表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第二の人生は、のどかな国の聖女。隣の聖騎士団長が、密かに私を愛してくれているようです。  作者: 逆立ちハムスター


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/13

星誕祭

王都中が待ち望んだ「星誕祭せいたんさい」の当日は、雲一つない、見事な冬晴れの朝で幕を開けた。

凛と張り詰めた空気の中、王都のあちこちから祝福の鐘の音が響き渡り、神殿の周囲は、施しと聖女の拝顔を求める何万人もの民の熱気で満ち溢れている。


「エルネスタ様、ご覧ください。フランツ様が魂を削って予算を捻出してくださった、特製の純白マントにございますわ!」


侍女のミレーヌが、恭しく掲げたそれを見て、私は思わず小さく感嘆の息を漏らした。

上質なベルベットで仕立てられたマントは、冬の光を浴びて、まるで新雪のように眩しくきらめいている。フードの縁にはふかふかとした最高級の毛皮があしらわれており、羽織ってみると、驚くほど軽くて暖かく、身体が優しいぬくもりに包まれた。


前世のコールセンターにいた頃、12月の最大イベントといえば「クリスマス商戦に伴う入電ピーク」だった。

あの頃の私は、お洒落なコートを着る余裕などなく、ただ動きやすさと防寒性だけを重視した地味なダウンジャケットを羽織り、インカムを頭に装着して、怒涛のクレームや注文の処理に追われていたものだ。

それに比べれば、今こうして、たくさんの人の「聖女様を輝かせたい」という優しい想いが詰まった美しい衣装を身に纏えることが、本当に夢のようにありがたかった。


身支度を終え、大聖堂へと続く回廊へ出ると、サァッと心地よい風と共に、真っ白なハトが1羽、私の元へと舞い降りてきた。いつものように私の金髪の上にちょこんと着陸し、「クルゥ」と嬉しそうに喉を鳴らす。

実用性はこれっぽっちもない【聖女のハト】だけれど、この大舞台の朝でも変わらずに寄り添ってくれる小さな命の温もりが、私の緊張をすうっと解きほぐしてくれた。


「……エルネスタ様。お迎えに上がりました」


低く、けれど私の心を芯から震わせる、愛おしい声。

振り返ると、漆黒の騎士服に身を包み、大剣を帯びた聖騎士長のユリウス様が立っていた。今日の彼は、星誕祭の総責任者としての威厳に満ちあふれており、その佇まいはまさに「神殿の鉄壁」そのものだ。


しかし、私のマント姿を見た瞬間、ユリウス様はハッと息を呑み、琥珀色の瞳を大きく見開いたまま、完全に硬直してしまった。

彼の頭上に、パッと鮮やかな【真実の心眼】の文字が浮かび上がる。


『美しすぎる……。我が聖女様が、まるで冬の女神そのもののようだ。純白の毛皮に包まれたあの愛らしいお顔を、今すぐ誰の目にも触れない聖堂の奥深くに隠し、自分だけのものにしてしまいたい。これからあの笑顔が何万人もの民に披露されると思うだけで、嫉妬で胸が引き裂かれそうだ。というか、あのマントになりたい。あのふかふかの毛皮になって、一日中彼女の首元に寄り添い、その体温を直に感じていたい……っ!』


(ふふ、まあ……! ユリウス様ったら、お祭り当日の朝から、またそんな物凄くとんでもない独占欲を大爆発させておられるのね)


相変わらずの過保護っぷりと、マントや毛皮になりたいという斜め上の妄想に、私はショールの端で口元を隠しながらクスリと笑った。けれど、私をそれほどまでに想ってくれる彼の不器用な一途さが、私の胸をこれ以上ないほど甘く満たしてくれる。


「おはようございます、ユリウス様。フランツ様の作ってくださったマント、とても暖かいの。……ねえ、私、おかしくありませんかしら?」


私が少し上目遣いで尋ねると、ユリウス様はみるみるうちに耳の裏まで真っ赤に染め上げ、狼狽したように視線を彷徨わせた。


「お、おかしいなどと滅相もない……っ! 完璧でございます、エルネスタ様。あまりの神聖さに、私のような無骨な騎士は、直視することすら大不敬に思えるほどで……。はっ、本日この命に代えても、有象無象の有象無象から貴女様をお護りいたします!」


