第256話 優美な美しさ
「ほぅ、珍しくこういった場に相応しい装いをしているな」
そんな失礼な再会の挨拶をしてきたのはもちろんレオニス先生。
私とキアネア、マリーナにエミリアが着替えて会場についたら開口一番これなんだからヒドイよね?
ちなみに当人はブラックタイのタキシード、奥さんのローザさんと娘のプラシナちゃんはイブニングドレス。
さすが王都が長かっただけあるね、服装を外すことはない。
「えーと、エミリアとキアネア、これが私の昔の先生。レオニス先生ね」
「恩師をこれ呼ばわりするんじゃない!」
ゴツンとやられてキアネアが一瞬ピクッと動こうとしたので、手で制しておいた。
あー、あぶな。
あやうく先生が本物の戦力の餌食になるところだったよ。
よく気付けた、私。
すると、私の背後からドレスがピラッとめくられる。
「ひゃっ!」
「あはは、なーにが『ひゃっ!』よ」
こんな人を小バカにした態度はもちろん一人しかいない。
「もー、母さんやめなよね、恥ずかしい!」
「あれ、あんたいつの間に『母さん』呼びに変えたわけ? ちょっと前までママー、ママーって甘えてたのに」
「そんなこといつしたのよっ!」
「えーとね、四歳くらいかなー」
そんな澪とも出会う前のことなんか覚えてないやいっ!
「おー、セレナ、綺麗じゃないか。他のみんなも……えーと、セレナ。こちらは?」
父さんがやって来て、キアネアとエミリアを不思議そうな目で見ている。
「えーと、こっちがエミリア。今師匠の工房で一緒に働いてるの。グレッダさんも関わってるプロジェクトを一緒に担当してる」
「エミリア・リヴェラと申します。セレナさんにはいつもお世話になっております」
そう言って丁寧な一礼をするあたりはさすがに年上だなぁと感じる。
いつもはもうちょっと雑に扱ってるから気付きにくいけどね。
「で、こっちはキアネアだけど、たぶん一回くらいは会ってるよね?」
「あぁ、いや、会ってるがいつもと全然見違えたから分からなかったな。ずいぶん綺麗になって」
父さんに頭をポンポンとされて恥ずかしそうに顔を赤らめて、それでも逃げたりしないのは、きっと私の親だから頑張ってくれてるんだろう。
「キアネアはちょっと恥ずかしがり屋さんだからお手柔らかにね。特に母さん」
「何よその言い方。まるで私が何かするみたいじゃない」
「あれ? まだ自覚ないの?」
何度もやり取りを見てるマリーナはもう慣れたもので微笑ましく見守っているが、慣れてないエミリアはこのやりとりを少し緊張した面持ちで見ている。
きっとケンカしてると勘違いしてるだろうから後で誤解を解いておかないと。
パーティーが始まると、やはり参加してたカイル様から演説が始まった。
『降り注ぐ光』の計画を進めていくというもの。
私もその責任者としてまた無理やり紹介を受けて挨拶をさせられた。
挨拶が終わり、カイル様を睨みながらさすがに文句を伝えておいた。
「あのさカイル様。事前に言ってよね、挨拶だって考えておきたいじゃない」
「ふふっ、私は君の思考の瞬発力の高さも認めているからね」
要するに無茶振りしていい相手として認識してるということだろう。
そういうことなら今後私も無茶振りをさせてもらうから覚悟しておいてほしい。
カイル様から離れるとエミリアが近寄ってきて文句を言われる。
「あんたもう少しマシな挨拶なかったわけ? 工房の代表として来てるんだからさ」
「あのさ、今さっき振られたんだから無理だよ。そういうこと言うなら次からはエミリアにさせるからね」
「じょっ、冗談じゃないわよ! 私は裏方として企画参加してるんだからぜーったいにそんなのやらないからね!」
……理不尽極まりない。
誰か私を癒してほしい。
こういう時はキアネアだ、うん。
そう思ってキアネアを探すと、意外なことに母さんとマリーナに囲まれて照れながらも嬉しそうに過ごしていた。
うわぁーん、キアネアの意地悪ぅー!
いや、正直言えばすごく嬉しいんだよ?
