第254話 危険過ぎる逃げ方
「こ、こう? アミュラ?」
「んっ、上手よ、セレナさん。そのまま……」
「あっ、いけそう」
パァンという破裂音とももに白煙が膨れ上がり、シャラシャラという軽い金属が擦れ合うような音が響く。
冒険者ギルドの魔導演習場。
私はアミュラに新しい魔法を教わっていた。
今のは目隠しと一緒に周りで音が鳴り響くので、魔物の視力と聴力を誤魔化せるという魔法だ。
「この『白銀の霧』で誤魔化せるのは目と耳で相手を認識する魔物だけだから。中には魔力で相手を認識する魔物もいるから注意してくださいね」
「魔力かぁ。ならそっちも対策必要かな」
「でも可能性は低いですよ?」
「アミュラ、それで命を落とす冒険者が出たら、魔導具師として『可能性が低いから対策しなかった』が通じると思う?」
「っ……! ですね。すいません、甘いことを言って」
しょぼんとするアミュラの頭を撫でて慰める。
「ううん、分かればいいの。それに私も魔法を教えてもらって助かってるし。お互い様だよ」
「セレナさん……」
アミュラはあの事件以来、やけに私に対して妙な視線を向けてくる。
マリーナに会わせたら気が合いそうな気がしてるんだけど、怖くて会わせていない。
二人で気が合うだけならいいのだが、二人で力を合わせて私に向かってきそうで怖いのだ。
演習場での練習を終えて、ギルド内の酒場でタブラさん特製おれんじジュースを飲みながら、引き続き魔力探知の魔物対策について話していると、
「お? 楽しそうな話してるね。私も混ぜてよ」
と、飛び込んできたのは他の冒険者の魔法使いの女の子。
たしかカルメンとかいう名前だったっけ?
戦士の男の子と二人組で、みんなからは夫婦パーティーと呼ばれてからかわれている。
実際付き合ってもいるみたいだし、仲がいいのはいいことだ、うん。
「金を払うなら助言してやるぞ?」
続けてそう声をかけてきたのはペクニアさん。
ギルド一お金にうるさい人だけど、火魔法の腕は並ぶものがないという実力者。
もっとも森の中では火事につながるので戦力ダウンだとレオンがぼやいてたっけ。
するとあれよあれよと魔法を使える人を中心に集まって、テーブル周りがごった返した。
ギルドの酒場に魔導具師がいることがよほど珍しいらしい。
……イグさん、こっちにも顔だしなよね。
こんなに情報の宝箱が山とあるじゃんか。
まぁ、中にはアミュラの短いスカートの中身が気になっているやつもいるみたいだけど、それが彼女のやり方なら私があれこれ言うものでもないだろう。
◇◆◇
そして、十二月のとある日。
王都から馬車で一時間ほど北に進んで、街道をそれたところにある岩山。
この日私は魔導具試験として、レオン、アミーカ、マリーナと共にここに来ていた。
あ、もちろんキアネアちゃんもね。
あんな危ないものになってしまった以上、街中では怖くて出来なかったのだ。
「ねぇ、セレナ。なんで朝早くからこんなところに連れ出すのよ。王都でいいじゃない」
そうぼやくマリーナだが、まあ十分後には口を閉じてくれるだろう。
ちなみに今回の魔導具はまだレオンにも見せてないので、彼も同様の顔だ。
なんとも眠そうに欠伸をしている。
早起きに慣れてるアミーカだけが、軽食を作って持ってきてくれたが、視線はあの時私を叩いた鋭い視線になっている。
半端なものじゃ許さない。
そういう意思がありありと表れている。
「さてと、まずはこっちかなー」
私はカバンから筒を取り出した。
見た目は少し太いパイプ。
まあ私でもなんとか片手で持てる太さだ。
これを見てマリーナがあからさまに顔色を変えた。
「セ、セレナ。その筒もしかして?」
「え、うん。カリウス案を借りたやつ」
この間目の前でカリウスに許可を取ってたから覚えてたのだろう。
彼女もカリウスの魔導具は見ているので、想像出来たようだ。
それは別口で知っているレオンも。
「なるほどな。こんなところに連れ出すわけだ」
「そ。どのくらいの威力か迂闊に試せなくてさ。どーする、これ使って見る?」
私が持ち手をマリーナに向けると、彼女はとんでもないと手をすごい勢いで振って断ってきた。
それを見たアミーカが、
「なら、私がやる」
と、横合いから筒を取り上げる。
「アミーカ! やめときなさい、こんな危ないのはレオンにやらせりゃいいのよ」
「お前、少しは俺に遠慮とかしろよな」
マリーナのひどい発言に、さすがにレオンも呆れ顔だが、言ってる中身は間違ってない。
「うん、アミーカ。これはレオンに任せたほうが……」
「セレナ。私は試すために来てるの。かかってるのはあなたの生命。怪我程度恐れてどうするのよ」
どこまでも真っ直ぐに私を見つめるその瞳。
あぁ、そうだねアミーカ。
あなたの本性は優しさなんかじゃなくて、その強さにある。
十一歳の冬、初対面のグレッダさんに向けて王城料理を食べさせて欲しいと願った、あの頃の顔が今の顔に重なって見えた。
「ふふっ、意地っ張り。なら、足を肩幅に広げて、少し前傾姿勢で両手で筒を構えて。スイッチは一度横に滑らせてから押し込んで、押したら全力で踏ん張ってね」
私は出来る限りのアドバイスを伝えて彼女の後ろに立つ。
それだけ言ってもたぶん無理だと思ったから。
「よし、じゃあいくよ」
アミーカが岩山に狙いを定める。
カチッとスイッチを滑らせた音が聞こえた。
来るっ!
