第38話 空谷家の想い
【現世】
「……。 そうやって、僕の知らない所で……。
お父さんと、お…… お母さんは……。
この世を…… 去った……。」
そこで、父の声が止まった。 喉が焼けつくように痛み、 次の言葉が出てこない。
さっきまで微かに聞こえていた雨の音が、 皆のすすり泣く音に掻き消されていた。
母は話の途中で何も言わず立ち上がると、 静かにキッチンへ向かった。
まるで、 こうなる事を分かっていたかのように。
しばらくして、 湯気の消えかけた白い湯呑みが、 父の前へそっと置かれた。
「…ぉかあさん……。」
掠れた声が沈黙を割き、 全員の視線が萌々へ向いた。
萌々は、 膝の上で強く握り締めていた手を震わせながら、 遺影を見つめていた。
堪えていたものが、 少しずつ声に滲み出していく。
「……お母さん……
最後まで……
私の事…… 娘みたいに……」
そこまで言った瞬間、 声が崩れた。
萌々は俯いたまま、 涙を押し殺すように肩を震わせた。
父は湯呑みに触れたまま、 静かに目を閉じる。
「……すみません。
少し…… 少しだけ、休ませて下さい……。」
誰も声に出さず、バラバラに頭が下がった。
部屋に、 線香の匂いだけが静かに残った。
その時だった。
萌々が、 ゆっくりと顔を上げた。
涙で濡れた眼鏡の奥に、 確かな意志が宿っていた。
「……続き……
私が、読んでもいいですか?」
父は驚いたように萌々を見る。
萌々は静かに席を立ち、 遺影の前へ歩いていった。
線香の匂いに包まれていた部屋を、 萌々の甘い香りが、 静かに塗り替えていった。
萌々は遺影に小さく頭を下げると、 震える指で日記を手に取った。
その姿は、 “恋人”としてではなく――
空谷家の想いを受け継いだ、 もう一人の“家族”だった。
誰も、止めなかった。
止められなかった。
陸斗が最後に託した続きを、 今、一番知っているのが、 彼女だと分かっていたから。
萌々は涙を拭い、 静かにページを開いた。
「――上谷萌々の夢……」




