第252話 魔導具師の価値向上
『石のささやき』
マルクスの実家であり、温泉都市ウルヴィス最大の魔導具工房兼魔導具店。
大きな商店や一部貴族も顧客に持つ、由緒あるお店だ、
その応接室で私はマリーナと並んで座り、向かい合った先にはマルクスとリディア、マルクスのお父さんのトニトルスさんが座っている。
お母さんのステラさんはお茶だけ入れてすぐに下がってしまった。
「さて、今回は僕への話ということなので、僕が聞くね。で、最終判断は父さんにしてもらう。それでいいかな?」
「うん、もちろん。こっちはお願いに来てる身だから、条件なんか出せないよ」
「分かった。じゃあ内容を教えてくれないか?」
私はベーネ工房で出された宿題の件、公園の子どもたちへのヒアリング、そこで知ったマルクスの挟めるアイロンの高評価の件を伝えた。
「たった三人だったけど、王都の庶民にまで身だしなみ教育が行き届いてること、その子たちが去年のマルクスのアイロンに未だに憧れを持ってること、すごく驚かされたの」
「僕のあれが? だって、黎明祭では決勝に行くのがやっとだったんだよ?」
「だから言ったじゃない。あれは価値があるって。レオニス先生だって認めてたでしょ?」
私の言葉を受けて、リディアもまたフォローに入る。
「そうよ、目立つことだけが正解じゃない。静かに広がっていく波だってある。とてもあなたらしいわよ、マルクス」
「リディア……」
「ねーねー、二人の世界作らないでほしいんだけど?」
マリーナのブスッとしたツッコミに、二人は慌てて目をそらす。
今晩も少しマリーナの機嫌取らないと、明日また誰かに当たりそうだな、これは。
「ま、まあ事情はわかったよ。それで? アイロンをベーネ工房でも作りたいってこと?」
「うん、そうなんだけど、ちょっと変えたくて」
「変える?」
ここから先程の宿題の件の深堀りを話す。
魔導具師離れの起きてる今、そこに歯止めをかけるための自作魔導具。
高等学校の『光るオルゴール』の時と同じアプローチだ。
自分で作ったものには愛着が湧く。
それが子どもで、しかも今現在買うしかない物を自分の手で作りあげたら、どれだけ嬉しいだろうか。
挟み込みアイロンにはそこに飛び込める価値がある。
ただ作って完成では無理なので、たぶん最初は高等学校の外部講義みたいに教室を開く必要があるかもしれない。
あと、最後の魔石のセットを工房で行うことにすれば、工房見学の機会につながる上、魔石セットのついでに製品チェックもかけられるから、安全性も担保できる。
「なるほどね」
話を聞いたマルクスはそれだけ言ってしばらく考え込んでしまった。
その間にトニトルスさんから手が上がる。
「シルヴァーノさん、一つ聞かせて欲しい」
「はい、何でしょうか?」
トニトルスさんは完全にビジネスモードで来るようだ。
ならば心して答えなければ。
「あなたの考案した薄型魔導回路。あれが広がれば今後魔導具師の数はむしろ減っても構わないと思うのだが、それについてはどうお考えかね?」
なるほどね、そう来たか。
そもそもこの企画自体が無駄じゃないかということだ。
「はい、そう思います。しかし私がやりたいのは『魔導具師に興味を持つ人の総数を増やす』ことなんです。魔導具師は減ってもいい。けれど質の高い魔導具師を残すためには、山のすそ野は広げておかないといけないと思います」
「なるほど。では、あなたの企画は魔導具師の夢を持つものの多くを、失敗の道に導くことでもあるわけだね?」
「え、違いますよ」
突然なんてことを言うのか。
私がそんな非道なことをするわけがない……はず。
「魔導具師への理解を示す人たちを作りたいんです。『寄り添う光』の話はマルクスさんから聞いてますか?」
「あぁ、聞いている」
「ああいう協力体制を取る時に、魔導具師のことを知っててもらうのと、知らないのとでは、最初のコミュニケーションがかなり違うんです。私もそれで苦労しましたから」
ランタンとか使ってるくせに、中には魔導具師を怪しい実験を繰り返す世捨て人みたいに思ってる人もいたのだ。
何を隠そう『寄り添う光』の時のソルムさんがそれだったんだけど。
最初はケンカみたいな話を繰り返し、ようやく最後に仲良くなれたのだ。
あの面倒さは、やった人じゃないと分からないだろう。
「だから、私はこのアイロンを売りたいんじゃないんです。アイロンを通じて魔導具師の価値を上げたい。そのために使わせてほしいというお願いで来ているんです」
「ふむ、それは分かったが、そうなるとベーネ工房さんとしてはまずいのではないか?」
「あっ!」
忘れてた。
つい自分の意見で話してたよ。
