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第二の人生は、のどかな国の聖女。隣の聖騎士団長が、密かに私を愛してくれているようです。  作者: 逆立ちハムスター


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8/12

星誕祭の歌姫たちと、騎士団長の隠しきれない独占欲

星誕祭を数日後に控え、神殿全体がまるでお祭りの前夜祭のような、独特のそわそわとした活気に包まれていた。

廊下を行き交う神官たちの足取りは心なしか速く、中庭からは、出店の設営を進める職人たちの小気味よい木槌の音が響いてくる。冬の鋭い空気の中にも、人々の高揚感が熱となって混ざり合い、どこかおのずと心が躍るような雰囲気が漂っていた。


「エルネスタ様、最高財務官のフランツ様から、例の特製マントの仮縫いがあと少しで仕上がるとの伝言が届いておりますわ。本当に熱の入れようが凄まじくて、裏地の手触り一つにも妥協しないのだと息巻いておられたそうです」


侍女のミレーヌが、ふふっと楽しげに笑いながら、朝の着替えを手伝ってくれる。

私は「それは楽しみね」と微笑みながら、心の中でフランツ様の頑張りに深い感謝を捧げていた。前世のコールセンターでも、無茶に見える予算やシフトのパズルを完璧に解いた後の管理者というのは、妙にテンションが上がって細部にまでこだわり始めるものだった。フランツ様も今、まさにその「職人ハイ」の状態にあるのだろう。


身支度を終え、冬の柔らかな光が差し込む回廊へと出る。

胸の前でそっと手を合わせ、星誕祭がどうか無事に、皆の笑顔と共に迎えられますようにと祈りを捧げる。

すると、待ってましたと言わんばかりに、パタパタと白い羽音が響き、いつものハトが私の頭の上へとちょこんと舞い降りてきた。「クルゥ」と愛らしく鳴きながら、私の金髪をつつくその重みを感じるだけで、私の心はのどかな温かさに満たされる。


「……エルネスタ様。おはようございます。今朝も一段と、その……神聖な美しさが際立っておられますな」


振り返ると、漆黒の騎士服に身を包んだ聖騎士長のユリウス様が、大きな身体を少し固くして立っていた。彼の銀髪は冬の朝日にきらめき、琥珀色の瞳は真っ直ぐに私を見つめている。……が、その視線は私の頭の上のハトと、私の顔の間を何度もせわしなく往復していた。


彼が私の目の前に跪いた瞬間、私の【真実の心眼】がパッと発動し、彼の頭上に淡い光の文字を紡ぎ出す。


『あのハトが羨ましすぎる。毎朝、エルネスタ様のあの美しい金髪に直に触れ、あのように間近で慈愛に満ちた眼差しを独占しているなど、ただの鳥ごときに許されて良いはずがない。自分も、星誕祭の新調マントの代わりに、彼女の肩を丸ごと包み込んで極寒の風からお護りする毛皮になりたい』


(ふふ、まあ……! ハトに嫉妬するだけでなく、今度はマントや毛皮になりたいだなんて。ユリウス様ったら、本当に妄想の方向性が斜め上だわ)


いつも「神殿の鉄壁」と称される彼が、内心ではそんな可愛いワガママと独占欲を大爆発させている。そのギャップがたまらなく愛おしくて、私はクスリと笑ってしまった。


「おはようございます、ユリウス様。今朝も素敵な褒め言葉をありがとう。星誕祭の警備計画の調整でお忙しいのでしょう? あまり無理をなさらないでくださいね」


「はっ……! エルネスタ様のお言葉があれば、寝る間も惜しんで鉄壁の布陣を敷いてみせます。さあ、本日も『神託の儀』を始めましょう。悩める民たちが待っております」


ユリウス様は、耳の後ろを真っ赤にしながらも、凛とした態度で私を謁見の間へとエスコートしてくれた。


──


謁見の間の白い椅子に腰掛け、呼吸を整える。

前世のカスタマーセンター勤務時代、冬の繁忙期に最もケアが必要だったのは、「新人のオペレーターたち」だった。

ベテランがどれだけ完璧な計画を立てても、現場の最前線で直接お客様と対話する新人たちがプレッシャーで潰れてしまっては、センターは機能しない。それは、この神殿の星誕祭でも同じことのようだった。