「ふふ、ありがとう。心強いわ、ユリウス様」


彼の健気な誓いに微笑みながら、私たちは、星誕祭の最初の公務である、中央広場での「施しの儀式」へと向かった。


────


大聖堂の前に広がる中央広場は、凄まじい群衆で埋め尽くされていた。

開幕を告げるファンファーレと共に、ルチア様が率いる孤児院の子供たちの聖歌隊が、大聖堂のバルコニーに並んだ。

私の教え通り、子供たちは大観衆を恐れることなく、ルチア様が作った水色の髪飾りをお守りにして、客席の隅にいる「たった一人の寂しい誰か」に届けるように、澄み切った美しい歌声を響かせた。その素晴らしいハーモニーに、広場を埋め尽くす民からは割れんばかりの拍手と歓声が湧き起こり、星誕祭は最高の滑り出しを見せた。


続いて、総料理長のマルクさんが腕を振るった、カブとハボチャ、そして生姜を隠し味に利かせた「大地の白いスープ」の配布が始まった。一口すするごとに、寒さで強張っていた民たちの顔が、みるみるうちに幸せそうな笑顔へと変わっていく。フランツ様が考案した、魔導蝋燭を民に分かち合う【分光の儀】も大好評で、広場はのどかな幸福感に包まれていた。


しかし、イベントの規模が大きくなればなるほど、予期せぬ「トラブル」は発生するものだ。

スープの配布が始まって一時間ほど経った頃、広場の西側にある受付ブースのあたりから、何やら激しい怒鳴り声と、民たちの不穏などよめきが聞こえてきた。


「おい! いつまで待たせるんだ! 俺を誰だと思っている、この神殿の有力な寄進者である伯爵家の使者だぞ!? さっさとスープと蝋燭を寄こせ!」


「申し訳ありません、お並びいただいている順番通りにご案内しておりまして……っ」


見ると、身なりの良い上等な毛皮を着た傲慢そうな男が、案内役の若い見習い神官の胸ぐらをつかまんばかりの勢いで怒鳴り散らしていた。長蛇の列の後ろの方でも、寒さの中での長時間の待ち時間に、血気の盛んな冒険者たちが「早くしろ!」「いつまで待たせるんだ!」と不満の声を上げ始め、現場は今にもパニックになりそうな一触即発の空気が漂っていた。


(なるほど……。これはコールセンターで言うところの『待ち行列キューの滞留による、二次クレームの連鎖エスカレーションバースト』ね)


前世の繁忙期、システムトラブルや注文殺到で電話が繋がりにくくなった際、長時間の保留に怒り狂ったお客様が、最前線の新人オペレーターに怒声を浴びせる光景を何度も見てきた。

現場のスタッフが怯えてキャパシティをオーバーすれば、処理速度はさらに落ち、クレームはネズミ講式に膨れ上がる。

こういう時、一番やってはいけないのは、力ずくでクレーマーを排除したり、ただ平謝りすることだ。


私を護るために、ユリウス様が即座に腰の剣の柄に手をかけ、鋭い殺気を放とうとした。


「エルネスタ様、不届き者が暴れているようです。私が力ずくで排除してまいります」


「待ってください、ユリウス様。剣を抜いては、周囲の民たちに恐怖を与えてしまいますわ。ここは……私に任せてくださるかしら」


私は優しく彼を制すると、前世のSVとして何百件もの炎上案件を鎮火させてきた「絶対的な冷静さ」を胸に、ゆっくりと怒鳴り声の上がる受付へと歩み進んだ。


私は【オーラ視】の能力を意識した。怒っている男の周囲には、炎のような「激しい赤色」のオーラが渦巻いているが、その奥底には、実は寒さと疲労による「濁った黄色(不安と体調不良)」が混ざり合っているのが見えた。

さらに【真実の心眼】を発動させると、彼の頭上に文字が浮かび上がる。


『主人の伯爵から「必ず聖女の祝福の蝋燭を持ち帰れ、手ぶらで戻ったらクビだ」と理不尽に脅されており、朝早くから極寒の中で何時間も並んでいるが、足腰の持病の神経痛が激しく痛み出し、焦りと苦痛でどうにかなりそうだった』


(まあ……。貴方も、理不尽なトップダウン(業務命令)と体調不良の板挟みになって、余裕を失っておられたのね)


