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第二の人生は、のどかな国の聖女。隣の聖騎士団長が、密かに私を愛してくれているようです。  作者: 逆立ちハムスター


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7/12

冬支度の事務官と、過保護すぎる騎士団長

小春日和が過ぎ去ると、王都にはいよいよ本格的な冬の冷気が舞い降りてきた。

神殿の回廊を渡る風は冷たく尖っており、吐き出す息が白く、まっすぐに冬の空へと消えていく。それでも、神殿のあちこちにある魔導具のヒーターからは、ほんのりと実用的な温もりが漂っており、建物全体が不思議な優しさに包まれていた。


「エルネスタ様、本日は少し厚手の聖衣をご用意いたしました。裏地に上質な羊毛が編み込まれておりますので、冷える謁見の間でも暖かくお過ごしいただけますわ」


侍女のミレーヌが、ふんわりとした白い衣装を私に着せ付けてくれる。

私は「ありがとう、ミレーヌ。とても軽くて暖かいわ」と微笑み、その柔らかな生地に触れた。


前世のコールセンターにいた頃、12月に入ると世間はクリスマスや年末年始の連休で華やぐ一方、私たちのオフィスは「繁忙期」という名の戦場と化していた。

通販の注文、配送遅延の問い合わせ、さらには年末の挨拶を兼ねた複雑な相談まで、入電数は普段の数倍に跳ね上がる。スタッフのシフトは過密を極め、私はスーパーバイザー(SV)として、誰がどの時間帯に休憩に入るか、どのラインを強化すべきか、パズルのような座席表と睨み合いながら、毎日胃を痛めていたものだ。

それに比べれば、今こうして、自分のために丁寧に仕立てられた暖かい衣服を纏い、目の前の公務に集中できる環境は、本当にありがたい。


身支度を整え、いつものように中庭の見える回廊へと歩み出る。

胸の前でそっと両手を合わせ、今日という一日の平穏を祈る。

すると、サァッと冷たい風を引き裂くようにして、真っ白なハトが1羽、私の元へと羽ばたいてきた。ハトは私の金髪の上に器用に着陸すると、まるで「今日も暖かくしてね」と伝えるかのように、優しく「クルゥ、クルゥ」と喉を鳴らした。


この凍えるような冬の朝でも、変わらずに私の祈りに応えてぬくもりを運んでくれるその姿が、私の心を芯からのどかにさせてくれる。


「……エルネスタ様。おはようございます。今朝は一段と冷え込みますね」


凛とした、けれど私の耳にはすっかり優しく響くようになった低音。

振り返ると、漆黒の騎士服の上から、さらに厚手の高官用マントを羽織った聖騎士長のユリウス様が立っていた。彼の美しい銀髪は、冬の澄み切った朝日に照らされて、まるで精巧な氷細工のようにきらめいている。


「おはようございます、ユリウス様。ええ、でもこの聖衣がとても暖かいので大丈夫ですわ。ユリウス様こそ、夜間の巡回などでお身体を冷まされていませんか?」


私が尋ねると、ユリウス様はハッとしたように琥珀色の瞳を揺らし、それから嬉しさを隠しきれないように、胸に手を当てて深く一礼した。


「もったいなきお言葉……。エルネスタ様にそのように案じていただけるだけで、私の身体は、いかなる極寒の地にあろうとも燃え上がるように温かくなります。……それに、昨夜マルクが作ってくれた新作のスープがあまりにも美味にございましたので、五臓六腑に活力が満ち溢れております」


ユリウス様は端正な顔を少しだけ赤らめながら、少年のように微笑んだ。

その瞬間、私の【真実の心眼】が静かに発動し、彼の頭上に淡い光の文字を紡ぎ出す。


『実は、昨夜いただいたスープがあまりにもエルネスタ様の優しさに満ちていたため、一口すするごとに感動で涙が溢れそうになり、それを部下に見られないよう必死に厳しい顔をしてスープを睨みつけながら飲んでいた。そのため、周囲の騎士たちから「団長がスープに対して凄まじい殺気を放っている」と勘違いされ、厨房に緊張が走った』


(ふふ、まあ……! スープを睨みつけながら泣きそうになっておられたなんて、ユリウス様ったら本当に、どこまで愛らしいお方なのかしら)


いつも「鉄の聖騎士」として部下を震え上がらせている彼の、そんな可愛すぎる裏話を知っているのは、世界中で私だけだ。私は笑いを噛み殺しながら、「お口に合って本当に良かったですわ」と優しく微笑んだ。