次の瞬間、筒からは強力な風が噴射され、アミーカの体はあっという間に後ろに吹き飛ばされた。
後ろで構えていた私が受け止めてみたが、やっぱ無理。
二人して倒れ……そうになったところに、後ろから大きな手が背中を支えてくれた。
振り返ってみると、いつの間にかレオンがそこにいてくれた。
風は岩山にぶつかると緑の煙を上げて周囲に広がり、同時にシャラシャラという音が鳴り響く。
二十秒ほどすると煙が晴れ、岩山には小さな穴が穿たれていた。
「おぉ、成功」
「『おぉ、成功』じゃねえっ! 立派な武器だ、これは!」
レオンが支えていた手を離し、ポカリと私の頭を殴る。
「いったーい。レオン、私の扱いひどくない?」
「ひどくねぇ! 何でこんな危ないもん作ってんだ、テメェは!」
「だーって、アミーカもマリーナもすっごく心配してくれてたから、絶対大丈夫って見せたくてさ」
私の言葉にレオンは言葉をつまらす。
たぶんあの事件のことを思いだしたんだろう。
私もレオンもキアネアちゃんも、誰もが無力で魔物にやられそうになった、あの事件。
「セレナ、あの緑の煙と金属音の効果は?」
マリーナがいち早く立ち直り、研究者らしい質問をしてきた。
「えーと、緑の煙は視界阻害と魔力阻害。『吸魔の葉』と『反魔草』を粉にして混ぜ込んだから、たぶん周囲の魔力はぐちゃぐちゃに感じると思う。金属音は聴力阻害ね」
「なるほどね。けど、これ当たれば大きいけど、外れたらどうするの?」
やっぱりそこ聞かれるよなぁ。
用意しといて良かったよ。
「そんな心配性のあなたにはこれ!」
カバンから取り出したのはベルト付きの四つの細い筒。
筒はすべて固定されて繋がっており、一つの向きを変えるとすべての筒が同じ向きに変わる。
「ふぅん、用意はあるのね。なら、それは今度こそ私が試す。アミーカに負けてられないもの」
そう意気込んで手を伸ばしたのを止めたのは、意外にもキアネアちゃんだった。
「マリーナ、危ない。これは私が代わりにやる」
そう言って私からベルトを受け取り、手慣れたように装着していく。
実はこっちの試作はキアネアちゃんに何度も試してもらっているので、これの扱いで今のところキアネアちゃんの右に出るものはいないだろう。
あと、本当に危ない。
珍しいキアネアちゃんの静止に、さすがに何かを感じ取ったマリーナは、大人しく引き下がってくれた。
「じゃあキアネアちゃんお願いね。くれぐれも気を付けて」
「任せて」
そう答えるとキアネアちゃんは私たちから遠く離れ、二十メートル先で立ち止まる。
そしてこちらを振り返った。
手を上げて何かを伝えてくれたようだけど、さすがにまだ大きな声を出せるほどではない。
でも、交わろうと頑張ってくれているその姿に胸が打たれ、私は手を上げて大声で応えた。
「頑張ってー、キアネアー!」
思わず呼び捨てにしちゃった。
すると彼女が腰に手を当てた次の瞬間、『ドンッ!』という鈍い音とともに、彼女の体が宙に飛ばされる。
私たちが見上げる中、彼女はいつもの表情を一切崩さずにこちらへ落ちてきて、クルクルと体を回転させて見事な着地を見せた。
そして立ち上がり、少しだけ口の端を緩めていつものピースサイン。
「やったー! キアネアちゃん、偉いっ! 今日はケーキ二つご馳走しちゃう!」
抱きついて頭を撫でると、かすかに頬を染めて
「セレナ、キアネアでいい」
そう話す。
呼び捨てが気に入ったらしい。
「うんうん、分かったよキアネア。ご褒美にお持ち帰りクッキーもつけよーね?」
「ホント! 嬉しい」
お?
