第257話 頼れる守護者?
「セレナ、採集依頼が来てるがどうする?」
ギルドで今日も皆に話を聞いていると、依頼ボードを見ていたレオンが私に話しかけてきた。
依頼……。
あの日以来だ。
約一年前。
何も分からず、軽い気持ちで引き受けて、私を含め皆の心に傷を残したあの日。
あれから一年。
きちんと最新の魔物辞典を購入して、王都近辺の魔物のことも勉強した。
アミュラについてもらって、冒険に役立つ魔法を教えてもらった。
そして……約束した逃走用の魔導具だって完成させた。
いつまでも逃げても仕方ない。
私は深呼吸を一つしてレオンの目を見据えた。
「行こう。今度は、しくじらない」
私の言葉にニヤリと笑い、レオンは依頼を剥がして受付のタブラさんのところに持っていった。
魔導具以外も準備しないと。
私はあらためて話を聞いていた冒険者のみんなに頭を下げて、初心者が持っていくべき装備や、立ち回りの心構えについて教えを請うた。
◇◆◇
依頼出発当日、早朝。
誰にも伝えてないはずなのに、依頼場所へと向かう王都の南東へ伸びる街道の出入り口。
心配そうに胸に手を当てるアミーカと、腕を組んで不機嫌そうにしているマリーナが立っていた。
「えっ、なんで?」
「何でじゃないわよ! あれだけ心配させたところにまた行くのに、連絡一つしないとかどーいうつもりよ!」
「セレナ、気持ちは分かるけど教えてほしかったな。心配くらいはさせてよ、友達じゃない」
「へへっ、ごめん。なんかかっこ悪くてさ。帰ってきたら言いに行こうと思って」
するとリオと戯れていたキアネアが、横からちょいちょいと袖を引っ張る。
「セレナごめん。二人から頼まれてた」
なるほど、そーいうことだったのか。
ちなみに今回の冒険だがリオを連れてきている。
前回はヴェルダにいたから連れてこられなかったが、今回は同じ王都にいる。
昔、アミーカと二人でヴェルダの近くの森へ出かけた時のこと。
偶然出くわした体長五メートル以上の『岩猪』に襲われそうになったところを、リオが強力な風の魔法で追い払ってくれたことがあった。
レオンにそれを話しても、
「『疾風犬』にそんな戦闘力はねぇよ。せいぜいが風魔法で逃げ足を上げて早く逃げるくらいだ」
と言って、何も信じてくれなかったのだ。
なので今回こうして連れてきたというわけだ。
「リオ、よろしくね」
「ワン!」
頼もしい返事を返してリオは尻尾を振る。
それを見るとアミーカの顔がほころんだ。
「ふふっ、リオがいるなら少しは安心だね」
「でしょー? アミーカも言ってやってよ。レオンってばリオが強いの認めないんだよ」
「あー、その話だがな。よくよく考えたらセレナの言うことが当てはまる例が一つだけあったのを思い出したよ。あまりにもあり得なさすぎる考えだから思いつきもしなかったがな」
「何それ」
「そいつ『古・疾風犬』の可能性はあるぞ。それなら強い風魔法を操るらしいからな」
そこまで言ってレオンは苦い顔をした。
「けどな、あまりに発見例が少なすぎて本当にいるのか? って伝説級の代物なんだよ。しかも見た目が『疾風犬』と変わらねぇらしいから、見分けがつかねぇらしい」
「へー、そんなのいたんだ。私の魔物辞典には載ってなかったよ?」
「あれは実用書みたいなもんだからな。そんないるかいないか分からねえもの載せてたら余計な金使わせんなって怒られるぞ。一説には『神の使い』とも呼ばれてるらしい。リオがそれかどうかは知らねぇけどな」
なんかそんなことを聞くととても神々しい……いや、キアネアに手ずから岩猪の燻製肉をもらって嬉しそうに食べてるこの子がそんなわけないか。
「セレナ。ちゃんと帰ってくんのよ? あんたみたいな魔導具バカがいないと、私が同期で一番バカになっちゃうんだから」
「そうだね、セレナはそれが一番似合ってるよね」
「……冒険前に人の心削るのやめてくんないかな?」