ユリウス様が静かに合図を送り、本日最初のご相談者が案内されてきた。

重厚な扉をくぐって現れたのは、神殿の聖歌隊を率いる若き女性神官、ルチア様だった。

彼女は普段、透き通るような美しいソプラノの声を響かせ、神官たちの憧れの的でもある清楚な女性だ。しかし、今日の彼女は、いつも綺麗に整えられている神官服の裾が少し乱れており、その美しい瞳は涙で潤んでいた。


ルチア様は私の前に来ると、崩れ落ちるようにして床に膝をついた。


「高貴なる聖女エルネスタ様……! 愚かな私の不手際により、星誕祭の最も重要な『開幕の聖歌』が、危機に瀕しております……。どうか、どうか神の叡智を私にお授けください……!」


「顔を上げてください、ルチア様。貴女が毎日、子供たちを温かく指導してくださっていることはよく知っていますわ。一体、何があったのか詳しくお話しくださいな」


私は、前世でパニックになった新人スタッフのトスアップ(エスカレーション)を受ける時のように、極めて冷静で、かつ絶対的な安心感を与えるトーンで語りかけた。

ルチア様は、溢れそうになる涙を必死に堪えながら、悲痛な声を絞り出した。


「はっ……。星誕祭の開幕を飾る聖歌は、近隣の孤児院から集まった十人ほどの小さな子供たちが担当することになっております。皆、一生懸命に練習を重ね、素晴らしい歌声を響かせてくれていたのですが……。ここ数日、本番の舞台となる大聖堂でのリハーサルが始まってから、状況が一変してしまったのです」


ルチア様はギュッと胸元の聖印を握り締めた。


「大聖堂のあまりの広さと、厳格な上級神官たちの鋭い視線に気圧され、子供たちが恐怖で完全に萎縮してしまいました……。昨日の練習では、緊張のあまり声が出なくなったり、途中で泣き出して逃げ出してしまう子が続出し、歌のハーモニーが完全に崩壊してしまったのです。さらに、それを見た保守派の老神官たちから『このような不完全な歌声では女神への冒涜だ。今からでも大人の聖歌隊に差し替えろ』と激しく責め立てられ……。子供たちも『自分たちのせいで星誕祭が台無しになる』と、怯えて部屋に閉じこもってしまいました。私は、彼女たちの輝く笑顔を守ってあげたいのに、どうすればいいのか分からず、ここ数日一睡もできていないのです……!」


(なるほど……。これは典型的な『ステージライト・フィーバー』、コールセンターで言うところの『デビュー直前の電話恐怖症テレフォンフォビア』ね)


前世の研修でも、座学では完璧だった新人が、いざ本番のインバウンド(着信)のランプが激しく点滅するのを見た瞬間、頭が真っ白になって涙を流してしまう光景を何度も見てきた。

そういう時、「もっと練習しなさい」と追い詰めるのは最悪の手だ。必要なのは技術の向上ではなく、心の安全基地を確保し、「誰のためにその声を届けるのか」という目的意識をシンプルにしてあげること。


私はルチア様をじっと見つめた。私の【真実の心眼】が、彼女の頭上に鮮やかな光の文字を紡ぎ出す。


『本当は、老神官たちの批判なんてどうでもいい。ただ、あの貧しい環境でも一生懸命に歌うことで「聖女エルネスタ様に喜んでもらいたい、大好きなお姉様に褒めてもらいたい」と目を輝かせていた子供たちの純粋な心を、大人の都合で傷つけたくない。自分自身も、夜通し子供たちのために、お守り代わりの小さな「水色の髪飾り」を端切れで人数分作っていたが、それを渡す勇気すら失いかけている』