「さあ、ユリウス様。今日も『神託の儀』を始めましょう。冬の寒さに負けないよう、皆さんの心を温めて差し上げなくてはね」


「はっ。本日も、この命に代えて貴女様をお護りいたします」


私たちは、魔導具のヒーターで十分に温められた謁見の間へと移動した。


────


白い椅子に深く腰掛け、背筋を伸ばす。

前世のカスタマーセンターでの教訓。

『繁忙期こそ、リーダーが慌ててはいけません。全体の状況を俯瞰し、ボトルネックがどこにあるのかを冷静に見極めること。そして、一番負荷がかかっているスタッフの声を聴くことが、組織崩壊を防ぐ唯一の手段です』。

今日の私は、まさにその「負荷がかかっているスタッフ」を目の前にすることになった。


ユリウス様が重厚な扉を開けるよう合図を送り、本日最初のご相談者が入ってきた。

現れたのは、この神殿のすべての「金流」と「事務」を取り仕切る、最高財務官のフランツ大司祭だった。

彼はいつも、銀縁の眼鏡をキリリと光らせ、神殿の予算や物資の管理を狂いもなく冷徹に処理することから、「歩く法」と渾名される堅物だ。


しかし、今日のフランツ様の様子は、その完璧な評判とは程遠いものだった。

いつも隙なく整えられているはずの白髪は少し乱れ、小脇には今にも崩れそうなほど大量の書類の山を抱えている。何より、その銀縁眼鏡の奥の瞳には、尋常ではない深い隈が刻まれており、全身から「限界」の二文字が滲み出ていた。


フランツ様は私の前に来ると、抱えていた書類を一度床に置き、騎士のような派手さはないものの、極めて礼儀正しい神官の礼を取って膝をついた。


「高貴なる聖女エルネスタ様……。不躾ながら、一介の事務屋である私が、このような神聖な場所に悩みを持ち込む無礼をお許しください。ですが……私はもう、この神殿の数字と、各部署からの『横暴な要求』の板挟みに遭い、胃に穴が空く寸前でございます……!」


フランツ様は、普段の冷静さからは想像もつかないほど悲痛な声を絞り出した。

後ろに控えるユリウス様は、神殿の金庫番のその惨状を見て、かすかに気まずそうに視線を泳がせている。


前世のコールセンターでも、部署間の利害対立や、キャパシティを超えた業務量に潰されそうになって、私の元へ泣きついてくるチームリーダーが何人もいた。そういう時、まずは彼らが抱えている「すべての不満」を吐き出させ、頭の中のタスクを整理してあげることが最優先だ。


私は【オーラ視】をほんの少し意識した。フランツ様の周囲には、針のようにトゲトゲした、焦燥感を表す「濃い灰色」のオーラが渦巻いている。


「顔を上げて、深呼吸をしてください、フランツ様。貴方がこの広大な神殿のすべての台所事情を支えてくださっているからこそ、私たちはこうして何不自由なく過ごせているのです。貴方の苦労を、神様はすべて見ておいでですわ。さあ、何が貴方をそこまで追い詰めているのか、私にすべてお話しくださいな」


私の、前世のSV仕込みの「肯定の傾聴トーン」に、フランツ様は救われたような表情で顔を上げた。


「はっ……。実は、今月半ばに執り行われる、冬の最大行事『星誕祭せいたんさい』の準備のことでございます。この祭りは、王都の何万人もの民に施しを行い、聖女様の祝福を授ける重要な儀式。そのため、神官長からは『伝統に基づき、最高級の聖油と、数千本の魔導蝋燭を揃えよ。予算は惜しむな』と厳命されております。これだけでも予算はカツカツなのですが……」


フランツ様は、そこでチラリと、私の後ろのユリウス様を恨めしそうに睨みつけた。


「さらに、こちらのユリウス聖騎士長からは、『星誕祭当日、聖女様を不測の事態から完全に護るため、王都の全巡回ルートに倍の騎士を配置する。さらに、聖女様が移動される際の馬車の周囲を、隙間なく鉄壁の重装騎士で囲む【対梟型たいふくろうがた絶対防御陣形】を敷くため、その特別手当と重装備の維持費、合計数万クーパーを今すぐ捻出しろ』と、毎日毎日、凄まじい威圧感で執務室に押し掛けられるのです……! どちらの要求も正論ですが、神殿の金庫は無限ではありません! 私はここ四日、数字のパズルと、騎士長の圧迫面接のせいで一睡もできていないのです……!」


(対梟型絶対防御陣形……!? ユリウス様、いくら何でも私を護るために、どれだけ物々しい警備を敷くつもりなのかしら……!)