そう言いながらも笑顔を交わし、私たちは手を上げて別れる。
必ず無事に再会することを約束して。
場所は同じ森っていう場所だけど、前は街道を東にそれたのに対して今回は西へそれる。
ちょうど大きな森の真ん中を街道を通すために切り開いたからこんな形になっているらしい。
リオとレオンが先頭を歩き、その後ろに私、しんがりにキアネアという布陣で進む。
「いいかセレナ。前回みたいな大物が出てきたら迷わずキアネアと一緒に逃げろ」
私はそういうレオンの頭を思いっきりはたいた。
「ってぇ! 何しやがる」
「仲間見捨てて逃げるのが冒険者の正解なら、タブラさんは死んでる。違う?」
私の一言にレオンはひどく苦い顔をする。
以前タブラさんが気になる顔をしていたので聞いたことがある。
あれはレオンが私の魔法を自分のお腹にあてて大怪我をした時のこと。
――
「ええ、仲間を無理に救おうと無理をしてね。その時は別の仲間に助けられてコイツは無事でしたが、そいつは足をやられて冒険者が続けられなくなりました」
「まったく、馬鹿なやつですよ。そんなことをしなくてもいいってのに」
そう言うタブラさんは目元だけが、わずかに緩んでいた。
――
たぶんタブラさんを救おうとレオンが無理をして、それをかばった冒険者が足をやられたのだろうと、聞いてみたらその通りだったのだ。
仲間を助けるために、貴族だとか庶民だとか考えなしで突っ走るバカ男。
そんな彼だからこそ、私は惹かれているんだから。
「だからもうそういうこと言わないの。帰る時は三人全員で無事に帰る。分かった?」
「ちっ、タブラさんめ。余計な話をしやがって」
「だいたいそのための魔導具作ったんだから、その点は私をもっと信頼してよね。冒険は三流以下でも魔導具師としてならこれで一流の自負はあるんだよ?」
「ま、そこは認めてやらねぇでもねぇけどよ」
「素直じゃなーい―」
レオンのみぞおちに軽く肘を入れてやりながら、私たちは森を慎重に進んでいった。
ニ十分ほど歩いただろうか。
すると目の前には採集依頼で依頼された草の群生地が広がる。
「おー、すごーい。取り放題じゃない!」
「バカッ、こういうのはきちんと必要量だけしか取らねぇもんだよ」
「分かってるよそんなの。生態系壊しちゃダメだもんね。薄型魔導回路の時にそんなの聞いたもん」
さっそく草を取ろうと一歩前に踏み出した瞬間。
リオが私の横に走り込み、「グルルッ!」と短い唸り声を上げる。
私はそれを聞いて、迷わず後ろにジャンプする。
シュバッ!
一瞬前まで私がいたところを何かが薙ぎ払っていった。
リオもジャンプしてそれをかわす。
パッと見ると草がちぎれている。
ギルドでみんなから色々聞いておいて良かったぁ。
――いーい? 何か異変を感じたらとりあえず後ろにジャンプ。何もなくても笑われるだけだけど、何かあったら命が助かるかもしれない。一瞬の恥を惜しんで、一生を棒に振らないようにね 。
カルメンさんが教えてくれたこの言葉を常に頭の中で繰り返していて良かった。
何かが動いた方向を見ると、でっかいヒマワリがそこにはあった。
何故か触手がたくさん生えていて、足……というか土の上にむき出しになった根が小さな足のようにうごめいている。
あれで移動してるのか。
「へぇ、動く植物じゃねぇか。珍しいな、こんなところにいるのは」
「この前の地の主くらい珍しい?」
「いや、あいつほどじゃねぇ。出ないことはないが……といったところだ。セレナ、キアネア。こいつは花の部分から花粉や種を飛ばしてくる。触手と花の向きに気をつけろ!」
そういうとレオンは二対の剣を構えて動く植物へ駆け出す。
するとヒマワリはその花の部分から細長い何かをたくさん飛ばしてきた。
レオンはそれを余裕の身のこなしでかわして近づいていくけど……ちょっ! こっちに向かってくるじゃんかっ!!