(まあ……! ルチア様、貴女も子供たちも、なんて優しくて愛らしいお方なの)


子供たちが歌いたかった本当の理由は、神殿の伝統のためではなく、私やルチア様への純粋な親愛の情だったのだ。

その温かい真実を知った瞬間、私の胸の奥はまるでお日様の光を浴びたようにぽかぽかと満たされた。

オペレーターのメンタルケアは、SVである私の得意分野だ。私はそっと立ち上がり、ルチア様の前へと歩み寄った。


そして、かすかに【スポットライト】の能力を発動させる。天井の高窓から差し込む美しい冬の光が、私の白い聖衣を包み込み、謁見の間全体を柔らかな、まるでおとぎ話の世界のような輝きで満たしていく。


「ルチア様。神様は、貴女のその、子供たちを我が子のように想う深い慈愛を、とても愛おしく思っておいでですわ」


私が静かに目を開けると、ルチア様は光の中で、驚いたように目を見開いていた。


「エルネスタ様……。ですが、私は指導者として失格でございます。子供たちの恐怖を取り除いてあげることもできず……」


「いいえ、そんなことはありません。子供たちが怖がっているのは、大聖堂の広さではなく、『完璧に歌わなければ、大好きな貴女や私を悲しませてしまう』という、健気な責任感ゆえのものですわ」


私は優しく首を振り、ルチア様の前にしゃがみ込んで、彼女の冷たくなった手を両手でそっと包み込んだ。


「ルチア様、子供たちに伝えてあげてください。星誕祭の聖歌は、偉い神官様たちを感心させるためのテストではありません。ただ、そこに集まるたくさんの寂しい人やお腹を空かせた人たちに、『ここに温かいスープと、優しい光があるよ』と、道案内をしてあげるための優しいおしゃべり(コール)なのだと」


前世のオペレーター研修の言葉を、聖女風にアレンジして語りかける。

「何千人という『群衆』に向かって歌うと思うから怖くなるのです。そうではなく、客席の隅で寒そうにしている、たった一人の小さな誰かに向かって、その『水色の髪飾り』に込めた温もりを届けるように歌えばいいのですわ。その一歩を踏み出す勇気があれば、声は自然と響き合います」


「あ……っ!」


ルチア様は、自分が隠していた「水色の髪飾り」の存在、そして子供たちの本当の心の障壁を完璧に見抜かれ、激しい感動に身体を震わせた。彼女の周囲のオーラは、先ほどまでの濁った灰色から、一瞬にして目の覚めるような「サファイアブルー」へと変化していく。


「聖女様……。私は、大人のメンツばかりを気にして、一番大切な子供たちの心を見失っておりました……。エルネスタ様のお言葉を胸に、もう一度、子供たちと真っ直ぐに向き合ってまいります! 彼女たちの歌声は、必ずや王都の民の心を照らす光となるでしょう!」


「ええ、信じていますわ。ですが、ルチア様。ここ数日、子供たちの心配と髪飾り作りで、全く眠れなかったのでしょう? 先生の瞳が曇っていては、子供たちも安心して歌えませんわね」


私は微笑みながら、心の中で【どこでも快眠】の加護を意識し、彼の手の上でそっと魔力を編み込んだ。


「貴女のその、尊い導き手としてのお心に、神の安息を授けます。今夜は、子供たちの愛らしい寝顔に包まれているかのように、心も身体も深く、心地よくお眠りなさい。明日には、素晴らしい歌の調和が貴方たちに満ち溢れているはずですわ」


私の手から、淡いエメラルドグリーンの、春の風のような優しい魔力がルチア様へと流れ込んでいく。

その瞬間、彼女の身体からすうっと緊張の影が消え去り、その瞳が心地よさそうに潤んだ。「ああ……なんだか、ものすごく胸が軽くて、温かいです……」と呟きながら、彼女はすっかり癒やされた様子で、晴れやかな笑顔で謁見の間を後にした。


