第7話 真実
≪お父さん、お母さんへ
今から書くことを、どうか信じてほしい。
僕がこのまま学校へ行けば――
お父さんも、お母さんも、海斗も。
そして、たくさんの人が。
最悪の未来を迎えてしまう。
でも、学校を辞めても、迷惑はかかる。
それでも。
この二つを天秤にかけた時、
僕は――“辞める方”を選んだ。
本当に、ごめん。
特に海斗には、辛い思いをさせると思う。
だからお願いです。
海斗が学校で、そして野球で傷つかないように、
どうか二人で全力で守ってあげてください。
僕は、海斗が家にいない時間だけ行動する。
だから、僕のことは気にしないで。
お金のことは大丈夫。
貯金と投資でやりくりできるし、生活費も毎月渡せる。
高校にかけてもらったお金も、必ず返します。
これからの時間は、全部、海斗に使ってあげてほしい。
海斗なら――
僕が叶えられなかった夢を、きっと叶えられる。
嫌がるかもしれないけど、
僕と同じチーム、同じ高校に進ませてほしい。
苦しい道になるのは分かってる。
それでも、僕が行くより、その方がいい。
きっと海斗は、僕のことを“負け犬”と呼ぶ。
……でも、それでいい。
それが、僕の選んだ道だから。
――実は、最近ずっと同じ夢を見ている。
でも、あれは夢じゃない。
僕が高校に行ったときの、もう一つの現実。
前世での出来事なんだ。
嘘みたいな話だけど、
今も続いている。
朝、目が覚めるたびに思い出して、日記に書いている。
結末だけは、
なぜか先に見えている。
あまりにも最悪で、今は言えない。
それが――
僕が部屋から出られない理由の一つ。
六年後。
その日記は完成していると思う。
そのとき、皆の前に姿を見せる。
夢の答え合わせをしよう。
本当にごめん。
お父さん、お母さん、海斗。
そして、野球部のみんな。
全部を守りたい。
運命を打ち返したい。
だから――
僕は、引き籠る。≫
「……。」
読み終えたあとも、
紙の感触が指に残っていた。
するはずのないインクの匂いが、鼻につく。
視線を落としているのに、文字が頭の中で何度も繰り返される。
家の前を通る車の音が、はっきり聞こえた。
……六年後?
紙を持つ力が抜けそうになるのを、無理やり握り直す。
あれから、二年。
じゃあ――あと四年。
兄は言った。
“皆の前に姿を見せる”と。
なのに、今日。
「どうせ四年後……」
途中で、言葉を飲み込んだ。
あのときの兄の顔が、頭に浮かぶ。
何かを隠しているみたいな目。
言いかけて、止めた言葉。
何かが、噛み合っていない。
胸の奥に、小さな違和感が引っかかったまま残っていた。
「……分かってたんだな」
小さく、呟く。
声は思っていたよりも掠れていた。
「僕が、負け犬って呼ぶことも」
涙を拭う。
袖に触れた水分が、やけに冷たかった。
立ち上がる。
椅子が、床を擦る音がやけに大きく響いた。
胸の奥で走っていたものが、
その音で、急に減速した気がした。
気づけば、兄の部屋の前に立っていた。
さっき見た時より、扉が薄く感じる。
視線が、離れなかった。
この一枚向こうに、兄がいる。
分かっているのに、
遠い。
「お兄ちゃん、起きてる?」
喉が乾いて、うまく音が出ない。
「起きてたら……ノックしてよ」
風の音だけが、やけに近く聞こえた。
返事はない。
……やっぱり。
そう思った瞬間、
ドアノブに手を伸ばしかけて――止めた。
触れたら、何かが壊れそうな気がした。
そのまま、手を引いた。
――やっぱり、そうだよな。
諦めかけた、その瞬間。
≪トンッ…… トンッ≫