私は驚いて後ろを振り返った。ユリウス様は、完璧なポーカーフェイスを維持しようとしているが、その耳の裏がみるみるうちに真っ赤に染まっていくのが分かった。


私はフランツ様をじっと見つめた。私の【真実の心眼】が、彼の頭上に鮮やかな文字を浮かび上がらせる。


『実は、神官長や騎士長の要求が厳しいのも辛いが、一番の理由は、自分自身も「せっかくの星誕祭なのだから、エルネスタ様が世界で一番美しく輝くような、最高級の純白のベルベットで仕立てた特製マントを新調して差し上げたい。そして、民の前に立つエルネスタ様を、どこよりも豪華な特等席に座らせて差し上げたい」という強い私欲を抱いており、そのための予算【聖女様特別輝かせ予算】をどうにかして捻出しようと、夜通し算盤を叩いて自爆している』


(まあ……! フランツ様、貴方まで……!)


堅物で冷徹と思われていた最高財務官のフランツ様。彼がボロボロになっていた本当の理由は、他部署の圧力だけでなく、彼自身が「私を最高に輝かせたい」という、あまりにも優しく、熱いファン心理(?)のような私欲を満たそうと、無茶な予算編成を組んでいたからだったのだ。


ユリウス様といい、フランツ様といい、この神殿の幹部たちはどうしてこうも、私に対して過保護で一途なのだろう。

胸の奥がぽかぽかと温かくなると同時に、私は前世の「限られたリソースでの最大効率化」のノウハウを応用して、彼らの願いをすべて叶える解決策を提示することにした。


私はそっと胸の前で手を組み、静かに目を閉じた。

そして、かすかに【スポットライト】の能力を発動させる。天井の高窓から、祝福のような美しい純白の光が、床に積まれた書類の山と、フランツ様の肩を優しく照らし出した。


「フランツ様。神様は、貴方のその、誰よりも神殿を、そして……私を想ってくださる一途なお心を、とても愛おしく思っておいでですわ」


私が静かに目を開けると、フランツ様は光の中で、驚いたように目を見開いていた。


「な、私を想う、とは……。私はただの、数字の奴隷でございますのに……」


「いいえ。貴方が、限られた予算の中で、すべての者が満足し、そして……私に最高の手向け(マント)を用意しようと、心を砕いてくださっていること、神様はすべてご存知です。フランツ様、数字のパズルは、力ずくで嵌め込むものではありません。お互いの『時間』と『配置』を最適化すれば、予算を増やすことなく、すべての願いは叶うのですわ」


私は、前世のコールセンターで実践していた「ピークタイムのシフト分散マルチスキリング」の考え方を、聖女の神託風にアレンジして語りかけた。


「ユリウス様が提案された【絶対防御陣形】。これは、すべてのルートに最初から重装騎士を配置するのではなく、民衆が最も密集する『中央広場』のエリアにのみ、時間限定で騎士を集中的に配備(マルチタスク化)すれば良いのです。それ以外の見通しの良い直線ルートは、機動力のある軽装の騎兵に巡回を任せる(リソースの適正化)。そうすれば、騎士たちの特別手当や維持費は、当初の三分の一に抑えられますわ」


「な……っ!?」


ユリウス様が、後ろでハッと息を呑んだ。戦術論としても完璧なその効率的な人員配置に、聖騎士長としての目から鱗が落ちたのだろう。


「そして、神官長が求める魔導蝋燭。これも、すべての儀式で新しいものを使うのではなく、前半の祈祷で使った蝋燭を、後半の施しの儀式の際に『聖女の光を分かち合う【分光の儀】』として民に配り直すのです。民は、神殿で灯された蝋燭をそのまま持ち帰れるとあれば、これ以上の喜びはありません。これで、蝋燭の購入費用も半分になりますわ」


フランツ様は、私の言葉を頭の中で算盤に弾き直したのか、その銀縁眼鏡の奥の瞳を、みるみるうちに歓喜の光で輝かせた。


「……っ! 素晴らしい……! なんという合理性、なんという無駄のない、完璧なリソースの分散配置……! 騎士団の安全確保と、神官団の伝統の維持、その両方を完璧に満たした上で、予算が……当初の半分以下に圧縮されます! これならば……これならば、聖女様のための最高級ベルベットのマントの予算を、どこからも文句を言われずに、堂々と満額計上できます……!」


フランツ様は、自分が隠していた「マントの秘密」を完璧に見抜かれ、かつそれが最高の方法で実現可能になったことに、激しい感動を覚えてその場に平伏した。

彼の周囲のオーラは、先ほどまでのトゲトゲした灰色から、一瞬にして穏やかで晴れやかな「エメラルドグリーン」へと変化していた。


「ですが、フランツ様。ここ数日、その素晴らしい計算のために、全く眠れなかったのでしょう? 事務官のお心が曇ってしまっては、神殿のすべての数字が泣いてしまいますわね」