───


扉が静かに閉まり、部屋に再び二人の静寂が戻る。

私は椅子に戻ってホッと一息つくと、斜め後ろに立つユリウス様をゆっくりと振り返った。


「……ユリウス様」


「はっ。……エルネスタ様。私はまたしても、貴女様の底知れぬ慈悲深さと、人心を見抜く叡智に、魂を揺さぶられる思いです」


ユリウス様は、胸に手を当てて深く私に一礼した。その琥珀色の瞳には、先ほどまでの感動に加え、何やら凄まじい熱量の『妄想の残滓』が燻っている。

彼の頭上の【真実の心眼】には、新たな文字が浮かんでいた。


『子供たちのためにしゃがみ込み、ルチアの手を優しく包み込んで語りかけるエルネスタ様の姿は、まるで聖母そのものだった。……いや、聖母ということは、もし将来、自分とエルネスタ様との間に、あのように愛らしい子供が生まれたら、彼女は毎日あの優しい笑顔を子供たちに向けるのだろうか。毎朝、子供たちを抱きしめて……。いや、待て、自分は今、聖女様に対してなんという大不敬な妄想を……! しかし、想像しただけで幸福感で胸が破裂しそうだ、神よ私をお許しください……っ!』


(ま、まあ……! ユリウス様ったら、子供たちの話から、どうして私との『将来の子供』の話にまで飛躍しているの!?)


あまりにも突飛で、けれどどこまでも純粋で熱烈な彼の求婚(?)に近い妄想に、今度は私の方が顔から火が出るほど真っ赤になってしまった。心臓がトクトクと激しく鐘を鳴らす。


いつも私を完璧に護ってくれる冷徹な騎士様が、裏ではこれほどまでに私のことで頭をいっぱいにし、未来の家庭まで想像して悶絶している。その愛らしさに、私はもう降伏するしかなかった。


私は椅子から立ち上がり、一歩、また一歩と彼の目の前へと近づいた。

ユリウス様は、私の顔が妙に赤いことに気づいたのか、「エルネスタ様? もしや、お熱でも……」と心配そうに顔を覗き込んでくる。


私はその大きな彼の右手を、私の両手でぎゅっと、少し強めに包み込んだ。

鍛え上げられた彼の肌の熱が、私の手のひらを通して真っ直ぐに伝わってくる。


「ユリウス様……。あの、そんなに遠い未来の心配ばかりしないで、まずは……目の前のお仕事(警備)に集中してくださいね?」


私は彼の琥珀色の瞳を上目遣いで見つめ、恥ずかしさを隠すように、けれど心からの甘い微笑みを浮かべた。


「でも……もし、その、星誕祭が無事に終わって、私に少しだけお休みができたら……その時は、ユリウス様と二人きりで、のどかなお茶会でもしながら、これからの『未来のお話』をたくさん聞かせてくださいな」


私の言葉に、ユリウス様は一瞬、本当に世界が静止したかのように動きを止めた。

そして、今度は顔だけでなく、首筋から漆黒の騎士服の襟元、さらには銀髪の奥の地肌に至るまで、完全に真っ赤に染め上げて立ち尽くした。


「あ……、はっ……! 命に代えても、星誕祭を完璧に成功させ……貴女様との未来を……っ!」


壊れやすい最高の宝物を授かったかのように、私の手を両手でそっと、けれど決して離さないという強い誓いを込めて握り返してくれる彼の温もりに、私の心も甘いのどかさで満たされていく。


窓の外を見遣ると、私の【オーラ視】が映し出す大気の色は、冬の冷たい空気の中に、穏やかな、透き通った淡い桃色と金色が、優しく、けれど力強く混ざり合っていた。

明日は、今日よりもさらに温かい、素晴らしい冬晴れの一日になるわね。


偽りの聖女としての毎日だけど、この過保護で、妄想がちょっと激しいけれど愛しい騎士様と一緒なら、どんなプレッシャーも、これから訪れる星誕祭も、最高の奇跡に変えていける。

私は、自分の手を優しく包み込んでくれる彼の温もりを感じながら、心からの愛おしさを、また募らせるのだった。

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