第30話 暗闇の打席
柴田輝基
短い秋が通り過ぎた。
退学届けを出した帰り道、スマホの画面が光った。
SNSでもニュースでもない、見知らぬアプリの通知。
“高額バイトあり。即日現金。”
親指が迷いなくその文字を追っていた。
金さえあれば…
一瞬、陸斗の顔がよぎった。
画面を閉じれば、まだ戻れる気がした。
でも、その指は止まらなかった。
わずかに躊躇した俺を中邑は、
見て見ないふりをした。
心が壊れると、正しいか間違ってるかなんてもうどうでもよくなる。
「戻る」という言葉が、もう俺の辞書から消えていた。
その夜、中邑と公園で意味のない素振りをしていた。
意味の無さにイラつきが止まらず、バットを投げつけた。
中邑は何も言わず、その場に座り込み、
空を見上げた。
スマホを取り出し、さっきのアプリの画面を出した。
「俺達……もう、こうやって生きるしかねぇよな。」
中邑は長い沈黙の後、静かにうなずいた。
中邑のうなずきは、同意じゃなかった。
ただ、俺を一人にしないという合図だった。
それからの日々は、夜の裏道を渡り歩くような日々だった。
閉じたシャッターの前。
埃の積もった倉庫。
人影のない路地。
まだ、秋が終わったばかりなのに、真冬の匂いが鼻につく。
同じバットでも違う“冷たい重み”を握る手の震えだけが、生きている証のようだった。
その震えは寒さのせいじゃない。
罪の重さよりも、生きている実感が勝ち始めている震えだった。
そして、その震えが俺たちの人生を崩し始めた。
吸ったことのないタバコに火をつけ、
免許もないのにバイクにまたがり、
心臓が壊れそうなくらい速く鳴る瞬間だけ、 何もかも忘れられた。
回転する赤い光、すり抜ける街灯、
まだ、受けたことのない死球。
俺達は、
違う打席に立った…