「あ、はい……。実は、もう頭が痺れるように痛く、数字がゲシュタルト崩壊を起こしておりまして……」


彼は気まずそうに頭を掻いた。私は微笑みながら、心の中で【どこでも快眠】の加護を意識し、彼の方へそっと手をかざした。


「貴方のその、神殿を支える尊い知恵に、神の安息を授けます。今夜は、すべての数字の縛りから解放され、まるでふかふかの雲の上にいるかのように、心も身体も深く、心地よくお眠りなさい。明日には、素晴らしい冴えが貴方に満ち溢れているはずですわ」


私の手から、淡い藤色の、非常に落ち着いた優しい魔力がフランツ様へと流れ込んでいく。

その瞬間、彼のガチガチに強張っていた肩の力がすうっと抜け、その瞳が心地よさそうに潤んだ。「ああ……頭の中の嵐が、嘘のように静まっていく……」と呟きながら、彼はすっかり心も身体も癒やされた様子で、晴れやかな笑顔で大量の書類を軽々と抱え、謁見の間を後にした。


──


重厚な扉が閉まり、部屋に再び二人の静寂が戻る。

私は椅子の背にもたれかかり、斜め後ろに立つユリウス様をゆっくりと振り返った。


「……ユリウス様」


「はっ……。エルネスタ様」


ユリウス様は、いつも通りの凛とした表情を取り繕おうとしているが、その琥珀色の瞳は、完全に私への畏敬と……そして、裏での「過保護な注文」を暴かれた恥ずかしさで、激しく泳いでいた。


「ユリウス様、お優しいのは嬉しいですが……【対梟型絶対防御陣形】だなんて、私をどれだけ重装備で囲むつもりでしたの? 私は、民の皆さんともっと近くでお会いしたいと思っておりますのよ?」


私が少し困ったように笑いながら尋ねると、ユリウス様はついに耐えかねたように、その美しい銀髪をくしゃりと揺らし、顔全体を真っ赤に染めて一歩前に出た。


「あ、あの……! 申し訳ありません、エルネスタ様……っ! ですが、星誕祭は王都中から有象無象の人間が集まる場所。万が一にも、貴女様のその美しいお身体に、不届き者の指一本触れさせるわけにはいかないと考えた末の、私なりの防衛策で……。決して、フランツを脅迫するつもりでは……っ!」


必死に弁解する彼の頭上に、私の【真実の心眼】が、新たな可愛い文字を浮かび上がらせる。


『エルネスタ様が民に笑顔を振りまく姿を見るのは誇らしいが、不特定多数の男たちがあの神聖な笑顔を直近で眺めると思うだけで、嫉妬で狂いそうになり、物理的に距離を置かせるために重装騎士の壁を作ろうとしていた。自分の狭量さが、恥ずかしくて死にそうだ』


(ふふ、まあ……。安全のため、だけではなくて、私を独占したかったのね。ユリウス様ったら、本当に……)


彼のその、不器用で、重すぎるほどの恋慕の情が、私の胸の奥をこれ以上ないほど甘く、温かく満たしていく。

私は椅子から立ち上がり、彼の目の前へと一歩進み出た。

そして、彼の大きな右手を、私の両手でそっと、優しく包み込んだ。

冬の冷気で少し冷えていた私の指先が、彼の熱い手のひらによって、じんわりと心地よく温められていく。


「ユリウス様。そんなに心配なさらなくても、私の目の前には、いつも世界で一番強くて、一番格好良い、私だけの聖騎士長様がいてくださるのでしょう?」


私は彼の琥珀色の瞳を真っ直ぐに見つめ、心からの、一番甘くて優しい微笑みを浮かべた。


「どれだけ多くの民に囲まれようとも、私が一番に信頼し、一番近くにいてほしいと願うのは、ユリウス様、貴方だけですわ。だから……そんなにヤキモチを焼かないでくださいね?」


私の言葉に、ユリウス様は一瞬、本当に息が止まったかのように動きを止めた。

そして、今度は顔だけでなく、首筋からマントの隙間に至るまで、完全に真っ赤に染め上げて立ち尽くした。


「あ……、はっ……! 命に代えて、貴女様の一番近くを、誰にも譲りません……っ!」


壊れやすい宝物を授かったかのように、私の手をそっと、けれど決して離さないという強い意志を込めて握り返してくれる彼の温もりに、私の心ものどかな幸せで満たされていく。


窓の外に目をやると、私の【オーラ視】が映し出す大気の色は、冬の冷たい空気の中に、穏やかな、透き通った淡い桃色と金色が、優しく混ざり合っていた。

明日は、今日よりもさらに温かい、素晴らしい冬晴れの一日になるわね。


偽りの聖女としての毎日だけど、この過保護で愛らしい騎士様と一緒なら、どんな冬の寒さも、これから訪れる忙しい星誕祭も、きっと最高の笑顔で迎えることができる。

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