第23話 3度目の破裂音
内藤雄太
わずかに開いたドアの隙間から、外気が流れ込む。
その音すらかき消すほどに、目の前の少年は震えていた。
だが――その瞳は、もう“少年”のものではない。
焦点は合わず、底の見えない場所へ沈んでいくような光だけが残っていた。
「お…落ち着きなさい…。
その手を…下ろすんだ…。
今ならまだ…間に合う…。」
声が震える。
何度訓練を重ねても、届かない瞬間がある。
それを、理解してしまった。
そのとき――
外から、足音が駆け寄る。
「修也!」
扉が勢いよく開いた。
その声が、空気を切り裂いた。
女子高生は迷いなく踏み込み、彼の名を呼ぶ。
だが――
彼は視線を逸らさなかった。
ただ、かすれた声で彼女の名を呼ぶ。
その一言で、彼女は動いた。
「一緒に考えようよ。まだ間に合うよ……ね?」
腕にしがみつき、押しとどめる。
その瞬間――
≪パァンッ≫
乾いた破裂音が、交番を突き抜けた。
彼女の身体が、弾かれたように揺れる。
白い制服に、紅が滲む。
――まるで、花が咲いたかのように。
彼女はゆっくりと、崩れ落ちる。
息が止まる。
何もできない。
ただ、見ているしかない。
視界の端で、彼の腕が震えている。
涙に濡れた頬。
何かを呟く唇。
まるで、昔の自分を見ているみたいだった。
数年前――
受験ノイローゼになった私は、駅のホームに立っていた。
"全てから逃げ出したい"
思い詰めた私は、電車が来る寸前、
ホームから飛び降りようとした時、
電車とは違う衝撃が体の横から来た。
悲鳴が飛び交う中、目を開けると私は無傷でホームギリギリに倒れていた。
数メートル先で肩を押さえながら、男性がしゃがみ込んでいた。
私は足が震えて立つことが出来なかった。
その時、男性はゆっくりと私の方へ近づいてきた。
「良かった…
助けられて、良かった…」
そう言って私の前から姿を消した。
後に彼が警察官だと知った。
今では、私の上司。
「武藤さん…
俺は…… 救えませんでした……」
そう言った瞬間、
少年は私に銃口を向けた。
カタカタと鉄の震える音に耳を取られていた時、
少年の指が、再び動いた。
≪パァンッ≫
衝撃。
視界が、大きく傾く。
世界から、色がすっと剥がれ落ちた。
音が、一つ、また一つ消えていく。
遠ざかる光の中で、かすかに声が触れた。
「しゅうや……
はやく……かえろ……」
その後に残ったのは――
彼の、泣き叫ぶ声。
三度目の破裂音。
床に転がる金属の、鈍い音。
さっきまでの騒がしさが、嘘のように消える。
交番は、完全に静まり返っていた。
――もう、武藤さんの声に救われることはなくなった。




