第5話_王室筆頭画師の称号と群青の求婚
鳴り止まない拍手の中、王太后陛下は壇上のセシルを手招きし、その手を取って温かく微笑まれた。
「セシル嬢。そなたが描いた『暁の白百合』と、あの中に秘められた硝子温室の透かし絵、わらわの生涯で最高の贈り物となったぞ。母であるエレノアの技を受け継ぎ、さらにはそれを超える見事な画才を持つそなたを、あのような家に縛り付けておくわけにはいかぬ」
王太后陛下は会場の貴族たちを見渡し、高らかに告げられた。
「本日付をもって、セシル・ド・モンフォールに『王室筆頭画師』の称号と独立した家名を授け、王宮南庭園に面した『白百合の館』をそなた個人のアトリエとして下賜する! これからは誰に遠慮することもなく、その筆で我が国の美を描き続けるがよい!」
「王太后陛下……っ! 身に余る光栄にございます。亡き母の名に恥じぬよう、生涯をかけて精進いたします!」
セシルが感極まって深々と礼をすると、会場は再び大きな祝福の拍手と歓声に包まれた。そのすぐ隣で、ジュリアンが誰よりも誇らしげな笑顔で拍手を送ってくれているのが見えた。
祝賀会が盛況のうちに幕を閉じた午後のひととき、セシルは早速、王太后陛下から下賜された南庭園の『白百合の館』へと案内されていた。
高い天井と大きなガラス窓を備えた二階のアトリエは、陽光がたっぷりと差し込み、窓の外には本物の白百合と薔薇が咲き誇る美しい庭園が広がっている。壁際の棚には、最高級のキャンバスや世界中の希少な鉱物顔料、真新しい絵筆がすでに何十本も整然と並べられていた。
「わあ……なんて素敵なアトリエなのでしょう。光がこんなに明るくて、画材まで全部揃っているなんて……」
セシルが窓辺に歩み寄って歓声を上げると、後ろから扉を開けて入ってきたジュリアンが、悪戯っぽく目を細めて笑った。
「気に入ってもらえたかい、新任の王室筆頭画師殿。実は、王太后陛下がこの館を下賜なさることを見越して、俺の私財で最高級の画材を一通り運び込ませておいたんだ。それから、モンフォール子爵家の屋敷にあった君のお母上の遺品や画材、スケッチブックもすべて、先ほど王宮の近衛兵を遣わして無傷でこの館へ回収させておいたよ」
「えっ……母の遺品まで、もう運んでくださったのですか!?」
セシルが驚いて目を丸くすると、ジュリアンは頼もしい笑みを浮かべて頷いた。
「当然だろう。逆恨みした彼らが屋敷へ戻って、君の大切な宝物に指一本でも触れられないように先手を打ったのさ。もうあの家に、君を縛るものは何一つ残っていない。今日からは、この光あふれる場所が君の新しい家だ」
「そんな、ドレスに続いてこんなに高価な画材までいただいてしまっては、どうお返しすればよいか……」
母の形見が無事だったことに安堵しつつも恐縮するセシルの前へ、ジュリアンはゆっくりと歩み寄り、その華奢な両肩を優しく抱き留めた。
「お返しなんていらないさ。強いて言うなら……君がこれから先、あの薄暗い屋根裏で我慢していた五年間の分まで、俺の隣で思いきり我儘を言って、幸せに笑ってくれることが一番のお返しだよ」
ジュリアンはセシルの前にすっと片膝をつくと、懐から深い紺色のベルベットのケースを取り出して開いた。
その中に収められていたのは、指輪ではなかった。夜空の星を閉じ込めたように深く輝く、最高純度の天然ラピスラズリ(瑠璃石)の原石と、柄の部分に繊細な白百合の銀細工が施された、一本の美しい特製の絵筆だった。
「これは、東方海の向こうの鉱山で千年に一度しか採れないと言われる『天上の群青』の原石と、俺が王室銀細工師に特別に打たせた白銀の絵筆だ。絵画を愛する君への婚約の証には、ただ飾るだけの指輪よりも、君と一緒に新しい世界を描くためのこれが一番ふさわしいと思ってね」
ジュリアンは箱を置き、セシルの群青色がほんのりと残る右手を両手で包み込んで、熱を帯びた紫水晶の瞳で彼女を見上げた。
「二年前、チャリティー展で君の描いた夕暮れの風車小屋の絵に出会ったあの日から、俺の心はずっと君だけのものだった。君の純粋な眼差しも、逆境に屈しない聡明な強さも、美味しいタルトを食べてほころぶ可愛い笑顔も、すべてが愛おしくてたまらないんだ」
ジュリアンは普段の軽妙な調子とは違う、真っ直ぐで深い情熱を込めて言葉を紡いだ。
「セシル、俺と結婚してくれないか。もう二度と、誰にも君から大切なものを奪わせたりはしない。これからは俺が一生かけて君を守り、君の望むすべての色彩と、世界中の一番甘い幸せを捧げると誓うよ」
ずっと誰かの陰で我慢することしか許されず、自分の名前すら消されかけていた自分を、彼は二年も前から見つけ出し、これほどまでに深く、熱く愛してくれていた。
セシルは胸の奥から温かな涙が溢れ出すのを感じながら、これまでで一番晴れやかな笑顔を咲かせて頷いた。
「はい……! 喜んでお受けいたします、ジュリアン様。私も、私の絵と心を救ってくださったジュリアン様を、心から愛しております」
「セシル……! ありがとう!」
ジュリアンは立ち上がると、少年のように顔を輝かせ、セシルの身体を胸の中へと力強く抱きしめた。
「約束するよ、セシル。俺の公爵邸の最上階にも、ここと同じくらい日当たりのいい君専用のアトリエを作ろう。毎日、君の描く絵を一番近くで見つめ、疲れたら王都で一番甘いお菓子とお茶を俺自身が淹れて甘やかしてあげる」
「ふふ、そんなに甘やかされてしまったら、絵筆が止まってしまいそうですわ。……でも、それなら記念すべき最初の一枚は、私の大好きな共犯者様の肖像画から描かせていただかなくてはなりませんね」
セシルがジュリアンの胸元から顔を上げて微笑むと、ジュリアンは紫水晶の瞳を甘く細め、セシルの顎先にそっと指を添えた。
「それは光栄だな。……じゃあ、モデル代の前払いとして、最高に甘い口づけから始めさせてもらおうか」
開け放たれた窓から初夏の爽やかな風が吹き込み、庭園の白百合の甘い香りがアトリエを満たしていく。
眩しい陽光が降り注ぐ中、ジュリアンはセシルの肩を優しく抱き寄せて甘い口づけを交わし、偽りのない二人の新しい人生が、鮮やかな色彩とともに幕を開けた。
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