すかさずリオが「アオーン!」と鳴くと、私たちの前に風の壁が出現し、細長いものが目の前にボトボトと落ちていく。
よくよく見るとそれはヒマワリの種。
これを武器代わりに飛ばしてきてるのね。
細長いし、威力あるし、こんなのくらったらひとたまりもないね。
「こらっ、レオン! せめて少しは弾いていきなさいよ、危ないなー」
「ははっ、そんなもんキアネアに任しときゃよかったんだよ」
その言葉に横を見ると、キアネアが短剣で地面に何か絵を描いていじけてる。
あ……ごめん。
リオもキアネアの側に行って「クゥン」と慰めているみたいに見える。
動く植物に辿り着いたレオンは、触手へ切り付け、中央の花へ切り付け、踊るように切り刻んでいく。
はー、さすがに見事だね。
よく二本の剣をああも自在に動かせるもんだ。
剣一本だけでも十分重いってのに。
攻撃を受ける時も、攻撃に対して剣を斜めに入れて攻撃を滑らし、攻撃を止めるのではなくそらす方へ使うので、剣が折れたりもしにくい。
ちなみにグレッダさんは大剣を使ってるけど、とことん強度を上げまくってるので盾みたいに使ったりもするらしい。
そもそもあの人力任せで振るえばそれだけで必殺技みたいになるから、大剣じゃなくてでっかい棒でもいいんじゃないかって思うけど。
そんなことを考えてるうちにレオンとでかヒマワリの戦闘は終了に近づいてきていた。
もう切るところどこかある? というくらいに切り刻まれ、中央の茎とわずかな足……もとい根を残すのみだった。
その時、それまで地面に短剣で絵を描いていたキアネアが立ち上がり、リオが唸り声をあげる。
「な、何?」
「セレナ危ない。逃げた方がいい」
「駄目だよ、キアネアを置いていけないもん」
「そんなことを……ごめん、遅かった」
ガサガサ、ガサガサ
ちょうどレオンの戦っているのと反対方向。
私たちが森に入った方向から現れたのは、また動く植物
ただし多数。
「うえぇ、何あれ十体以上はいるよぉ」
「レオン様!」
珍しくキアネアの鋭い叫びが森に響く。
すでにレオンも察知していたらしく、先程の動く植物の茎を両断し、足元を氷魔法で凍らせてこちらへ駆けてくる。
懐から迷いなくあの筒を取り出して。
「セレナ、キアネア、こっちにこい。ぶっ放すぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
あわあわしている間にキアネアちゃんが私の腰を抱いて、小さなジャンプを繰り返しながらレオンの方に飛んでいく。
しかしその前にリオが動く植物の集団に向けて吠える。
「アオォォーン!」
次の瞬間、リオの前に竜巻のような風が巻き起こる。
……いや、なんかよく見ると舞い上がってる葉っぱとか木の枝がすごく鋭利に切り刻まれてるな。
なんか見ちゃいけないものを見たような気がする。
「ワンッ!」
リオの吠えた声をきっかけに、竜巻は動く植物の集団めがけて突き進み、風の刃がすごい勢いで動く植物を切り刻んでいく。
一分としないうちに竜巻は動く植物を蹂躙し、後には植物のカスだけしか残っていなかった。
「は?」
レオンの間抜けな声が聞こえたが、いい気味だ。
私の言うことを信じないからそうなる。
リオは相手が動かなくなったのを確認すると、私の方へと駆け寄ってきた。
うんうん、よくやったよリオ。
おいでー!
……この時私は完全に失念していた。
リオは興奮すると何故か風をまとって私に突進してくるということを。
「わふっ」
なんとも間抜けな声とは裏腹に、暴力的に上がるスピード。
気付いた時にはリオの嬉しそうな顔がすぐ目の前に。
「あ、ああっ、あーーーー!」
目を閉じて腕を上げて顔だけを守る。
殺されるかと思うような衝撃……が来なかった。
おそるおそる腕を下げて目を開けると、レオンとキアネアがリオを両脇からがっちりと掴んで止めてくれていた。
「あぶねぇな、リオ。セレナ殺す気か?」
「リオ、それは駄目」
二人から怒られたリオは「くぅん」と悲しそうな声を出して、体の周りにまとっていた風を解除してくれた。
はぁ、そーだったよ。
リオと会う時は『風壁』必須なの完全に忘れてた。
申し訳なさそうに私の前にとぼとぼと歩いてきたリオの頭を撫でる。
「ふふっ、次はゆっくり来てね? リオのことは大好きなんだから」
そう伝えるとリオは私に飛び掛かってぺろぺろと顔を舐めてきた。
「わはっ、くすぐったい。やめてよー」
冒険中とは思えない、何とものんびりとした時間。
けれどリオのおかげで私たちは窮地を脱することが出来た。
……と、思ったのはまだ早かったんだよね。