私以外の人とも普通に話せて、自分の価値観を見出して楽しく人生を送ってもらうのが私の夢のひとつだから。
けどね、けどねぇ……。
これが親心ってやつかしら。
とぼとぼと『壁の花』にでもなろうかと隅っこに向けて歩いていると、レオンに呼び止められる。
「よぉ、セレナ。今はキアネアも任せて大丈夫なのか?」
「うん、気が付いたら二人に取られてたよ。私は傷心旅行に行ってくる」
「どこにだよ! なら、ちょっと付き合え」
「またあの丘?」
去年同様にパーティーの途中に抜け出して連れて行ってくれた王都を見渡せる丘。
そこで見た年越し直前を知らせる花火の綺麗さは、まだ頭に思い描ける。
私の言葉にレオンはとても申し訳なさそうな顔をした。
「あー、期待させてすまねぇ。そっちの埋め合わせは今度別で旅行考えとくから勘弁してくれ。ちょっとグレッダさんがお前と話したいんだとよ」
「グレッダさん? いいよ、行こう」
私とレオンがグレッダさんのところに行くと、悪友三人で飲んだくれていた。
グレッダさん、父さん、レオニス先生だ。
そばでニコニコ笑顔をたたえているセレスさんがかわいそうすぎる……。
「グレッダさん呼んだ?」
「おぉ、セレナ嬢。すまないな。少しいいか?」
「いいよ。はいはい、そこの酒飲み二人はさっさとどいて。だいたいセレスさんほっといて三人で楽しく飲むとか駄目でしょうが。これだからデリカシーの無い男どもは」
私の言葉にハッと気付いた顔をする三人。
セレスさんは全然嫌そうな顔をしておらず「私も楽しい時間を過ごさせていただいてますから」と言っているが、そんなわけはない。
「セレスさん、貴族としての立ち居振る舞いを身に着けたのは立派だけど、私の前で次それやったら許さないからね。言ったよね、『友達』だって」
「セレナちゃん……」
やっと素が出たか。
カイル様とかテレージア様、オーギュスト様みたいな、最初から貴族として付き合った人たちならともかく、特にセレスさんみたいに友達ノリで関係を深めた人には、せめて私の前でくらい心を緩めて付き合ってほしい。
私がさっきキアネアを欲してたみたいに、そういう心許せる場所って意外に大切だからね。
「よ、よしレオニス。俺たちはちょっと別で飲みなおすか」
「そうだな、それじゃあまた後でな、グレッダ」
「父さん、レオニス先生だって奥さんとお子さんいるんだから引っ張りすぎないようにね」
「あれ、セレナ。いつの間に『父さん』とか呼ぶようになった? 『パパ』は?」
「ん? 子どもっぽいからやめた」
「そんなー!」
失意の父さんをレオニス先生が引っ張って退散していく。
うんうん、心を強く持って生きていってほしい。
「さてと、で? 用件って何?」
「あぁ、この前冒険時の避難用魔導具を作ったそうじゃないか。あれを見せてもらって、もし良さそうであればうちで作らせてもらえないかと思ってな」
「あー、あの凶悪兵器扱いされたやつ? んー、個人的には全然構わないんだけどさ、工房の利益につながるものを私が勝手に決めると怒られるんだよね」
「そうか。いや、まあそうだな。じゃあこの話はいったん保留ということにして……」
「エミリア―! ちょっと来てー」
私の代わりに『壁の花』になっていたエミリアを見つけて呼びかけると、顔を上げて一瞬顔をしかめた。
あいつ、グレッダさんと私見て面倒ごとと判断したな?
放り投げてやろう。
「何よセレナ。今日は『降り注ぐ光』の話はないでしょ?」
「別件。私の考えた冒険向けの魔導具を、ギルドで取り扱わせてくれってお願いされたから、あとよろしく」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。詳細も分からないのに話できるわけないでしょ?」
ったく面倒くさいなぁ。
魔導具については私とレオンから二人に説明をする。
なんかレオンの説明の端々に悪意を感じた気がしたけど。
『およそ逃走用とは思えない攻撃用魔導具』だの『身体能力の高いやつしか使えない扱いづらい魔導具』だのと、もう少し言いようがあるだろうに。
ついでにエミリアには以前師匠とレオンの前で『専属魔導具師』の話をした際に、魔導具の優先製作権は工房にあること、もしギルドで作る場合は手数料を取るという話をしたことを伝える。
「ん、なるほどね。じゃあ私はグレッダ様と話しながら進めるわ。あんたは適当にどっか行ってなさい」
「言い方っ! もー、次の魔導具特訓の時覚えてなさいよっ!」
捨て台詞を残して席を離れると、ふと庭に目を向けた時にアミーカが一人で外に出ているのに気付いた。
ヒマそうなレオンも誘い、一緒に庭に出る。
「や、アミーカ。こんなところで何してんのよ」
「あぁ、セレナにレオンさん。ふふっ、邪魔しちゃったかしら?」
「アミーカ目的だから邪魔なのはレオンかもね」
「てめぇっ、なんて言い草だ」
「あーら、お邪魔虫がいるみたいね?」
新しい声が聞こえたので顔を向けるとマリーナも来ていた。
あれ? キアネアは?