理由が分かれば、対応は極めてシンプルだ。クレーム対応の三原則――「心情の理解」「事実の確認」「代替案の提示カスタマーディライト」。


私は、天井の高窓から差し込む冬の光を【スポットライト】の能力でほんの少しだけ集め、自分の身体を柔らかな祝福の光で包み込んだ。そして、怒り狂う男の前に、そっと歩み出た。


「そこまでになさい、優しき迷い人よ」


鈴を転がすような、けれど広場全体に心地よく通る、前世の「極上の傾聴トーン」の声。

その場にいた全員の視線が、光を纏って現れた私へと集まった。胸ぐらを掴まれていた見習い神官が「あ……聖女様……!」と涙目で私を見上げる。


怒っていた男も、私の純白のマント姿と、その圧倒的な聖女のオーラに気圧され、毒気を抜かれたように呆然と手を離した。


「せ、聖女様……? いや、しかし私は、伯爵家の使者として……!」


「ええ、よく分かっておりますわ。貴方が、大切なお主様のために、この極寒の朝早くから、誰よりも熱心に神殿へ足を運んでくださったこと。その一一途な忠義の心を、神様はすべて見ておいでです」


私は優しく首を振り、男の前に一歩近づいた。


「長時間の立ち仕事で、お足元が酷く痛まれるのでしょう? それほどまでの苦痛に耐えながら、お主様のために任務を全うしようとされる貴方は、とても誠実で、立派な方ですわ」


「な……っ!?」


男は、誰にも言っていないはずの「足腰の持病の痛み」、そして自分が伯爵からのプレッシャーに怯えていたという内情を完璧に見抜かれ、完全に言葉を失った。その瞳から、先ほどまでの刺々しい怒りが消え去り、驚きと動揺が広がっていく。


「皆様、お待たせしてしまい、本当に申し訳ありません」


私は振り返り、行列に並んでイライラしていた周囲の民や冒険者たちに向けて、深く、優しく一礼した。


「マルク料理長が、皆様の身体を芯から温めるスープを、最高の状態でお渡ししたくて、今、厨房で一生懸命に大地の恵みを注いでおりますの。お待ちいただくそのお時間は、皆様が今日という特別な日に、神様と、そして隣にいる大切な方と心を重ね合わせるための、尊いお時間(待ち時間=価値ある時間)なのですわ。どうか、ルチア様たちの美しい聖歌に耳を傾けながら、もうほんの少しだけ、温かいお心でお待ちいただけますかしら」


私の、前世のコールセンターでの「アナウンス(待ち時間の心理的軽減)」のノウハウを詰め込んだ聖女の言葉。

それが、冷たい冬の空気の中に、まるでお日様のひだまりのような安心感を広げていった。

行列のあちこちから、「聖女様がそう仰るなら……」「確かに、あのスープは美味そうだもんな」と、穏やかな声が上がり始め、広場を包んでいたトゲトゲした空気オーラが一瞬にして消え去り、のどかな桃色へと変化していった。


「さあ、貴方にも、大地の神の安息を授けましょう」


私は微笑みながら、目の前で呆然と立ち尽くす伯爵家の使者の男に向けて、そっと手をかざした。

心の中で、【どこでも快眠】の加護を「痛みの緩和とリラクゼーション」へと優しく応用する。


「貴方のその、お主様を想う尊い忠義に、神の癒やしを授けます。今夜は、すべての重圧から解放され、温かい暖炉の前で眠るかのように、心も身体も深く、心地よくお眠りなさい。明日には、そのお身体の痛みも嘘のように消え去り、素晴らしい健やかさが貴方に満ち溢れているはずですわ」


私の手から、淡い藤色の、非常に落ち着いた優しい魔力が男へと流れ込んでいく。

その瞬間、男のガチガチに強張っていた肩の力がすうっと抜け、その瞳が心地よさそうに潤んだ。

「ああ……腰の痛みが、消えていく……。なんだか、ものすごく胸が温かい……」と呟きながら、男はその場にぽろぽろと涙を流して膝をつき、私に向けて何度も深く頭を下げた。


「聖女エルネスタ様……! 私は、己の焦りから、なんという見苦しい真似を……っ。貴女様は、まさに本物の聖女様だ。この御恩、生涯忘れません……!」


クレーマーだった男は、すっかり心も身体も癒やされ、周囲の民たちに自ら「さあ、みんな順番に並ぼう! 聖女様が待っていてくださるんだ!」と声をかけ、完璧な行列の交通整理役へと早変わりしてしまった。


