浮かび上がるよう、二重の層で設計いたしました」


「なんと……! 母の日記からわらわの思い出を知り、この日のためにそこまでの工夫を凝らしてくれたのか!」


王太后陛下は感激に目元を押さえられた後、ふと眉をひそめてキャンバスの右下を見遣られた。


「だがセシル嬢、一つだけ解せぬことがある。これほどの秘技を駆使して描かれたそなたの絵に、なぜ先ほどまで妹であるエマの署名が書かれておったのじゃ? エマは先ほど、構想から最後のひと筆まで自分一人で描いたと豪語しておったが」


大広間中の貴族たちの視線が、一斉にセシルと、壇上でガタガタと震えているエマへと集まった。王太后陛下の問いに、セシルは一歩も退くことなく、まっすぐに前を見据えて答えた。


「昨日、絵が完成した直後に、父と継母、そして妹のエマがわたくしのアトリエへ押し入り、『地味な長女のお前より、エマが描いたことにした方が家の評判になる。従わなければ亡き母の遺した画材とスケッチブックをすべて焼き捨てる』と脅迫し、わたくしの署名の上から強引にエマの名を上書きさせたのでございます。……わたくしは母の形見を守るため、仕上げの保護ニスと偽って『感熱消色ワニス』をエマの署名の上に塗り、本日の除幕式の光によって真実が明かされるよういたしました」


大広間が蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。「なんという浅ましい家族だ!」「姉の心血を注いだ大作を脅し取って、自分の手柄にするなど前代未聞の恥知らずだぞ!」と、貴族たちから非難の声が嵐のように降り注ぐ。


すると、追い詰められたエマがヒステリックな金切り声を上げた。


「う、嘘よ! 全部お姉様の作り話よ! お姉様は私の才能に嫉妬して、絵に卑怯な細工をしたんだわ! そもそも、お姉様は手癖の悪い泥棒なのよ! 信じられないなら、お姉様の画材箱を開けてみて! お姉様が昨夜、王宮の展示室から盗み出した銀の燭台が入っているわ!」


「ほう、銀の燭台が、ですか?」


ジュリアンは冷ややかな笑みを浮かべた。


「セシル嬢の画材箱でしたら、昨夜のうちに中を改めました。燭台など入っておりませんでしたよ」


「そんなはずないわ! 昨夜、私が確かに箱の底へ……!」


口を滑らせたエマの前で、ジュリアンは懐から銀の燭台と白レースのハンカチを取り出し、会場の全員に見えるように広げた。


「おかしいですね、エマ嬢。この燭台を包んでいたハンカチには、金糸で『E・M(エマ・ド・モンフォール)』の刺繍が入っていますが。……さらに、ここに王宮警備隊の宿直監査の公式記録があります」


ジュリアンが合図すると、宿直記録官のロベルトが進み出て、帳簿を朗々と読み上げた。


「ご報告いたします! 昨夜二十二時十五分、エマ・ド・モンフォール嬢およびその侍女が展示室へ無断侵入し、回廊の銀の燭台を自ら画材箱へ押し込みながら『これで明日、姉を窃盗犯として牢屋送りにしてやる』と相談している現場を、芸術監督であられるジュリアン公爵閣下ならびに私ロベルトが現認し、記録しております!」


「なっ……!?」


エマは完全に血の気を失い、その場に立ち尽くした。


さらにジュリアンは、テーブルの上から五冊の分厚いスケッチブックと調合記録の束を取り出して王太后陛下の前へと捧げ持った。


「加えて、こちらがセシル嬢が三ヶ月間にわたって描き溜めた数百枚の構想スケッチと顔料調合記録、および王立図書館での温室設計図の閲覧署名です」


動かぬ物証の数々を突きつけられ、エマは「あ……あ……」と口を開閉させたまま、ドレスの裾を踏んで壇上にへたり込んだ。


父のモンフォール子爵と継母のマルグリットも、ガタガタと震えながら大理石の床に額をこすりつけた。


「お、お許しください、王太后陛下! わ、私どもはただ、家の名誉を思いまして……!」


「黙りなさい!」


王太后陛下の凛とした一喝が、大広間の空気を震わせた。


「亡き前夫人の血と技を受け継いだ実の娘を屋根裏に押し込め、その魂の結晶である記念画を脅し取って偽りの名を記し、あまつさえ王宮の備品を使って窃盗の濡れ衣まで着せようとは! それは家の名誉などではなく、王室と芸術に対する許しがたい冒涜であり、悪質な詐欺罪である!」


王太后陛下は怒りに満ちた眼差しで三人を見下ろし、厳然と宣告された。


「モンフォール子爵には、王室への詐欺および虚偽献上の罪により、準男爵への降格と領地の半分没収、ならびに高額の贖罪金を命ずる! また、エマと後妻マルグリットの二人は、今後一切、王都の社交界への立ち入りを永久に禁ずる! 衛兵、この恥知らずな三人を直ちに会場から引きずり出し、屋敷へ謹慎させよ!」


「ひいいっ! いやよ、私が社交界から追放だなんて、嘘よおおおっ! お姉様、助けて、謝るから王太后陛下に取り成してよおおっ!」


衛兵たちに両脇を抱えられたエマが、泣き叫びながらセシルに向かって手を伸ばす。


セシルはそんなエマと両親を、澄み切った瞳で静かに見下ろした。


「お断りいたしますわ、エマ。お父様、義母様。私はもう、あなた方の都合のいいように我慢するだけの娘ではございません。自らの手で蒔いた種は、どうぞご自身でお刈り取りくださいませ」


凛としたセシルの拒絶の言葉とともに、泣き喚くエマと蒼白な両親は大広間の外へと引きずり出されていった。


重苦しい扉が閉まると、王太后陛下がにっこりと微笑んで拍手を始められ、それに続いて会場中の貴族たちから、割れんばかりの称賛の拍手がセシルへと降り注いだ。


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