中を見ると、完全に父さんと母さんに懐いてる。
なんでっ!
えー、私あんなに苦労してキアネアと頑張ってやって来たのに。
ずるいよぅ……。
私の落胆を察したのか、マリーナがよしよしと頭を撫でてくる。
「セレナのお母様はさすがだね。キアネアが欲しいものと触れられたくないものをあっさり看破してうまく会話してるもの。あの洞察力は見習いたいわ」
人の心を読む化け物は健在だったか。
これで戻ってきたキアネアが普通に話してくれたら嬉しい反面、きっとショックで寝込むに違いない。
余計なことまでしないでよ、母さん。
ガルル……と睨んでいると、視線に気づいたのか母さんがこちらに目を向けてニヤニヤと笑ってみせてキアネアを抱きしめる。
照れくさそうな顔をしながらもそれに抵抗しないキアネア。
あーーーー!!
「もー、何なのよ。くやしー!」
「あははっ、セレナ子どもみたーい」
「ふふっ、やっぱり私たちまだ親には勝てないよね」
「だって、だってぇ……」
今度はレオンが私の頭に手を置いてきた。
ねぇ、私そんなに子どもっぽい?
「ま、いいんじゃねぇか。お前は悔しいだろうが目的はキアネアが幸せになることだろ?」
「まぁ、そうだけどさ……。私の今までの苦労とか何とか」
「そういう手柄にこだわらねぇのがお前のいいところだろ?」
あ……。
そっか、そうかも。
これが魔導具なら、きっとレオンが言った通り結果が良ければいいじゃんって笑ってながしてただろう。
キアネアを教育しなきゃ、私が頑張らなきゃってちょっと肩肘張り過ぎてたのかもしれない。
ったく、普段適当なクセにここぞってところでいい言葉くれるんだから。
ズルいよね、レオンは。
そっと彼の肩に頭を乗せる。
寒いのに、あったかい。
ふぅ、と目を閉じると、
「もー、私ら忘れてんでしょセレナっ!」
「あはは、ほらマリーナ私たちお邪魔だから中に入ろーよ」
マリーナの文句を封じてアミーカが彼女の背中を押して中に連れて行ってしまった。
アミーカが去り際に、
「ゆっくりね?」
とやさしい言葉をかけてくれた。
気遣わせちゃったなぁ。
「セレナ、ちょっと来てみろ?」
レオンが庭の片隅に咲いていた、小さな小花が集まった植物の前にしゃがみ込む。
細い茎を覆うように濃い桃色の小花が幾重にも咲き重なり、緑の葉の間から華やかに顔をのぞかせている。
「これ、俺が植えてもらったんだぜ」
「へ? なんでレオンがグレッダさんの屋敷に花なんて植えてもらってんのよ」
「お前がよく来るからな」
「? 何のこと?」
「この花な『エンジェルラベンダー』っていう花で、こいつはその中の『セレナ』って種類なんだとよ」
っ……!
かぁっと顔が熱くなる。
な、何よこいつ。
なんでそーいうことをサラっとしてくんのよ。
いつも、あんなに……もうっ!
レオンはそう言うと立ち上がって私を抱きしめてくる。
「ちょっ、ここ見えちゃう」
「俺が考えなしに植えると思うか?」
「えっ?」
部屋の窓を見ると、ここから見えるのは壁だけでテーブルからは見えない位置になっている。
なんだ、確信犯か。
ま、こっちの方がレオンらしくてホッとした。
さっきのはちょっとビックリしたからね。
「もう。ほんと、バカなんだから」
「それに惚れたお前の負けだよ」
やさしく重なり合った唇が、肌を撫でる冷たい空気をほんの少し和らげてくれる。
また新しい年も二人で。
感じる温かさを私もつい、いつまでも……と願っていた。




