第15話 敬礼
反転した視界は、警察官である私のものだった。
海斗君は、陸斗君の前で立ち止まっていた。
お母さんがその身体を強く抱きしめている。
何かを伝えようとしているのだろう。
だが、その声は届いていなかった。
海斗君は、膝から崩れ落ちた。
――あの踏切で見た姿と、同じだった。
胸の奥が締めつけられる。
これ以上、見ていられなかった。
私はそっと一歩下がり、父親に一礼する。
そのときだった。
「お巡りさん……」
静かな声だった。
「雨の中、息子がご迷惑をおかけしました。
ここまで連れてきていただいて……本当に、ありがとうございます」
父親は一度言葉を切り、ベッドの方へ視線を向けた。
「もしよければ……長男の顔を、見てやってください」
その言葉に、私は足を止めた。
ゆっくりと、視線を向ける。
ベッドの上に横たわる少年。
その顔を見た瞬間――
頭に映像が流れた。
夕方の交番。
勢いよく開いたドア。
息を切らした少年。
「お巡りさん! すみません!」
汗だくのまま、必死に言葉を続けていた。
「弟が……野球のユニフォームで、青い自転車に乗ってて……見かけませんでしたか?」
私は少し考え、公園の方を指した。
「さっき、あそこにいた子かもしれない」
その瞬間、少年の表情が一気に明るくなった。
「ありがとうございます!」
深く頭を下げ、走り去っていく。
その背中を、私はしばらく見送っていた。
――数日後。
交番の前に、同じ少年が立っていた。
手には、ハンバーガーショップの袋。
無言で差し出された。
「この前は、本当にありがとうございました」
それだけ言って、また頭を下げた。
気づけば、私は勤務中であることも忘れて話していた。
それからだった。
巡回中に見かけては、少しだけ言葉を交わすようになった。
あの穏やかな声と、柔らかい笑顔。
つい数日前も…目の前にいた。
今も、目の前にいる。
あの時の、少年が。
眠るように、横たわっている。
私は、耐えきれなかった。
声も出せないまま、涙が溢れる。
肩に、そっと手が置かれた。
父親だった。
何も言わない。
ただ、静かに寄り添ってくれていた。
「……生前は、陸斗がお世話になりました」
その一言が、胸に深く落ちる。
私は涙を拭い、ゆっくりと姿勢を正した。
そして、敬礼をした。
何も言えなかった。
言葉にすれば、崩れてしまいそうだった。
そのまま、病室をあとにした。
外に出ると、雨はまだ止んでいなかった。
強く、絶え間なく、降り続いている。
空を見上げる。
あの時、陸斗くんは探す側だった。
でもこの先は…。
何も変わらないはずなのに、
さっきまでとは違う世界に見えた。
ただ、雨だけが降っていた。
――数日後。
私は、陸斗君の葬儀に参列した。
そこで、ある事実を知ることになる。




