第14話 やったな
翌日。
学校へ戻った瞬間、海斗は現実に引き戻された。
校内は保護者や関係者、マスコミで溢れかえり、昨日までの日常とはまるで別の場所のように感じられる。
痛む膝をかばいながら整列し、全員で一礼したその直後――間髪入れずにフラッシュと声が押し寄せた。
「優勝おめでとうございます!」
「最後の一球、どんな気持ちでしたか?」
「お兄さんについて、どう思っていますか?」
言葉は波のように途切れず、海斗の意識を押し流していく。
気づけば、口が勝手に答えていた。
「応援してくれた人たちのおかげです」
一瞬、息を飲む。
「一番最初に伝えたいのは……兄です」
その一言で、胸の奥が強く締めつけられた。
「兄が果たせなかった夢を――」
続けようとして、言葉が止まる。
喉の奥で引っかかり、それ以上はどうしても出てこなかった。
気づけば、外はすっかり暗くなっていた。
校門の外に、海斗一人だけが残っていた。
そのまま歩き出す。
足は自然と、引きずらなくなっていた。
踏切の前で、足が止まる。
視線の先には、兄と行ったハンバーガーショップ。
ぼんやりと見つめていると、不意に店の扉が開いた気がした。
笑いながら出てくる二人の姿。
あの頃の、兄と自分。
幻だと分かっているのに、目が離せなかった。
「兄ちゃん……やったよ……」
呟いた、その瞬間だった。
踏切の向こう側。
街灯の下に――陸斗が立っていた。
「海斗」
確かに、声が届いた。
「やったな」
あの日と同じ、変わらない笑顔。
陸斗は、そっと手を挙げた。
「……迎えに?」
半歩、踏み出す。
だが次の瞬間――
電車が轟音とともに視界を切り裂いた。
強い風が身体を揺らし、思わず目を閉じる。
そして――
踏切が開いたとき。
そこには、もう誰もいなかった。
「……?」
思考より先に身体が動く。
踏切を渡り、周囲を見回す。
店に飛び込む。
視線を走らせる。
どこにも、いない。
そのまま外へ出た。
「今、確かに……いたのに……」
そのとき、携帯の着信音が夜を切り裂いた。
画面には《お父さん》。
通話ボタンを押す。
「もしもし……お父さん? 家に兄ちゃん――」
数秒の沈黙が、異様に長く伸びる。
「……海斗か」
父の声は、どこか力を失っていた。
「たった今……」
その先を、脳が拒絶した。
スマホが手から滑り落ち、地面に叩きつけられる。
そのまま、海斗の身体も崩れた。
世界が、反転する。
「お兄ちゃんが……」
言葉にならない。
何も見えない。
踏切の音が歪み、遠ざかっていく。
気づけば、雨が降っていた。
大粒の雨が、容赦なく地面を叩きつける。
人々は傘を広げ、足早に通り過ぎていく。
誰も立ち止まらない。
海斗だけが、その場に取り残されていた。
「嘘だろ……」
「さっき……目の前に……」
「やったなって……」
「いたよ……」
声は雨に飲み込まれ、どこにも届かない。
海斗はアスファルトを殴りつけた。
何度も、何度も。
やがて自転車が近くに停まり、警察官が駆け寄る。
一目で、状況を理解したようだった。
腕を支えられるが、力が入らない。
立てないまま、交番へと連れて行かれる。
顔を見た瞬間、警察官の表情が変わった。
携帯を手に取り、父へ連絡を入れる。
短いやり取りのあと、すべてを悟ったように小さく頷いた。
「……行こう」
それだけだった。
パトカーに乗せられ、車は静かに走り出す。
向かう先は、病院。
――数時間前まで、あれほど兄の話をしていたのに。
病院に着いても、海斗は自分の足で立つことができなかった。
支えられながら、病室へ入る。
暗い灯りの中、部屋の隅のベッドに、
陸斗がいた。
静かに、眠るように横たわっていた。
目を閉じてるだけで、さっきと変わらない表情。
母はベッドにしがみつき、声を上げて泣いている。
父はその背中を見つめながら、静かに涙を流していた。
ようやく、現実が形を持つ。
海斗は警察官に一礼し、ゆっくりと歩き出した。
一歩。
また一歩。
重い足を、それでも止めずに。
手から雨の雫が血にまじり、床に落ちていく。
その背中を見つめながら、警察官はただ立ち尽くしていた。
何もできない。
ただ、見ていることしかできなかった。
そして――
視界が、ゆっくりと反転していった。