初めて感情が強く出た言葉だったんじゃない?
彼女の成長がこんなに嬉しいとは思わなかった。
頑張ってるんだな、私が思ってる以上に。
彼女を離して振り返ると、三人がまだ口を開けて固まってた。
「何してんの?」
その一言を皮切りに、我に戻った三人が一斉に喋りだす。
「何よあれ! 何で人が飛んでるのよ」
「セレナぁ、何よあれ。少しは自重しようよ」
「お前の頭はどーなってる!」
マリーナ、アミーカ、レオンの順に詰められたが、一言でまとめると「あれは何だ?」だった。
「いやさ、さっきの外しても逃げなきゃじゃない? なら多少足が早いのが来ても逃げ切れるように、瞬時にその場から離脱できればいいじゃん? って思ってさ」
「あんなのアンタ使えないでしょ!」
マリーナの指摘はもっともだけど、肝心なことを忘れてる。
「マリーナ、私一人では行かないんだから、レオンでもキアネアちゃんでも、抱えて飛んでもらえばいーのよ。今ほど距離は出ないだろうけど、二人なら十メートルも開けば何とでもしてくれる。でしょ?」
レオンに視線を向けると、ガシガシと頭を掻いて
「頷きたくはねぇが、まあそれだけ離れたらたしかにな」
「私ならもっと飛べる。セレナ守れる」
おぉっ、挑戦的なキアネアも好きだよ。
今日は急成長だな、ケーキ三つ……いや、さすがにやりすぎはよくないね。
キアネアはともかく、レオンへじとっとした目を向けて
「この男がセレナを抱えるのは釈然としないけど……でも、それでセレナが助かるなら我慢するわ」
おいおい、子爵家息女。
侯爵家令息に失礼すぎるでしょ。
まあここにいるみんな、爵位だ、貴族と庶民だのを超えた関係だけどね。
だからこの大切な人たちに、二度と悲しい顔をさせないように、今回私もアイデアのリミットを外した。
安全な魔導具じゃない。
たとえ怪我をしても、命が守れる魔導具。
その観点で開発をしたんだ。
「まあ、本音は嫌だけど……現場、きちんと見たいんだよね?」
「アミーカ、今さら聞く?」
「念のためよ。仕方ない、認めるよ。でも、絶対に死なないで。これだけは約束よ」
「あったりまえじゃん! 王城料理人になったアミーカの料理、タダでご馳走してもらうまでは死んでたまるもんですか!」
そう答えると呆れた表情になり、
「そんなこと言う子には、特別割増料金かけるからね」
と意地悪い笑みで返された。
「ま、私も認めるわ。こんなの出されて認めなかったら、次何が出てくるか怖くて仕方ないし」
マリーナは諦めてくれたようだ。
彼女は高等学校で一緒に魔導具で馬鹿してきた相棒だから、その点ではアミーカよりも物わかりがいい……というか諦めが早い。
ちなみにこれで駄目なら、マリーナと偶然しでかした魔導レーザーとでもいうべき代物を持ち出す予定だったので、彼女の諦めは正解だ。
「ま、あとは俺がその……腰の筒? それに慣れてからだな。ちなみに名前は付けたのか?」
ふふっ、『いつまでも共に』を贈ったときの話を覚えてるんだね。
あの時の時間を大切にしてくれてる気がして、胸が温かくなる。
「うん、風の筒は『混乱の雲』で、大ジャンプのは『空駆ける者』ね」
「また大層な名前をつけたな」
「カッコよさも大切でしょ?」
「まあな、そこは認める」
こうして三人の試験を晴れて無事通過した私。
王都に帰って、依頼のあるレオンとは別れ、残る四人でお祝いのスイーツパーティー。
この魔導具を使うシーンは甘くないけど、これが私だけじゃなくて、冒険者のためにも役立つといいなぁ。
そんな願いを込めて、私はいちごタルトを口に運んだ。