うぅ、社会人めんどくさい。
早く自分の工房欲しいなぁ。
「はっはっはっ、私の質問はここまでとしておこう。マルクス、判断はついたか?」
「はい、会長」
へー、マルクス、仕事のときはお父さんのこと会長呼びなんだ。
「セレナさん、正直ベーネ工房で作らせて欲しいだけでも僕は許可を出す気でいた。それだけ在学中にはお世話になったし、リディアも卒業課題は君の魔導具をベースにしたものを作らせてもらったしね」
そんなこともあったなぁ。
ちなみにリディアの『魔導指圧椅子』は、リディア経由でここに製作と運搬をお願いし、ひっそりと師匠の部屋にあったりする。
「けどね、それじゃあうちの工房のメリットが薄いんだ。手数料は取れるかもしれないけど、王都っていう広いところでベーネ工房の名で売られたら、そっちが本家に思われてしまう可能性がある」
たしかにその危険性は高い。
というか、そんなこと考えてなかった私はこれ幸いと売り出して、きっとそうなっていたに違いない。
マルクスの経営者としての勉強の成果が見て取れて、成長ぶりがなんだか嬉しくなった。
「けど、今の話を聞いて自分の考えの浅はかさを知ったよ。これは商売だけじゃない、もっと先の文化を作ろうって話だとね。条件を詰める必要はあるけど、ぜひ協力させてもらいたい」
そこまで話すとトニトルスさんを向いて、
「会長、それでどうでしょう?」
と確認を入れた。
すると、トニトルスさんはいつの間にかビジネスモードを抜けて、やけに穏やかな顔で、
「あぁ、お前の好きにしたらいいんじゃないか?」
と了承する。
「え、あ、会ちょ……父さん?」
「はっはっはっ、店のことだからな、念のために話は聞かせてもらったが、もともと二人の決めたことに反対するつもりはないさ」
「でも、それじゃあ――」
「お前が言ったとおりだよ。後は条件面でお互い納得いく数字を作れるか。そこだけだ」
まったく人が悪い。
私だけじゃなくてマルクスたちまで試してたらしい。
リディアも何が起きたのかといった顔になっている。
「シルヴァーノさん、数字のことはこのまま話でいいのかね?」
「いえ、後日当店の担当からご連絡を入れさせていただきます。それでよろしいでしょうか?」
「あぁ、それで構わない。しかし、二人とも成長したな、マルクス、セレナさん」
お、やっと私へのビジネスモードも終わったらしい。
名字呼びが名前呼びに変わったな。
「はー、師匠と財務担当が厳しくてですね。成長しないと怒られるんですよ」
「ほう、そんなのをうちの相手に選ぶとは、むしり取る気かい?」
「やだなぁトニトルスさん。そんなことしたらうちの財務担当をこれではたいてやりますよ」
カバンからハリセン(四代目)をのぞかせて、そう答える。
「私はうちも、『石のささやき』も、お客さんも、全員が納得できるような形のものを作りたいし、売りたいですから」
「ふふっ、マルクス、リディアさん、こういう考え方はお前たちも覚えておくといい。商売をしていると、つい忘れそうになるが、大切なことだぞ」
と、商談としてはここまでとなった。
「ところで二人は今日の宿はどこに取ったんだい」
「あ……寮が使えると思い込んでた」
学生気分に戻った弊害だ。
つい終わったら寮に戻って――とか考えていた。
「私が取ってあるわよ」
「えっ! マリーナいつの間に?」
「ふふっ、出来る嫁を持って幸せでしょ?」
「誰が嫁よ。で、どこに?」
「え、ここ」
マリーナは応接室の床を指さす。
「マリーナ、いくら私でも人のお店に寝るのはちょっと……」
「違うわよ! もうリディアにお願いしてあるってこと!」
リディアを見るとクスクスと私たちのやり取りを見て笑っている。
「うちはちゃんとお客様用の部屋もあるから安心して。ステラさんもご存知だから、夕食も用意してあるわよ」
「なんと!? ステラめ、ワシに黙ってたな?」
なんとも楽しそうな顔でトニトルスさんがそう言うと、私たちに笑顔を向ける。
「ならば二人には、王都でどういう経験をしたのか、どういうものが流行っているか話を聞かせてもらおうかな」
「あら、お父様。経験だなんて、女性の秘密を聞きたがるなんてはしたないですわよ」
本日二発目のハリセンは、見事にマリーナの後頭部を捉える。
私に文句を言ってくるが、人の家のお父さんにろくでもないことをぬかした罰だ。
こうして私たちはセプティマ家で夕食をご馳走になり、泊まらせてもらうことに。
その夜、リディアを交えての女子会はとても楽しく、それこそ学生時代を思い出せたけど、内容はヒ・ミ・ツ。
知りたい?
そんなことを言うなんて『はしたないですわよ』。




