第33話 それぞれの死球
中邑和真
白や黄色が揺れる道を通り抜け、バイクを止めた。
そこには、懐かしい影が並んでいた。
岡田たちだ。
俺と柴田は、座り込み、昔話に水をやっていた。
本来なら沈むはずの話も、 水仙の匂いの中では、不思議と笑えた。
岡田たちと別れた俺たちは、指示された家に忍び込んでいた。
暗闇の中で、光を探しているつもりだった。
――けれど、
俺たちが追っていたのは“出口に似た間違い”だったのかもしれない。
古い団地。
薄暗い廊下。
湿った空気の中で、階段を上がってくる足音が、
はっきりと聞こえた。
「警察だ! 動くな!」
その声で、時間が一気に折れ曲がった。
考えるより先に、俺たちはベランダへ走っていた。
二階の手摺。
一瞬の躊躇。
――次の瞬間、俺たちは一緒に宙を舞った。
地面に叩きつけられる衝撃。
息が詰まる。
それでも、止まれなかった。
単車のエンジン音が夜の街を切り裂く。
背中を追いかけてくる、赤い光。
耳を刺すサイレン。
――完全に、やられた。
ここまで来たのに。
この闇の先に、“抜け道”が見えていたはずなのに。
柴田を後ろに乗せ、俺はアクセルを握り直した。
肩を掴む柴田の手に、強い力がこもる。
――怖いのは、俺だけじゃない。
雪が降り始めていた。
細かな粒が、アスファルトに弾け、ヘッドライトの中で白い光の破片になる。
ヘルメットの隙間から、冷たい空気と、焦げたような危険の匂いが流れ込んできた。
前方の道路が、一瞬、歪んだ。
ん?――
そう思った時には、もう遅かった。
対向車が、音もなく滑った。
俺も、柴田も、何も出来なかった。
世界が、回った。
柴田の叫び声。
冬の匂い。
アスファルトの冷たさ。
――終わった。
地面に這いつくばり、震える手でヘルメットを外す。
視界が狭い。
音が遠い。
「……し、ばた……」
声が、喉で詰まる。
「どこ……だ……」
息が、続かない。
「……まだ……
終わって……たまる……っ……」
答えは返らなかった。
雪は、静かに、容赦なく、二人の身体から体温を奪っていく。
意識が薄れていく中で、最後に浮かんだのは――
グラウンドの空の色。
土の匂い。
あの日、胸の奥まで届いた、
あの声。
――ナイスピッチ――
「俺たち、いつか甲子園に行けるよな?」
笑顔で頷く、陸斗と修也…
どうやら俺たちは、
とんでもない死球を喰らってしまった。




