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死球(DEADBALL)〜同じ悪夢を見る者たち〜  作者: Mr.ランジェリー


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第5話 衝突

ーー二年後ーー

野球の練習を終えて帰宅した僕は、そのまま迷うことなく兄の部屋の前に立っていた。

ノックなんて、する気はなかった。

そんな文化は、もうとっくになくなっていた。

胸の奥に溜まり続けていた何かが、限界を越えていた。


「負け犬!聞こえてるか!」


吐き出した瞬間、喉の奥が焼けるように痛んだ。

それでも止まらない。止められない。


「お前の学校、甲子園で優勝したぞ。辞めて正解だったな?

棚橋キャプテン、凄かったよ」


消したくても消せない映像がリピートされる。


「ふざけんなよ……!」


握った拳に、爪が食い込む。

痛みすら忘れていた。


「俺がどんな気持ちで野球やってるか、分かるかよ……!

気楽でいいよな……ニートは!」


分かってる。

こんなこと言っちゃいけないって。

でも、もう止まらなかった。


「もう、いっそのこと――」


一瞬だけ、躊躇いが喉に引っかかる。

それでも、押し込んだ。


「死んでくれよ!」


吐き出した言葉は、思っていたよりもずっと重くて、

そのまま自分の中に突き刺さった。

――その瞬間だった。


「スッ」


音もなく、扉が開いた。

気づいた時には、肩を掴まれていた。

兄だった。

無精髭。伸びた髪。

そして――明らかに、前よりも大きくなった体。

目が、違った。

人の目じゃない。

獣みたいな目だった。

肩が軋む。

骨が、嫌な音を立てる。


――殺される。


本気で、そう思った。

その瞬間ーー

兄は、ふっと手を離した。


「肩で良かったな」


静かな声だった。


「首だったら、今頃お前、死んでたな」


怒りも、威圧もなかった。

ただ、“事実”を置かれただけみたいだった。

目が合う。

そこにあったのは、怒りでも憎しみでもなくて――

壊れかけた、何かだった。


「毎日さ」


低い声が、ゆっくりと耳に落ちてくる。


「負け犬だのニートだのって、好き勝手言ってくれるけど…。」


口元を歪ませ、一拍飲み込んだ。


「さっきの最後の言葉だけは、許せないんだよ」


その瞬間、鋭かった目が、ふっと揺れた。


「俺に死んで欲しい?」


問いは、静かだった。

怒りじゃない。まるで、痛みだった。


「どうせ四年後……」


言いかけて、飲み込むように、言葉を閉じた。


「お前がどんなに辛いとか知らないよ」


妙に落ち着いた声で


「お前も、俺がどんなに辛いか知らないだろ」


視線を外してため息と一緒に言葉を落とした。


「がっかりさせるな」


そして、小さく。


「もう、決まってるんだよ」


その奥で、一瞬だけ何かが揺れた。


見間違いかもしれない。

でも――目を離せなかった。


「うるせぇよ!」


それを振り払うみたいに、僕は叫んでいた。

そして、逃げるように自分の部屋へ飛び込んだ。


閉めたドアの"バンッ――"という音だけが、廊下に大きく響いた。


今まで積み上げてきた感情が、一気に崩れ落ちた。


何も言い返せなかった。

言い返せなかったことが――

一番、悔しかった。

そして。

分かってしまった。

兄はもう――

“あの時の兄ちゃん”じゃない。


もう、元には戻れない。


そう思った瞬間、

どこかで何かが、完全に切れた気がした。

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