第17話 遺された手紙
ふと、机に目をやると数枚の紙が置かれていた。
僕はゆっくりと近づき、一枚を手に取って
椅子に腰を掛けた。
手が震え、紙が揺れる音をBGMに、恐る恐る、読み始めた。
≪海斗
お前が中々帰ってこないから、今から学校へ迎えに行こうと思ったけど、間に合わなそうだから、手紙を書くよ。
まあ、間に合っても迷惑かけるだけだし。
海斗。甲子園優勝おめでとう。
本当によくやったよ。
お前の姿、目に焼きつけたよ…
来世に持っていくよ…
沢山辛い思いさせて、本当に悪かった。
今も辛いかもしれないけど、その悲しみは
きっと時間が解決してくれる。
だから、ここで立ち止まらず、前へ進め。
今から言う事は信じられないかもしれない
でも、これは真実だ。
実は、俺の寿命は、今日までなんだ。
プロ野球選手になった姿、見たかったけど
これも、前世で早まった罰だな。
それと、前に言ってたよな?
俺が引き籠もらず学校へ行っていたらって。
お前、最近ずっと変な夢を見るだろ?
それだよ。
あの夢は“もし俺が学校へ行っていたら”の未来だ。
お前は――俺の目の前で、いなくなるんだ。≫
背筋が凍り、思わず紙を机に伏せた。
膝が笑い出した。
身体が先に現実を理解して、心が追いついてこない。
これは夢なの?
そう思った瞬間、兄ちゃんが引き籠ってから何度も見た«あの夢»が脳裏を蘇る。
「まただ…」
頭を抱えた瞬間、突然背後から声がした。
「何だ、これは…。」
振り返ると、父が立っていた。
「うわっ! お父さん、脅かさないでよ。」
「驚いているのはこっちだよ。」
だが、その顔は真っ青で、明らかにただ事ではなかった。
父はアルバムに手を伸ばし、僕の横で一枚一枚ページをめくっていった。
父はしばらく写真から目を離さなかった。
そして、机の上の紙に目をやり、しばらく
無言のまま立ち尽くした。
ゆっくりと…まるで別の誰かのような声で言った。
「海斗……。
陸斗の葬式が終わったら、
この写真に写っている人たちを全員、家に呼んでくれないか?」
その言葉が、兄と向き合うレクイエムになった
父はゆっくりと立ち上がり、僕の目を見た。
「海斗・・・ お前も読んだのか?」
「最初の一枚だけで、それ以上はまだ。」
「そうか。アルバムに写ってる人達が来るまで読まない方がいい。
あとは任せるよ。」
そう言い残し、父は静かに部屋を出て
行った。
胸のモヤが消えないまま、机の上に置かれた兄の携帯を手に取った。
ロックはかかっていなかった。
ラインを開く―
棚橋さんをはじめ、チームメイト、監督、コーチ、校長先生……
兄が大切にしてきた人たちの名前がずらりと並んでいた。
僕は、全員に兄の訃報と葬式の日程を伝えた
ちょうどその日は、プロ野球の休養日だった。
棚橋さん達の遠征先も近く、すぐに来られる距離にいた。
まるで、兄が彼らを呼び寄せたかのように―
その時、止んでいたはずの雨が、また窓を叩き始めた。
雨粒の音が、静かに部屋を悲しみに満たす。
涙も床を叩き始めたー
そのまま兄の部屋に身を預け、一晩を過ごした。
柔らかい朝の光がカーテンの隙間から差し込み、まぶたを擦った。
肩にはタオルケットがかけられていて、見上げると、父の後ろ姿があった。
「おはよう。これ、掛けてくれたんだね。
ありがとう。
日記… 読んでたの?
寝てないの?」
父は振り返り、少し疲れた顔で笑った
「おはよう。あぁ。
気になって読み出したら終われなくてな。
ちょうど今、全部読み終えたところだよ。
嘘みたいだよ・・・。」
そして、突然問いかける。
「海斗、陸斗が引き籠もった事、どう思う。」
胸を突かれ、しばらく声が出なかった。
やっと声を絞り出す…
「どうして、そんなこと聞くの?
引き籠もった時は… 正直ムカついたよ。
でも、兄ちゃんは僕たちの為に…
引き籠もってくれてたんだよね。
でも、こんなことになるなら…
引き籠もらないでほしかった…
もっと… もっと一緒に居たかったよ…」
父は小さく頷きながら、泣き笑いのような声で言った。
「そうか……そうだよな。
ずっと一緒に居たかったよな……
辛かったよな……。
でもな、海斗……陸斗は――」
父は言葉を切り、僕を強く抱きしめた。
「だから、俺たちは陸斗の分まで生きないとな…」
その腕の温もりに、涙が止まらなかった。
「…。写真の人達に伝えてくれたか?」
僕は深く頷いた。
「そうか。ありがとう。
明日がお通夜で明後日がお葬式だな。
その時に、本当の事を話すよ。
今日はゆっくり休みなさい。」
「うん… ありがとう…。
お母さんは大丈夫?」
「あぁ。さっきまでここに居たよ。
父さんと母さんも覚悟はできた。」
――明日、すべてが動き出す。
逃げられない“真実”と一緒にーー