最前線の見習い神官も、涙を拭って「聖女様、ありがとうございました!」と満面の笑顔で業務に戻り、受付ブースの処理効率(ACD)は劇的に向上していったのだった。


──


夕暮れ時。すべての公務が無事に終了し、大聖堂の奥にある私室のバルコニーで、私はハーブティーを飲みながら、充実した長い一日の余韻に浸っていた。

前世のコールセンターのどんな繁忙期よりも、ずっと、ずっと心が温かく、やり遂げた充実感で満たされている。


「……エルネスタ様」


後ろから、少しだけ低めの、どこか熱いニュアンスを含んだユリウス様の声が聞こえた。

振り返ると、彼はその琥珀色の瞳に、言葉にできないほどの深い、深い畏敬と恋慕の光を宿して私を見つめていた。


「見事、という言葉すら生温かいほどの、完璧な導きでした。あの混乱した現場を、剣を抜くことなく、ただ言葉と慈愛だけで一瞬にして鎮め、それどころか、あの不届き者をも改心させて味方につけてしまわれるとは……。エルネスタ様、貴女様はやはり、この国を照らす唯一無二の光でございます」


ユリウス様は、胸に手を当てて深く私に一礼した。その仕草のすべてに、私への深い、深い情愛が込められているのが分かった。

彼の頭上の【真実の心眼】には、新たな文字が浮かんでいる。


『あまりにも完璧で、格好良すぎる我が聖女様。あのトラブルを前にしても一切動じることなく、すべての人々を笑顔に変えていくそのお姿に、改めて魂の底から惚れ直してしまった。……しかし、あのクレーマーの男の「心の痛み」まで完璧に見抜いて優しく触れ合われるなんて、上官として、一人の男として、やはり猛烈にヤキモチを焼いてしまう。自分だって、毎日エルネスタ様のために命を懸けているのに……! 今夜こそは、あの素晴らしい【どこでも快眠】の加護を、自分だけのために全力で、朝まで何度も授けてもらいたい。彼女の両手のぬくもりを独占したい……っ!』


(ふふ、まあ……! ユリウス様ったら、トラブルを解決したことに感動してくださりながら、やっぱり最後はそこ(ヤキモチと独占欲)に行き着くのね)


いつも私を完璧に護ってくれる彼が、私の前でだけ見せる、この子供のような愛らしいワガママ。それがたまらなく愛おしくて、私の胸の奥は、まるでお日様の光を浴びたようにぽかぽかと温かくなった。


私は椅子から立ち上がり、彼の目の前へと一歩進み出た。

そして、彼の大きな右手を、私の両手でそっと、優しく包み込んだ。

冬の冷気で少し冷えていた私の指先が、彼の鍛え上げられた、熱い手のひらによって、心地よく温められていく。


「ユリウス様。今日は、貴方が一番近くで私のために、完璧な警備を敷いて守ってくださったからこそ、私は安心して皆さんの前に立つことができたのですわ。だから……」


私は彼の琥珀色の瞳を真っ直ぐに見つめ、心からの、一番甘くて優しい微笑みを浮かべた。


「今日一番頑張ってくれた、私だけの最高の聖騎士長様。今夜は……貴方が眠りにつくまで、私がずうっと、お側でそのお手を温めて差し上げますわね。だから、そんなに寂しそうな顔をしないでくださいな」


私の言葉に、ユリウス様は一瞬、本当に息が止まったかのように動きを止めた。

そして、今度は顔だけでなく、首筋から漆黒の騎士服の襟元に至るまで、完全に真っ赤に染め上げて立ち尽くした。


「あ……、はっ……! 命に代えても、貴女様のお側で……この至上の幸福を、誰にも譲りません……っ!」


壊れやすい宝物を授かったかのように、私の手をそっと、けれど決して離さないという強い意志を込めて握り返してくれる彼の温もりに、私の心ものどかな幸せで満たされていく。


窓の外に目をやると、私の【オーラ視】が映し出す大気の色は、冬の冷たい空気の中に、穏やかな、透き通った淡い桃色と金色が、優しく、けれどこれ以上ないほど温かく混ざり合っていた。

最高にのどかで、最高に特別な、星誕祭の夜。


どんな冬の寒さも、これから訪れる新しい季節も、きっと世界で一番最高の笑顔で迎えることができる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